第5話 姫との面会を邪魔され騎士候補はへそを曲げる
桃花が作って来てくれたケーキを頬張りながら、結太は、これ以上ないと思われるほどの不機嫌顔で、窓の外を眺めていた。
その横では、同じケーキを美味しそうにモグモグと頬張りつつ、菫が桃花を質問攻めにしている。
「あら、そうなのー。じゃあ、お父様とお母様に、大事に大事に育てられたのねー。うんうん。わかるわー。あなた、見た目からしてそんな感じだものー。『ご両親に、愛情たっぷり注いでもらったんだろーなー』ってすぐわかっちゃうくらい、幸せ家族オーラに包まれてるってゆーか……。うふふっ。そんな感じよー?」
「そ……そうでしょうか?」
桃花は、どう返事していいのかわからなかったが、とりあえず微笑などして、菫の話に耳を傾けている。
結太は、『何が〝幸せ家族オーラ〟だ。んなもん、目に見えんのかよっ?』などと内心でツッコミを入れつつ、ひたすらケーキをモグモグしていた。
二人きりだったところを邪魔され、桃花と話す機会をも、すっかり奪われて、最悪の気分だったのだ。
こんな心境では、せっかく作って来てくれたケーキも、しみじみ味わうどころではない。
菫と来たら、病室に入って来るなり、ケーキに目を付け、『あらヤダっ。結くんのために、わざわざ作って来てくれたのー? ありがとー! ウフフフフフッ。よかったわねー、結くんっ。じゃあ、せっかくだから、今すぐ頂きましょーっ』などと言い、素早く結太から取り上げて、勝手にナイフで切り分けてしまったのだ。
(うぅ…っ。ケーキ、伊吹さんのケーキ……。丸ごと全部、この目で確かめたかったのに……。しっかり目に焼き付けた後、スマホで撮って、永久保存しよーと思ってたのに……。ああ……伊吹さんのケーキ……。オレのためだけに作って来てくれた、初めてのケーキがぁああああ……)
実は、結太が泊まるはずだった別荘の部屋から、龍生が持って来てくれた、桃花の手作りクッキーも、様々な角度からスマホで撮り、とっくに保存済みだった。
クッキー自体は、全て食べてしまうのはもったいなかったので、ひとつだけを、じっくりちまちまと時間を掛けて味わい、残りは龍生に頼んで、この病室の冷蔵庫(の冷凍室)に、仕舞ってもらっていた。
それくらい、桃花の作ってくれた物は全て、結太にとっては特別なのだ。記念なのだ。宝物なのだ。
受け取ってすぐ、中身も確認していないうちに取り上げられ、形や出来栄えを目に焼き付けることも、写真に残すことすら出来ないまま、適当に切り分けられてしまったケーキ。
その八分の一ほどを、ポンと皿に載せて渡され、噛み締める間もなく、あっという間に幸せな時が終わってしまった悔しさが、先ほどからずっと、結太の胸の内で、ぐるぐると渦巻いていた。
だが、そんな結太の気持ちも〝我関せず〟といった風で、菫は桃花へ、怒涛の質問攻めを続けている。
「それでそれでっ? あなたの誕生日と星座と血液型はっ? ご兄弟はいるのっ?――あ、ペットは飼ってる? 好きな食べ物と嫌いな食べ物はっ? 得意な教科と苦手な教科はっ? 趣味はっ? 好きな色はっ? 好きな花はっ? 好きな動物はっ? 好きなアーティストはいる? どんなファッションが好き? お化粧したことある? 尊敬する人はっ? 座右の銘はっ? 今度生まれ変わったら、何になりたいっ?」
よくもまあ、そんな次から次へと、質問内容が浮かんで来るな――と呆れ返りつつ、結太がチラリと菫を窺うと、
「――っ!」
思い切り桃花と目が合った。
そのとたん、彼女の瞳に、『助けて』というサインが浮かんでいるのを感じ取り、結太はハッと、龍生の言葉を思い出した。
『菫さんが来た時には、質問攻めから、ちゃんと守ってやるんだぞ!』
そう言えば、帰り際にそんなことを言っていた。
自分も即座に、
『あったりめーだっ!! 言われなくても、ちゃんと守るッ!!』
などと、偉そうに返したではないか。
(うわ~っ! ケーキ取り上げられたショックで、すっかり忘れてた! ごめんっ、伊吹さん!)
結太は片手の指先を額に当てて、桃花に謝罪の意を示すと、
「かっ、母さんっ!! そんな続けざまに質問されたら、伊吹さんだって困っちまうだろ!? ちったぁ考えて行動しろよっ!!」
慌てて菫を止めようとしたが、菫は不満げに口をとがらせ、結太をジトっと見つめる。
「あーらっ。いったい誰のために、訊ーてあげてると思ってるのかしらー? 結くんはこーゆーの苦手だろーなーって思ったから、私がイロイロ訊ーてあげてるんじゃなーいっ。それをなーにー? お母さん責めたりしてー」
「な――っ!……べ、べつに頼んでねーだろっ! 余計なことして、伊吹さん困らせんなって言ってんだよッ!!」
「まーーーっ! じゃー、なーに? 自分でちゃーんと訊けるってゆーのねっ? 伊吹さんの好きなタイプとか、グッとくる男性の仕草はなーにとか、どんなプロポーズされたいかとか、結婚式を挙げるなら教会か神社か、はたまたお寺かとか、披露宴のドレスのお色直しは何回したいかとか――」
「――って、何の話をしてんだよッ!? 気が早ぇーんだよッ!! まだ付き合ってもいねーんだかんなオレ達ッ!?」
「……あら。ふぅ~ん……。『気が早い』とか、『まだ付き合ってない』とかって言うってことは、これから付き合うかもしれない――少なくとも、結くんにはその気がある、ってことなのね? ふぅううーーーーん」
ニマニマとからかうような笑みを浮かべ、菫は結太を見つめる。
結太はハッと目を見開き、焦って桃花の方に視線を移すと、彼女は真っ赤な顔でうつむき、両手を胸の前で組み合わせ、小さく縮こまっていた。
その姿を見た瞬間、結太の全身はカッと熱くなり、
「ばっ、バカじゃねーのッ!? んなこと思ってるワケねーだろッ!?――いっ、伊吹さんは、龍生と付き合ってんだからッ!!」
とっさに、そんな言葉を口にしていた。
菫は大きく目を見張り、
「え…っ?……あら。なんだ、そーだったの?……え……えぇー……?」
拍子抜けしたようにつぶやく。
それから、気まずそうに桃花を見ると、
「ご……ごめんなさいね、伊吹さん。私ったら、全然知らなくて。……だって龍生くん、そんなこと一言も言ってなかったから……。ホントに、勘違いして一人で盛り上がっちゃって、申し訳なかったわ」
一気にトーンダウンした様子で、ペコリと頭を下げた。
桃花は無言で首を横に振ると、ゆっくりと立ち上がり、
「あの……わたしこそ、ごめんなさい。いろいろ、余計なことしてしまって……。楠木くんにも、迷惑掛けて……」
「そんなっ! 迷惑なんて…っ!」
桃花の暗い声にヒヤリとし、思わず結太は声を上げた。
嘘は言っていないはずだが、もしかして、自分が放った言葉が、桃花を傷付けてしまったのだろうかと、不安になったのだ。
「それじゃ……わたし、そろそろ失礼します。……お邪魔しました」
消え入りそうな声で告げると、桃花は一礼し、結太と菫に背を向けた。
去っていく後ろ姿が、いつもより小さく、儚く見えて、結太の胸に、鋭い針が突き刺さったかのような痛みが走る。
桃花が病室を出て行った後、菫はしょんぼりとうつむいて、結太に詫びて来た。
「結くん、ごめんね。……まさか、龍生くんの彼女だなんて……。もうっ。だったら龍生くん、ちゃんと教えておいてくれたらよかったのに! 結くんだって、龍生くんの前で、あの子のこと好きだって言ってたじゃないっ。龍生くん、それ聞いても何も言ってなかったし、だから――っ」
「……母さんにはわかんねー事情が、こっちにもイロイロあんだよ。わかったらもー、余計なこと言わねーでくれ。ややこしくなるから……」
菫は珍しく沈んだ声で、『はい……。ごめんなさい』とつぶやいた。
結太は、まだ痛む胸を片手で押さえ、窓の外に目をやると、
「オレ……なんか、間違っちまったかな……?」
やはり小さな声で、ポツリとつぶやくのだった。




