93話 新居生活をスタートしてみた
念願の家が手に入った翌朝。
ローナが目を覚ますと、そこはいつもの宿とは違う部屋だった。
(……知らない天井だ)
と、少しだけ戸惑うも。
ローナはだんだんと昨日のことを思い出してくる。
(ああ、そういえば……昨日はそのまま新居で寝たんだっけ)
管理神――もとい闇の女神ロムルーから、この屋敷に住む許可をもらったあと。
ローナはいったん屋敷から出たのだが……。
すでに外が暗くなっていたので、ひとまず寝床だけを整えて、そのまま新居に一泊したのだ。
(いや……“一泊”じゃないんだったね)
そう、一泊どころではない。
ローナは今日から、この屋敷で一人暮らしをするのだ。
そして、今日は記念すべき新居生活1日目。
その実感がだんだんとわいてきて……。
「んんん~っ!」
と、ローナは新しい家の空気を、胸いっぱいに吸いこんだ。
「うん、“しゃば”の空気はおいしいね!(最近覚えた)」
ダンジョンをクリアしたので、もう屋敷に自由に出入りもできるし、外に暗雲が立ちこめていたり、不気味な笑い声や悲鳴が聞こえてきたりすることもない。
ここにあるのは、ただの立派な我が家だけだ。
ひとりで住むには、少し広すぎる気もするが……。
こんな屋敷に住むことができるのだ。
わくわくしないはずがない。
「えへへ! よーし、今日から新生活、頑張るぞい!」
こうして、ローナの新居での生活が幕を開け――。
――ばんばんばんばんばんばんばんばんばんッ!
「われも家に入れるのじゃあああっ!!」
「わぁああっ!? 窓に! 窓に!?」
気づけば、テーラが窓にべったりと張りついていた。
「ここはもともと、われの家じゃぞ! おぬしだけで爽やかな新生活をスタートするでない!」
「で、でも……管理神のロムルーさんが、テーラさんを家に住ませるなって」
この家の管理人ならぬ管理神の言うことだ。
どこにでもいる普通の少女であるローナには、従わざるをえないが。
「よく考えるんじゃ、ローナよ。『住ませるな』とは言われても、『客人として招くな』とは言われておらんじゃろ?」
「た……たしかに!」
「それに文句言われても、法廷で決闘すればわれが勝つのじゃ」
「なるほど!」
というわけで、テーラを家の中に入れることに。
「――ふむ……改めて見ると、我がテーラハウスはいい家じゃの」
「ですね!」
家の中をしばらく見て回りながら、テーラが満足げに頷く。
「にしても、あれじゃな……明るくなっただけで、ここまで雰囲気が変わるもんなんじゃな」
引き裂かれた絨毯やら、血しぶき模様の壁のシミやらはそのままだが……。
明るいことでネガティブな先入観がなくなったのか、わりと“ただの散らかった部屋”にしか見えないから不思議だ。
「まあ、“ほらげ”も明るさを変えると怖くないって言いますしね」
「ほらげ?」
そんなこんなで、この家の不気味さもなくなり。
これで、本格的にこの家に住むにあたっての問題はなくなったわけで――。
「――いや、まだ重要な問題があるじゃろ」
「……え?」
「わからんか? 見よ、これを」
そう言って、テーラはつぅーっと窓枠を指でなぞった。
「わぁっ、指が真っ黒ですね! 面白い!」
「面白くねぇのじゃ! きったねぇのじゃ!」
そう、この屋敷は幸いなことに、老朽化などはしていないようだが……。
長年放置されていただけあり、汚れや埃はひどいありさまだった。
場所によっては壊れた家具や瓦礫なども散乱しているし、さらには庭も荒れ放題なわけで。
「……よいか、われは美しくないものは嫌いじゃ。こんなざまでは、われの居城――テーラハウスとしてふさわしくないのじゃ」
そう、邪神テーラは『美しくない』という理由で、地上を滅ぼそうとしたほどの綺麗好きなのだ。
さらには、最近まで黄金郷エーテルニアという美しい都市に住んでいたこともあり……。
我が家のこの惨状は、到底許せるものではなかった。
「――早急に掃除に取りかかるぞ、ローナ! 駆逐してやるのじゃ……埃を、この家から1粒残らず!」
「あ、はい」
というわけで、屋敷の大掃除をすることになり――。
まずは、汚れてもいいような掃除用の格好に着替えるローナたち。
テーラが作業着・三角巾・箒などで武装する一方、ローナはというと。
「い、いや……おぬし、その格好はなんじゃ?」
「――猫耳メイド服です!」
そう、猫耳メイド服だった。
ついでに、なぜか黒塗りのサングラスをかけ、半自動式散弾銃を装備していた。
「えへへ。これが“掃除”の正装なんですよね!」
「……なんか、いろんな“掃除”が融合召喚されてない? とゆーか、どっから出てきたんじゃ、そのメイド服」
「なんか、この家の宝箱に入ってました」
「な、なぜ、猫耳メイド服が宝箱に?」
「家宝として代々受け継がれてきたのでは?」
いろいろとよくわからなかったが……。
とりあえず、掃除用の服がなかったので、インターネットで使えそうな服を探した結果、このメイド服を見つけたというわけだ。
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▍防具/服/【葬除服・冥土宮華】
▍ランク:SS ▍種別:服
▍効果
防御+510 精神+510
速度+510
クリティカル発生率・威力+51%
敵視減少(大)
▍装備スキル:【冥土葬送】
▍効果:闇属性の範囲物理攻撃。高確率
で即死。
▍概要
古代の宮廷で見られた完全で瀟洒なメイド
服。
この服をまとったメイドたちは、昼には宮
廷の華となり、夜には数多の血の華を咲か
せる暗殺者になったとされる。
防御を捨てて速度・攻撃面に特化した装備
であり、【半自動式散弾銃】の速度バフと
の相性がいい。
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▍防具/頭/【ネコミミブリム】
▍ランク:S ▍種別:帽子
▍効果
速度+222 幸運+222
暗闇耐性+22%
クリティカル発生率・威力+22%
▍装備スキル:【猫耳モード】
▍効果:一定時間、射撃時に【弾薬】を消
費しなくなる。
▍概要
猫耳をつけるのに理由がいるかい?
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(やっぱり、メイド服って強いんだなぁ……インターネットでも、神様がよくメイド服で戦ってるのを見るしね)
ちなみに、この“猫耳メイドセット”と呼ばれる2つの装備は、“速度”に特化しており――半自動式散弾銃の装備スキルの速度バフと合わせれば、かなりの速度で動けるようになるだろう。
(うん、速度が上がれば掃除のスピードも上がるしね! それにメイド服なら掃除もしやすそうだし、汚れにも強いそうだし……あとサングラスがあれば目に埃も入らなくなるよね!)
見た目とは裏腹に、わりと合理的なチョイスだった。
そんなこんなで、掃除の準備もできたところで。
「それじゃあ、さっそく掃除開始です! フルスロットル! 水分身の舞い! からのぉ――猪突猛進!」
ローナはさっそく掃除に取りかかる。
とはいえ、ただの掃除ではない。
猫耳メイド服の性能によって、速度はいつもの2.5倍。
半自動式散弾銃の装備スキルにより、速度はさらに1.4倍。
【猪突猛進】によって、移動速度はさらに2倍。
そして、水分身の舞いによって3人になったことで、掃除スピードはさらに3倍。
そう、つまり――。
「「「――今の私の掃除力は、普段の20倍以上です!」」」
「む、むぉおおおっ!? 恐ろしく速い掃除なのじゃ!? われでなきゃ見逃しちゃうのじゃ!?」
そして、しゅばばばばばば――ッ!! と。
空気をつん裂くような速度で、ローナ×3は一斉に部屋を駆けまわり……。
――ずぼしゃああああああァアアッ!!
――ずぼしゃああああああァアアッ!!
――ずぼしゃああああああァアアッ!!
と、壁や天井に一斉に突き刺さるのだった。










