85話 城のパーティーに出席してみた
そして、パーティー当日。
パーティー会場となる王城に、ひときわ存在感を放っている紅髪の魔女が現れた。
炎のような真紅のドレスを優雅にまとい、王城をかつかつと我が物顔で歩く女王のごとき姿。
その少女の歩みに、貴族も使用人も見惚れたように道を空けていく。
(ふ、ふふふ……あッははははははは――ッ! ついに……ついに、ここまでたどり着いたわ! そうよ、道を空けなさい、非エリートども! エリート様のお通りよ――ッ!)
クールな表情とは裏腹に、心の中のにやにやが止まらない紅髪の魔女。
そう、彼女こそが今日のパーティーの主役――焼滅の魔女エリミナ・マナフレイムだ。
(ふふふ、少し前まで田舎のエリートな小娘でしかなかった私が、ついに王城デビューか……思い返せば、ここに来るまでいろいろあったわね)
と、エリミナは一瞬だけ遠い目をする。
思い返せば、ここ最近は、ローナ・ハーミットに命を狙われたり、就職先(ググレカース家)がいきなり没落したり、なぜか魔族たちから命を狙われる“人類の英雄”になってしまったり――。
はてには、去年の学院卒業パーティーで着たドレスが入らなくなり、ダイエットのためにひたすらジム通いするハメになったりと、わりと散々な目にあってきた。
とはいえ、見方を変えてみれば、悪いことばかりでもない。
魔族たちから命を狙われると聞いたときは、思わず涙目になって田舎に帰りたくなったりもしたが……。
(ふふふ、私はピンチを出世に変えられる女。さすがの魔族やローナ・ハーミットも、王城にはうかつに攻めこんでこないだろうし……“英雄”という肩書きをフル活用して、このパーティーで王宮に取り入ることができれば――)
あとは安全な内地でいい感じにエリート街道を爆進し、エリートに出世をし、戦場に出なくてもよさげなエリートな地位につけばいいだけ。
あまりにもエリートすぎる完璧な計画だった。
(ふふふ……あはははッ! 人生がエリートすぎて世界に謝りたくなってきたわね。エリートすぎてごめん)
最近はいろいろと予定外のこともあったが……。
これこそが、神に愛されしAランクスキルの使い手――エリミナ・マナフレイムの本来の人生なのだ。
(――そう、ここから私のエリート伝説が幕を開けるのよ!)
こうして、エリミナはついにパーティー会場へと足を踏み入れ――。
「――ちぇけら! まんじまんじぃいいッ!」
「――乾杯~! いぇあっ!」
「――うぇええ~~い! わっさわっさ! ふぅ~っ!」
「…………………………」
無言で、出口へと引き返した。
(……な、なんか、異変が……異変が起きていたわ……)
エリミナは困惑しながら、今しがた見た光景を思い出す。
天井からつるされたミラーボール。
色とりどりの光を明滅させながら、アップテンポな音楽をかき鳴らす謎の光の板。
参加者たちを見れば、ド派手な格好で謎の言語を叫び合っている者もいれば……なぜか赤や緑の帽子をかぶり、巨大なサイコロを振ってコインを奪い合っている者もいた。
(き……きっと、見間違いよね? これは国王主催の格式高いパーティーのはず、だし……いや、その国王が☆型のサングラスをかけて、『ちぇけら!』とか言ってた気もするけど……そんなこと、あるわけないし)
エリミナはそう自分に言い聞かせると。
いったん会場の番号を再確認してから、ふたたび会場へと足を踏み入れ――。
「ばいぶすあげあげぇええッ!」
「ちょっげぷるりぃいいいいい――ッ!!」
「あいあむ・あ・ぺん! あいあむ・あ・ぺん!」
「やっふぅ! やっふぅ! やややややや――ふぅッ!!」
……ダメだった。
会場には、さっきと同じ光景が広がっていた。
なんなら、国王もクソダサファッションで『ちぇけら!』とか言っていた。
(……いや、おかしいわよね? 絶対におかしいわよね? 私がダイエットのためにジム通いしている間に、いったいなにが……?)
まるで、集団催眠でも受けているような異常な光景。
おそらく、この会場で正気を保っているのはエリミナだけだ。
なにが起こったのか、考えられるとすれば……。
(ッ! まさか、敵襲――ッ!?)
その言葉が頭に浮かんだ瞬間――。
エリミナはとっさに【マナサーチ】を発動して、会場内を見回した。
(――炎が使えない屋内だし、タイミング的にも狙いは私――だとすると、招待客は人質――手段はなんであれ遠隔で発動・維持できる規模じゃない――“敵”はこの中にいる――)
ここまでにかかった思考時間は、0.1秒にも満たない。
そう、これまで数多の敵を作ってきたエリミナは、敵襲には慣れていた。
だからこそ、冷静に状況を分析し――笑う。
この敵襲も、出世のためのいい踏み台になる、と。
(策にこれほどリソースを使うのは、『正面からの戦いでは勝てない』と言っているようなもの――余力もたいして残ってないはずだし、からくりさえ見破ればノープロブレム――ふふっ、どこからでもかかってきなさい――どんな敵だろうと――降りかかる火の粉は、私の獄炎でエリートに焼き滅ぼしてあげる――ッ!)
エリミナがそう獰猛な笑みを浮かべたときだった。
「――あっ! エリミナさんだぁっ! こんにちは~っ!」
ごごごごごごごぉおォオオ――ッ!! と。
爆炎のようなオーラをまといながら、なんかすごく異変の元凶っぽい少女が、ててて~っと駆け寄ってきた。
「わぁっ、ドレス似合ってますね! とっても綺麗です! でも、どうして無言で私に背を向けてクラウチングスタートの姿勢に?」
「……ちょっと、おうちに帰りたくなって」
「? 忘れ物ですか?」
こちらに近づいてきたのは、イケイケなサングラスをかけた黒髪の少女。
一見すると、どこにでもいる普通の少女に見えなくもないが……。
しかし、いくら擬態していようと、エリミナの目はごまかせない。
(…………やつ……だ…………)
――――ローナ・ハーミットだ。
(な、なな……なんで、ローナ・ハーミットが王城に!? こんなやばい存在が、王城に素通しされるはずがないし……ま、まさかっ!)
そこで、エリミナのエリートな頭脳は、ひとつの答えに行き着いた。
いきなり形式が一変した国王主催のパーティー。
そして、権威もなにもない屈辱的なクソダサファッションでさらし者になっている国王。
それらが意味することは、ただひとつ――。
「も、もしかして……ローナさんは、この国の王になった、とか?」
「? 王になる?」
一方、ローナはしばらくきょとんとしてから……。
「ああっ」と、手をぽんっと打った。
そういえば、この王城には『国王体験コーナー』という名物(?)があったことを思い出したのだ。
「えへへ! そういえば、この前、王様になりましたよ! このお城の玉座はふかふかで、とっても座り心地がよかったです! 王様や騎士の人たちもひざまずいてくれたりして……」
「………………」
「? エリミナさん? どうしましたか、白目むいてますが……」
この瞬間、エリミナは全てを悟った。
…………この国はもう陥落したのだ、と。
安全な内地なんてものは、すでになくなっていたのだと。
しかも、悪いニュースはそれだけではなかった。
「――ほぅ? おぬしが“焼飯の魔女”とやらか」
「ッ!?」
次に現れたのは、なんというか……邪神っぽい少女だった。
邪神っぽい角に、邪神っぽい格好に、邪神っぽい禍々しいオーラ。
というか、見た目がもう、伝承で語られる邪神テーラの姿そのままだった。
「え、えっと……ローナ様?」
「様?」
「そ、そそ、そちらの……どことなーく邪神っぽいお方は?」
「あっ、こちらは邪神のテーラさんです! パーティーに興味があるみたいなので、私が呼びました!」
「うむ! われこそが真の邪神テーラじゃ! 崇めてもよいぞ!」
……ガチの邪神だった。
魔族から逃げて王城に来たはずが、魔族の親玉みたいなのが来ていた。
「ふ、封印されていたはずでは……?」
「じゃふん! 最近、ローナに封印を解いてもらったんじゃもんねーっ!」
「ねー」
…………世界、終わった。
エリミナがダイエットのためにジム通いをしている間に、いろいろありすぎであった。
と、あまりのことに呆然としているエリミナに、さらに追い打ちをかけるように――。
「にしても、地上はやっぱり楽しいのぅ! 『地上にはローナみたいなのが80億人いる』と聞いたときは、正直ビビっておったが」
「――!?」
邪神テーラがさらっと特大の爆弾を投下する。
(……ろ、ろろ……ローナ・ハーミットみたいなのが80億人? いや……いやいや、まっさかぁ……邪神がこんな突拍子もない嘘をつくとも思えないけど、さすがにローナ・ハーミットみたいなのが、そう何人もいるはずが――ん?)
そこで、エリミナは思い出す。
つい最近、かき氷の屋台を訪れたときのことを――。
『『『――あっ、エリミナさん! こんにちは~っ!』』』
(い……いたぁああッ!! そういえば、なんかあのとき3人いたッ! ローナ・ハーミットが当たり前のように3人いたッ!)
あのときは、『ついに分裂までし始めたか……』とそれほど気にとめていなかったが。
ここにきて、『ローナ・ハーミット、実は80億人いる説』を裏づける証拠となってしまった。
「ま、まさか、本当に80億人もいるというの……?」
「む? なんじゃ、“焼飯”とやら? もしかして、地上に住んどるくせに、そんなことも知らんかったのか?」
「え……?」
「じゃふ~ん、しっかたないのぅ! このわれが、特別にいろいろと教えてやるのじゃ!」
そう言って、邪神テーラは得意げに胸を張りながら、最近ローナから聞いた“今の地上”の話を思い出す。
――80億に到達した世界人口。
――天をつくように立ち並んだ高層ビル群。
――秒速11kmで宇宙へと飛んでいく巨大船。
――世界を5回滅ぼせるほどの強力な兵器群。
――人類に反乱を起こそうとしている人工知能たち。
――指先ひとつで、あらゆる奇跡を起こせる“すまほ”という万能魔道具……。
もっとも、一度聞いただけの話なので、だいぶうろ覚えであり……。
「えっと、たしかローナは……あれじゃ……なんか『秒速11kmで飛べる』じゃとか、『天をつくほどの大きさで立ち並んでいる』じゃとか、『指先ひとつであらゆる奇跡を起こせる』じゃとか……あとは、『人類に反乱を起こそうとしている』『世界を5回は滅ぼせる』とか言っておったの!」
「………………」
「む? どうしたんじゃ、“焼飯”とやら? いきなり口から泡を吹いて……」
エリミナは想像する……想像してしまう。
――天をつくほど巨大なローナ・ハーミット×80億が、秒速11kmで飛びながら人類に反乱を起こして、世界を5回滅ぼそうとしている光景を……。
「なんでもいいから、早く見てみたいのぅ!」
「――ッ!?」
「えへへ。それなら、今すぐ見せてあげましょうか?」
「――ッッッ!?!?!?」
「……えっと……あっ、これかな? えへへ、この“動画サイト”ってところで、この世界のいろいろなものを見ることができるんですよー」
「ほぅ? よくわからんが、今どきの地上は便利じゃのぅ!」
「そうだ、エリミナさんも一緒に見ますか?」
「……………………………………」
「あれ、エリミナさん?」
「む? どうしたんじゃ、“焼飯”とやら? そんな白目をむいて口から泡を……お、おい? い――意識がないのじゃ!?」
「ど、どうしたんですか、エリミナさん!? なぜこんなことに!?」
「す、すぐにスタッフを呼ぶのじゃ! す、スタッフぅ~っ!!」
◇
その後、医師が診たところによると、エリミナが倒れたのは『過労が原因』とのことだった。
聞くところによれば、エリミナは人類の英雄と呼ばれても、世間がお祝いムードになっても、けっしておごることなく――それどころかジムに通って、限界まで己を鍛え続けていたらしい。
おそらく、今回はその疲労が出たのだろう。
さらには、エリミナは意識を失いながらも、「人類が……人類が……」とうわ言のように呟いていたとのこと。
これには、国王も「そこまで人類のことを……」と涙ぐみながら。
「……諸君、私は間違っていた。私は英雄エリミナを希望の象徴として王城で手厚く保護するつもりだったが……この誇り高き英雄は、人類の先頭に立って戦うことを望んでいるのだっ!」
と、感激していた(エリミナの戦場送りが決定した)。
「やっぱり、エリミナさんは生き様がかっこいいなぁ」
「うむ、“焼飯の魔女”か……このような誇り高い人間もおるのじゃな。人間もやはり捨てたもんじゃないのぅ」
ローナと邪神テーラも、無邪気にぱちぱちと拍手をする。
そんなこんなで、主役のエリミナが不在となり、パーティーもお開きムードとなったところで。
「む? “ぱーりー”はもう終わりか? よくわからんが……とりあえず、楽しかったのじゃ! 今の地上の“ぱーりー”はこんなことになっとるんじゃのぅ! 誘ってくれてありがとうなのじゃ!」
「えへへ、楽しんでもらえてよかったです。今回のパーティーは私もアイディアを出したので」
ちなみに、この“ぱりぴ”という神々の文化を取り入れたパーティーだが……。
事前に他のパーティーで試験的に取り入れてみた結果、王都で爆発的に流行りだしていた。
今までのパーティーがマンネリ化していたという背景もあったが、なにより『きついコルセットが必要な伝統的なドレスではなく、自分の好きな服を着られる』ということで、パーティーのメイン層である女性陣に大好評だったのも大きかったらしい。
もっとも……その頃、ジム通いをしていたエリミナには知るよしもないことだったが。
「うむ、これはなにか礼をしなくてはの!」
テーラはそう言って、むむむ~っと思案顔をし――。
「そうじゃ、ローナよ! “ぱーりー”に誘ってくれたお礼に、おぬしをわれの新居に一番に招待してやるのじゃ!」
と、そんなことを言ってきた。
「テーラさんの新居?」
「うむ! なんと、このたび……われは王都で家をゲットしたのじゃ!」
「おぉー」
とりあえず、ぱちぱちと拍手をするローナ。
「でも、どうして王都に家を? テーラさんって、黄金郷に家があるんじゃ」
「家というか、住んでる神殿ならあったんじゃが……普通に公共施設じゃし、我が家感はなかったのじゃ。最近は、普通にこっちの宿に泊まっとったし」
「なるほど」
「それに、黄金郷は1000年かけて内輪のグループが固まっておってな……なんとなく輪に入りにくかったり、内輪ノリがわからなくて場を白けさせたり、飲み会にわれだけ誘われてなかったり、われが近づくとぴたりと笑い声がやんだりするのじゃ……」
わりと切実な理由だった。
「ま、まあ、これから王都でたくさん友達を作っていきましょう! 私も、もうテーラさんのお友達ですから!」
「ローナよ……っ!」
「テーラさん……っ!」
ひしっと抱きつくローナたち。
「うぅ……われはよい友を持ったのじゃ。われらはずっと友なのじゃ!」
「はい! “ズッ友”ですね!」
と、友情も確かめ合ったところで。
「そういえば、私もちょうど王都に家が欲しいなって思ってまして! テーラさんはどこで家を買ったんですか?」
「じゃふん! それはの、なんと……カジノの景品で手に入れたのじゃ!」
「え……あっ……」
ローナはそこで気づく。
(……その家、私がずっと狙ってたやつだ……)
一方、テーラはローナの複雑な心境に気づくことなく。
「うぇ~い、ローナ見とるぅ~? これがわれの家の写真なんじゃが、なんとぉ……われは今日からさっそくこの家に住んじゃいま~す! じゃははは! いやぁ、カジノって適当にスロット回しとるだけで、どんどんコインが増えていくんじゃな! コインが持ちきれなくて困って困って……とゆーか、こんなあっさり家が手に入るなんて働くのがバカみたいじゃよな! スロットを教えてくれたローナには感謝じゃ! じゃはははははははははははは!」
「………………………………」
2人の友情が、今――終わろうとしていた。
「ごほん……まあ、それでな。その……」
それから、テーラは咳払いをすると、どこか照れたように口を開く。
「おぬしも家が欲しいんじゃったら……われの新居に、おぬしも住んでみんか?」
「……え?」
「ま、でかい家みたいじゃしの。どうせ、われだけじゃ使いきれんし、管理も大変じゃろうし。じゃから、おぬしがよければ……と思ったんじゃが」
「い、いいんですか! それなら、ぜひ!」
やはり、持つべきものは友だった。
こうして、ローナがテーラの新居に住むことが決まり。
「うむ! では、さっそくわれらの家――テーラハウスに行くとするかの! 実はわれも内見はまだでな!」
「えへへ、楽しみですね!」
「じゃふふふふ! そうじゃな!」
これからの新生活への期待に胸を膨らませ、楽しげに笑い合うローナたち。
……しかし、このときのローナたちには、まだ知るよしもなかった。
その家が『恐怖の館テラーハウス』という不吉な名で呼ばれていることを。
そして、その家が、ローナも経験したことがない高難易度のダンジョンだということを――。
一年越しの伏線回収(?)
ちなみに前章で『ローナが天をつくほど巨大化する話』もやる予定でした。
次回から本格的に新章が動きだします。










