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主人公降格!? ~協力者のはずの幼馴染に主役の座を奪われました~  作者: 金谷羽菜
第9章

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第14話 桃花、眼前で泣き続ける咲耶に戸惑う

 しばらく待ってみたが、咲耶はなかなか泣き止んでくれない。

 こんな咲耶を見るのは初めてだったので、どうしていいかわからず、桃花はオロオロと見守ることしか出来なかった。


 周囲には、サラリーマンらしき男性客が一名と、買い物帰りらしき中年の女性客が一名、それから、カップルらしき二人組が、少し離れた場所に座っていた。

 カウンターには、サイフォンでコーヒーを淹れている白髪のマスターと、この店唯一の店員と思われる、先ほど注文品を持って来てくれた老婦人。(たぶん、マスターとは夫婦なのだろう)


 彼らは皆、桃花達の方を見ないようにしてくれていたが、桃花がそっと様子を窺ってみると、誰もが不自然に固まっていた。たぶん、こちらの話に聞き耳を立てているのだろう。


 客の中に、高校生は一人もいない。

 桃花は、ファストフード店などでなく、この店を選んでよかったと、心底ホッとしていた。


 もしもこの中に、同じ高校の生徒が、一人でもいようものなら、明日には、『咲耶がテーブルに突っ伏して泣いていた』という噂が、学校の隅々(すみずみ)にまで広まっていたことだろう。



「ねえ、咲耶ちゃん?……えっと、わたし……そんなに酷いこと、言っちゃったのかなぁ?」


 長い沈黙に耐えられず、恐る恐る、声を掛けてみると。

 咲耶はガバッと体を起こし、


「酷いともっ!! 桃花は私に、秋月とうまく行った方がいい――だなんて言ったんだからなッ!!」


 涙でぐしゃぐしゃの顔を真っ赤に染め、恨みがましく桃花を睨む。

 桃花は困り果てた顔つきで、咲耶をじっと見つめた。


「秋月くんとうまく行ったほうがいいって思うことが、酷いことなの?……じゃあ、もしかして咲耶ちゃん……秋月くんのことが、嫌いなの?」


 問われると、咲耶はキュッと唇を結び、少しうつむいて、『べ、べつに……。嫌い、と言うほどではないが……』と、咲耶らしくない、消え入りそうな声で答える。


 咲耶は、嫌いなら嫌い、付き合う気がないならないと、ハッキリ言う子だ。

 それなのに、嫌いとも、付き合う気が全くないとも言わない――ということは、きっと、本人が思っている以上に、龍生のことが気になっているに違いない。


 桃花は、長年の付き合いである勘から、そう判断した。


「咲耶ちゃん……今日は、朝からずっと、秋月くんと一緒だったんでしょう? 秋月くんに引っ張られて、どこか行っちゃったって、学校で噂になってたよ?」

「違うッ!! ずっと一緒だったわけじゃないッ!!」


 すかさず咲耶が否定して来て、桃花は意外そうに目を見張る。


「――え、そーなの? だったら、今まで一人だったの? いつ、秋月くんと別行動になったの?」


 桃花の問いに、咲耶は再び下を向き、言いにくそうに、途切れ途切れになりながら。


「それは、その……。朝、秋月に……屋上に連れて行かれて……。そこで、どのくらいだったか……一時間ほどだったか、そこにいて……。それから、楠木の見舞いに行って……」

「えっ!? 楠木くんのところに行ってたのっ!?」


 思わず大声を上げてしまい、桃花は慌てて、口元を両手で押さえた。

 周囲の人々は、まだ体を固くして、こちらの様子を窺っているのだ。なるべく小さな声で話さなくてはと、気持ちを引き締め直す。


「……ああ。それで……それからすぐ、秋月と別れて……。すぐに桃花のところに行こうと思ったんだが、学校には戻りづらくて……。だから、放課後になるまで、この辺りで時間を潰していた」

「一人でずっと?……えっ、いつ頃から?」

「昼……ちょっと前、くらい……だったか……」

「そ……そーだったんだ」


 そんなに長い間、この辺りにいたとは。

 学校に戻りづらかったのはわかるが、平日の昼間に、高校生が(しかも制服のまま)、一人で時間を潰すのは、さぞや大変だっただろう。


 桃花は労わりの眼差しを咲耶に向け――それからふと、あることに思い至った。


「それじゃあ、秋月くんは? 楠木くんのお見舞いに二人で行ってたってことは、病院で別れたの?」

「――っ!」


 そこで何故か、咲耶は、頭から湯気が出ているのではないか――と錯覚してしまうほど、顔を真っ赤に染め上げた。

 ギョッとなって、まじまじと桃花が見つめると、今度は、顔が見えなくなるくらいに深く、うつむいてしまう。


「さ、咲耶ちゃん? どーしたのっ? 一気に顔が真っ赤っかになっちゃったよ? だいじょーぶっ?」


 慌てて訊ねるが、咲耶は思い切り首を横に振り、


「なっ、何でもないッ!! 私はべつに、秋月のことなんて思い出してないぞッ!! あ、あんな奴、ちっとも好きじゃないッ!! 好きなワケないんだからなッ!!」

「……え?……咲耶ちゃん……?」


 龍生をどう思っているかなど、桃花は一切、訊ねていないのだが――。


 驚きつつ、桃花はピンと来てしまった。


「ふふっ。やっぱり咲耶ちゃん、秋月くんのこと好きなんだね。だからそーやって、訊いてもいないのに、嫌いだとか言ったり、何でもない時に、突然、彼の顔が浮かんで来ちゃったりするんだよ。わたしだって――」


 言い掛けて、ハッと息を呑む。



 今、自分は……何を言おうとしたのだろう?


 ……『わたしだって』?

 『わたしだって』、何だと言うのだ?



「……わたし、だって……」


 もう一度つぶやいてみる。

 するといきなり、結太の顔が頭に浮かんで来て、桃花は再びハッとなった。



(どーして……。なんで今、楠木くんの顔が……?)



 不思議に思ったが、桃花はすぐに頭を振り、脳内から結太を追い出した。



(今は、咲耶ちゃんの話でしょ? わたしのことはどーでもいーの!……とにかく、咲耶ちゃんの気持ちを確かめなきゃ――!)



 桃花は咲耶をまっすぐ見つめ、確認するように切り出した。


「ね。咲耶ちゃんは今、秋月くんのことなんて『思い出してない』、『好きじゃない』って言ったけど……それは、本当の気持ちじゃないんじゃない? だってその前は、『嫌いと言うほどではない』って言ってたじゃない。……そうやって、自分の気持ちが『好き』と『嫌い』の間をフラフラしちゃったりするのは、きっと、それだけ秋月くんのこと、意識してるからなんだよ。意識して、本当は好きだって思ってるのに、素直になれなくて……。咲耶ちゃん、わたしと同じで、恋愛とかとは無縁で、この歳まで来ちゃったでしょう? だから……たぶん、『好き』って気持ちがどういうものなのかが、まだよくわかってなくて、すっごく混乱しちゃってるんじゃないかな?」


「ち…っ、違うっ! 私はべつに、秋月のことなんて――っ」

「……うん。自分の気持ちを認めるのって、怖いよね。……だって、認めたその瞬間から、想いは走り出しちゃうんだもん。きっと、もう誰にも……自分にも、止めることは出来なくなっちゃうんだもん。止められないんだって思ったら……やっぱり、怖いよね」


 咲耶に語り掛ける途中で、桃花は自分の想いに気付いた。



 ……そうだ。

 自分もずっと、そうだったのだと。

 気持ちを認めるのが怖くて、走り出してしまうのが怖くて、止められなくなることが、怖くて……。


 ずっとずっと、逃げていたのだと。



「……咲耶ちゃん。怖いけど、怖いのはわかるけど……もう、認めちゃおう? 咲耶ちゃんは、秋月くんのことが好きなん――」

「違うッ!! 私が好きなのは桃花だけだッ!! ずっとずっと、桃花一人だけだッ!! これまでも、これからも、私の心はずーーーっっとっ、桃花一人だけに捧げるんだぁああーーーーーッ!!」



 瞬間。

 店内、全ての人間の時が、止まった。

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