第15話 龍生、咲耶と桃花を伴い帰宅する
話をするため、場所を移そうということになった咲耶らだったが。
人目のあるところでする話ではなかったので、結局、龍生の家に行こうということになった。
咲耶は『秋月の家!? いきなり家だとっ!?』と、何故か行きたくなさそうな反応を示したが、桃花の説得により、最終的には受け入れた。
恋人同士になってから、初の家庭訪問――ということになるので、緊張しているのだろうか?
咲耶の拒否反応を、龍生はそう解釈した。
……が、彼は誤解している。
彼女はただ単に、〝二人きりになりやすい場所〟に行くことを、恐れているだけだった。
もともと、二人きりになることを警戒していたが、二年三組での龍生の発言により、『やはり、そういうことをしたがっているんだな!?』と、思い込んでしまったのだ。
龍生の目的は、〝ある人物に狙われている可能性があることを、咲耶本人に認識させること〟と、〝普段から周囲の様子に気を配るよう、注意を促すこと〟の二つだ。
そのために、彼はあの話をすることを決意していた。
あの話――。
龍生と咲耶が幼い頃に巻き込まれた、誘拐事件。
それに関わった人物と、彼らが龍生らを誘拐するに至るまでの全貌について、話すつもりでいたのだ。
そうでもしなければ、『ある人物に狙われている』と話したところで、信じてもらえまい。
何故、自分が狙われなければならないのかと、疑問を抱くだけだろう。
初めは、怖い思いをさせないため、彼女があのことを思い出すまでは、一切語るつもりはなかった。
語らぬまま、安田らに頼んで、陰から見守って行こうと考えていた。
しかし、そうするにしても限界がある。
四六時中、本人に知らせることなく、また、少しも疑われることなく見守り続けるのは、かなり難しい。
どんなに気を付けて見張っていたとしても、危険に対する本人の認識が低ければ、自ら危ない状況に足を突っ込んで行く可能性だって、充分あり得るのだ。
特に咲耶は、〝冒険〟だの〝探検〟だのという、スリリングな言葉に弱い。
ミステリーの類も大好物だと言うのだから、彼女の好奇心をくすぐるようなことが、もしも身近で発生したとしたら……。
彼女を止めることは、きっと誰にも――龍生ですら、出来ないに違いない。
やはり、全て正直に話すしかない。
今、どれだけ危険な状態にあるのかを自覚してもらい、日頃から個人行動は控えてくれるよう、頼んでおかなければ。
考え抜いた末、龍生はそう決意したのだった。
家に着くと、龍生は母屋ではなく、離れの方に二人を案内した。
龍之助には見られたくなかったが、敷地内で起きたことは、全て当主に報告することになっている。コソコソしても無駄だとわかっていたので、離れに近い裏門からではなく、堂々と正門側から、離れに向かった。
離れについて早々、龍生は、ひとつだけミスを犯していたことに気付いた。
二人を連れて行くことを、事前に宝神に知らせていなかったため、家に入るなり責められてしまったのだ。
今日は遊びに呼んだわけではないので、いつものような、大量の菓子でのもてなしは必要ない。
そう龍生が告げると、ちょうどいいタイミングで、咲耶の腹の虫が鳴った。
宝神は、たちまち顔を輝かせ、『ほぅら。保科様は、お菓子をご所望じゃございませんか!――フフッ。少々お待ちくださいませね?』と言い置いて、キッチンへと消えて行った。
あの様子だと、また山盛りの菓子類を用意し、ホクホク顔で再登場するつもりなのだろう。
「夕食前だが、食べて行って大丈夫なのか? 家に帰った時、叱られないか?」
一応気になったので、咲耶に訊ねてみる。
彼女はすかさず、
「何を言ってるんだ!? おやつやデザートは別腹だぞ!? そんなことも知らんのか!?」
……何故か、龍生が無知であるかのように、眉尻を吊り上げながら主張して来た。
まあ、咲耶の豪快な食べっぷりは、別荘で散々目にしている。今更、わざわざ心配するようなことではないのだろう。
ここは、龍生の方が間違っていたと、素直に引いておくことにした。
離れにも応接間はあるのだが、恋人とその友人には、リビングルームの方が堅苦しくなくていいかと、そちらへ案内する。
複数人掛けのソファには、咲耶と桃花が。一人掛けのソファには、龍生が腰を下ろした。
すぐにでも、例の話を始めたかったが、その前に、きちんと謝っておかなければなるまい。
龍生は咲耶をまっすぐ見つめた後、深々と頭を下げた。
「学校でのこと、すまなかった! あんな話をするつもりではなかったんだが、あまりにも君が、つれない態度だったものだから……。我を失い、つい、余計なことを言ってしまった。本当に申し訳ない!」
いきなり頭を下げられ、咲耶は焦った。助けを求めるように、桃花へと視線を投げる。
桃花は、『えっ、わたし?』と内心驚いたが、無視することも出来ないので、
「え……えっ、と……。あの、秋月くん? 顔を上げてくれませんか? 咲耶ちゃん、もう怒ってないそうです。叩いたりして悪かったって、さっきも言ってましたし。……ね、咲耶ちゃん?」
正確に言えば、『悪かった』とは言っていない。
だが、似たようなことはつぶやいていたので、否定したりはしないだろうと、桃花は咲耶に、そっと目配せした。
目が合うと、彼女は僅かに頬を染め、素直にうなずく。
「本当か!?――では、許してくれるんだな!?」
顔を上げ、龍生が嬉しげに声を弾ませる。
咲耶はますます顔を赤らめ、もう一度無言でうなずいた。
「よかった……! 完全に嫌われてしまったかと思った」
ホッとしたように胸を押さえる龍生を見て、咲耶も表情を和らげる。
桃花も二人を見比べてから、『仲直り完了!』と心でつぶやき、ふわりと顔をほころばせた。
ここに来るまでは、どうなることかとヒヤヒヤしていたが……。
なんだかんだ言って、お互いに、強く惹かれ合っている二人なのだ。どちらかが素直に非を認め、謝りさえすれば、すぐさま元の関係に戻れるのだろう。
桃花が『いいなぁ。咲耶ちゃん、いいなぁ』と、ひたすら羨ましがっていると。
廊下から、ドタタタタッと、大きな足音が聞こえて来た。
何事かと、三人がドアに視線を移した瞬間。
「おっめでとぉーーーございまーーーっす!!」
「坊ちゃん、保科様と末永くお幸せにーーーーーッ!!」
パン! パパン!!
ドアが開くと共に、鵲と東雲が登場し、それぞれ、手に持っていたクラッカーを鳴らした。
クラッカーから飛び出した紙テープや紙吹雪は、三人の頭や肩に、はらはらと降り掛かる。
呆然と、鵲と東雲を見つめる三人に、二人は、
「あ……あれ?」
「え……っと……。もしかして、思いっきり外しちまいました、俺達……?」
首をかしげ、苦笑いしながら、気まずそうに頭を掻いた。




