第5話 東雲と鵲、再度の覗き見で主の怒りを買う
大きな体を丸め、しゃがみ込んでいた鵲と東雲は、バラの植込み越しで仁王立ちしている龍生を見上げ、心底恐れおののいた。
隠し撮りをしていて怒りを買ったのは、つい最近のことだ。
それなのに、龍生がファーストキス(実際は、ファーストキスではないのだが)をしようとしていたところを、こっそり覗いていたことが、またしてもバレてしまうとは。
今度こそ、ただでは済まない。
簡単に見逃してくれるはずがない。
0コンマ数秒でそれを理解した二人は、植込みの間から龍生の前まで、素早く移動したと同時に土下座した。
「申ーーーっし訳ございません、坊ちゃんっ!!――けど、悪気はなかったんですっ!!」
「お二人があまりに良い雰囲気だったもので、出て行くのがためらわれましてっ! お邪魔してはいけないと思いっ、植込みの陰に控えておりましたぁーーーーーッ!!」
言い訳しつつ深く頭を下げる二人に、龍生の苛立ちは更に強まる。
――この期に及んで、まだ『お邪魔してはいけないと~』などと白々しい。
二人が〝龍生のファーストキス見届ける〟ために隠れていたことは、彼らの会話から丸わかりだ。素直に謝るだけにしておけばいいものを……。
言い訳を交えの謝罪とは、まったく、潔くない。
「……気に入らない」
思わず口にしていた。
「……え?」
「ぼ……坊……?」
恐る恐る顔を上げると、龍生は仁王立ちで腕を組み、二人を冷たく見下ろしていた。
「おまえ達がしようとしていたことは、全てこちらに筒抜けだと言うのに、『お邪魔してはいけないと思い』……だと? よくもそんなことが言えたものだな。覗き見する気満々だっただろうが」
「い、いえっ、それは――っ」
「確かに覗いてしまいましたが、最初からそうしようと思っていたわけではなくっ!」
「お二人に気付かれないようにこの場を離れるのは、不可能かと思いましてっ!」
「それで仕方なく、植込みでじっとしていようということになった次第ですっ」
交互に訴えかけて来る鵲と東雲に、龍生は呆れ返ってため息をついた。
初めはどうだったにせよ、結果的に〝覗いていた〟という事実は変わらないではないか。
その点について言及しようと、龍生が口を開き掛けた瞬間、
「どういうことだ……?」
背後から咲耶の声がして、反射的に振り返る。
彼女は厳しい表情で、鵲と東雲をじっと見つめていた。
あれだけの大声で話していれば当然だが、やはり聞こえてしまったかと、龍生の気持ちは暗く沈んだ。
出来ることなら、高校生二人の正体は、ずっと伏せておきたかった。
しかし、こうなってしまっては、隠し通すことは不可能だろう。龍生は覚悟を決めて咲耶に向き直った。
「すまない。このことを話すと、かえってややこしいことになると思って、言えなかったんだが……。この愚か者どもが、あれだけ大声で話してしまったんだ。隠し立てしても無駄だな。……咲耶、既にわかっているんだろう? あの時の誘拐の実行犯が、この二人だということを?」
「……え?」
「ぼ、坊……?」
鵲も東雲も、真っ蒼になって龍生を仰ぎ見た。
「『誘拐の』……って、坊ちゃん。まさか、あの話を保科様に?」
「ど……どうして……」
龍生はギロリと二人を睨み付け、
「『どうして』だと? おまえ達、本当に覚えていないのか? 咲耶はあの事件の被害者だ。あの時、俺と間違えて誘拐した子が、ここにいる咲耶なんだ」
「えッ!?」
「あの時の男の子が!?」
「――って、誰が男だぁッ!?」
すかさず咲耶がツッコむ。
幼い頃の咲耶の髪は短く、Tシャツにショートパンツが基本スタイルだったのだ。勘違いされても、まあ、無理がないと言えば言えるのだが。
「嘘だろ……。あの時の泣き虫なガキが、保科様だって?」
「女の子だったなんて……。全っ……然、気付かなかった」
呆然とつぶやく二人を前に、咲耶は悔しげに歯噛みする。
文句を言ってやりたいが、この二人のことをよく知らないことに、今更ながら思い至ったのだろう。何か言いたげな瞳で龍生を見据える。
「おい秋月ッ! 何なんだこの…っ、失礼な男共はッ!?」
悔しさのためか、恥ずかしさのためか(たぶん、どちらもだろうが)、咲耶の顔は真っ赤に染まっている。目にはうっすらと涙まで浮かべ……。
こんな時にもかかわらず、龍生は『可愛い』と心でつぶやき、熱心に見入ってしまった。
「おいっ、聞こえないのか!? 答えろ秋月っ! 何をボーっとしているんだッ!?」
咲耶に腕を掴まれ、揺さぶられ、龍生はハッと目を見張る。
「あ……ああ、すまない。つい、考え事を……」
まさか、『あまりに君が可愛くて、見惚れてしまっていた』などとは言えず、龍生は適当なことを言ってごまかした。
これが普段であれば、ストレートに伝え、照れまくる咲耶の反応を、充分に堪能させてもらっているところなのだが。
今は鵲と東雲もいる。いくら龍生でも、さすがにそれは出来なかった。
「さっき話しただろう? 主犯に脅され、泣く泣く誘拐に手を貸した、高校生二人の話を――。その時の高校生が、鵲と東雲だ」
「違うッ、そーじゃなくてっ! どーしてその二人が、この家に雇われてるのかって訊いてるんだッ!! 無理矢理やらされたことなら、罪を見逃すまでは理解出来るが……。誘拐された者の家に、誘拐犯が雇われているだと!? そんな滅茶苦茶な話、今まで聞いたこともないぞッ!?」
……またしても、至極もっともなことを言われてしまった。
誘拐された時の記憶が、完全に残っている状態であったなら、彼女も少しは、理解を示してくれていたかもしれないのだが。
残念ながら、龍生が怪我をした辺りのことしか、思い出せてはいないのだから……そうするに至った龍之助と龍生の心情、その全てを理解してもらうのは難しいのだろう。
……だが、たとえそうであっても。
咲耶にだけはわかってほしいと、龍生は強く願っていた。
何故なら、咲耶は龍生と一生を共にする相手――伴侶になり得る人なのだから。
「わかった。二人のことを知られてしまった以上、君にもわかってもらえるよう、努力しなければな。――事情を全て説明するよ。リビングに戻ろう」
龍生は咲耶にそう告げた後、鵲と東雲に視線を投げた。
「おまえ達も来い。俺の記憶だけで話そうとすると、曖昧なところが出て来てしまうだろうからな。誤解されることのないよう、話すべきところは、己の口からきちんと話せ」
「はっ、はいッ!!」
「承知しました、坊ちゃん!」
二人に向かってうなずくと、龍生は咲耶の肩をそっと抱き寄せた。
驚いて上を向く彼女に、
「さあ、行こう」
ささやくように告げた後、彼はふわりと微笑んだ。




