表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
187/297

第12話 結太、やむなく龍生の申し出に応じる

 結太が学校に通えるようになってから、数日が過ぎた。


 あれほど、『龍生ん()の車で、オレだけ送迎してもらうなんてぜってーヤダ!!』と言い張っていた結太だったのだが。

 登校再開初日で、松葉杖で過ごすのがいかに大変かを、嫌と言うほど思い知らされてしまったため――結局、龍生の申し出をありがたく受け入れることにした。



 龍生はと言うと、自分で宣言していたように、今は電車で通っている。当然、咲耶も一緒だ。

 毎朝、わざわざ咲耶の家の最寄(もよ)り駅(学校と龍生の家とは、逆方向にある)まで迎えに行き、咲耶と桃花と、共に登校しているらしい。

 帰りもまた、二人と共に帰り、最寄り駅まで送って行っているのだそうだ。


 結太は、バカップルの〝イチャイチャ〟を見せつけられることもなくなり、正直ホッとしていた。

 ……が、今度は桃花が、見せつけられることになってしまったのかと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。



(伊吹さんは、『え? 全然迷惑なんかじゃないよ? 仲の良い二人って、とっても微笑ましくって、素敵だと思うよ?……でも、ちょっとだけ、羨ましくなっちゃう時もあるんだけど』なんて言って、可愛らしく笑ってたけど……。伊吹さんは優しいからなぁ。嫌なことも、嫌って言えないだけかもしんねーし。……あ~……。心配だぜ)



 龍生の家の車で送ってもらっている途中、結太はソファのように乗り心地の良いシートにもたれ、目をつむって、腕を組みつつあれこれ考えていた。


 その様子が、悩んでいるように思えたのだろうか。就業中に無駄話は一切しないタイプの安田が、珍しく話し掛けて来た。


「結太様、どうかなさいましたか? 何か悩みごとでもあるのでしょうか?」

「――へっ?……あ、いやっ。そーゆーワケじゃねーんだ。心配させちゃったならゴメン、ブンさん。べつに、なんでもねーって」

「左様でございますか。ならば、よろしいのですが……」


 安田も、秋月家で仕えるようになってから長いので、結太のことは幼い頃から知っている。

 そのため、結太は鵲のことは『サギさん』、東雲のことは『トラさん』、赤城のことは『マサさん』、そして安田のことは『ブンさん』と、親しみを込めて呼んでいるのだ。



「それよりさ、龍生と保科さんって、一緒に登下校するようになってから、ずーーーっとああだったのか?」

「……『ああだった』――とは、どういう意味でしょう?」


「だからさ、ブンさんがいても、車の中ではずーーーっと、二人でイチャイチャしてたのかな~って。だとしたら、ブンさん気の毒にな~って思ってさ」


 身を乗り出すようにして結太が訪ねると、安田は前を向いたまま、僅かに目元と口元を緩めた。


「……そうですね。いつもあのような感じでした。とても仲睦(なかむつ)まじく、じゃれ合っていらっしゃいましたよ」

「あ~……。やっぱ、そーだったんだ。あれ見て、イラッとかしなかった?」


「いいえ。――こう申しては失礼かと存じますが、お二人とも大変微笑ましく、愉快(ゆかい)と言うより他ないご様子でいらっしゃいました」

「愉快?」


「はい。夫婦漫才(めおとまんざい)でも観ているかのように。……お陰で、笑いを(こら)えるのに苦労いたしました」

「プ――ッ!……なんだよそれ。〝夫婦漫才〟って――」


 結太は腹を抱え、クククと笑った。

 この前は、『見せつけてんじゃねー!』と言う風にいらだっていたから、冷静に聞いていることが出来なかったが、言われてみれば、確かに、そんな感じだったかもしれない。


「でも……そっか。夫婦漫才観てると思やー、腹も立たねーか。……うん、いーこと聞ーた! ありがとな、ブンさん!」

「……いえ。(わたくし)は何も――」


 そう言って、安田は薄く笑った。


 次の瞬間。



 ――キキキィ――ッ!!



「うわッ!?」


 安田が急ブレーキを掛け、結太の体は、思いきり前方にのめった。

 シートベルトをしていなかったら、前のシートに頭を打ち付けていたかもしれない。危ないところだった。


「も、申し訳ございません結太様! お怪我はございませんか!?」


 蒼い顔で安田が振り向く。

 結太はシートベルトをしっかり掴みながら、ふるふると首を横に振った。


「いや、ダイジョーブ。どこも怪我してねーよ」

「……左様で。……ようございました――」


 安田は、ホッとしたように胸を押さえる。

 安田の運転はいつも快適で、ヒヤッとした経験など、今まで一度もなかった。結太は目をぱちくりさせ、


「けど、いったいどーしたんだよ、ブンさん? 急ブレーキなんて掛けてるとこ、オレ、初めて見たぜ?……何かあったのか? 猫が飛び出して来たとか?」

「……いいえ。そういうわけではないのですが……」


「……ですが?」


 微かに首を(かたむ)け、結太は安田をじっと見つめる。

 安田は困ったように、眉を八の字にした。


「いえ、それが……昔の知人の姿が、さきほどちらっと見えた気がいたしまして。それが、あまり評判の良くない者でしたので……少々、動揺してしまったのです。お騒がせしてしまい、申し訳ございませんでした」

「……『昔の知人』?……しかも、『あまり評判の良くない者』……?」


 ますます首を傾ける角度を深くする結太に、安田は薄く笑ってみせ、


「いえ、ちらっと()()()()()()()だけですので。どうか、お気になさらないでください。――では、出発いたしますね」


 安田が再び車を走らせたので、話はそこで終わってしまった。

 もう一度訊ねてみようかとも思ったのだが、何故か、そうしてはいけないような気がして、気になりつつも、結太は口をつぐんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ