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第13話 咲耶、龍生の無茶な申し出を桃花に訴える

 帰り支度をしながら、何やら廊下が騒がしいなと、桃花が思っていた時だった。

 ガラリと戸が開く音がして、反射的に振り返ると。

 龍生の手を握った咲耶が、教室の後方で、ゼエハアと肩で息をしつつ立っていた。


「えっ?……ど、どーしたの咲耶ちゃん? 秋月くんの手なんか引いて……。な……仲良しさん?……だね?」


 どう声を掛けていいのかわからず、感じたことをそのまま伝える。

 すると咲耶は、真っ赤な顔で『全然仲良くなんかないッ!!』と大声で否定し、


「聞いてくれ桃花っ! 秋月が、これから毎日車で送り迎えするとかって言ってしつこいんだ! なあっ、滅茶苦茶だと思わないかッ!?」


 興奮した様子で桃花の席までやって来て、早口でまくし立てた。

 しきりに目をぱちくりさせた後、桃花は脳内で咲耶の言葉を繰り返し、う~んと考え込んだ。


 あの高級車で送り迎えされるとなると、相当目立ってしまう。数日なら我慢出来ても、毎日となると、一般人にとっては、かなり恥ずかしいだろう。

 〝滅茶苦茶〟とまでは思わないが、咲耶が嫌がるのも無理はない。


 だが、龍生がそれを望むのも、桃花には理解出来る気がするのだ。


 誰だって、恋人とは『出来るだけ一緒にいたい』と願うものではないだろうか。(クールな距離感の恋人同士も、世の中には存在するのだろうが、一般的には)

 それなのに、学校では朝も昼も、そして帰る時すらも、桃花が咲耶を独占しているのだ。


 せっかく恋人同士になったというのに、これでは、付き合う前と何も変わらない。

 その現状に、龍生は不満を感じているのではないだろうか。


 そう感じた桃花は、素直な気持ちを咲耶に伝えた。


「え……と。わたしは……個人的には、滅茶苦茶だとは思わないけど……」

「ええッ!?……な、何故だ桃花っ!? 何故そう思うんだッ!?」


 同意してくれると思っていたのに、まるきり逆の答えが返って来たのが、ショックだったらしい。

 泣き出しそうにも思えるくらい、情けない顔つきで、咲耶は桃花を見返した。


「だって、咲耶ちゃんは、秋月くんと付き合ってるんだよね? 恋人なんだよね?……なのに、朝はわたしと登校して、昼はわたしとお弁当食べて、帰りもわたしと一緒で……。考えてみたら、おかしいのは、今の状態の方なんじゃないかな? これじゃあ秋月くん、いつ咲耶ちゃんと一緒にいられるの、って感じだし……」

「う――っ!……う、うぅ……」


 言われてみれば、至極(しごく)もっともな意見だ。

 咲耶はぐぐぐと詰まってしまった。


「そ……れは……確かに、そうなん……だが……」


 龍生の手を握っていた右手から、一気に力が抜け、咲耶はガックリと肩を落とした。

 ただし、龍生の方は握ったままのため、二人の手は繋がれたままだ。


 桃花は咲耶をじっと見つめると、小首をかしげた。


「咲耶ちゃん。秋月くんとばっかりいると、わたしが寂しい思いをするんじゃないかって……もしかして、心配してくれてる? だとしたら大丈夫だよ? 全然寂しくないって言ったら、嘘になっちゃうけど……。でも、お弁当は一緒に食べられるんだし。一緒に登下校出来なくなるくらい、どーってことないよ? だから、わたしに気なんか(つか)わないで、遠慮なく、秋月くんとラブラブしちゃってね?」


 にっこり笑ってみせる桃花に、咲耶は『ら――っ!?』と言ったきり固まった。

 それから数秒後。


「ら……っ、ラブラブっ、などっ!!……そ、そそっ、そんなことするワケないだろうっまったく何を言ってるんだ桃花はっハハハハハハハハっ、ラブラブなどっ、ラブラブなどするワケ――っ」

「……しないのか?」

「するかバカッ!!」


 龍生が不満げに訊ねれば、すかさず咲耶は否定する。

 繋いでいる手にギュッと力を込めると、龍生は軽く自分の方に咲耶を引き寄せ、もう片方の手で肩を掴んだ。


「半年後も? 一年後も? これから先もずっとか? ずっと咲耶は、俺と〝ラブラブ〟とやらをする気はないのか?」


 真剣な眼差しで訊ねられ、咲耶の顔は一気に赤く染まり、体温も急上昇した。


「ああああ当たり前だっ! ら、ラブラブっなどっ、す、するつもりっ、など、ももももも毛頭(もうとう)っないッ!!」


 目を白黒させ、(ひど)くどもりつつ言い返されたとたん、龍生の顔色が変わった。


「毛頭……ない、だと……? これから先も……ずっと……か?」


 照れ隠しで言っているに違いない(そう信じたい)が、こうもキッパリ否定されてしまうと、恋人としての立つ瀬がない。

 今度は両手で、ガッシと咲耶の肩を掴み、


「『毛頭ない』とはどういうことだ咲耶ッ!? 俺は咲耶の恋人ではないのかっ、恋人として認めてもらえたわけではなかったのかッ!? 『これから先もずっと』と言うことは、俺は一生、咲耶に触れることも抱き締めることもキスすることもそれ以上のことも、許されないと言うのかッ!? だったら何故、咲耶は俺と付き合うことにしたんだッ!? 恋人に〝ラブラブ〟することを許さぬと言うのなら、いったい誰に許すと言うんだッ!? 俺はずっと、咲耶に触れていい男は俺だけだと思っていたのに違うのか!? 恋人の俺に全てを許さないなんて、そんなバカな話があるものか!!――そうだ、ない!! 絶対にない!! あっていいはずがないんだっなあそうだろう咲耶ぁッ!?」


 一気に(たた)み掛けると、龍生は数回、大きく肩で息をした。顔が異様にこわばっている。


 今まで見たこともない、龍生の興奮した様子に、咲耶も桃花も、そして二年三組に残っていた数名の生徒達も、呆気(あっけ)に取られ、しばらく固まったままだった。


 しかし、周囲からドン引きされているのも、全く意に(かい)さぬ様子で、龍生は尚も訴えて来た。


「なあ、嘘だろう? 恋人との〝ラブラブ行為〟を完全に拒否するなんて――! そんなことは考えられない。このまま一生、君に触れることも出来ずに過ごすなど、地獄と同じだ。君は俺に、地獄で生涯(しょうがい)を終えろと言うのか? それではあまりに、残酷(ざんこく)過ぎやしないか? 君の良心は、(つゆ)ほども痛まないのか?」


 もはや、二年三組の教室は、龍生の(ひと)舞台(ぶたい)と化していた。

 龍生以外の全ての者が、蒼ざめながら、彼から発せられる熱い主張と(なげ)きの数々を、身じろぎもせずに聞いている。


 ……いや。

 聞いていたいわけではなかったのだが、龍生のあまりの圧の強さに、皆、その場から動けなくなってしまったのだ。


「咲耶、〝ラブラブ行為〟を『するつもりは毛頭ない』と言ったことを、今すぐ取り消すんだ! そして約束してくれ! 恋人として、俺の全てを受け入れると! 君の全てを俺に(ささ)――」


 最後まで言い切らぬうちに、咲耶の平手が龍生の頬を激しく打った。

 バチン!!――という大きな音と共に、龍生はハッと目を見開く。


「……咲耶……」


 片手で頬を押さえ、呆然と咲耶を見返すと、彼女は顔を真っ赤に染め、ワナワナと震えながら龍生を睨んでいた。

 そして、ひときわ大きな声で、


「バカッ!!――このバカバカバカバカッ!! 大バカヤロウッ!! 人前で何度も〝ラブラブ〟言うなっ恥ずかしい奴だなッ!! おまえなんて――っ、おまえなんて大ッ嫌いだッ!! 二度と私に近付くなぁあああッ!!」


 早口でまくし立てると、素早く桃花の手を取り、教室の外へと駆け出す。


「えっ?――え、えっ? さ、咲耶ちゃんっ?……咲耶ちゃん待ってっ?……咲耶ちゃんっ? 咲耶ちゃぁあ~~~んっ」


 廊下で響く桃花の声が、どんどん遠ざかって行く。

 龍生は頬を押さえ、その場に立ち尽くしたまま、


「……何故だ」


 呆然としてつぶやいた。

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