第7話 結太、揃って来院した龍生と咲耶に蒼ざめる
病室に龍生が、そしてその後ろから、咲耶が入って来るのを目にしたとたん、ついにその時が来てしまったのかと、結太は一気に蒼ざめた。
きっと龍生は、例の話を訊きに来たのだ。
咲耶からOKをもらい、あの話を訊きに来たのだ。
咲耶なら、龍生のことも上手くかわせるのではないかと、勝手に期待していた。
それなのに、二人で来たところを見ると、やはり龍生には、咲耶ですら敵わなかった――ということか。
「どうした、結太? せっかく見舞いに来てやったのに、浮かない顔だな」
(く…っ! 浮かねー顔してる理由なんか、ぜってーわかってるクセに! わざとらしく訊ねやがってぇえ……!)
涼しい顔をした龍生に、結太はイラッとした。
「白々しーんだよ! どーせ、あの話を訊きに来たんだろっ? わざわざ保科さんまで連れて来て、ごくろーなこったなっ!」
うっすら涙を浮かべた目で、龍生を睨み付けながら、結太は掛け布団をギュッと握った。
龍生に話すだけでも嫌だというのに、咲耶にも聞かせなければならないとは。
憂鬱を通り越し、もはや恐怖だ。
正直に話したところで、『私がそんなことするはずないだろう!? 嘘をつくな!』などと、文句をつけて来るのではないか。
結太の心配などには、少しも気付く素振りもなく、龍生は呑気に笑みを浮かべている。
「うん。まあ、そうだな。咲耶が許可してくれたから、例の話を訊きに来たんだ」
「フン! なーにが、咲耶が許してくれたから~――だッ! こちとらいー迷惑だっ、つー…………の?」
うっかり聞き流すところだったが、ある部分に違和感を覚え、結太は『ん?』と小首をかしげた。
「え?……あれ?……咲……耶? おまえ、保科さんのこと、名前でなんて呼んでたっけ?」
「いや? 名前で呼ぶようになったのは、昨日からだ」
「へっ?……へ、へぇー……」
チラリと様子を窺うと、咲耶は顔を赤く染め、気まずそうに視線をそらしている。
妙にモジモジして見える咲耶に、珍しさを感じつつ、
(保科さん、かなり真っ赤な顔してんなぁ。名前で呼ばれるの、まだ慣れてねーのかな?……まあ、そっか。いきなり呼び捨てだもんな。そりゃ恥ずかしーか……って………んん?)
結太はまた、微かな違和感を覚えた。
急に名前呼びされるのは、確かに恥ずかしいだろう。それは理解出来る。
しかし、呼ばれ始めたのは昨日からということだから、もう一日経っているのだ。
一日経っても、そこまで真っ赤になって照れるほど、恥ずかしいことなのだろうか?
……いや。
この状態は、名前を呼ばれたからというより、むしろ、もっとこう……。
「……え。……もしかしておまえら……付き合ってんの?」
二人揃って現れたことと言い、例の話をすることを、咲耶が簡単に許可したっぽい(詳しい経緯は知らないが、昨日の今日で、もうここに来ていることを考えると、やはり〝簡単に〟としか思えない)ことと言い……何か怪しい。
「よくわかったな」
「ちっ、違うわッ!! まだ付き合ってな――っ、……あ」
咲耶は慌てたように口元を押さえた。
その様子を見、龍生は満足げに微笑む。
「うん。まだ付き合ってないが、そのうち、付き合うことになると思う」
「ちょっ、待っ――! 勝手に決めるなバカ者ッ!! まだ、付き合うなんて一言も言ってないだろーがッ!?」
「ああ。まだ言ってないな。まだ、な。でも、まだってことは、いずれは付き合うつもりでいた――ってことだろう?」
「ちっ――、違うわボケッ!! 勝手に良い方に解釈するなッ!! 大迷惑だッ、このスットコドッコイッ!!」
「ハハハッ。咲耶の言葉のチョイスは、いつも古風だな。今時、そんな言葉使っている人は、咲耶以外にはいないんじゃないか?」
「そっ、そんなことないッ!! 私の祖父はよく使っていた!!……って、まあ……数年前、亡くなってしまったが……」
(嘘だろ……。あの龍生が、すっげー大口開けて笑ってやがる。……オレの前ですら、あそこまで楽しそーに笑ってたこと、なかったんじゃねーか……?)
言い合いながらも、龍生は、結太ですら見たことがないような、満ち足りた表情をしている。咲耶は咲耶で、文句を言いつつも、まんざらでもないような感じが……しないでもない。
美男美女であることは、誰の目にも明らかだし、結構、お似合いなんじゃないだろうか。
そう思ったので、単刀直入に訊ねてみる。
「――で? 結局二人は付き合ってんの? 付き合ってねーの?」
「付き合ってないッ!!」
間髪をいれず、咲耶はキッパリ否定した。
それでも龍生は、余裕の笑みを浮かべたままだ。
「まあ、正確に言えば、まだ付き合っていないんだが。……昨日、告白したばかりなんだ。今は返事待ちの状態だ」
「えっ!? 龍生の方が告白したのかッ!?」
あまりにも意外だったので、つい、大声を出してしまった。
今まで、龍生から告白したという話など、聞いたことがなかったからだ。
……まあ、その逆は、数え切れないほどあるのだが。
(へー……。でも、そっか。保科さんも、自分から告白するタイプにゃー見えねー……っつーか、恋愛自体に興味がねーって感じだったけど……。ふ~ん……。そっか。龍生がねぇ)
「保科さん、龍生の告白保留中なのか。そんな人もいるんだな。龍生が告白すりゃー、女は誰でもOKすんだろーと思ってた」
「そんなわけあるかッ!!……だいたい、こいつにキャーキャー言ってるような女生徒は、一人残らず騙されてるんだ! こいつは見た目よりずーーーっと悪質だぞ!? 性格悪くて、強引で自分勝手で、おまけに変態なんだからなッ!!」
「へ……変態……?」
龍生とは、およそ無縁のような言葉が発せられ、結太は呆然とした。
当の本人は苦笑などして、まだ余裕ある態度を保っている。
「酷いな。俺が変態になることがあるとすれば、それは咲耶の前だけだよ。変態じみた欲望は、咲耶にしか湧いて来ないからな」
「な――っ!」
「うぇへぇ――ッ?」
咲耶は例によって、赤面して絶句し、結太は予想を遥かに超えた龍生の言葉に衝撃を受け、奇妙な声を上げた後、同じく絶句した。
(どっ、どど――っ、どーしたんだ龍生っ!? 今、何かすっげーこと言ったぞ!? 取りよーによっては、すっげーエロく聞こえちまうよーなこと言わなかったか!? 言ったよな!? 言ったよな今ッ!?)
長年の付き合いで、よく知っているはずの幼馴染。
そんな彼の、意外過ぎる一面を見せつけられ、結太はプチパニックを起こしていた。
今まで、龍生の口からエロ発言など、一切聞いたことがなかったのに。
いったい、どうしてしまったのだろう?
(……ハッ! そーか! これが噂に聞く、〝色ボケ〟ってヤツか!? そーなのか龍生っ!? そーなんだなッ!?)
正確な意味を考えれば、違う……と思うのだが、結太はそう結論付けた。
恋愛事に無関心だった人間が、突如として恋に落ちると、こんな風になってしまうのだろうか?
だとすると、恋愛とは、なんと恐ろしいものなのだろう。
しみじみ思いながら、イチャイチャとじゃれ合っているように見え……なくもない二人を、しばらくボケーっと眺めていた。




