第6話 龍生と咲耶、学校を抜け出し病院に向かう
結太が入院している病院を目指し、安田が運転する秋月家の高級車は、順調に走行していた。
龍生と咲耶は、後部座席に並んで座っている。
咲耶は窓の外に目をやり、口をへの字に曲げ、やや顔を赤らめながら。
龍生は正面を向き、咲耶とは対照的に、口元に笑みなど浮かべながら。
何故、対照的なのかというと――。
学校を出る時、龍生は目立たぬよう、裏門に迎えを呼んだ。
しかし、昇降口付近で、他の学年の教師に見つかってしまったのだ。
てっきり叱られるかと思い、身構えた咲耶だったが、その教師というのが、やたらと陽気で、型破りなタイプだったらしく。
「おおっ? 噂の美男美女カップルじゃないか! なんだなんだー? 仲良くおサボりかぁ~?……まっ、セーシュン……いや、アオハル?――ってやつぁー、そーじゃないとイカンよなぁ! オレも学生の頃は、授業抜け出して、遊びに行ったもんだ。……な~んてな! 教師がこんなこと言ってちゃダメかー。ガッハッハッハ! まっ、若い時ゃーイロイロあるってもんさ。今日のところは見逃してやる。……ってことで、上手くやれよー、お二人さーん!」
一方的に喋りまくり、叱って来るどころか、何故か見逃され、思いっきり応援されてしまった。
(何なんだいったい? 教師ともあろう者が、生徒のサボりを、こんな簡単に見逃していいのか? あれで、本当に教師なのか?)
咲耶は完全に呆れてしまったが、龍生は『見つかったのが、話のわかる教師で助かったな』などと言い、手を握って来た。
ギョッとして振り解こうとしたが、『ここで騒ぐと、また見つかってしまうよ』と言いくるめられ、強引に裏門まで連れて来られたのだが……。
龍生がスマホで安田を呼んだのは、屋上にいる時だった。
――にもかかわらず、裏門に着いた時には、既に車は待機していて、咲耶は一瞬、自分の目を疑った。
屋上から裏門に来るまで、人に見つからないよう、かなり注意を払いはしたが、それでも、五分と掛かっていないはずだ。
秋月家から学校までは、車で数分程度だが……それにしたって、到着するのが早過ぎやしないかと、感心を通り越し、僅かに恐れを抱いたほどだった。
閑話休題。
何度拒否しても、いっこうに堪える風もなく、手を握ったり肩を抱いたりして来る龍生に、咲耶は少々ムカついていた。
龍生の機嫌が良い訳は、ようやく結太から、〝歯形の謎〟について聞くことが出来る――というのもあるが。
生徒のみならず、教師にまで『美男美女カップル』として認識されていることが、嬉しくて堪らなかったのだ。
(今や教師でさえ、二人は付き合っていると思っている。全校生徒も、そう認識し始めているはずだ。このまま外堀を埋めて行けば、咲耶の頑なな心も解け、付き合う気になってくれるかもしれない。……まあ、咲耶の場合、その逆――更に意固地になることも考えられるのが、悩ましいところだが)
そこで龍生は、チラリと咲耶を盗み見る。
裏門まで手を引いて来たのが、よほど気に入らなかったのだろうか。まだ不機嫌そうに、窓の外を眺めている。
(手を握ったくらいで、そこまでムクれることもないだろうに。……ああ、そうか。咲耶は男に免疫がないからな。付き合うようになったら、まず、慣れさせるところから始めなければいけないわけか。……フフッ。それはそれで楽しみだな。どんな可愛らしい反応を、見せてくれることだろう)
期待に胸を膨らませていたら、フッと笑みがこぼれてしまった。
静かな車内だ。微かに漏れた笑い声すら、すぐに気付かれてしまう。
咲耶は窓側に向けていた顔を、くるりと龍生に向けると、怪しむように眉間にしわを寄せた。
「何だ、一人で笑ったりして?……気色の悪い男だな」
龍生はしまったと思いながら、曖昧な笑みを浮かべる。
「気色が悪いとは酷いな。咲耶の可愛らしい反応を思い出していたら、つい、笑ってしまったんだ。原因は君なんだから、責任を取ってほしいくらいだよ」
わざとため息などつきつつ、肩などすくめてみたり。
咲耶は始め、ポカンと口を開きつつ、龍生をじっと見つめていた。
……が、見る見るうちに顔を赤らめ、
「は……っ、はああッ!? 勝手に気味悪く笑っておいて、原因は私だから責任取れだと!? どっ、どーゆー理屈なんだそれはッ!?」
「どういうって、今言ったとおりだよ。君の反応が、毎回毎回、可愛過ぎるのがいけないんだ。思い出すと、どうしても笑ってしまう。本当に困ったものだ。どうにかならないのか、その憎らしいまでの愛らしさは?」
「……な……な……っ」
咲耶は、顔どころか首筋までも真っ赤に染め、ワナワナと震えている。
責められているはずなのに、『可愛過ぎる』だの『愛らしい』だの、普通は褒める時にしか使わないワードが含まれているため、どう怒っていいのかわからないのだ。
「……まったく。可愛過ぎることが罪になるなら、咲耶など、とっくに前科が幾つも付いているぞ。気を付けた方がいい」
「な――っ?……う……うぐ……っ。む、むぅぅ~~~……ッ!」
咲耶の顔も首筋も、高熱があるのかと心配になってしまうほど、濃いピンクに染まりきっている。
そんな咲耶を、龍生は緩んだ顔で見つめていた。
沈黙が続き、いい加減、何か言い返さねばと、咲耶が口を開き掛けた時だった。
「プ――ッ」
運転席から、吹き出すような声が聞こえ、二人は反射的に前を向く。
運転手の安田の肩が、僅かに震えていた。
ルームミラーに視線を移すと、明らかに、笑いを堪えている様子だった。
「珍しいな。安田が吹き出すとは」
腕と脚を組みながら座っている龍生が、意外そうに声を掛ける。
安田の肩は、まだ微かに震えていた。
「も……申し訳ございません。お二人のやりとりが、あまりにも微笑ましかったもので、つい――」
そう言った後、また『プフッ』と吹き出す。
咲耶は、今のやりとりを聞かれていたことにショックを受け、真っ赤になって絶句していた。
大人には、さぞ幼稚に見えたことだろうと、恥ずかしくなったのだ。
「安田もなかなか人が悪いな。聞き耳を立てていたのか?」
さすがに、龍生もバツが悪くなったのだろう。安田を後部座席から睨み付ける。
ようやく真顔に戻った安田は、背筋を伸ばして、コホンと咳払いすると。
「わざわざ聞き耳など立てなくても、聞こえてしまうのですよ。聞かれたくないお話なのでしたら、これからは、もう少しお声を潜めてなさってください。今のような会話が漏れ聞こえて参りますと、私も運転に集中出来なくなり、大変危険が伴います」
「……わかった。これからは気を付けよう」
龍生は心なしか頬を染め、顔を隠すようにうつむいた。
表情を読まれたくなかったのかもしれない。
咲耶は龍生を見、また安田に目を移すと、
(珍しく、秋月が照れ臭そうにしている。……この安田という運転手、只者ではないな)
ルームミラーに映る彼の顔をじーっと見つめ、しきりに感心していた。




