94話 新居の大掃除をしてみた
「――というわけで、これが本物の掃除じゃ。わかったか?」
「わぁっ! なんということでしょう!」
ローナが壁や天井に突き刺さってから、しばらくして。
さっきまで暗くて薄汚れていた部屋は、今や――。
窓からの陽光を反射し、新築のようにキラキラと光り輝いていた。
もともと、つやが出やすい高級建材が使われていたのだろう。
それが邪神テーラ(綺麗好き)の掃除力によって、本来の姿を取り戻したのだ。
「こ、こんなに劇的に変わるなんて! これが、テーラさんの掃除力!」
「くくく……今後、われのことは“お掃除の匠”と呼ぶがよい」
もはやここにあるのは、ホラー要素など微塵も感じさせないピカピカの部屋と、邪神要素が行方不明になった掃除好きの一般神だけだった。
「でも、これでようやく一部屋ですか……」
「ま、まあ、掃除ってけっこう時間かかるしの……おぬしの“あいてむぼっくす”があれば、家具を簡単にどかせるし、かなり効率化できるとは思うが」
「この屋敷の広さや汚れ具合を考えると……」
「それに庭もあるしの……」
「「…………………………」」
どよ~んとした空気をまとう2人。
あきらかに、2人で掃除できる広さの屋敷ではなかった。
「うむむ、やはり人手は欲しいのぅ」
「でも、掃除を手伝ってもらうために知り合いを呼ぶのも――」
と、ローナが呟いたところで。
「「「――掃除のことなら、エルフにお任せをッ!」」」
「わっ、エルフさんたちだ!」
「な、なんか出てきたのじゃ!?」
天井に張りついていた数人のエルフが、しゅた――っと床に着地する。
「「「救世主様、話は聞かせていただきました」」」
「いや……たぶんそれ、なんらかの犯罪じゃよ?」
「「「人手が足りないのならば、我らエルフの掃除力をお使いください」」」
「わぁっ、いいんですか! ありがとうございます!」
「おぬし、当然のように受け入れるじゃん……」
「でも、この家ってかなり広いので、まだまだ人手が――」
「「「ご安心を。我らには掃除に便利な魔法がありますので」」」
エルフたちはそう言うなり、訓練された動きで家の中に散っていき――。
「「「風魔法――ヒールウィンド!」」」
そう魔法を唱えた瞬間――。
癒やしの風が、さぁぁっと屋敷内を吹き抜けた。
どうやら、回復魔法を掃除に応用しているらしい。
風が通り抜けた場所が、雑巾がけでもされたように、みるみるうちに浄化されていく。
さらに、風が渦を巻きながら、埃やゴミを1か所へと集めていき……。
「わぁっ、すごい! この魔法があれば掃除がはかどりますね、テーラさん!」
「…………」
「テーラさん?」
ローナがふり返ると――。
なぜかぷすぷすと焼け焦げ、その立派な角が1本ぽろりと折れているテーラの姿があった。
「テーラさん!? つ……角が!!」
「――安いもんじゃ……角の1本ぐらい……掃除がはかどってよかった」
「そ、掃除のために、そこまでの覚悟を……」
まあ、それはどうでもよかったが。
この“ヒールウィンド”という回復魔法があれば、掃除効率は一気に跳ね上がるだろう。
(魔法って、周りに破壊や絶望をまき散らすものばかりじゃないんだね! 私もこういう生活に便利な魔法は覚えたいなぁ)
ローナも“ヒールウィンド”を習得すればさらに掃除効率は上がりそうだし、今後も日常的に掃除をするうえでかなり役に立つだろう。
(えっと、“ヒールウィンド”を覚える条件は……『【魔法の心得】レベル5以上』っていうのはクリアしてるから……あとは『風の書』って魔導書があればいいんだね)
“魔導書”と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、この屋敷の最深部にある巨大な書庫だ。
そこの住人みたいになっている闇の女神ロムルーも、魔導書をたくさん持っているようだったし、もしかしたら『風の書』もあるかもしれない。
というわけで――。
「――ロムルーさん、こんにちはーっ!」
「…………(びくっ)」
ローナはさっそく壁抜けして、屋敷の地下最深部の書庫までやって来た。
いきなり壁から顔を出したローナに、読書中だったらしいロムルーが目をぱちくりさせる。
『(゜д゜)』
「? どうかしましたか? そんなおばけでも見るような顔文字をして」
あきらかに、どうかしているのはローナだった。
「あっ、それより『風の書』って、ここにありますか?」
『m9(^Д^)』
「なるほど、あの辺りにあるんですね。ありがとうございます……あっ、壁抜け解除しないと」
――ずがああああああんッ!(爆発音)
「これでよし、と」
「!? ……!?」
というわけで、ローナがさっそく顔文字の指がさしている本棚へと向かってみると。
そこには、思っていた10倍以上の魔導書が並んでいた。
「ど、どれが『風の書』だろ? うーん、ここは直感に身を任せて――これだっ!」
『スキル:【即死魔法Ⅰ】を習得しました!』
『スキル:【服従魔法Ⅰ】を習得しました!』
『スキル:【拷問魔法Ⅰ】を習得しました!』
『称号:【闇の魔術師】を獲得しました!』
「……………………」
結局、ロムルーに『風の書』を取ってもらうことにした。
『スキル:【風魔法Ⅰ】を習得しました!』
『風魔法:【メガウィンド】【ヒールウィンド】を習得しました!』
「わーい」
こうして、無事に風魔法を習得したところで。
ふたたび、テーラたちのもとへ戻った。
「というわけで、“ヒールウィンド”を覚えてきました!」
「は、早いの。まあ、これで掃除もはかど――って、ん? 待つのじゃ、なんか嫌な予感が」
「よし、いきま~す♪ 風魔法――ヒールウィンド♪」
ローナがそう言って、世界樹の杖をかかげた瞬間――。
――ごぉおおおおおおおォオオオオ……ッ!!
と、癒やしの暴風(※回復魔法)が、家の中を破滅的に蹂躙した。
「わ、わぁあっ!? な、なんでぇえっ!?」
まるで屋内で竜巻が発生したかのように、家具が舞い上がり、窓が爆ぜ散り……。
そして、テーラの体が光の粒子となって消えていく……。
「――ローナよ――おぬしは――われが生きた――証―――」
「わぁあっ、テーラさん!?」
そんなこんなで、ローナに『ヒールウィンド禁止令』が出されたりもしたが。
エルフたちのおかげで、屋敷内の掃除についてはなんとかなりそうな目処が立ち。
「では――われらは――庭の掃除を――するかの――」
「あ、あの、大丈夫ですか? まだ体が消えかけてますが」
「――なんか――慣れて――きたのじゃ――」
というわけで、家具などをローナのアイテムボックスにしまって、どかしたあと。
屋内はいったんエルフたちに任せ、ローナたちは庭へと出た。
「さて、どこから手をつけたもんかの。雑草もすごいし岩とかもあるし……あと不法投棄されたゴミもあるのじゃ」
「うーん、庭もかなり広いので、やっぱり人手が欲しいですね」
「まあ、そんな都合よく人手が増えるなら、人事部はいらんのじゃ――」
などとローナたちが話していたところで。
――ぎゃりりりりりりりィイイッ!!
と、車輪の音が、庭に飛びこんできた。
「「「…………戦馬車で来た」」」
「あっ、友達の黒ローブさんたちも来てくれました!」
「……類が友を呼んだのじゃ」
戦馬車から降りてきたのは、怪しげな黒ローブの6人組。
“黄昏の邪竜教団”の六魔司教にして、ローナのズッ友たちだった。
「……また一段とッ……闇の力が、強くなっておられる……ッ!」
「……さすがです……邪神に続き……この禁忌の地まで、掌握するとは……」
「……我らが……神ィィッ!!」
「え、えへへ、それほどでも?」
なぜか、ぞくぞくと興奮しているローナのズッ友たち。
どうやら、闇の女神の使徒になったことで、ローナの闇のオーラがさらに強化されたらしい。
「それで、今日は庭のお掃除を手伝ってもらえたら、うれしいなぁと……」
「……くひひ……“掃除”ならば、得意です……」
「……必ずや、我らが神ィッ……にふさわしい居城にしてみせましょう……」
「わぁっ、ありがとうございます!」
そんなこんなで、黒ローブ集団はさっそく庭へと散り――。
「焼き祓え、第六地獄――“火葬十字”!」
「崩界せよ、第二の円――“大地惨歌”!」
「蝕らうがいい、第六の冠――“暴蝕”!」
「わぁつ! 庭がすごい勢いで整地されていく!」
剣のような十文字の火炎が雑草を焼き払い、黒球が邪魔な岩やゴミなどを吸いこんで消滅させ、大地が崩壊して浮かび上がっては庭がでこぼこしないよう丁寧に組み直されていき……。
そうして、荒れはてていた庭の一角が、みるみるうちに平らな地面となっていった。
「こ、これはなかなかの掃除力じゃの……整地だけなら、今日中に終わるかもしれんな」
「そうですね!」
とはいえ、いつも黒ローブ集団に頼りっぱなしなのも悪いし……。
「よーし、私も頑張るぞぉ!」
というわけで、ローナもツルハシを持って、「えい! えい!」と地面を叩いていく。
すると、ツルハシで叩かれたところから雑草や石が消えていき、みるみるうちに庭が平らにならされていき――。
「……いや、なんでツルハシで地面が平らになるんじゃ?」
「全然わかりません。考えたら負けかなって思ってます」
なにはともあれ。
これで庭についても、なんとかなりそうな目処が立ち……。
「ふむ、まさかここまで順調に掃除が進むとはの。庭もあの不審者集団に任せたほうがよさそうじゃし……ひとまず、われらはわれらで、できることをしていくのじゃ」
「はい! あっ、じゃあ、私は運搬と買い出しの係をしますね! アイテムボックスとエンチャント・ウィングがあるので」
「われは部屋のワックスがけでもするかの」
そんなこんなで、テーラは屋敷に戻り、ヒールウィンドでは掃除しきれなかった汚れの掃除や、オイル・ワックス塗装などの仕上げ作業に。
ローナは運搬係&買い出し係となり、壊れた家具の買い替えや、日用品の補充などをおこなっていった。
そして、夕方――。
「くぅ~疲れました!」
「……ふつくしい。これでこそ、我が居城にふさわしいのじゃ」
ローナたちの前には、見違えるほど綺麗になった屋敷がたたずんでいた。
つい昨日まで、幽霊屋敷みたいな外観だったとは思えない姿だ。
もちろん、あくまで『最低限の環境を整えただけ』という感じではあるものの……。
「まあ、ひとまずこんなもんじゃろ。むしろ1日の成果としては充分すぎるのじゃ」
綺麗好きのテーラとしても満足のいく成果になったらしい。
ローナとしても、やはり目に見えて屋敷が綺麗になるのは達成感も大きく。
「われらはズッ友~?」
「「「……“マックスハート”」」」
「家だけに、いぇ~い♪」
手伝ってくれたエルフや黒ローブ集団とハイタッチをする。
「……にしても、ずいぶんと大人数になったの」
「はい! これは、打ち上げをしないとですね!」
「打ち上げ?」
やはり、掃除が終わったら「はい、解散!」というのも、手伝ってくれたみんなに悪いだろう。
それになにより、味気がないわけで。
「でも、打ち上げってなにをするんじゃ? 酒場にでも行くのか?」
「いえ、広い庭があって、人数が多いとなれば……やることはひとつです!」
と、ローナがちょうど、そう言ったとき。
「――おーい、ローナぁ。言われた通り、金網と食材とあたしのデータを持ってきたよ……って、うわっ。またなんか、いろいろいる……」
「……ローナがまたなにかやると聞いて。例の“ソース”も再現してみたわ」
「あっ、来てくれましたね!」
コノハとメルチェ(+ドールランド商会の従業員)がやって来て、てきぱきと庭に金網のついた台を設置していく。
「む、なんじゃ? なにをするつもりじゃ?」
「えへへ。実は、さっき家具を買いに行ったときに、いろいろと準備をしてまして」
最近、神々のパーティーについて調べていたときに、見つけた言葉。
それを、ローナはみんなに告げる。
「――今から“ばーべきゅぅ”をしましょう!」










