第5話 桃花、率直な碧眼美少女にたじろぐ
突然の、イーリスからの『友達になって』発言に、驚きながらも『はい』と答えた桃花。
そのとたん、イーリスは顔いっぱいに笑みを湛えた。
「やったあ! ありがとう!――えっ……と……。あなたのお名前は?」
「えっ。あ、あの……伊吹桃花、です」
「イブキモモカ、ね。モモカって、どんな漢字?」
「え?……あ、えっと……果物の桃に、花って書いて、桃花です」
「桃花……! あなたらしい、可愛い名前ね! とっても似合ってるわ!」
「え……あ……ありがとう、ございます……」
ギュッと手を握ったまま、次々に質問して来るイーリスに、桃花はタジタジとなっているらしい。
もともと消極的な人なのだから、幼馴染の咲耶が相手ならともかく、イーリスのような積極的な子にグイグイ来られるのには、慣れていないのではないだろうか。
結太はそんな心配をしながら、二人の様子を、ひたすらに見守っていた。
自分が間に入って行くと、妙な方向に話が行ってしまう気がしたのだ。
「えっ? あなた、結太の妹さんじゃないの? クラスメイト?……なんだ、そうだったの。ごめんなさいね。あまりにも小さくて可愛いから、中学生くらいかと思っちゃったわ」
率直過ぎるイーリスの言葉に、桃花は一瞬、傷付いたような顔をした。
今の言い方は、さすがにマズいだろうと思い、結太は慌てて割って入る。
「イーリス! 〝小さくて可愛い〟は、褒め言葉だろうと思って言ってんだろーけど、高校生に向かって『中学生くらいかと思った』ってーのは、失礼だと思うぞ! 悪気がないのはわかるけど、もっと、言葉に気ぃ遣わなきゃダメだろ!」
二人の前で車椅子を止めると、結太はイーリスに注意した。
イーリスは目をぱちくりさせて結太を見返した後、たちまちシュンとなってうつむく。
「そうよね、ごめんなさい。個人的に、前から小柄な人に憧れがあったものだから、つい、自分本位な言い方しちゃったわ。本当にごめんなさいね、桃花」
「あっ、いえっ! だ、大丈夫です。わたし、気にしてません!……ですから、あの……き、気にしないでくださいっ」
慌ててふるるっと可愛らしく首を振り、イーリスをフォローする桃花に、『やっぱり伊吹さんは優しいなぁ』と、結太はデレっとして目尻を下げる。
そんな結太に気付くと、
「あ……。もしかして、二人は恋人? 付き合ってるの?」
イーリスが直球の質問を投げて来た。
「ぅええええッ!?」
「ちっ、違いますっ!! わたし達、まだそんなんじゃ…っ!」
(う――っ!……そりゃそーだけどさ……。そんなソッコーで否定しなくても……)
すぐさま否定され、ガックリとうな垂れる結太だったが、イーリスは、桃花の『まだ』という発言に、敏感に反応していた。
(『まだ』……ってことは、これからそうなる可能性もある、ってことよね?……結太の様子から察するに、結太の方は、確実に桃花が好きみたいだけど……。桃花の方は、気持ちがハッキリしてないのかしら?……でも、無意識だとしても、『まだ』なんて言うってことは……きっと、少なからず好意は抱いてる、ってことよね?……そっか。なるほど)
イーリスはニコッと笑って、再び強く桃花の手を握ると、
「じゃあよかった! アタシにも、まだチャンスはあるってことよね!」
声を弾ませ、桃花に宣戦布告とも取れるような発言をしてみせた。
「え…っ?」
「…………へ?」
桃花はショックを受けたような顔つきになったが、結太はよくわかっていないらしく、ポカンとしている。
イーリスは満足げに微笑み、再び口を開き掛けたが、
「お嬢様!」
エレベーターホールに入った辺りのところで、妙に良い声が響いた。
ギョッとしてそちらに顔を向けると、黒いスーツを身にまとった長身の男性が、ポケットに片手を突っ込んで立っている。
「……ああ……。もう来ちゃった」
イーリスが、うんざりしたような顔つきでつぶやく。
男性はサングラスをしていたので、表情はよくわからなかったが、イーリスがふいっと顔をそむけると、ゆっくりとした足取りで近付いて来て、三人の前で立ち止まった。
「捜しましたよ、お嬢様。……まったく、あなたという人は。どこまで世話を掛けさせれば気が済むんです? あなたがしょっちゅう姿をくらますから、私は上から叱られてばかりで、迷惑してるんですよ。少しは自重してください」
聞けば聞くほど、良い声だった。――それに加えて、渋い。
龍生の家の赤城も、かなり〝良い声〟の持ち主だが、赤城が〝渋さ2:甘さ4:カッコ良さ4〟という感じなら、こちらは〝渋さ5:色気3:カッコ良さ2〟と言ったところだろうか。
基本は渋いのだが、妙に色気を感じさせると言うか……。
とにかく、挨拶ひとつで人をドキッとさせてしまうような、無駄に色気のある声だった。
「ふーんだ。べつに、捜してなんて言ってないでしょ? それに、いくらアタシでも、病院の外にまでは出て行かないわよ。病院内なら、危険が転がってるわけじゃないんだし、いーじゃない。一人で出歩くのくらい、好きにさせてよ」
ぷうっと頬を膨らませ、イーリスは拗ねたように告げる。
サングラスの男はため息をつき、
「なら、いいんですけどね。放っておくと、病院の外にまで逃亡しそうで怖いんですよ、あなたは。外に出られたら、捜し回る範囲が、かなり広くなりますからね。面倒ですから、絶対にやめてくださいよ?」
口調は一応丁寧だが、『お嬢様』などと呼んでいる割には、ぞんざいな態度のようにも思える。
この男は、いったい……?
結太と桃花は、観察するように、男をしげしげと見つめていた。
イーリスはそれに気付くと、
「ああ、ごめんなさい。いきなりこんな無愛想な大男がやって来て、驚かせちゃったかしら。――この人、国吉って言うの。一応、アタシのボディーガード。……って言っても、特に誰かから狙われてるわけじゃないから、まあ……簡単に言うと、見張り役みたいなものね」
「……見張り役?」
結太は怪訝顔で首をかしげる。
見た目や体つきからして、鵲や東雲と同類だろうな――とは思っていたが、〝見張り〟とは、どういう意味なのだろう?
「……フフッ。結太ったら、『見張りって何だ?』って顔してるわね。……いいわ。教えてあげる。アタシ以前、堅苦しい生活に飽き飽きして、プチ家出を決行したことがあるのよ。その時、アタシを捜すのに、ボディガード達はかなり苦労したみたいだから、警戒してるんでしょうね。また、あんなこと仕出かすんじゃないかって。……でもアタシだって、もう高校二年生だもの。そんな軽はずみなことしないわ。当たり前じゃない」
何故か、自慢するように胸を張るイーリスに、『……だといいんですけどね』とつぶやく国吉。
お互いに素っ気ない態度を取ってはいるが、目には見えない〝信頼関係〟のようなものが、二人の間にはある気がした。
「じゃあ、特に用がないなら、行きますよ。夕方には、毎日あなたの御父上から、連絡が来るんですからね。『声が聴きたい』とか言われた時、あなたが側にいてくれないと困るんですよ」
「……もう。わかったわよ。部屋に戻ればいいんでしょ、戻れば」
イーリスは、くるっと結太と桃花を振り返り、
「じゃあね、結太に桃花。友達になってくれてありがとう。またお話しましょうね」
ニコッと笑って手を振ると、国吉と連れ立って、歩いて行ってしまった。
結太は呆然と二人を見送り、
「……嵐みたいな子だったな……」
ポツリとつぶやいた。




