第10話 龍生の昔語り・4
「はああッ!? なんだそれはっ!? 東雲さんが邪魔だから、誘拐事件起こさせて警察に突き出し、妹さんを脅して、ムリヤリ息子の嫁にするだとぉ!? その親父、正気かっ!? 頭のネジ、三本くらい飛んでるんじゃないのかッ!?」
鵲と東雲の話を聞いている途中、もう我慢出来ないといった様子で、咲耶がソファから立ち上がった。
それを聞いた二人は、お互い顔を見合わせてから、深々とため息をつく。
「まあ、ネジが飛んでるっちゃあ、飛んでるんですけどね……」
「バカなんですよ。要するに、開いた口がふさがらなくなるくらいの、バカ親なんです。……息子の仁は、いい奴なんですけどねぇ。俺ぁ、あいつが可哀想で……」
東雲の言葉に、咲耶は意外そうに目を見張った。
「可哀想?……まあ、そりゃあ……親が勝手にしたことではあるんだろうが……。大事な妹さんを、人質に取られてたんだろう? 東雲さんは、そいつ――仁って人のことは、これっぽっちも恨む気持ちはないのか?」
「ええ、それはもちろん。ある意味、あいつも被害者のようなもんですしね。あんなバカな親持っちまって……」
しみじみとした口調で、仁に同情を示す東雲に、鵲は笑みを浮かべながら補足する。
「仁って、昔っからトラに懐いてたって言うか、かなり慕ってたんですよ。トラ、自分に好意を寄せてくれてる人を、無下には出来ない性分なんです。兄貴肌、とでも言うんですかね」
「兄貴肌……。なるほど。面倒見が良い人なんだな、東雲さんは」
咲耶は感心してうなずくと、ソファに座り直した。
「いやぁ~。そんなに褒められると、困っちまいますよぉ~。……ヘヘッ」
東雲は頭を掻きつつ、照れ臭そうに体をくねらせている。
……いや。
そこまで照れるほどには、褒めていないと思うのだが……。
どうやら、調子に乗るタイプのようだと、咲耶は納得した。
二人共に〝お人好し〟というのも、だいたい理解出来る。
「だが、今の話からすると、脅されたのは東雲さんだけなんだろう? どうして鵲さんまで、誘拐に手を貸すことになったんだ? いくら親しい幼馴染って言ったって、犯罪に関わるなんて、嫌じゃなかったのか?」
咲耶に問われた鵲は、一瞬、きょとんとした顔つきになったが、すぐにへらっとだらしなく口元を緩め、
「はぁ……。それは、まあ……そうなんですが……」
何故か顔を赤らめたりして、先ほどの東雲と同様に、体をくねらせ始めた。
……なんだ? 照れているのか?
照れるような質問など、した覚えはないのだが……。
眉間にしわを寄せ、訝るように鵲を見つめている咲耶に気付いた東雲は、慌てて説明を付け加えた。
「あ~……それはですね、保科様。こいつ、ガキの頃から、兎羽に惚れてたんですよ。だから、『兎羽ちゃんを人質に取るなんて、絶対許せない!!』ってんで、俺に協力してくれることになったんです」
「ト――っ!……お、おいトラっ。余計なこと言うなよっ」
声を潜めて訴える鵲だったが、東雲はケロッとしている。
「いーじゃねーか、べつに。今更隠すことでも、照れることでもねーだろ。とっくに振られてんだから」
「う…っ」
「振られたのか!?」
「振られちゃったんですか!?」
咲耶と桃花が、同時に訊ねる。
鵲は真っ赤な顔をして、『はあ、まあ……』などと、モゴモゴとつぶやいている。
「兎羽は結婚しちまったんですよ。こいつが長いこと告白出来ず、モタモタしてる間にね」
「トラ! だから余計なことは――っ!」
「うっせーな、おまえが悪いんだろッ!? いつまでもグジグジグジグジしてっから、いけ好かねえ無表情野郎に、兎羽を横取りされちまったんだろーがッ!!……俺ぁおまえになら、兎羽を任せてもいいって、思ってたのによ……」
そっぽを向き、しかめっ面で愚痴る東雲は、どこか寂しそうに見えた。
大切な妹には、鵲のような〝良い人〟と、幸せになってもらいたかったのだろう。
「……だって、仕方ないじゃないか。兎羽ちゃんは、ボディガードしてもらってた時から、ずーっと堤さんのことが好きだったんだから……」
すっかりしょげ返ってしまった鵲は、大きな体を縮こめ、うつむきながらぼやいている。
「ボディガードしてもらってた時って……妹さんが結婚した人は、ボディガードなのか!?」
「もしかして、お二人の同僚さんですかっ?」
『ボディガード』という言葉に引っ掛かった咲耶と桃花は、続けざまに質問して来た。
鵲と東雲は顔を見合わせ、
「同僚……では、ないんですが……」
「……まあ、一応……先輩、ってヤツなんですけど……」
「先輩!?」
「じゃあ、歳の差婚!?」
咲耶と桃花の瞳が、キラキラと輝いている。
その顔を見て、桃花ならまだわかるが、咲耶もこういう話(恋愛話)などに興味があるんだなと、龍生は意外に思った。
つい最近まで、恋愛事には無関心のように見えていたが……。
これは良い兆候かもしれないと、ほくそ笑む。
「はあ、まあ……。確か、九歳か十歳くらいは、離れてたと思いますけど……」
「フン! まさかあんなオッサンに、兎羽を奪われちまうたぁな!」
素直に質問に答える鵲に、面白くなさそうに声を張る東雲。
今までの言動から察するに、東雲は、相当妹を大事に思っていて、結婚相手の堤と言う男には、良い印象を抱いていないらしい。
「東雲さんは……もしや、〝シスコン〟とかいうヤツなのか?」
思ったことをストレートに口にする咲耶に、桃花は焦って注意しようとしたが、それよりも早く、
「ああ、そうだ。東雲は重度のシスコンだ」
龍生はキッパリと断言した。
「ぼ――っ、ぼぼぼ坊ちゃんッ!!――なっ、ちっ、……違いますって! 俺は――っ」
「うん。かなりのシスコンだよね。兎羽ちゃんの結婚式じゃ、『〝花嫁の父〟か!』ってツッコみたくなるくらいに号泣してたし」
「んな――っ!?……サ、サギてめえ! 裏切りやがったなコラァッ!?」
東雲は顔を真っ赤にして凄んでみせたが、龍生の手前、手を出すわけには行かず、グッと拳を握ったまま堪えている。
「東雲がシスコンだったから、誘拐事件は起こったとも言えるんじゃないか? 俺は兄弟がいないからよくわからないが、いくら妹を人質にされ、脅されたからと言って、素直に誘拐事件を起こすなど、普通の感覚では信じられんからな。せめて、事前に警察に知らせるとかするだろう? 素直に従えば、人質を解放してくれるという保証など、どこにもなかったんだしな。何せ、相手は五十嵐のバカ息子だ。追い詰められたら、何をするかわからん」
「いやっ、でもですよ!? 『警察に知らせたら、妹はどうなるかわからんぞ』って言われたら、坊ちゃんだって従うでしょう!?」
「さあ、それはどうだろうな。知らせても知らせなくても、無事に帰してもらえるかどうかわからんのなら、一か八か、警察に知らせた方が上手く事が運ぶ可能性も――」
「保科様を人質に取られてもですか!? 今みたいに冷静でいられますか、坊ちゃん!?」
とたん、ピクリと龍生の肩が揺れた。
しばらくの沈黙の後、顔を上げると、
「……何を言っているんだ、東雲? 咲耶を人質にした相手に、警察など無用の長物。邪魔でしかない。……フ。どんな手を使ってでも咲耶は助け出すさ、決まってるだろう?……その後、犯人には重い懲罰を下すことにしよう。……そうだな。いつか咲耶が言っていたように、無人島のどこか深くに穴を掘り、生きたままそいつを放り込んで、完全にこの世から抹殺する……というのも悪くないな。……そうだ。そうしよう。……フッ。……フフフフフフフフ……」
……完全に目がイッてしまっている。
いつもと様子の違う龍生を前に、その場の者達の背筋は一気に凍りついた。
咲耶を溺愛している龍生なら、やりかねない気がしたのだ。
……龍生だけは、一生敵に回さないように気を付けなければ。
龍生以外の者達は、そっと目配せし合い、同時に深くうなずいた。




