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第16話 龍生、従者らの唐突な祝福に呆れ果てる

 いきなりクラッカーを鳴らして現れた、鵲と東雲。

 理由を訊いてみると、


「いえ、あの……坊が、保科さんとお付き合いを始めた、ということでしたので……」

「こりゃめでてえな――ってことで、お祝いを……しに……」


 とのことだった。


 龍生は額に片手を当て、大きなため息をつく。

 祝ってくれようとした気持ちはありがたいが、付き合い出したというだけで、ここまで大騒ぎすることはないだろうに。


「……いえ、そのぉ……。坊、最近ずっと、様子がおかしかったので……」

「坊ちゃんが、あそこまでおかしくなっちまうくれーに夢中な保科さんと、無事恋人同士になれたってんですから、こりゃー、お祝いしねーワケにはいかねえって、二人で盛り上がっちまいまして。……すんません……」


 大男二人が並んで正座し、しょんぼりと肩を落としている様は、(あわ)れさを増幅させる。

 咲耶も桃花も、だんだん気の毒に思えて来た。

 べつに、悪さをしたわけではないのだ。正座までさせる必要はないのではないか。


 二人がそう伝えると、ソファから立ち上がっていた龍生は、


「俺は、『正座しろ』とは一言も言っていないが?」


 腕を組み、困惑したように眉根を寄せる。

 咲耶と桃花は顔を見合わせ、同時に首をかしげた。『そうだったっけ?』と言わんばかりだ。


 龍生は再びため息をつき、


「鵲、東雲。俺は、おまえ達に『正座しろ』と言ったか?」


 疑いを晴らすため、一応訊ねてみる。


「いえっ! 坊はそんなこと、一言もおっしゃってません!」

「俺達が自主的に正座しただけでっす!」


 即座に否定した二人に、龍生は小さくうなずいてみせると、咲耶と桃花に視線を戻した。


「ほら。だから言ったろう?」


 ムキになって主張する気はないが、龍生は、家の者に(いや、家の者でなくとも)土下座を強要したことなど、ただの一度もない。二人の方がやたら恐縮(きょうしゅく)して、気が付くと土下座している――ということが、たびたびありはするが。


 べつに、他人にどう思われようと、龍生はいっこうに構わない。

 それでも咲耶にだけは、土下座を強要するような醜い人間などとは、絶対に思われたくなかった。


「……まあ、そんなことはどうでもいい。二人とも、用が済んだのなら、早く部屋から出て行ってくれ。今日は、咲耶達に話さなければならないことがある」


 龍生の素っ気ない言葉に、二人はショックを受けたようで、口をパカッと開けたまま固まった。

 そして数秒後。情けない顔つきで龍生を(あお)ぎ見ると、恐る恐る口を開く。


「ぼ……坊……。そんな……出て行けなんて……」

「俺達、また何かやっちまったんですかね……? それともクラッカー? あれが、お気に(さわ)っちまいましたか?」


 龍生はため息をつき、片手で額を押さえた。


「べつに、そういうことではない。おまえ達が邪魔だと言っ――」


「ええッ!?――邪魔ッ!?」

「邪魔とまで言っちまいますか坊ちゃん!? じゃあやっぱり、怒ってんじゃねえですかッ!!」


「……いや。そうじゃな――」


「そんな……っ、坊に邪魔だと思われてたなんて……」

(ひで)ぇや坊ちゃん! 十年以上も(つか)えて来た人間相手に、いくら何でも邪魔たぁっ!……っく――! そんなこと言われちまったら、俺達ゃどーすりゃいーんですかッ!!」


「おい。だから、そんなこと言ってな――」


「ああっ! 坊に邪魔だなんて言われたら、俺達はおしまいだッ!! もう生きてる意味もないッ!!」

「そーだっ、ホントにそーだぜサギっ! 坊ちゃんに捨てられちまったら、他に行く場所なんざねーってのによぉっ!」


「……いや、だから。おまえ達、いい加減にし――」


「やっぱりあれかなぁ? 今日のことだけじゃなくて、この前、坊のレア写真を激写しまくったのがいけなかったのかなぁ?」

「……ん?……ああっ、そーかッ! 保科様に噛まれたってー傷口に、キスしてらっしゃった坊ちゃんのあの、珍しいニヤケ顔写――あ(いて)っ!!」

「ギャンッ!?」


 突然の激痛に、鵲と東雲は短く悲鳴を上げ、両手で頭を抱えた。

 慌てて上を向くと、いつの間にソファからドア付近まで移動したのか。片手をキツく握り締めた龍生が、二人の前に仁王立ちしており、


「……出て行け」


 今まで見たこともないような恐ろしい形相で二人を見下ろし、低く、押し殺した声でつぶやく。


「……え?」

「ぼ……(ぼっ)……ちゃん?」


 頭を押さえたまま、二人は怯えた目で龍生を見返した。

 常に冷静沈着で、周囲の者には落ち着いた態度で接する主が、感情を(あら)わにしている。その珍しさに、思わず息が止まった。


 龍生はギリッと奥歯を噛み締めた後、片手でドアを指し示し、


「出て行けと言ったら、出て行けぇええええーーーーーーーッッ!!」


 鼓膜(こまく)がビリリと震えるほどの大声で命じる。

 二人は飛び跳ねるように立ち上がり、


「はっ、はいぃッ!!」

「すっ、すんませんっしたぁあああーーーーーッ!!」


 まるで、自分達より遥かに大きな存在を前にした時の小動物のごとく、尻尾(しっぽ)を巻いて逃げ出した。



 龍生はただ、二人には聞かせたくない話をしなければならないので、席を外してくれ――と言いたかっただけなのだが。


 毎度お騒がせな従者二名は、最後まで話を聞かず、勝手に誤解して、酷いだのなんだの言い始め……。

 挙句(あげく)、思いきり地雷(じらい)()んで(咲耶の噛んだ傷口にキスし、(ゆる)みきった顔をしていた時の話をして)しまったのだ。

 完全に、〝(やぶ)をつついて(へび)を出す〟――を体現してしまった、鵲と東雲なのだった。




 二人が出て行ってしまった後。

 龍生のあまりの剣幕(けんまく)に、咲耶と桃花は、しばらく声を掛けられずにいたのだが。

 東雲が言っていたことが、ずっと心に引っ掛かっていた咲耶は、思いきって声を掛けた。


「なあ、秋月? さっき、東雲さんが言っていたことなんだが――」


 龍生は、咲耶の言葉は一切聞こえなかったかのように、


「お騒がせしてしまってすまなかった。――さあ、話を始めようか」


 やや大きめの声でさえぎった後、学校にいる時と変わらぬ〝王子様スマイル〟で振り向いた。

お騒がせ従者2名の登場で始まり、またまた主を怒らせ、去って行ったところで、第11章は終了となります。

お読みくださり、ありがとうございました!

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