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第8話 結太、東雲と鵲に迫られ肝を潰す

「坊と保科様が付き合う寸前、って……」

「おいっ、結太! マジなのかその話ッ!?」


 大柄の二人に興奮した様子で詰め寄られ、結太は目を白黒させた。

 いくら親しい仲とは言え、百八十オーバーと百九十オーバーという巨体の二人に、顔を近付けるようにして迫られるのは、ちょっと怖い。


「え?……う、うん。オレは……そー聞ーたけど?」


 体を縮こませてうなずく。

 二人は顔を見合わせてから、体を元に戻し、


「じゃー俺は……坊ちゃんの彼女を、性的な目で見てしまった……って、ことになるの……か?」


 東雲が、蒼い顔でつぶやけば、


「あ……ああ。そーなる……か。……ハァ。こりゃ、簡単には許してくれないかもなぁ」


 片手を額に当てた後、鵲はため息をつく。

 そんな二人を、結太はきょとんとした顔で見比べ、首をかしげた。


「なんだ? どーかしたのか? 龍生が保科さんと付き合ったら、何かマズいことでもあんの?」

「……いや。べつに、そーゆーこっちゃーねーんだけど、よ……」


 ガックリと肩を落とす東雲だったが、鵲はその肩に手を置き、『とにかく、時が過ぎるのを待つしかないって。そう落ち込むなよ、トラ』などと、慰めるようなことを言っている。



(こりゃ、ぜってー何かあったんだろーけど……。訊ーていーことなのかどーか、わっかんねーしなぁ……。とりあえず、放っとくしかねーか)



 結太はそう判断し、早く話題を変えなければと、慌てて別の話を振った。


「あっ。そー言えばさ。龍生の様子に、どっかおかしいとこってねー? 落ち込んでるとか、イライラしてるとか……変わったとこってなかった?」


「――え? おかしいところ?」

「どーしてそんなこと訊くんだ? 坊ちゃんに、何かあったってのか?」


 たちまち、二人の表情が険しくなる。

 結太はヒヤッとしたが、言ってしまったことは取り消せない。


「あー……うん、まー……。あったって言やー、あった……かな」


「何だとッ!? 何があったってーんだ!?」

「坊の様子がおかしいのは、トラが怒らせたせいだとばかり思ってたけど……他にも理由があったってこと?……結太さん。坊の様子がおかしいかどうか訊ねるってことは……もしかして、心当たりがあるんじゃないのかい?」


 再び、二人に顔の間近まで迫って来られ、横たわったままの結太は、思わず体を引いた。

 しかし、ベッドの上では、逃れる術などあるはずもない。

 タジタジとなりながら、結太は昨日の出来事――無人島で、咲耶と自分に何があったのか、龍生に全て話したことを告げた。


「何ぃッ!? うっすい新聞紙一枚身に付けただけの状態で、あのナイスバディな保科様に、抱きつかれて眠っただぁッ!? しかも、首筋に噛み付かれ……って……。ゆっ、結太おめー、なんって羨ましーことしてくれてんだオラァッ!? 美女に抱きつかれて眠るなんざ、百万年()えーんだよッ!!」


 東雲に目の前でがなり立てられ、結太は一瞬、胸ぐらを掴まれて凄まれているような――暴力団の人間にでも、脅されているような感覚に(おちい)った。


 今この時まで、陽気で優しい東雲しか知らなかったが……実は、怒らせると怖いタイプだったようだ。

 結太はひたすら縮こまり、ギュッと目を閉じた。


「お、おいっ! 顔近付けて凄むなって! 結太さん、ビックリして引いちゃってるじゃないか!……ごめん、結太さん。こいつ、興奮すると口悪くなるし、言い方もキツくなっちゃうんだ。でもっ、怒ってるわけじゃないから。そんなに(おび)えなくても大丈夫だよ」


 なだめるように割って入って来た鵲は、東雲の肩に手を置き、二~三度軽く叩いた。

 東雲は、ハッとしたように目を見開くと、素早く姿勢を正し、バツが悪そうに頭を掻く。


(わり)ぃっ、結太! つい、興奮しちまって……。だぁってよー、あのナイスバディに、裸同然の姿で抱きつかれて、一晩過ごしたんだろー? そりゃー、坊ちゃんじゃなくたって嫉妬するって! すっげー(たな)ボタじゃん?」


「トラッ! 結太さんは死にかかってたんだぞ? だから、保科様が体を温めようと、必死に頑張ってくださったんじゃないか。命の危機に(さら)されていた結太さんと、助けるために体張ってくださっていた保科様に対して、あまりにも失礼だろ、今の言い方は?――ほら。ちゃんと謝れよ」


「う――。……まあ、そりゃそーか。死にかけてたんだもんな。保科様の胸の感触や、体の柔らかさを堪能(たんのう)する余裕なんざ、ありゃしねーか。……そっか。そーだよな。……悪かった、結太。羨ましーとか思っちまって」


「えっ?……あ、いや……まあ……。べつに、気にしてねーから。ダイジョーブ……だよ。……アハ。アハハ、ハ……」


 眠る頃には、意識もハッキリしていた。

 胸の感触も、体の柔らかさも、充分堪能したと言うか……嫌でも、意識せざるを得ない状態だったのだが……。


 余計なことを言うと、また怖い顔で凄まれそうだ。

 この事実は、自分の胸の内だけに、そっと仕舞っておくことにしよう。


 結太は内心冷や汗を掻きつつも、二人に気取られることのないよう、必死に愛想笑いを浮かべた。


「……でも、そんなに大変なことになってたなんて、全然知らなかったよ。ごめん、結太さん。……考えてみれば、あれだけの暴風雨に、一時間以上晒されてたんだもんな。低体温症になる危険性にも、もっと早く気付けなきゃいけなかったのに……」


 暗い顔でうつむく鵲に、結太は焦って首を振る。


「いやっ! そんなの、サギさん達が気にすることじゃねーって! あの日の暴風雨は、天気予報だって予測出来なかったんだろ? だったら、誰のせーでもねーよ。気にすんなって!」

「……でも……」


 鵲は沈痛な面持ちで、大きな背中を丸めた。


 湿った雰囲気には弱いので、結太は東雲に、『何とかしてくれ』という思いを込め、熱い視線を送る。

 結太の視線に気付いた東雲は、軽くうなずいた後、彼の背をバシンと叩いた。


「痛ッ!!……いっ――たいなぁ……。何すんだよ、トラ?」

「だから! 気にすんなって、わざわざ結太が言ってくれてんだろ? なのに、そんな通夜みてーな顔してたら、気ぃ遣わせちまうだろーが。ちったぁ考えろや」

「あ……。そうか。そうだよね。ごめん、結太さん」


 鵲の言葉にホッと胸を撫で下ろし、結太は首を横に振る。


 大切な人達に、負い目を感じさせてしまうなど、とても耐えられない。

 これでいいのだと、結太は満足げに微笑んだ。


「――んじゃ、まあ……そろそろ帰るか。長居しちまうと、疲れさせちまうだろーからな」

「うん、そうだね。……結局、坊のお怒りを鎮めるためのヒントも、見つけられなかったしね……」


「それをゆーなよ。悲しくなって来んだろーが……」

「だってさ……」


 再び暗い顔で肩を落とす二人を見て、結太はまたまた、目をぱちくりさせた。

 普段から感情に素直な彼らではあるが、ここまで深く落ち込んだところは、見たことがなかった。


「ホントに、どーしちまったんだよ? 何があったのか教えてくれよ」


 ストレートに訊ねると、二人はゆっくりと顔を向け、


「俺がな……スケベ心を、ちらっと出しちまったばっかりにな……」

「坊を、すごーーーく怒らせちゃったみたいなんだよ。……トラ、昨日から一言も、口利いてもらってないんだ……」


「えっ? 怒ってるって……龍生が? トラさんと、口も利ーてくんねーって?」


「……ああ……」

「そうなんだよ……」


 しょんぼりとする二人を前に、結太は(いぶか)しげに眉根を寄せる。

 どんな怒らせ方をしたのか知らないが、龍生がそんな風に怒りを持続させ、東雲に冷たく当たるなど、今までなかったことだ。


 龍生はああ見えて、身内の者にはとても甘い。

 一日以上怒りを溜め、無視し続けるなど、意外過ぎる反応だ。


「じゃあな、結太」

「お大事にね」

「――あ。……うっ、うん。見舞いに来てくれてありがとな、サギさん、トラさん」


 弱々しく手を振って、二人は病室を出て行った。

 結太は彼らを見送った後、


「らしくねーなぁ……龍生」


 天井を睨みながら、ポツリとつぶやいた。

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