第1話 かくして悲劇(?)は始まった
2022/06/12 全話公開完了しました。
読者の皆様に楽しんでいただけましたら幸いです。
桜月高校二年三組の伊吹桃花は、今現在、衝撃的な場面に遭遇していた。
放課後の教室。夕陽に染まる室内で、二名の生徒が静かに向かい合っている。
何をしているのだろうと不思議に思い、そっと戸を開き掛けた時だった。
「オレ…っ、入学式で見掛けた時からずっと好きでしたっ!!……も、もしよかったら、オレと付き合ってくださいっ!!」
廊下の端から端まで響き渡りそうな大声で、一人の生徒が、もう片方の生徒に告白した。
(……え?…………え……えええええええーーーーーッ!?)
桃花の心の中での絶叫が、数秒遅れるのも無理はなかった。
誰かが誰かに告白する場面を目撃するなど、生まれて初めての経験だったし、一瞬思考が停止してしまうほど、彼女にとっては、衝撃的としか言えない場面だったのだ。
室内の二人を呆然と見つめながら、桃花は思った。
(ぼ……っ、……ぼ、ぼおいずらぶぅうううーーーーーーーっ!?)
――そう。
桃花の目の前にいる二人は、どちらとも男子生徒なのだった。
告白された者の名は、秋月龍生。
桃花と同じ二年生だが、成績優秀者のみで構成された、一組の生徒だった。
品行方正、眉目秀麗、文武両道、頭脳明晰、泰然自若。人を褒めるために存在するかのような四字熟語が、ことごとく当てはまってしまう、非の打ち所のない少年。
おまけに彼の家は、数百どころか、数千は下らない坪数の土地を所有する、言わずと知れた名家だった。
友人に、常に『ポヤポヤしている』と評されている桃花にさえ、『超が幾つ付くかわからないほどのお金持ち』だという噂は、入学したての頃から耳に入ってきていた。
そして、告白した者の名は、楠木結太。
桃花と同じ三組で、窓際の一番後ろの席で、いつもつまらなそうに外を眺めているのを、彼女は時折見掛けていた。
見た目の印象は、少々幼い……と言うか、ハッキリ言って、童顔で可愛らしい。常にニコニコでもしていれば、即座にクラスの人気者になれただろう。
――が、いかんせん、彼は表情が乏しく、人懐こいどころか、他人を拒絶しているかのような、負のオーラを四六時中まとっている。
近付きたくても近付けない――というのが、桃花らクラスメイトの総意だった。
桃花も、小さい頃から慣れ親しんだ幼馴染など、ごくごく限られた人間と仲良くしているのが精一杯という、消極的な人間なので、結太のことは、
(あの人、教室でいつも一人でいるけど、友達いないのかな? 寂しくないのかな?……もしかして私と同じで、積極的に話し掛けられない人――だったりするのかな?)
などと、実は気になっていたのだった。
その、密かに気にしていた少年が、目の前で同性の生徒に告白している。
桃花とて、同性愛の存在を知らないわけではなかったが、身近に感じたことは今までなかったので、その衝撃たるや、かなりのものだった。
「おい。おま――」
告白された少年、龍生が口を開いた。
桃花の視線に気付いたのだろうか。ふと、教室の後ろの方へ視線を移すと、
「……あ」
と言ったまま固まった。
龍生の異変を訝しく思ったのか、結太も彼の視線を追うように、
「ん? なんだ? どーかし――……」
と言って、桃花のいる方を振り返ったのだが。
「――ヒッ!?」
桃花と目が合った瞬間、結太が短い悲鳴を上げた。
かくて流れる、気まずい沈黙……。
居た堪れない空気の中、桃花はハッと我に返り、
「ご…っ、ごごごごめんなさいっ! わたしべつにっ、た、立ち聞きしようとしてたわけじゃなくてっ! あのっ、わ、忘れ物っ! 忘れ物しちゃって! だからあのっ!……ほ、ホントにホントにごめんなさいぃいいーーーーーッ!!」
混乱しつつも、どうにか謝罪の言葉だけ伝えると、逃げるように廊下を駆け出した。
(うわーーーっ、うわーーーっ、どーしよどーしよっ!? すごいもの見ちゃったぁああーーーっ!! まさかまさか、あの無口で不愛想で友達いなそうな楠木くんが、まさかまさかまさか、男の子が好きだったなんてーーーっ!!)
忘れ物のことなどは、頭からスッポリと抜け落ち。
今や桃花の関心は、〝生まれて初めて見た『生のボーイズラブ』〟のみになっていた。
(しかもその想い人が、学校中知らない人はいないだろうってくらい有名な、秋月くんだなんてっ!……うわーーーっ、うわーーーっ、どーなるんだろどーなっちゃうんだろ!? 秋月くんは楠木くんに、ちゃんと返事するのかな? するとしたら、答えはどっち? YES? それともNO?……もし『YES』だったとしたら、あの二人は今日から恋人同士……ってことに……)
そんなことを考えていたら、突如として、二人が手を取り、頬を染めつつ見つめ合っている姿が、桃花の頭にボボンッと浮かんだ。
(キャーキャーキャーーーッ!! すごいすごいすごーーーいっ!!……でもどーしよ? 明日二人に会ったら、どんな顔すればいーのかわかんないよーーーーーっ!!)
脳内大騒ぎ状態のまま、ひたすら桃花は走り続けた。
その頃、桃花がいなくなった教室では、違う意味で〝大騒ぎ〟し、パニックに陥っている者がいることにも、まったく気付かぬままに……。
お読みくださり、ありがとうございました。
1話以降もお楽しみいただけますように……。