第6話 龍生、一同が揃ったところで昔話を始める
桃花がクッキーをちびちびと食べながら、暇を持て余していると。
リビングのドアが開き、龍生と咲耶、その後ろから、鵲と東雲が入って来た。
龍生の怒りを買い、先ほど出て行ったはずのボディガード二人も共に――ということは、彼らは許してもらえたのだろうか?
そんなことを思いながら、桃花は入って来た一行を、じっと目で追っていた。
「伊吹さん、待たせてすまなかったね。一人で退屈だっただろう?」
向かい側のソファに座ると、龍生は申し訳なさそうに、桃花の顔を窺った。
彼女はふるると首を振り、にこりと微笑む。
「大丈夫です。美味しいお菓子をいただいてたら、時間なんて気になりませんでしたし……。だから、気にしないでください」
咲耶も隣に腰を下ろし、『急に飛び出したりして悪かったな、桃花』と謝って来たが、これにも無言で首を振る。
「……でも、あの……。え、と……。鵲さんと東雲さんは、どーして、床に……?」
桃花に問われ、龍生と咲耶は、彼女の視線の先に目をやった。
ソファ横の絨毯の上で、鵲と東雲が正座している。
龍生はギョッと目を見張り、慌てて立ち上がった。
「何をしているんだ、おまえ達? 何故、そんなところに?」
ソファは、テーブルを囲むように設置されている。
咲耶と桃花が座っている複数人掛けが一脚、龍生が座っている、一人掛けが三脚だ。
ちょうど二脚空いているのだから、そこに座ればよいものを、何故わざわざ、床などに正座しているのか。
「いえ、あの……俺た――いえ、私共が、主の横に座らせていただく訳には参りませんので」
「はい。床で充分です」
膝の上に両手を置いた二人は、かなり緊張し、かしこまっている様子だった。
咲耶に誘拐事件のことを知られた上に、間違って誘拐した子が、咲耶だったということが判明したのだ。緊張するのは当然かもしれない。
しかし、だからと言って、あんなところに正座していられたら、落ち着かないし、話もしにくい。
毎度毎度、面倒を掛けさせてくれる奴らだなと、龍生は呆れてため息をついた。
「……まったく。そんなところにいられたら、迷惑だということがわからないのか? これから、おまえ達に深く関わる話をするんだぞ? それを理解しているんだろうな?」
「は、はいっ。それはもちろん!」
「りっ、理解しておりますするるる……っ、ですですっ!!」
東雲はまだともかく、鵲の緊張の度合いは、かなり重症のようだった。
極度に緊張すると、たまにではあるが、珍妙な敬語になる時があるのだ。(ちなみに、今の返事の仕方は、かなりマシな方だったりする)
「わかっているのなら、早くソファに座れ! もたもたしていたら、夜になってしまうだろうが!」
イラつく龍生だったが、それでもまだ、二人は『いえ、ですが……』『坊のお隣に腰掛けるなんて、そんな……』などとやっている。
「いいから座れ!!――これは命令だッ!!」
命令などという言葉は、あまり使いたくないのだが。
ここまで言って、ようやく二人は立ち上がり、慌ててソファまでやって来ると、恐縮したように体を丸め、そろそろと腰を下ろした。
「……よし。それでは始めよう。十年前の、誘拐事件の話を。……ああ。伊吹さんにとっては、初めて聞くことばかりだろうし、多少、ショックなこともあるかもしれないが……話しても平気かい?」
「はいっ、大丈夫です! 咲耶ちゃんの身に起こったことなら、ちゃんと知っておきたいですから」
「……桃花……」
嬉しそうに瞳を輝かせ、まっすぐ見つめて来る咲耶に、桃花は微笑みで応える。
自分以上に仲の良い場面を見せつけられると、少々嫉妬してしまうのだが。
今は妬いている時ではない。龍生は周囲に気付かれぬよう、浅い呼吸を繰り返し、なんとか気持ちを落ち着かせた。
「誘拐事件のことは、俺よりも、鵲と東雲の方が詳しいからな。後で二人に話してもらうことにして……。まずは、俺と咲耶の出会いから話そうか」
そう切り出すと、龍生は十年前のことを語り始めた。
龍生と咲耶の出会い。
それはまだ、彼がこの離れではなく、両親と共に、別の家に住んでいた頃のことだった。
その頃住んでいたのは、咲耶の家からほど近い一軒家。
敷地は、今住んでいるところほどではないにしても、やはり、とても広く――近所では、〝幽霊屋敷〟と呼ばれていた。
無論、本当に幽霊がいたわけでも、それらを目撃した者がいたわけでもない。
屋敷(洋館)がとても古く、また、うっそうとした木々に囲まれていたため、遠目には怪しく見えたのだろう。
そんな〝幽霊屋敷〟という響きに好奇心を刺激され、たった一人で忍び込んで来たのが、咲耶だった。
屋敷のセキュリティは厳重で、ネズミ一匹入り込めない。
……はず、だったのだが。
どうやら、小さな子だけが入り込めるような隙間が、どこかにあったらしいのだ。
咲耶はよく、『わたしだけしか知らないとこ』と言って、自慢げに笑っていた。
しかし、それはどこかと、何度咲耶に訊ねようとも、決して教えてはくれなかった。
お陰で、今もずっと謎のままだ。
その頃、龍生は私立大学附属の幼稚園に通っていたのだが、友達は一人もいなかった。
近所に同じ幼稚園に通う子がいなかったせいもあるが、幼い頃の龍生は、今よりもっと扱いにくい、無口な子だった。
そのためか、無邪気な子供達からは、異質と捉えられてしまったのだろう。誰一人として、近寄っては来なかった。
そんな龍生を前にしても、まったく物怖じすることなく近付いて来たのが、咲耶だった。
咲耶と初めて会った日のことを、龍生は、今も時折夢に見る。
あの日。
屋敷内にある大きな桜の木の下に、咲耶はいた。
ちょうど満開の桜の下。
はらはらと舞い落ちる花びらに囲まれ……咲耶は、たった一人でたたずんでいた。
「きみは……だれ?」
龍生が訊ねると、咲耶はくるりと振り向いて、ニカッと歯を見せて笑った。
そして『わたし、さくら』と名乗り、桜の大木を指差して、
「この木、わたしの木なの!」
何故か堂々と胸を張り、自慢げに言い放ったのだ。




