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第12話 咲耶、担任に呼び出され注意を受ける

 午後の授業が始まる少し前に、桃花から、『今日は用事が出来ちゃって、一緒に帰れないの。ごめんね』との連絡を受けた咲耶は、ガッカリしながら、放課後までの時を過ごした。


 桃花と帰れないのなら、学校になど用はない。さっさと帰ろう。

 そう思って教室を出ようとすると、担任に呼び止められた。『話があるから、職員室に来なさい』とのことだった。


 すぐに、昨日のことだと察しがついた。サボったことについて、説教されるのだろうと、咲耶は大人しく従った。

 どのような理由があろうと、サボったのは事実だし、悪いことをしたという自覚もある。説教を受けるのは、当然のことだと思った。



 職員室では、長々とした担任の説教――……を、覚悟していたのだが。意外にも、話は五分と経たずに終わった。


 一応、普段は真面目に授業を受けているし、成績も、学年で十位以内の常連だ。

 成績が全てという訳ではないが、サボりも初めてのことであるとし、今回は大目に見ようということになったらしい。


 しかし、『受験は来年とは言え、今からコツコツと頑張っている生徒もたくさんいる。あまり、周りを刺激するようなことはするな』と釘を刺された。



 職員室を後にし、廊下を黙々と歩いている途中。

 何故か、咲耶はだんだんと腹が立って来た。

 ただし、腹を立てているのは、担任教師にではない。龍生にだ。



(考えてみれば、学校をサボってしまったのは、あいつが強引に、楠木に話を聞きに行くーとかって、言い出したせいじゃないか!……まあ、あいつのクラスで騒ぎを起こし、クラスに居辛くさせてしまったのは、私なんだが……。だがっ、あれだって、あいつがずーーーっと、幼い頃のことを黙ってたからでっ! あいつが、もっと早く打ち明けてくれていれば、私だって、あんなことしなくて済んでたんだ!……そうだ、あいつだ! 全部あいつが悪いッ!!)



 一方的に決めつけると、咲耶は鞄を持って教室を出た。

 帰るためではなく、龍生に一言、文句を言ってやるためだった。



(それだけじゃない! 朝の態度だって気に入らん! 勝手に告白して来たのは、自分の方のクセに……。なのに何故ッ、私が無視されなければいけないんだ!?……間違ってる! 絶対間違ってるッ!!)



 考えれば考えるほど、ムカムカして来る。

 これはもう、一言どころでは済まない。今までの不満や文句を、全てぶつけてやらなければ。

 咲耶は目を吊り上げ、ギリギリと歯を食いしばりつつ、龍生のクラスへ向かった。



 二年一組の教室に着き、端から端まで見回すと、咲耶は苦々しい顔で舌打ちをした。

 既に帰宅してしまったのか、龍生はどこにもいなかった。


 諦めて引き返そうとしたが、ふと、彼の机に目をやると、鞄が置かれたままなのに気付く。

 鞄がある――ということは、まだ帰っていないのだろう。校内のどこかにはいるはずだ。



(くっそ~~~、いったいどこに消えたんだあの男ぉッ!?……むぅぅ~~~! あいつが行きそうなところ……行きそうなところは~……)



 そこで、パッと思い浮かんだのは屋上だった。

 彼は合鍵を持っている。いるとしたら、あそこの可能性が高いだろう。


 だが、確実にいるとまでは言いきれない。確か、『この鍵を使う機会はほとんどなかった』とも言っていたし……。


 ――やむを得まい。

 どうせ、他に思い当たるところもないのだ。捜してみることにしよう。


 咲耶は慌てて(きびす)を返し、屋上へと向かった。




 屋上のドアの前まで来ると、咲耶は数回深呼吸し、ドアノブを回した。

 引っ張ったとたん、カチャッと音を立てて開いたので、『やはりここにいたか』と、安堵の笑みをこぼす。


 しかし、大きく開けようとした瞬間、誰かの泣き声が聞こえて来て、咲耶はギクリとして固まった。



(……この声……。この泣き声、まさか――?)



 聞き覚えのある泣き声。

 そう感じたとたん、咲耶の鼓動は速く、大きく暴れ出した。


 胸元を押さえ、ドアの隙間から窺うと。

 桃花の後姿と、彼女を抱き寄せ、頭を撫でている龍生の姿が、目に飛び込んで来た。



 ドクン。


 ひときわ大きく、心臓が跳ねる。

 その後、バクバクバクと、鼓動が速くなるのを感じた。


 用があると言っていたはずの桃花が、龍生と共にいる。

 ……ということは、用とは、龍生と会うことだったのだろうか。



 龍生は桃花の頭を撫でつつ、何か言っているようだった。

 しかし、声は少しも聞こえては来ず、『読唇術(どくしんじゅつ)会得(えとく)しておけばよかった』と、咲耶はギリリと歯噛みした。


 桃花に話し掛けている龍生の様子は、とても穏やかで、今まで目にしたうちの中で、一番優しげな顔つきをしているように見えた。

 咲耶は慌てて顔をそらすと、音を立てないように気を付けながらドアを閉めた。


「……なんだ。やっぱり、誰にでもするんじゃないか。……ああいうこと」


 制服の胸元を片手でギュッと握り、ぽつりとつぶやく。



(私だけが好き――みたいなことを言っていたクセに、その舌の根の乾かぬ内に、今度は桃花を口説こうとするとは。……まったく、バカにしている。結局、ただの女好きなんじゃないか。人の目を盗んで、こんなところで逢引きして――。それとも、あれか? 最初から、〝二股〟ってヤツをしようと思ってたのか? 私に気があるフリをして、その裏では、桃花にも近付いて……。あわよくば、二人同時に付き合おうとしていた……?)



 屈辱感と嫌悪感が同時に湧き起こり、咲耶の全身はカッと熱くなった。

 そして、その後に襲い来た大きな失望感により、心も体も、急激に冷えて行く。



「……なんだ、それ――?」


 つぶやいたとたん、大粒の涙が、ぽろりとこぼれ落ちた。

 自分でも意外に思えるほど、心は深く傷付いていた。



 いつもの咲耶であれば、バカにされたと感じた瞬間、飛び出して行って、その場で文句を言っていたはずだ。

 ふざけるなと。人をおちょくるのも、いい加減にしろと。



 ……だが、そうはしなかった。

 あまりの衝撃に、飛び出していく気力さえ失っていたのだ。



 しばらくの後。

 咲耶は制服の袖でゴシゴシと涙を拭くと、階段を駆け下りて行った。

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