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第13話 龍生の昔語り・7

 テーブルに突っ伏し、今度は号泣し始めた鵲と東雲を前に、龍生は呆れ顔で片肘(かたひじ)をつく。


「……まったく、大袈裟だな。成人してから何年も経つ大人が、あそこまで大泣きするほどのことか? それに、『一生ついて行く』のは、お祖父様だけにしておいてくれ。俺は関係ないだろう」


 龍生の素っ気ない言葉にピクリと反応すると、二人は瞬息で体を起こし、


「そんなッ!! 関係ないわけないじゃないですかッ!!」

「そーですよッ!! 坊ちゃんだって、俺達の大恩人なんですから!! 一生ついて行きますって!!」


 涙をダラダラ流しながら断言する。


「大恩人?……俺が? 何故?」


「まーったまたっ! そんなとぼけたことおっしゃって!」

「あの時坊ちゃんが、大怪我負って、意識朦朧(もうろう)としてる中で、言ってくださったんじゃないですか!! 龍之助様に、『この人たちは悪い人じゃない。よく話を聞いてあげて』って!!」


「えっ?……秋月が、朦朧としながら……?」


 驚いたように目を見張り、咲耶は龍生に視線を移す。

 龍生はその視線に気付くと、(わず)かに顔を赤らめつつ、顔を隠すようにして、片手で(ひたい)(おお)った。


「俺がそんなことを言ったのか?……悪いが、まったく覚えていない」


「ええッ、覚えてないんですかッ!?……でも、まあ……あの時の坊のご様子では、無理もないですけど……」

「けど、あれで俺達、すっげー感動したんですよ。こんな小さな子が、血だらけで、意識失いそうになりながらも……誘拐犯である俺達のことを、ここまで考えてくれてるなんて――って」


 二人は服の袖で涙を(ぬぐ)ってから、龍生の方に顔を向けてニカッと笑った。


「あの時、俺達決めたんです!!」

「もう絶対、この子を――いや、このお方を傷付けまいって。このお方のために、一生を(ささ)げようって!!」



 自分より一回りも年上の者達に、ここまで思わせてしまうとは。

 六歳当時の龍生、恐るべし――という感じだが。



 鵲と東雲だけでなく、この話には、咲耶も胸を熱くしていた。


 咲耶の記憶の中のユウくん――龍生は、暗闇に、まるでそこだけ淡いライトを当てたかのような、ぼうっとした光の中、上半身を赤く染めて横たわっている。

 血に染まった肩口を片手で押さえ、息も絶え絶えの状態で、いつも、横たわっているのだ。


 咲耶の記憶通りに、あれほどの大怪我を龍生が負っていたとするならば、東雲達の言うように、相当、意識は朦朧としていたはずだ。

 そんな中、『この人たちは悪い人じゃない。よく話を聞いてあげて』と言ったのだとしたら、なんという少年だろう。


 たった六歳で、そこまでのことが出来たなどとは、(にわ)かには信じられないが……側で聞いていた本人(しかも二人共に)が言っているのだから、疑いようがない。本当にそう言ったのだ。



「……よかった。やはり、おまえはユウくんだった。私の知っている、優しいユウくんだった。……本当に、ユウくんだったんだな……」


 咲耶は瞳を(うる)ませながら、そう思えることを喜んだ。

 記憶の中の少年が龍生であることを、心の底から信じることが出来て、今すぐ龍生に抱きつき、ギュッとしたいほどに嬉しかった。


 だが、龍生は、テーブルに付いていた肘から顔を上げると、うんざりしたように顔を歪めた。


「また『ユウくん』か。……咲耶。前も言ったように、俺はユウくんではな――」


「あーっ、そうそう! そー言えば、俺、ずーっと不思議だったんですよ。小さい頃の保科様が、坊ちゃんのことを『ユウくん』って呼んでたことが。一瞬、『こっちも別人なのか!? だとしたら、本人はどこにいるんだ!?』って、すっげー焦っちまったんですから。――で、どーして坊ちゃんは、保科様に『ユウくん』って呼ばせてたんです? 本名言っちゃいけねーって、ご両親から言われてたんですか?」


 唐突に横から訊ねられ、龍生はポカンとした顔で、東雲を見返した。

 すぐさま咲耶が反応し、


「ほらっ、秋月! 今の聞いたかっ? 私がおまえのことを、『ユウくん』って呼んでたって!――な~んだ。やっぱり、おまえが『ユウくん』本人だったんじゃないか。こうして証人が出て来たんだ。もう、『違う』なんて言わないよな?」


 そう言って、嬉しそうに微笑む。


「……俺が……『ユウくん』と呼ばれていた……?……では、やはり……俺が自分で、『ユウ』だと名乗ったのか……?」


 口元を押さえ、龍生は呆然としてうつむいた。

 その辺りの記憶は、咲耶同様、失ってしまっているらしい。


「え?……坊ちゃん、ご自分が『ユウくん』って呼ばれてたこと、覚えていらっしゃらないんですか?」

「……ああ。俺の記憶にはない」


 龍生は(こぶし)(あご)に当て、必死に思い出そうとしているようだったが、今まで忘れていたものを、そう簡単に思い出せるはずもない。

 しばらくしてから、小さくため息をつき、首を横に振った。


「ダメだ。やはり俺の中に、そう言った記憶はない」

「……そうか」

「そうですか……」


 咲耶と東雲が、ほぼ同時に相槌(あいづち)を打つ。


 共通の思い出であるはずのものを、思い出してもらえないというのは、こんなにも寂しいものなんだなと、咲耶はその時、しみじみ思い知った。

 龍生もずっと、こんな気持ちでいたのだろうかと、堪らなく、申し訳なく思えて来たのだ。


 そうして、咲耶が何となく沈み込んでいると、再び東雲が、何か思い出したかのように顔を上げた。


「ああ……そうか。それじゃあの時、一緒に忘れちまったんじゃないですか? 坊ちゃん、怪我の手術の後、しばらくの間……確か、一年くらいでしたかね? 誘拐された時の記憶、失くしちまってたじゃないですか。きっと、その時のことが原因で、細かいことは忘れちまったんですよ」


「えっ?……秋月も、記憶を失くしてたことがあったのか!?」


 驚いて、龍生をじっと見つめる咲耶に、龍生は『ああ……』と、気まずそうにつぶやいて、


「そうだな。ちょうど一年ほどの間、忘れてしまっていたんだったな。……一年後、桜の季節に……思い出したんだ。満開の桜の木の下で、出会った少女のことを――。庭の、満開の桜を見て……俺はまた、咲耶を思い出せたんだ」


 夢見るようにつぶやいて、龍生は、ふわっと花開くように笑った。

 その笑顔に、少しだけときめきながら、咲耶もつられて微笑む。


「……そうか。なるほど。……だからかもしれない。咲耶が、『さくら』と名乗ったように感じたのは。桜を見て思い出したから……そして、桜の下で出会った少女が、桜を指差し、『わたしの木なの』と言ったから……勘違いをしてしまっていたのかもしれない」



 今、ようやく――龍生は納得出来た気がした。


 自分が咲耶を、『さくら』だと思っていたこと。

 咲耶は自分を『ユウくん』と呼んでいたのに、それを自分が忘れてしまっていたこと。

 それらの理由が、やっと解明出来た。



 ――ただ、自分が咲耶に『ユウ』だと名乗ったことが、未だ謎のままなのが気に掛かるが……。



 幼い子供がするようなことだ。そんなに大した理由ではなかったのだろう。


 そうやって自分を納得させ、龍生はひとまず、この謎は忘れておくことにした。



 ――さて。

 誘拐事件について、鵲と東雲、そして自分が知っていることは、全て伝えられたはずだ。

 昔語りはここまでにして、いよいよ、本題について話すとしよう。



 龍生は一同を前にして、再び口を開いた。


「今回、こうして集まってもらって、君達に、昔の誘拐事件のことを話そうと思ったのには、訳があるんだ。実は――……」

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