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第12話 桃花、龍生と咲耶の噂話に瞠目する

 桃花の耳にその噂が届いたのは、一時限目の休憩時間だった。

 教室で、次の教科の準備をしていると、


「えーーーーーッ!? 保科さんが秋月くんの学生服を、脱がそうとしてたぁッ!?」


 廊下側の席から、女生徒の金切声がした。

 桃花はハッと目を見開くと、顔を上げ、反射的にそちらを振り返る。


 金切声を上げた女生徒は、噂の伝達者らしい前の席の女生徒に向かい、好奇心丸出しと言った風で訊ねた。


「脱がすって……。えーーーっ、嘘でしょぉおーーーっ? そんな、信じらんなーーーいっ! だって、教室でしょぉーーーっ? そんなとこで脱がせて、どーするつもりだったのぉーーーっ?」


「それがさぁ。聞いたとこによると、脱がせようとしてた保科さんを、秋月くんが止めたんだって。――で、それで終わりかな~ってみんなが思ってたら、今度は秋月くん、自分で学ラン脱ぎ始めて、シャツまで脱いじゃって、上半身裸になっちゃったんだってぇー。そんでね、その後二人で抱き合ってたってー」


「えええええーーーーーッ!?……っだ、抱き合ってたって、上半身裸の秋月くんと、保科さんがぁ!?……嘘うそっ! やだぁ~~~、も~~~っ! 信じらんな~~~いッ!! 二人って、付き合ってたんだっけ~~~? 全っ然、知らなかったぁ~~~っ」


 興奮して話し続けるクラスメイト達を、桃花は呆然としながら見つめていた。

 入って来る情報の全てが、信じられなかった。



 咲耶が、龍生の制服を脱がそうとしていた?

 龍生が咲耶を制し、自ら半裸になった?

 おまけに、咲耶が半裸の龍生と、教室で抱き合っていた――?



 普段から何を考えているかわからない、龍生ならまだともかく。

 幼い頃からよく知っている咲耶が、そんな大胆なラブシーンを、人前で演じてみせるなど……桃花には、とうてい信じられなかった。


 いつも堂々としてはいるが、咲耶は桃花同様、恋愛事には、一切無縁で生きて来たのだ。

 奥手な咲耶が、いきなり人前で抱き合う――しかも、半裸の男性と抱き合うなど、絶対にあるわけがない。

 噂話に花を咲かせている二人には悪いが、きっと、何かの間違いだろう。

 そう思いながら、桃花は彼女らを見つめ続けた。


 すると、片方の女子が桃花に気付き、バタバタと足音を立てながら近寄って来ると、興奮ぎみに訊ねて来た。


「ねえねえ、伊吹さんっ! 保科さんから、何か聞ーてないっ? 伊吹さんって、保科さんと仲いーでしょ? 二人が付き合い出したとかって話、聞ーたことないっ?」

「えっ?……あ、あの……」


 引っ込み思案の桃花は、普段から、積極的に他人に話し掛けたりすることはない。

 相手がクラスメイトであろうと、その姿勢は変わらないので、いきなり話し掛けられ、心臓がドックンと飛び跳ねてしまった。


「ちょっとぉー。伊吹さん(おび)えてんじゃん。保科さん以外と、あんまり話したことなさそーだし、トートツに、そんな勢いで突っ込んでったら、ビックリしちゃうって」


 (ちぢ)こまって口ごもる桃花を、気の毒に思ったのか、噂を持って来た方の女生徒が、質問して来た女生徒に、軽く注意をした。

 注意された女生徒は、『あっ。ごめ~ん』と素直に謝った後、ふと、何かを思い出したような顔で。


「んー?……あっれー? でも、秋月くんと付き合ってるのって、伊吹さんの方じゃなかったっけー? この教室に、交際申し込みに~とかって、来たことあったじゃん?」

「あっ! そー言えばそーだよね。……え?――ってことは伊吹さん……フラれちゃったの?」


 二人から、同時に(あわ)れみの視線を向けられ、桃花は『はわわ…っ』と焦ってしまった。


 龍生とは、一応、『お試しで』付き合って(いることになって)はいるが、あくまでそれは、結太に龍生を()()()()()()()の作戦。お互いに、本気で想い合っているわけでない。


 しかし、だからと言って、龍生の了解も得ないうちに、他人に話していいことではないだろう。


 桃花は、どう説明すればいいのかわからず、ほとほと困ってしまった。


 結局、すぐに二限目が始まってしまったので、それ以上のことを訊かれることはなく――、二人は残念そうな顔をして、それぞれの席に戻って行った。

 桃花はホッと胸を撫で下ろしたが、あの二人には、完全に誤解されてしまっただろうなと、複雑な気持ちになった。



(普通のお付き合いをする前に、フラれたことになっちゃったのは悲しいけど……。でも、もしも秋月くんと咲耶ちゃんが、両想いになった、ってことなんだったら、すごくおめでたいことだよね? もともとお似合いだなぁって思ってたし、秋月くんの『お試し』で付き合う相手、わたしから咲耶ちゃんに……って、今日、お話するつもりだったわけだし。……うん、よかった! 本当に二人が付き合うことになったんなら、めでたしめでたしだよ!)



 桃花は、『そうなればいいのになぁ』と思っていたことが、現実になったらしいとわかり、妙に気分が浮き立って来た。

 何となく、肩の荷が下りたような気にもなり、自然と顔がほころんでしまう。



(そっか。そっかぁ~……。とうとう咲耶ちゃんも、恋に目覚めたんだね。今まで、恋とかには全然興味ないみたいだったから、ちょこっと心配してたんだけど……。うん! 本当によかったよ!)



 気が(ゆる)んでしまったのか、シンとした授業中、桃花にしては珍しく、『ウフフ』と、笑い声を漏らしてしまった。

 すかさず教師に注意され、一斉にクラスメイトの注目を浴び……真っ赤になって、うつむく羽目になったのだが。


 そんな桃花を、先ほど噂話をしていた二人は、



(伊吹さん、可哀想~。秋月くんにはフラれるわ、親友には恋人かっさらわれちゃうわ……。きっと、精神的に参っちゃってるんだろーなー……)



 などと、ひたすら同情し、再び桃花に、憐れみの視線を送っていた。

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