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第11話 龍生、屋上にて安田とスマホで密談する

 早々に昼食を済ませると、龍生は一人で屋上へ向かった。

 そこに用があるわけではなかったが、一人で考えたいこともあったし、安田に訊ねたいこともあった。


 彼は屋上までやって来ると、鍵を鍵穴に挿し込んで左に回し、そっとノブを掴んでドアを開けた。

 五月にしては、涼しいというより、冷たいと感じられる風が、体を吹き抜けて行く。

 その割に陽射しは強く照り付け、長い間外にいたら、日焼けしてしまいそうだった。


 どちらかというと、龍生は肌が弱い方だったが、今は特に気にすることなく、屋上へと足を踏み出した。

 すぐに振り返り、念のため、外側から鍵を掛ける。

 誰か来るようなことはないと思うが、昨日の咲耶の例もある。少々、人に聞かれてはマズい話もするつもりだったので、念のための施錠だった。



 龍生はポケットからスマホを取り出すと、安田に電話を掛けた。

 たったワンコールで、『はい。安田です』と生真面目な声で応答があった。――安田のモットーは、『龍生様からの電話にはワンコールで』らしい。どこまでも忠実で、仕事熱心な男なのだ。



「安田。どうだ? 何か怪しい動きはあったか?」


『いいえ。今のところ、特に不穏な動向は感じられません』


「……そうか。ならばいいんだが……」



 スマホを右耳に当てつつ、龍生は手すりに近付いて行き、軽く学校の周囲を見回した。

 安田の言うように、特に変わった様子は見受けられない。


 まあ、こんな真昼間に怪しい動きを見せるほど、敵もバカではあるまい。……とは、思うが……。


 龍生はもう一度、今度は学校の敷地内へと視線を移し、隅々まで目を凝らして、怪しい人物や、変わった様子はないかを確認した。

 そしてふと、何かを思い出したかのように瞬きすると、



「ああ、そうだ。安田、(つつみ)に連絡してみたか?」


『はい』


秘密裏(ひみつり)に、お祖父様とコンタクトを取っていた様子は?」


『本人からは、特にそういった話は聞いておりません。……ですが、堤のことです。龍之助様が〝他言無用〟とおっしゃれば、たとえ拷問されようとも、口を割ることはないでしょう。そのことを考慮しますと、絶対にないとは申せません』


「そうか。……そうだな。堤ならそうするだろう。味方であれば心底頼りになるが、敵に回すと厄介(やっかい)なタイプだったな、あの男は」



 堤とは、以前、秋月家のボディガードをしていた男の名だ。現在は、秋月の一族が経営している警備会社に勤めている。

 安田の後輩で、謹厳実直(きんげんじっちょく)寡黙(かもく)な大男(鵲ほどではないが、身長は百九十センチはある)だが、()()()により、東雲の妹である兎羽(とわ)と結婚した。


 シスコンである東雲には、普段から、かなり目の(かたき)にされているらしいが。

 直属のボディガードではなくなってからも、秋月家への忠誠心は決して失うことのない、信頼出来る男だった。



「お祖父様であれば、堤でなくとも、たやすく動かせるだろうが……。忠実さ、口の堅さなどを考慮すれば、秘密裏に調査する役割を与えるのに適任なのは……やはり、堤以外あり得ないだろう。お祖父様は、必ず堤に命を下しているはずだ」



 根拠は何もないが、龍生はそう確信していた。

 そして、それは安田も同じだった。



『はい。龍生様がご憂慮(ゆうりょ)なさっていることが、水面下で確実に進行しているとすれば……龍之助様がお声掛けなさる人間は、堤で間違いないでしょう』


「そうだ。絶対に、何かが起ころうとしているはずだ。何せ()()()が……五十嵐本人ではないとは言え、その息子である仁が、十年振りにお祖父様を訪ねて来たんだからな。また何か、良からぬ(はかりごと)を画策しているに違いない。そうでなければ、()()()で負い目を感じている仁が、直接家まで出向いて来るはずがない。――おまえもそう思うだろう?」


『はい。仁はあの件以来、父親とは完全に縁を切っているようですので、余程のことがない限り、訪ねて来るはずはないと思われます。……東雲は、久し振りに友人に会えたと、単純に喜んでいたようでしたが』


「……まあ、それは仕方ないだろう。東雲と鵲は、根っからの()()()だ。もともと、人を疑うことなど知らない、純粋な奴らだからな」


『……そうですね。それがあの者達の長所でもあり、短所でもあります』


「フフッ。短所でもある――か。なかなか手厳しいな、安田」


『あの者達の教育を一任されているのは、私ですから。情にほだされるわけには参りません』


「なるほどな。頼もしい教育係だ」



 優しい笑みを浮かべた後、すぐにまた、厳しい顔つきになった龍生は、



「とにかく、何かあると考えて間違いないだろう。お祖父様が詳しいことを伝えて来ないのも、鵲と東雲のことがあるからかもしれない。あの二人には、特別お優しいからな、お祖父様は」


『はい。……それは龍生様もですが』



 痛いところを突かれて、龍生は一瞬、うっと詰まりそうになった。

 それをごまかすように、咳払いをひとつすると、



「余計なことは言わなくていい」



 彼にしては珍しく、照れ臭そうにボソッとつぶやく。



『……はい。失礼いたしました』



 返事をするまでに、数秒ほどの沈黙があった。……きっと、通話口を押さえて、吹き出してでもいたのだろう。

 安田は、真面目な男ではあるが、龍生に対してだけは、時折、からかうようなことを、言ったりやったりすることがあった。


 龍生は気を取り直して、再び顔を引き締める。



「いいか? とにかく、お祖父様のことだ。目立たぬように情報を収集し、水面下で、様々なことを処理しているに決まっている。いつもなら放っておくところだが……咲耶に関係することであるならば、放ってなどおけない。関わっているのが、あの五十嵐ということなら、尚更だ。……いつもなら、鵲と東雲に動いてもらうところだが、今回ばかりはそれは出来ない。頼れるのは、必然的におまえだけということになる。……まあ、おまえもお祖父様から何か言われているとすれば、俺が頼れる者は一人もいなくなるが」


『龍生様。今の私にとって、最優先されるべき主は龍生様です。もし、龍之助様からお達しがあったとしましても、まずは龍生様に、ご報告申し上げます』



 声の調子に、『信用してもらえないとは、心外だ』とでも言いたげな、不満そうな響きが感じられた。



「……そうか。勘ぐるようなことを言って、すまなかった。今言ったことは忘れてくれ」



 即座に謝ると、龍生はこう締めくくった。



「では、引き続き周囲の様子を見張っていてくれ。少しでも動きがあるようなら、すぐに連絡を」


『はい。承知しました』



 通話をオフにし、再びスマホをポケットに仕舞うと、龍生は深々とため息をつく。


 今のところ、問題はないらしい。

 とりあえずは一安心だが、あの男が絡んでいるとなると、絶対に気を抜くことは出来ない。



「何も起こらなければいいんだが……」



 遠い空に目をやり、ポツリとつぶやく。



 先ほどから、龍生はいったい、何をそんなに気にしているのか。

 ――事の発端は、昨夜、龍之助からされた質問だった。




「龍生。最近、保科さんから相談されるようなことはなかったか?」


 昨夜の夕食後。

 龍之助の部屋に呼び出された龍生は、祖父からそんな質問をされた。


「……は? それはどういう意味ですか、お祖父様?」

「どういう意味?――そのままの意味だ。保科さんから、何か相談されていないか?」


「……いいえ。特にそういうことは……」

「そうか。ならばいい。――わざわざ呼び出してすまなかったな。もう下がってよいぞ」


 ……そう言われても、いきなり妙な質問をされて、『はい、そうですか』と、引き下がれるはずもない。

 続けて訊ねようとすると、


「これからいろいろと、片付けねばならん仕事が残っていてな。聞きたいこともあるだろうが、後にしてくれ」


 けんもほろろに、追い返されてしまった。


 龍之助がそのつもりならばと、龍生が安田に命じて調べてもらったのが、『五十嵐仁が、龍之助に用があって来訪したらしい』という情報だったのだ。


 いつもなら鵲と東雲に命じるところを、今回に限って、何故安田に頼んだのか?

 うまく説明出来ないが、〝何となく、二人には頼まない方がいいような気がしたから〟としか、言いようがなかった。

 たぶん、妙な胸騒ぎがしたことに原因があるのだろうが、龍生にも、ハッキリとしたことはわからない。


「五十嵐……。また咲耶を巻き込むようなことがあったら、今度こそ容赦はしない。大人しく、法の裁きを受けてもらうぞ」


 龍生は空を睨みつけ、まだ姿を現さない敵に向かって、決意表明するのだった。

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