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第7話 桃花、カラ元気の咲耶を気に掛ける

 その日の昼休み。

 咲耶はいつもと変わらぬ様子で、桃花のクラスにやって来た。

 とたん、周囲に張り詰めたような空気感が漂ったが、それも一瞬のこと。すぐに、普段通りの騒がしさに戻った。


 咲耶は、桃花の前の席の椅子を引き、後ろに向けると、桃花の机にバッグを置いて、静かに腰を下ろす。続けて、バッグから大きな弁当箱を取り出し、蓋を開いた。


「さーあ、一日で一番楽しい時間の始まりだーーーっ! モリモリ食ってやるから、覚悟しろよ弁当めーーーっ!」


 箸箱から取り出した箸を右手に持つと、咲耶は宣言するように言い放つ。

 それから大口を開け、豚肉のアスパラ巻きを、ポイっと口中に放り込んだ。

 もぐもぐ、もぐもぐ、もぐもぐ――ごっくんと、アスパラ巻きを飲み込むと、


「うん! やはり美味いな、アスパラ巻きは!」


 などと言い、幸せそうに微笑む。

 桃花は、(つと)めて明るく振舞おうとする咲耶を、気遣わしげに見つめていた。


「――っと。どうした桃花? 弁当食べないのか? 食欲ないのか?」


 親友の様子がおかしいことに気付き、咲耶が首をかしげる。

 桃花は『ううん。ダイジョーブ。食べるよ?』と答えると、自分の弁当箱を巾着から取り出した。


 一見、いつもと変わらないようではあるが、確実に無理している。

 朝、龍生に素っ気なくされたことが、未だに尾を引いているのだ。


 咲耶のことだ。龍生のことを訊ねたとしても、強がって、素直に答えてはくれないだろう。



(……あとで、秋月くんにメッセ送ってみよう。時間作ってもらって、どうして咲耶ちゃんにあんな態度取ったのか、直接訊いてみなきゃ。……メッセで訊ねてもいいんだけど……それだと、上手くかわされちゃいそうだし……。うん。やっぱり直接会って、答えをもらわなきゃ! 大切な咲耶ちゃんを任せていい人かどうか、自分の目で確かめるんだ!)



 桃花はそう心に決めると、黙々と弁当を食べ始めた。




 その頃、鵲と東雲はというと。

 病院前でタクシーを降り、結太の入院している病室へと、一直線に向かっていた。

 ――無論、〝龍生の過去の恋愛話〟を訊くためだ。


「結太さん、話してくれるかな? 坊のことは、坊に聞いてくれ――とかって、言われちゃったりしないかな?」


 菓子折りが入った紙袋を両手で持ち、肩を丸めながら歩いている鵲は、不安げに表情を曇らせる。

 東雲は腕組みして歩きながら、ムスッとした顔で答えた。


「そんなん、俺だってわかんねーよ。わかんねーけど、訊くだけ訊ーてみるしかねーだろ? 結太の他に、坊ちゃんのことに詳しい人間なんざいねーんだからよ」

「ん……まあ、それはそうなんだけどさ」


 今日、二人で結太に会いに来ていることは、龍生には報告していない。

 龍生だけでなく、龍之助や安田にすら、内緒にして来ていた。

 当然結太にも、龍生には秘密にしておいてくれと、これから頼むつもりでいる。


 もし、龍生に知られてしまったら、自分抜きで何をしているのだと、怪しまれてしまうに決まっているからだ。


 まあ、二人共に、結太とは昔からの知り合いだ。改めて見舞いに来たとしても、決して、おかしくはないはずなのだが――。

 龍生のことを訊きに来ているという、負い目からだろうか。二人は、『ちょっと買い出しに』とだけ宝神に伝え、こっそりと病院までやって来ていた。



 スタッフステーションで手続きを済ませると、結太の病室へと続く廊下を、足早に歩く。


 結太に連絡してから見舞いに来るのが礼儀なのだろうが、昨夜急に思いついたことだったし、結太なら許してくれるだろうという、甘えもあった。

 二人は特に躊躇(ちゅうちょ)することなく、病室のドアをノックした。


「サギさんトラさん!……あれ? 今日は二人なのか? 龍生と一緒じゃねーなんて珍しーな」


 そう言った後、結太は照れ臭そうにニカッと笑う。

 兄弟のいない彼にとって、幼い頃から、龍生の代わりに遊んでくれていた二人は、年の離れた兄のような存在なのだ。見舞いに来てくれたことが、素直に嬉しかったのだろう。


 鵲は、紙袋から菓子折りを取り出しながら。


「うん。実は坊のことで、結太さんに訊きたいことがあってさ。……あ。これ、こっちのテーブルの上に置いておくから。お母さんがいらしたら、一緒に食べて」

「結太のだーい好きな、蒲公英庵(たんぽぽあん)栗饅頭(くりまんじゅう)だぞー! ほーれ、食いてーだろー? 病院の(めし)って、味薄い上に量少ねーって聞くしよ。正直、物足りねーんじゃねーか?」


 鵲から奪い取った菓子折りを、両手で高々と掲げ、東雲はニヤニヤ顔で訊ねる。

 大好物の〝蒲公英庵の栗饅頭〟が見舞いの品と聞き、結太はパアッと顔を輝かせた。


「えっ、蒲公英庵の栗饅頭!? サンキュー、サギさんトラさん!――ほんっと、マジでそのとーり! 病院食なんて、何日も食べ続けるもんじゃねーよ。マズいとまでは言わねーけど、量少ねーから腹減っちまってさー」


 嘆く結太に近付いて行くと、東雲は大きな手で、彼の頭をワシャワシャと撫で回す。


「そーだろそーだろ! フフン。感謝しろよー、少年?」


 自慢げに胸を張り、満面の笑みを浮かべる東雲を見て、鵲は小さくため息をついた。


「何が『感謝しろ』、だよ? 今日は、俺達の方が結太さんに訊きたいことがあるんだし、入院中の人に見舞いの品を持参するのは、当然のことだろ? 恩着せがましいこと言うなよ」

「ハハッ。ま、そりゃそーか。――悪ぃ、結太。ちと調子に乗っちまった」


 結太はふるふると首を振り、


「いや、いーんだ。今日の二人、龍生と一緒にいる時みてーに、堅っ苦しくなくて嬉しーよ。小せー頃に戻ったみてーでさ。……なんか、懐かしー感覚が蘇って来た、っつーか」


 そう言って、照れ臭そうにヘヘッと笑う。


「あー、だよなー……。悪ぃーな。俺達も、結太にゃー敬語なんざ使いたくねーんだけどよ。『龍生様の御学友に対し、失礼な態度や言葉遣いは許さん!』――って、安田さんがうるさくてなー」


 頭を掻きながら東雲が詫びると、鵲は苦笑して。


「真面目だからねぇ、安田さんは。普段はすごく穏やかだけど、教育者的立場になると、とたんに厳しくなるんだよ。『普段から敬語を使え。でなければ、必要な時、スムーズに出て来なくなる恐れがある』って言ってさ」


「あー、そっか。ブンさんって、二人の教育係みてーなもんなんだっけ?」


「そーそー。働き出したばっかの頃は、ビッシバッシやられたんだぜー?……あ。この『ビッシバッシ』ってのは、(むち)で打たれたとか、そーゆー意味じゃなくてな?」


 慌てて説明を加える東雲に、結太は『わかってるって。しごかれた、って意味だろ?』と返し、アハハと笑った。


 安田は昔――十年ほど前までは、秋月家のボディガードをしていた。

 その頃、幼い龍生と咲耶を、誘拐犯の手から救い出したのが彼なのだ。

 そして、その時の誘拐犯というのが――……。


 まあ、改めて説明しようとすると長くなる。

 この話は、また別の機会にすることにしよう。


 しばらくの談笑の後、鵲は改まった口調で切り出した。


「あのさ、結太さん。坊の初恋の人とか、恋の話とかって……聞いたことある?」

「へっ? 龍生の……初恋の人?」


「うん。――どんなことでもいいんだ。知ってたら、教えてくれないかな?」

「初恋じゃなくても、恋に関する話なら何でもいーんだ! 頼む、教えてくれ!」


 必死な顔つきの東雲に、結太はきょとんとした。

 だが、呆気ないほど簡単に、


「初恋かどーかは知んねーけど、保科さんとは、付き合う寸前ってとこまで行ってんだろ? 昨日、見舞いに来た時言ってたぜ?」

「えっ、昨日!?」

「保科様と付き合う寸前ッ!?」


 咲耶のことが好きなのだろうと考えてはいたが、まさか、そこまで話が進んでいたとは。

 驚きの声を上げた後、二人はしばし固まった。

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