第16話 咲耶、桃花を気の毒に思い龍生に抗議する
桃花にとっては、〝好きな人の電話番号を訊く〟という行為は、かなり勇気のいることだったろう。
急激に委縮してしまったらしい桃花を見て、龍生は一瞬、悪いことをしただろうかと後悔しかけた。
しかし、いきなり本人から掛かって来たら、結太のことだ。舞い上がり過ぎて、大失態をやらかす恐れもある。
一応、心の準備をする時間は与えてやらないとなと、すぐさま思い直した。
すると、
「なんだよ秋月。楠木の電話番号のひとつやふたつ、教えてやればいいじゃないか。減るもんじゃなし」
龍生の服の袖をつまみ、ツンツンと引っ張りながら、咲耶が不服そうに横槍を入れて来た。
龍生は苦笑し、
「べつに、教えたくないと言っているわけではないよ。ただ、本人の意思も確認しないうちに、勝手に教えるのはどうかと思っているだけだ。咲耶だって、電話番号を他の人間に勝手に教えられたら、良い気持ちはしないだろう?」
「う…っ。それは、確かに……。だが、桃花と楠木は、知らぬ仲ではないんだし……そこまで問題はない、ようにも……思えるんだが……」
自信がなくなって行く様が、語尾が小さくなって行っていることから、容易に察せられる。
顔色を窺いながらの上目遣いが、また可愛いな。――などと思いながら、龍生はクスクスと笑った。
「な――っ!……なんだ!? どーして笑ってるんだ!? 笑えるようなこと、言った覚えはないぞっ?」
困惑した表情も、更に可愛い。
……ダメだ。咲耶の全てが可愛過ぎて、抱き締めたくなって来る。
――いや、待て。落ち着け。
人前で『こーゆーことはしちゃダメ』なのだと、咲耶を怒らせてしまったばかりじゃないか。
……堪えろ。堪えるんだ。
衝動と抑制の間を行ったり来たりしながら、龍生はどうにか欲望を抑え込んだ。
「……あ、ああ……すまない。笑うつもりはなかったんだが。咲耶があまりにもかわ――っ……いや。ンッ、ン、ンンッ、――コホン。……なんでもない」
(……今絶対、『可愛い』って言おうとしたよな……? それを、慌てて咳払いしてごまかした。……ダメですよ。バレバレですよ。そんなんじゃ全然、隠し切れてませんよっ)
龍生の様子をハラハラとした気持ちで見守りながら、心でツッコむ、鵲と東雲だった。
しかし咲耶は、
「どうしたんだ、急に咳込んだりして? 風邪か? 大丈夫か?」
などと、龍生の体の心配をしている。
(あれだけあからさまな〝デレ〟の気配を、全く気付かないでいられるとはっ!)
ある意味ものすごい人だなと、鵲と東雲は内心舌を巻いた。
「大丈夫。風邪などではないよ。……それより、もうこんな時間か。外はすっかり暗くなってしまっているな。……咲耶。それから、伊吹さんも。今日話したことを、しっかりと胸に刻んでおいてほしい。絶対とは言えないが、咲耶を誘拐しようとしている人間がいるかもしれないんだ。とにかく、しばらくの間は、充分危機感を持って生活していてもらいたい」
二人に告げた後、龍生は真剣な顔で咲耶を見つめ、
「特に咲耶。先ほど注意したことを、忘れないでくれ。どんなにひ弱に見える男だろうが、油断してはいけない。伊吹さんと二人でいる時もだ。もしも運悪く、怪しい男に遭遇してしまったら、真っ先に考えてほしいのは、何よりも〝逃げる〟ことだ。決して、自分でどうにか出来るなんて思ってはいけないよ? いいね?」
再び、言い聞かせるように訴える。
咲耶は素直にうなずいたが、自分が狙われる恐れがあるとなると、さすがに緊張するのか、いつもより、顔がこわばっているように見えた。
龍生は、そっと咲耶の両肩に手を置き、
「……大丈夫だ。俺が絶対に守ってみせる。どんな奴だろうと、咲耶に指一本触れさせやしない。だから……」
そこで言葉を切ると、龍生は他の三人の方を振り返る。
「悪いが、少しの間、ドアの方を向いていてくれ」
「……へっ? どうしてでっ――ッム!? ムグッ! ムググッ!?」
事情を察した東雲は、ポカンとした顔で訊ねる鵲の口を、慌てて両手でふさぐと、
「承知しましたっ、坊ちゃん!」
鵲の体を半回転させ、己もそれに続く。
桃花は、『えっ? あの……?』と戸惑っていたが、東雲に、『俺達の真似してくださいっ』と言われ、きょとんとしながらも、急いで後ろを向いた。
三人がドアの方へ体を向けたことを確認してから、龍生は咲耶をまっすぐ見つめ、先ほどの台詞を、途中から言い直す。
「どんな奴だろうと、咲耶に指一本触れさせやしない。だから……」
少しずつ顔を近付け、『全て任せて、俺のことだけ考えていてほしい』ささやくように告げると、咲耶の唇に己の唇を重ねた。
「ん――っ」
咲耶は驚いて目を見張る。
だが、三人をドアの方に向かせたのは、このためだったのかと覚ると、恥じらいながらも静かに目を閉じ、龍生の背に、おずおずと両手を回した。
龍生は僅かに唇を離し、『……好きだ。咲耶』再びささやいて、ギュッと抱き締めながらのキスをする。
やはりどうしても、気持ちを抑えきれなかったらしい。
咲耶の前では、普段は冷静な龍生も、堪え性のない、ただの男に変貌してしまうのだろう。
その後、二人は。
痺れを切らした東雲から、『坊ちゃーん。まだですかー?』と訊かれるまで、うっとりとキスし合っては抱き合う――という行為を、飽きることなく繰り返していた。
龍生と咲耶が、完全にバカップルと化しております。
脇役イチャラブ状態で、申し訳ございません!
……というわけで、第12章はここまでとなります。
お読みくださり、ありがとうございました!




