第11話 結太、降車する二人を慌てて呼び止める
高校の前に横付けされた車から降り、結太と自分の鞄を手に持つと、龍生は咲耶と肩を並べて、颯爽と校門をくぐった。
トランクから松葉杖を取って来てもらった後、安田の手を借り、まだ降車している途中だった結太は、慌てて龍生を呼び止める。
「おいっ、龍生! まだ話は終わってねーぞッ! ちょっと待ってって!――おいッ!!」
龍生はピタリと立ち止まり、億劫そうに振り向いた。
「だから、遠慮する必要はないと言っているだろう? 元はと言えば、おまえの怪我はオレの責任だ。力を貸すのは当然なんだからな」
龍生はそう言うが、怪我が龍生のせいだなどと、結太は思っていない。勝手に責任を感じられては、かえって困ってしまう。
「遠慮してんじゃねーよッ!! オレだけ送り迎えしてもらうなんて、ぜってーヤダって言ってんだ!!」
安田に礼を言い、未だ使い慣れていない松葉杖で、結太は龍生に近付く。
足元がおぼつかない感じで、我がことながらヒヤヒヤした。
電動車椅子の方が、楽は楽だったのだが、学校にエレベーターはないし、あまり大袈裟にはしたくないと、松葉杖を選んだのは結太自身だ。
だが、その判断は間違いだったかもしれない。
松葉杖を使って歩くのはとても難しく、歩くスピードは、普段の二分の一ほどになってしまっている気がした。
「おい、大丈夫か? そんなスピードで歩いていたら、朝のHRに間に合わないんじゃないのか? 俺が教室まで、おぶって運んでやってもいいが……どうする?」
ようやく追いついた結太に、龍生は見兼ねて申し出たが、当然結太は、
「な――っ! おぶ…っ!?――んなもん、嫌に決まってんだろッ!! おまえにおぶってってもらうとかって、罰ゲームかよッ!?」
顔を真っ赤にして、キッパリと断る。
龍生は不思議そうに首をかしげ、
「罰ゲーム?……何故、そんなものが罰になるんだ? 俺はただ、その方が断然早いだろうと思って、提案しただけだが?」
まるで、『断る意味がわからない』とでも言っているようだ。
男が男をおぶって運ぶなど、どれだけ周りの注目を浴びることになるか……本当にわかっていないのだろうか?
結太は訝し気に目を細め、龍生をじっと見つめてみたが、動じている様子は、少しも感じられなかった。
結太は軽くため息をつき、『とにかく、その申し出は却下だ!』と、重ねて断った。
おぶわれるのが咲耶ならまだともかく(……まあ、それはそれで、違う意味で注目を浴びるだろうが)、誰が好き好んで、男の背に体を預けるものか。
「まあ、嫌なら無理にとは言わんが。――じゃあ、頑張って教室まで歩くんだな。鞄は、おまえの教室まで運んでおいてやる」
「おう。……サンキュ」
ムスッとして礼を言うと、龍生はそれに微笑で返した。
それから咲耶を伴って、あっという間に校舎内へと消える。
(うぅ……。ここから教室まで、この松葉杖で歩いてくとなると、気が遠くなりそうだぜ……。いつもなら、二~三分しか掛からねー距離なのに)
龍生の申し出を断ったことを、早々に後悔しそうになった。
慌ててぶるると首を振ると、結太は一歩一歩、体をグラグラさせながら、松葉杖で歩き出す。
そんな結太に、声を掛けて来る者はいない。
クラスでも思いっきり浮いていて、友達一人いないのだから、仕方ないことなのだが。
(あ~……、教室入って、『誰だこいつ?』って目で見られたらどーしよー? 二年になって、一ヶ月も経たずに入院することになっちまったんだから、あり得ねーことでもねー気がするな。……クソッ。ぼっちってヤツぁー辛ぇーぜ)
そんなことを思いながら、一階の階段まで、やっとのことで辿り着いた時だった。
「楠木くん!」
聞き覚えのある、可愛らしい声が降って来て、驚いて顔を上げると、階段の踊り場に、心配そうに結太を見下ろしている、桃花の姿があった。
「いっ、伊吹さんっ?――どっ、ど……どーしたの?」
桃花はタタタと駆け下りて来ると、結太の横に立って、
「松葉杖に慣れてないから、歩くの大変そうだって、秋月くんから聞いたの。松葉杖、こっちに渡して? わたしが楠木くんを、教室まで連れてくから」
真剣な顔で告げると、桃花は両手を差し出した。
「へっ?……え、えええッ!?……いやっ、いーよ! 一人でダイジョーブ! 伊吹さんに、そんなことさせられねーって!」
焦って首を振る結太に、桃花も思いきり首を振り、
「ううん、いいの! わたしがそうしたいの!……お願い、手伝わせて? もうすぐHR始まっちゃうし」
結太の松葉杖にそっと手を置き、潤んだ目で見上げて来る。
結太は妙にドキドキしてしまい、慌てて視線をそらした。
「でっ、でも……。女の子に、そんなこと無理だよ。肩借りたりしたら、伊吹さん、転んじまうって」
「ううん、ダイジョーブ! わたし、これでも力ある方なの! だから……ね? 松葉杖、渡して?」
小首をかしげ、更に両手を前に出して来る。
結太は、『ああ……そっか。そー言や、そーなんだった』と、桃花が案外力持ちであることを思い出した。
「でもさ。荷物と人間の重さは、やっぱ違うと思うし。伊吹さんが力あるとしても、無理があると思――」
「そんなの、やってみないとわからないよ!――さあ、早く! ホントにHR始まっちゃうから!」
駄々っ子を叱り付けるような勢いで、桃花の声が飛ぶ。
普段の桃花らしからぬ強引さに、結太は目を白黒させた。
「あ……うん。そんじゃ……その……よろしく……」
結太が片方の松葉杖を恐る恐る差し出すと、桃花はホッとしたように微笑み、
「うん! じゃあ、これは預かるね」
松葉杖を結太から受け取って、片手でヒョイッと持ち上げ、脇に抱えた。




