第12話 咲耶、車での送迎を勧める龍生にキレる
放課後。
いつものように、桃花と共に帰ろうと、二年三組の教室に向かっていた咲耶の前に、龍生が立ちふさがった。
「咲耶、迎えに来たぞ。今日から、俺と共に車で帰ろう。家まで送って行く」
唐突に告げられ、咲耶はギョッとして目を見開く。
「は!? 今日から、おまえの家の車で帰るだと?……いきなり何を言ってるんだ? 私は桃花と帰るに決まっているだろう。今までもずっとそうだったんだ。おまえと付き合うことになったところで、それは変わらない」
咲耶がキッパリ言い切ると、龍生は厳しい顔つきで首を振り、彼女の手首を掴んだ。
「ダメだ。咲耶は俺と共に、車で帰るんだ。――伊吹さんが一人になってしまって可哀想だと言うのなら、彼女も共に送って行く。それでいいだろう?」
「『それでいいだろう』って……。いいわけないだろう!? 何故そういうことになる!? おまえの家の高級車で毎日送り迎えだなんて、絶対に嫌だ!! 桃花だって、嫌だと言うに決まっている!!」
かなり譲歩したつもりだったのだが、それすらも拒否され、龍生は眉間にしわを寄せた。
「嫌だと? いったい、何が嫌だと言うんだ? 俺にもわかるように説明してくれ」
「何がって、全部だよ!! 黒塗りの高級車で毎日送迎なんて、目立ち過ぎる!! 近所から変な目で見られるに決まっている!! 落ち着かないし、桃花との貴重な時間を取り上げられるのも気に入らん!! だから絶対に嫌だッ!!」
想像以上の激しい拒絶に、龍生は困惑した。
もっとスムーズに、事が運ぶと思っていたのだ。
だが、ここで引くわけには行かなかった。
あの五十嵐が、また何か仕掛けて来るかもしれないのだ。
学校内ならともかく、外で個人行動を取らせるのは危険だと、龍生は判断した。
「頼むから、そんな我儘を言わないでくれ。これが一番良い方法なんだ」
「はあ!? 我儘だと!? 今言った理由の、どこが我儘だと言うんだ!? 我儘はおまえの方だろうがッ!!」
廊下で大声を張り上げていたため、いつの間にか、周囲に人だかりが出来ていた。あちこちから、ざわめきが広がって行く。
学校の人気者同士――しかも、付き合い始めたばかりの二人が、廊下で言い合っているのだ。注目されないはずがなかった。
咲耶はハッとして周囲を見回し、思いきり注目を浴びていることに気付くと、顔を赤らめて口をつぐんだ。
それから龍生の腕を掴み、小声で、『ここで騒ぐのはマズい。とりあえず、桃花のクラスまで移動するぞ』と早口で伝えると、龍生の手を引き、再び二年三組に向かって歩き出す。
周囲からは、
「付き合って早々、なんか揉めてるっぽくない?」
「今からこんなんじゃ、結構早く別れるかもねー」
「別れちゃえ別れちゃえ。秋月くんはみんなの王子様なんだから。独り占めしちゃいけないのよっ」
などという、心ない声が聞こえて来たリしたが、咲耶はグッと唇を噛んで聞き流した。
龍生と付き合うと決めた時から、陰口をたたかれることくらい、覚悟していた。
その程度で傷付くようでは、龍生の相手など務まらない。
(べつに、好きで喧嘩腰になってるワケじゃない。秋月が、急に変なこと言い出すから……。毎日車で送り迎えなんてされてみろ。近所も、学校の女子達の視線だって怖――……い、いやっ。決して、ビビっているワケではないけどなっ。ただ、たまになら悪くはないかもしれんが、毎日は困る。桃花と話す機会が減ってしまう。……そりゃあ、桃花にも彼氏が出来て……とかだったら、私も考えなくてはならないだろうが。今はまだ、桃花との時間も大切にしたいし……って、いや。秋月と過ごすのが、嫌だと言っているわけではないんだが。こいつ時々、妙なことして来るし……)
――何ということはない。
要するに、龍生と二人きりになることを恐れているのだ。
恋人同士になった先に待ち受けているであろう、数々のことが、怖くて堪らないのだ。
龍生のことは好きだ。
キス以上の行為も、いつかは経験しなければならないのだろうと、薄々感じてはいる。
けれど、それを受け入れる勇気が、咲耶には、まだ足りていないのだった。
もちろん、龍生が『毎日送り迎えをする』と申し出たのは、咲耶の身の危険を感じてのことだ。邪な下心があったからではない。
……まあ、恋人同士になれたのだから、いつかは……という思いも、あるにはあるが。
今はただ、恋人同士のあれこれを考えている余裕もないほど、純粋に咲耶の身を案じていた。
そうとは知らない咲耶は、
(まさかとは思うが、こいつ……車で送る途中、あれこれ理由をつけて家へと誘い込み、い……いやらしいことをしようとしてるんじゃないだろうなっ!?)
……と言う風に、内心怯えつつ、警戒しているのだった。
もしもこの時、『嫌らしいことをしようとしているだろう?』と、咲耶から正直に訊ねられていたら――。
即座に『違う! そういうことじゃない!』と、否定していただろうが。
幸か不幸か、咲耶が何を考え、何に怯えていたかを……龍生はこの時、想像すらしていなかった。




