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第2話 結太、入院生活の気晴らしに屋上へ向かう

 龍生達が見舞いに訪れなかった数日の間に、病院では、結太のリハビリテーションが、少しずつではあるが始まっていた。


 痛めたのが片脚だけだったなら、数日前に退院していてもおかしくなかった。

 だが、結太の場合、両脚を痛めてしまっていたので、安静にしていなければいけない時間が、普通の場合より、多く必要だったのだ。


 怪我の状態としては、両脚共に、痛みはほとんどなくなった。

 だが、松葉杖(まつばづえ)の使い方が意外と難しく、結太はかなりの苦戦を()いられていた。

 その上、(わき)で挟んで使用するものだから、松葉杖が接触(せっしょく)した部分が痛くなって来てしまい、これもなかなかの辛さだった。


 階段の上り下りなども、すごく大変で、(ゆる)やかな階段であっても苦労するのに、急な階段だったりすると、かなりの恐怖だ。

 特に、上る時よりも下りる時の方が、めまいがしそうなほどに怖い。転がり落ちるのではないかと、何度もヒヤヒヤしたものだ。


 ――よって、病院内での移動は、車椅子に頼るところが多かった。上下の階へ行くのにも、階段は利用せず、なるべくエレベーターを選ぶようにしていた。



「治療中に階段から落ちて、更に怪我なんかしてたら、世話ねーもんなぁ。無理せず、安全第一だぜ」


 そんなことをつぶやきながら、結太は今、屋上へ向かうエレベーターの中にいた。当然、車椅子の方を利用している。

 室内ばかりにいると、気が滅入(めい)って来るので、久し振りに、外の空気でも吸おうというわけだ。



 屋上に着き、自分と同じような人間が結構いるのかと思って出てみたら、そうでもなかった。

 手すりに両手を置き、ぼんやりと景色を眺めているらしい、パジャマを着た十代くらいの少女が、一人いるのみだった。



(女の子かぁ。……車椅子とは言え、男が一人で寄ってったら、怖がらせちまうかもしんねーな。離れた場所に行こう)



 そう思い、結太が車椅子の進行方向を、逆に向けようとした時だった。

 突如(とつじょ)、外の景色を眺めていた少女が、高さが胸の上程度まである手すりの上によじ登り始め、ギョッとして動きを止める。


「ちょ…っ! お、おいっ!! あんた何して――っとっ、わあッ!!」


 慌てて、少女の元へ向かおうと方向転換したとたん、段差に(つまず)き、結太は車椅子から転げ落ちた。

 したたかに体を打ち付けたが、痛さを気にしている場合ではない。素早く顔を上げると、少女は、既に手すりの上に仁王立ちしていた。


 手すりの幅は、転んでうつ伏せになっている結太からは確認出来ず、よくわからなかったが、形状からして、そこまで幅広くはないように感じられた。



(あんなとこに立って、落ちたらどーするつもりだ!?……サーカスの綱渡(つなわた)りの練習……とかじゃねーよな……?)



 見ているだけでヒヤヒヤした結太は、もう一度声を掛けようと口を開き掛けた。

 すると、


「フッ。……ハハッ! ハハハハハハハハッ!! アーハッハッハッハッハッハッ!!」


 急に吹き出したと思ったら、今度はお腹を抱えて、大笑いし始めた。

 突拍子(とっぴょうし)もない行動に、結太は口をあんぐりと開けたまま、固まってしまった。



 少女は、屋上のコンクリートの床の上で、うつ伏せになって自分を見ている者がいることなど、全く気付かぬ様子で、結構長いこと笑い続けていた。


 それから数分後、その少女は、手すりの上でくるりと百八十度回転すると、うつ伏せ状態の結太に初めて気付き、


「ひゃわッ!?」


 甲高(かんだか)い驚きの声を上げ、バランスを(くず)しそうになってよろめいた。


「危ねえッ!!」


 とっさに手を伸ばしたが、うつ伏せに倒れたままでは、届くわけがない。

 結太は心臓が凍りそうになったが、少女は、『ぅわっ! はっ!――ととっ!』などと言いつつ両手を平行に伸ばし、バランスを保つことに成功していた。


「……あっぶなぁ~……」


 胸元を押さえてつぶやくと、少女はキッと結太を睨み、


「ちょっと、そこのキミ! いきなり後ろにいないでよっ、ビックリするじゃない! もうちょっとで飛び降り自殺しちゃうとこだったわよ、まったく! そんなことになったら、どーやって責任取るつもりだったのっ!? ホントにもうっ、迷惑な人ねっ!!」


 一方的にまくし立て、仁王立ちのまま、結太をビシッと指差す。



(……迷惑? なんだよそれ? いきなり手すりの上によじ登ったりして、自殺かと思わせて迷惑掛けたのは、そっちの方じゃねーか!……ったく。脅かしやがって。心臓止まるかと思ったっつーの)



 内心で愚痴(ぐち)りながら、結太は呆れて少女を見返した。

 少女はと言うと、結太が車椅子から転がり落ちてしまったらしいと、ようやく気付いたのか、『ん?』という風に首をかしげ、改めて、結太をまじまじと見つめて来た。


「え……。あれ?……もしかして……アタシのこと、助けようとしてくれて……た?……それで焦って……車椅子から落ちちゃった……とか、だったり……?」


 助けようとしたのは事実だが、彼女が本当に飛び降りていたとしたら、絶対に間に合わなかっただろう。

 そう考えると、胸を張って言えることでもないなと、結太は気まずく目をそらせ、ボソッとつぶやく。


「……まあ、そんなとこ……」


 結太の返答を聞くと、少女は慌てた様子で手すりから下り、側まで駆け寄って来た。

 そしてその場にしゃがみ込み、


「ごめんなさい! まさか、人がいるとは思わなくて……。アタシの方が、驚かせちゃったんだよね?」


 そう言って、結太の顔を申し訳なさそうに覗き込んだ。

 少女の顔を間近で確認した結太は、ハッと息を()む。


 体中の血管が透けて見えてしまいそうな、真っ白な肌。(無論、本当に体中の血管が見えているわけではないが)

 〝透き通るような白い肌〟とはよく聞くが、この子のような肌の色のことを言うのだろうかと、思わず目を見張った。


 髪型はストレートロング(腰くらいまでの長さ)で、髪色は普通に黒だったが、目の色は、日本人とはかなり違う、綺麗に澄んだ露草(つゆくさ)色だった。



(え……。もしかして、外国の人?……にしては、流暢(りゅうちょう)な日本語だな。……ハーフ……だったりすんのかな?)



 それにしても、実に綺麗な瞳の色だ。ずっと見ていたら、吸い込まれてしまいそうだ。

 結太は起き上がるのも忘れ、ボーッと見惚れてしまっていた。


「な……何? アタシの顔に、何かついてる?」


 少女に怪訝(けげん)顔で訊ねられ、結太はハッと我に返った。

 うつ伏せの状態から、慌てて上半身を起こし、車椅子にしがみつく。


「あっ。――待って。手伝ってあげる」


 少女はそう言って、結太の体を支えると、


「さっきは驚かせちゃって、ホントにごめんね? アタシ、藤島イーリス。十六歳の高校二年生。よろしくね!」


 可愛らしく小首をかしげ、人懐(ひとなつ)っこくニコッと笑った。

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