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第7話 結太、桃花が席を外している間に妄想する

 ラウンジに到着すると、空いている席に桃花を座らせ、結太はお茶を()れる機器の置いてある場所へ、車椅子で向かおうとした。

 しかし桃花は、椅子に荷物を置いてから、


「あっ、大丈夫。わたしが行くから、楠木くんはここにいて? 車椅子じゃ大変でしょう?」


 そう言って、止める間もなく、お茶()み場(?)に行ってしまった。


 その後姿を目で追いながら、『やっぱり、伊吹さんは優しいなぁ』と、結太はデレッとして目尻と眉尻を下げる。

 好きな人にお茶を淹れてもらえる(と言っても、急須(きゅうす)で淹れるわけではないが)とは、なんて幸せなんだろうと、(ひざ)の上の(こぶし)をギュッと握った。



(家の居間なんかで、奥さんにお茶淹れてもらってる時の幸福感って、こんな感じなのかな……。『お父さん、いつもお疲れ様』、なーんちって。……ハァ。伊吹さんなら、エプロンでも割烹着(かっぽうぎ)でも、どっちでも似合っちゃいそうだよなぁ。……家に帰ると、テーブルの上には伊吹さんが作った料理が並んでて……『今日は、あなたの好きなおかずばかりよ』とかって、ニッコリ笑ってくれたりしたら、そんだけでもう、疲れなんて一瞬で吹き飛んじまうんだろーな。……オレ、伊吹さんの料理だったら、どんなもんでもペロッと(たい)らげる自信あるぜ!……いや。伊吹さんのためなら、オレが毎日料理作ったっていい。母さんが仕事で遅くなる時とか、しょっちゅう自炊(じすい)してたから、料理は得意だし。……あ~……、いーなぁ。伊吹さんと同じ屋根の下……。一緒に(めし)作って食って、一緒に食器洗って()いて片付けて、一緒に掃除して洗濯して、そんでもって一緒に風呂入っ――て……って、いやっ! 風呂はマズいだろ風呂はっ!?……うん。そーだ。風呂はなしっ! 風呂は一人で入る!……ま、まあ、伊吹さんがいいって言ってくれたら、一緒に入ってもいーけ……どって、ダメだダメだッ!! 何考えてんだオレはッ!?……う、うん。風呂問題は置いとこう。風呂の次は……そーだな。居間で二人でまったりして、お互い、その日あったことを報告し合ったり……で、それから二人で歯(みが)いて、一緒に眠っ……ハッ! そー言や、伊吹さんはベッド派か!? それとも、自分で布団()いて寝る派か!? オレは家では布団敷いて寝る派だけど、伊吹さんは、イメージからしてベッドっぽいよな? まあ、オレはそこまで布団にこだわりあるワケじゃねーから、伊吹さんの好みに合わせるけど……って、ん?……待てよ? 寝るのはどっちでもいいにしても、ベッドだったらどーなんだ? それぞれのベッドで眠るのか? それとも一緒のベッドで?……いやいやいやいや! 一緒はマズいだろッ!? ぜってー眠れねーって!! 緊張して一睡(いっすい)も出来ねーって!! 隣に伊吹さんが――とかって、ぜってーぜってーぜってー無理だろ!? 無理に決まってるって!!……でもいーよなぁ。伊吹さんの寝顔とか寝姿とか……きっとメチャクチャ可愛いんだろーな……。クゥ~ッ、憧れるぜまったくコンチクショウッ!!)



 結太が長々とした夢想に(ふけ)っていると、


「楠木……くん?……どーしたの? 何か楽しいこと……あった?」


 お茶の入った紙コップを両手に持ち、いつの間にか戻って来ていた桃花に、小首をかしげながら訊ねられてしまった。


「うぇッ!?……あ、いっ、いやっ? べ――っ、べつに何もっ!?」


 慌てて否定したが、桃花は『……なら、いいけど……』と、不思議そうにつぶやいた。

 それから、椅子を引いてちょこんと座ると、先ほどまで手に()げていた紙袋から、菓子折りを取り出し、静かにテーブルの上に置く。


「あの、これ……。お見舞いに、何を持って行っていいかわからなかったから、秋月くんに、楠木くんの好きなお菓子を訊いたの。そしたら、『蒲公英庵(たんぽぽあん)栗饅頭(くりまんじゅう)』ってことだったから、買って来たんだけど……」


 両手でツツツと、結太の前に菓子折りを差し出し、(かす)かに(ほほ)を染めてうつむく。

 その仕草が、表情が、また何とも言えずに可愛らしくて、結太はとっさに、片手で口元を押さえてしまった。――そうでもしないと、『か…っ、可愛い……』と、本音が漏れてしまいそうだったのだ。


 だが、すぐに返事がなかったことを変に思った桃花が、顔を上げ、そんな結太に気付くと、


「あの……もしかして、違った? 蒲公英庵の栗饅頭……好きじゃない……?」


 不安げに顔を曇らせ、じっと結太を見つめる。

 結太はハッと我に返り、ぶるぶる首を横に振った。


「いやっ、好きッ!! めっちゃ大好物ッ!! ここの栗饅頭なら、何十個でも食えるよ、オレッ!!」


「……あ……ごめんなさい。楠木くんとお母様だけじゃ、そんなに食べられないかなって思って、十二個入りの買って来ちゃった……。そんなに好きなら、もっとたくさん入ってる方、買って来ればよかったね。……ホントにごめんなさい」


 座ったまま、ペコリと頭を下げる桃花に、結太は焦った。

 当然、そんなつもりで言ったわけではないのだ。


「いやっ、ごめん!! ちょっとオーバーだった!! 大好物なのは確かだけど、一度に何十個は無理!! せいぜい五~六個!!……マジごめん!! 変な見栄(みえ)張った!!」


 慌てて訂正(ていせい)すると、桃花は一瞬きょとんとしてから、クスクスと笑い出した。


「み……、『見栄張った』って……。そんなところで、見栄張る必要ないのに。……フフッ。楠木くんったら。……フフフフッ。ヤダ、おかしい」


 小さくてきめ細かい質感(見た目)の手を口元に当て、桃花は楽し気に笑い続ける。

 特に笑わせるつもりはなかったので、最初のうちは、戸惑ってしまっていたのだが、桃花の笑顔が嬉しくて、結太もつられて笑ってしまった。



 その後、二人でひとしきり笑うと、結太は菓子折りに手を伸ばし、


「これ、早速もらってもいーかな?……で、伊吹さんも一緒に食わねー?」


 そう訊いたとたん、桃花はニコッと笑ってうなずいた。

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