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第2話 桃花、幼い頃の誘拐の事実を知らされ蒼ざめる

 龍生はまず、幼い頃に知り合った咲耶と自分が、同時に誘拐されたことがあるという話を、事情を一切知らない桃花に打ち明けた。


 〝誘拐〟などという物騒な言葉が出て来たとたん、桃花は大きく目を見開き、すぐには声も出せない様子だった。

 身近な人間が、そんな恐ろしい事件に巻き込まれた経験があるなどとは、当然だが、考えたこともなかったのだろう。


「誘拐って、そんな……。咲耶ちゃん……」


 しばらくしてから、ようやくそれだけ口に出すと、桃花は今にも泣き出しそうな顔で、咲耶をじっと見つめた。

 咲耶は慌てて、


「いやっ、そうらしいんだがな? 実は、私はあまり覚えてないんだ。唯一(ゆいいつ)ハッキリと思い出せたのは、ユウく――……秋月が、私を(かば)って大怪我を負ったってことくらいで……。だから桃花、そんな顔しないでくれ。私は全然、大丈夫なんだから。怖い思いをした記憶なんて、本当に、秋月が血だらけで倒れてたってことくらいしかないん――」


「それだけだって、充分大変なことだよっ。怖くてたまらないよっ!……大切な人が、目の前で、血だらけで……なんて……。わたしなら、考えただけでも――」


 そこで言葉を切ると、桃花はギュッと目をつむり、首を左右にふるると振った。――結太が血だらけで倒れているところを、想像してしまったのかもしれない。


「……でも、どーして今、その話を? 犯人は、逮捕されたんでしょう?」


「逮捕?……そうか! そう言えば、その辺りのことは聞いていなかったな。犯人は二人組の男だったってことは、母から聞いたが。……なあ、どうなんだ秋月? 犯人は逮捕されたんだよな? 誘拐罪は、確か刑罰(けいばつ)が重いはず――……って、まさか! もう出所して来たとか、そーゆー話をするつもりだったのか?」



 至極もっともな二人の問いに、龍生は沈黙せざるを得なかった。

 この辺りが、説明しにくい部分であり、今まで話すのをためらっていた理由でもあるのだ。


 しかし、ここでまたごまかしたり、話をそらしたりしても、いつかはバレてしまうだろう。

 これらのことについて、彼女らが詳しく調べ始めたら、すぐに気付いてしまうに違いないのだ。――この誘拐事件が、()()()()()()()()()()()ということに。



 龍生は二人の視線を一身に受けながら、大きく深呼吸した。

 この話を告げるには、たとえ彼と言えども、相当な勇気が必要だった。


「確かに、俺と咲耶は幼い頃、二人揃って連れ去られた。だが……犯人は逮捕されていない。そしてそれだけでなく、この事件に、警察は一切関わっていない」


 咲耶も桃花も、きょとんとしている。

 すぐには()み込めないのも、無理はなかった。誘拐事件に〝警察が関わっていない〟などと、普通はあり得ないからだ。


「犯人が……逮捕されて……ない……?」

「警察が、関わってない……って……」


 二人は呆然としてつぶやいた後、顔を見合わせ、再び正面に顔を向けると、


「ええええええッ!?」


 ほぼ同時に、驚きの声を上げた。


「どーゆーことだ秋月ッ!? 誘拐は罪が重いはずだろう!? なのに、警察が関与していないだと!?」

「じゃあ、その犯人さん達は、今もどこかで、普通に生活してるってことですか!? 誘拐なんて、酷いことしておいて!?」


「そんなこと、許されるわけないだろう!? 日本は法治(ほうち)国家だぞ! 罪を犯した者は、何らかの(ばつ)を受けねばならないんじゃないのか!?」

「そうですよ! 罪を(つぐな)わないなんておかしいです!」


 興奮状態で次々に発せられる二人の言葉を、龍生は静かに腕を組み、目をつむりながら聞いていた。

 二人の言葉が途切れたところで目を開くと、


「言い分はもっともだ。誰だって、この話を聞いたら、おかしいと思うはずだ」

「そりゃそーだろう!」

「当然ですっ」


 両拳(りょうこぶし)を握り締め、二人は同時にうなずく。

 龍生もうなずき返し、彼女らの意見を受け入れた。


「ああ、当然だ。これが()()()()()()()()()()なら、祖父も両親も、そして俺も、そいつらを警察に突き出していたことだろう。……だが、これは()()()()()()()()()()()()()んだ」

「普通の誘拐事件では……ない?」


 同調するように、二人の言葉が重なる。

 あまりにも綺麗に重なって聞こえたものだから、龍生は一瞬、『君達は一卵性双生児か?』と訊ねたくなった。


 しかし今は、そんなくだらないことを考えている場合ではない。軽く首を振って気持ちを切り替えると、再び口を開いた。


「そう。普通の誘拐事件ではなかったんだ。何故ならこの誘拐は……ある人物が、実行犯である二人を脅迫し、()()()()()()()()()()()だったからだ」

「きょ――っ、脅迫!?」

「無理矢理にっ!?」


「そうだ。しかもその男達は、当時、高校を卒業したばかりの、十八歳だった」

「高校生!?」

「十八歳!?」


 口をあんぐりと開けたまま、二人はしばし固まった。

 犯人が高校生だなどとは、想像もしていなかったのだろう。


「その高校生二人のうちの一人には、美しい妹がいたんだ。その妹を人質に取られた高校生二人は、仕方なく、俺を誘拐することを承諾(しょうだく)した。だが、俺の顔を知らなかったため、誤って咲耶を誘拐しようとし……そこを俺に見つかった犯人らは、騒がれてはマズいと、二人まとめて誘拐してしまった――と、ここまでは理解した?」


 話が呑み込めているかを確認するように、龍生は二人を交互に見つめる。

 だが、彼女らは無言のまま表情を硬くし、しばらくの間固まっていた。



 ……話について来られないのも無理はない。


 誘拐事件というだけでも、内容としてはかなり重い。

 そこにまた、『人質』だの『脅迫』だの、『犯人は高校生』だのと、ショッキングな言葉の連続だ。

 ただのお話ではなく、現実にあったこととして受け止めるには、多少の時間が必要なのだろう。



 二人が気持ちの整理を終えるまで待つことにし、龍生はティーカップを持ち上げ、だいぶぬるくなってしまった紅茶を口に含んだ。


 ……不味(まず)い。


 アイスティーのように、一気に氷で冷やすものは別としても。

 冷めてしまった紅茶ほど、不味いものはないな。


 心でつぶやくと、龍生は軽くため息をつき、ソーサーの上にカップを戻した。

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