6話 辻ヒール
森のヌシを倒したあと。
ローナはインターネットの地図を頼りに森を進んでいき――。
「で、出れたぁっ!」
やがて、イプルの森から抜け出した。
見わたすかぎりの草原。
その先には町が広がっている。
「えっと、この町は『イフォネの町』っていうんだね」
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▍マップ/【イフォネの町】
▍概要
【オライン王国】の西部にある駆けだし冒
険者の町。
【ググレカース家】の影響力が強く、それ
に関連したサブクエストが多い。
名物は【イプルパイ】【イプルジュース】
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「う……ググレカース家の影響力が強い、かぁ」
まあ、まだググレカース領内だから仕方がないだろう。
なんとか旅の資金をためて、この地方から早く出たいところだ。
「とりあえず、町の入り口があるのは……あっちだね」
インターネットの地図を頼りに道を進んでいき、町の市門へと近づいていくと。
「……っ! もしかして君、イプルの森から来たのかい!?」
と、市門前の詰め所にいた衛兵が、心配そうに声をかけてきた。
目元が隠れるほど兜を目深にかぶった金髪の青年だ。
「よく無事にここまで来れたね! でも、大丈夫かい? どこか怪我をしたりは……」
「……? なにかあったんですか?」
「あったもなにも……昨日から、あの森で天変地異が起きてるじゃないか! 今、町じゃその話題でもちきりだよ!」
「…………」
ローナが無言でふり返ると。
ここからでも、イプルの森に氷の山やら岩の牙やら巨大竜巻やらが生えているのがよく見えた。
あきらかに、ローナの仕業だった。
「へ、へー、そうだったんですねー。気づきませんでしたー。こわーい」
とりあえず、棒読みでごまかす。
衛兵もさすがに目の前の少女がなにかやったとまでは考えていないらしく。
「まあ、無事に町まで来れたみたいでよかったよ。それで、身分を示すものとかあるかな?」
「えっ、身分証……? ないと町に入れなかったりします?」
「いや、入れないってことはないよ。ただ入市の手続きが少し面倒になるぐらいかな」
それから、青年はローナに石板を差し出してきた。
「とりあえず、この石板に手を当ててくれるかい? 手続き上、犯罪歴がないかチェックしないといけなくてね」
「あ、はい」
ローナが言われるがままに、ぴとりと石版に手をつけると。
石版が青白く模様を光らせながら、その表面にローナの情報を表示させた。
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■ローナ・ハーミット Lv22
[HP:94/94]
[MP:91710/138]
[物攻:384]
[防御:130]
[魔攻:3693]
[精神:93]
[速度:346]
[幸運:50]
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(あ……)
どうやら、ステータスも表示される石板だったらしい。
遅れて気づくが、今さら隠すこともできず――。
「なるほど、ローナ・ハーミット……レベル22!? そ、その歳ですごいね。ベテラン冒険者並みのレベルじゃないか…………って、MP9万!? 魔攻3693!?」
衛兵がぎょっとしたような顔をする。
(し、しまった……)
天変地異が起きているほうから来た、異常なステータスを持つ少女。
そんなの、あきらかに厄災かなにかだ。
「た、たぶん石板の故障ですね。私はどこにでもいる普通の旅人なので、はい……」
「あ、ああ、そうみたいだね。少しびっくりしたけど……さすがに、こんなステータスを持ってたら人間じゃないしね」
「は、はは……そうですね、人間じゃない……」
「……?」
幸いにも、数値が異常すぎたおかげで疑われなかったらしい。
とはいえ、その数値が異常すぎるせいで大変なことになってるわけだけども。
「まあ、見たかった犯罪歴については問題ないようだし……入市税の200シルを払ったら通っていいよ」
「わかりました」
なんとか切り抜けられて、ほっとする。
これから、こういう鑑定を受けるときは、いったん杖の装備を解除したほうがいいだろう。
「それと、君はこれからも旅をするのかい?」
「……? はい、そのつもりですが」
「なら、冒険者ギルドに入っておくといいよ」
「冒険者? それって、筋肉ムキムキの人とかがなるものでは?」
「は、はは……それは風評被害かな。君みたいな女の子もたくさんいるからね。とりあえず、冒険者カードは身分証になるし、ギルドから仕事も紹介してもらえるから、最低限戦えるなら入っておいて損はしないと思うよ」
「そうなんですか?」
「ああ。そして、なにより納税が楽になる。旅をするうえで一番困るのが税金周りだけど、冒険者ギルドに入っていれば報酬額の一部から勝手に納税してくれるからね。いちいちその町の税制を調べる必要もないし、うっかり脱税して捕まる心配もなくなる。これだけでも入る価値はあるよ」
「な、なるほど……たしかに税金のこととか考えてませんでした」
ローナは仮にも元令嬢だ。
今までほとんど屋敷から出ることもなかったため、世間一般の常識みたいなものには疎い。
(ここは素直に、冒険者になったほうがいいかな……)
それからも衛兵の青年は、冒険者ギルドについて親切にいろいろ教えてくれた。
冒険者について語る青年の口ぶりは、どこか憧れをにじませているように見えた。
「それにしても、冒険者のことくわしいんですね?」
「え? あー、まあ……僕も昔は冒険者をやっていたんだけど……膝に矢を受けてしまってね」
衛兵の青年が苦笑しながら、膝をさすった。
そういえば、手にしている槍を杖代わりにしているようにも見える。
しかし、それよりも――。
「膝に矢を受けて……?」
ローナはなんとなく、その言葉が引っかかった。
ちょうど見ていたインターネットの画面にも、同じようなことが書かれていたのだ。
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▍サブクエスト/【膝に矢を受けた衛兵】
▍推奨レベル:20
▍開始場所 :【イフォネの町】
▍達成報酬 :【雷槍ボルトスピア】
▍概要
膝の治療のために幻の秘湯を探している衛
兵ラインハルテ。
彼を護衛しながら【イプルの森】を探索し
よう。
序盤では貴重な属性つきの武器が手に入る
ので、ぜひクリアしておきたい。
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(ひ、人のプライベートな悩みとかまでわかっちゃうんだ……インターネット怖い)
「……? どうかしたかい?」
「ああいえ」
ローナは少し考えてから、杖を衛兵へと向けた。
「――プチヒール!」
そう唱えると。
ぱぁぁぁあ……っ! と、まばゆい光が辺りを満たした。
でたらめな力を持っているSSSランクの杖によるプチヒールだ。
さすがに完治することはできないだろうけど、痛みをやわらげることぐらいはできるかもしれない。
「な、なにを?」
「ああいえ、いろいろ教えてくれたお礼に、少し回復魔法を。膝よくなるといいですね、ラインハルテさん」
「……? ありがとう?」
「それじゃあ、私はそろそろ町に入りますね」
「ああ、そうかい?」
衛兵は少し首をかしげつつも。
すぐに気を取り直したように、両腕を広げた。
「――ようこそ、イフォネの町へ。この町は君を歓迎するよ」
そんな言葉とともに、ローナは町へと入っていく。
その少女の背中を見送ってから、衛兵ラインハルテはふと首をかしげた。
「……あれ? そういえば、あの子……どうして、僕の名前知ってるんだろう?」
◇
衛兵ラインハルテは、町へと入っていく少女の背中を見送ったあと。
(……不思議な子だったなぁ)
と、ぼんやりと考えていた。
どこか浮世離れした雰囲気をまとった少女だった。
石板の故障のために、正確なステータスはわからなかったが。
彼女が最後に見せた回復魔法……あれに使用された魔力はとてつもない量だということはわかった。
あの歳でレベル22に達していることもあるし、きっと才能のある少女なのだろう。
(……いいなぁ。あの子は、どこにでも行けるんだろうなぁ)
ラインハルテは槍に体重を預けながら、何気なく草原を眺める。
彼が冒険者をやめて衛兵になったのは5年前だった。
それまでは、自分は冒険者になるべくして生まれたと思っていた。
――疾風迅雷のラインハルテ・ハイウィンド。
Bランクスキル【雷槍術】を発現させ、若くしてゴールドランク冒険者へとのぼりつめた彼は、その名をこの地方に轟かせていたものだ。
しかし、若さゆえの無鉄砲がたたったのか……。
ダンジョントラップの矢を受けて、彼はあっさりと引退することになった。
仲間には置いていかれ、もともと売りだった足の速さはもう出せない。
それでも、いつか膝を治して、また冒険者になろうと思った。
町の門番という仕事を選んだのも、大好きな外の世界をずっと見ていられるからだ。
しかし、いつからだろう……。
外の世界の景色をまともに見られなくなったのは。
町に来た人たちから旅の話を聞けなくなったのは。
地平の彼方から吹く風は、もう冒険心をくすぐらない。
ただ膝の古傷をじくじくと痛ませるだけだ。
ラインハルテは外の世界に蓋をするように、兜を目深にかぶり直す。
と、そこで――。
「おーい、ライ坊。そろそろ昼休憩だぞ」
中年の先輩衛兵が、彼を呼びにやって来た。
「もう、ライ坊って歳じゃないですよ。ウォルさん」
「そういうこたぁ、恋人の1人でも作ってから言うんだな」
「……はは。それを言われたら、なにも言い返せませんね」
苦笑いでお茶を濁す。
家庭を持てないのは、きっとまだ冒険に未練があるからだろう。
「とりあえず、お昼いただいてきますね。あ、そうだ……ステータス鑑定の石板が故障してるみたいなんですが」
「ん? まあ、そろそろ寿命かぁ? でも、こういうのは叩きゃあ治んだよ」
そんなふうに話題をそらし、ラインハルテがその場から逃げるように歩きだしたところで――。
ふと、違和感に気づいた。
「…………え?」
膝が、痛くない。
いつもの通りなら、歩くたびに膝がきしみを上げるはずなのに。
「……まさか」
思わず、杖代わりの槍をからんと落とす。
それでも、彼は立っていた。
風が吹いても、膝が痛まない。
元宮廷薬師に見せても治らなかった膝が――治っている。
「な、なんで……?」
ラインハルテが戸惑っていると。
「――ん? おい、ライ坊。石板、壊れてなんかねぇぞ?」
「…………え?」
先輩の衛兵のその言葉で、さらに唖然とする。
(……石板が壊れていない? ということは、さっきも正しい数値を表示させていた……?)
だとすれば――。
『――膝よくなるといいですね、ラインハルテさん』
先ほど出会った不思議な少女。
彼女に回復魔法をかけてもらったが、もしかしてそのときに――膝を治してもらったということだろうか。
「あ、あの子は、いったい……? 僕はいったい……なにと出会ったんだ?」
なにもわからない。
だけど、今のラインハルテには1つだけわかることがある。
「……………………」
ラインハルテが兜を脱ぎ捨てると、外の世界が視界いっぱいに広がった。
(……ああ、そうだ)
思い出した。
世界がこんなにも広かったことを。
風がこんなにも気持ちのいいものだったことを。
もう、自分はこの見えている世界のどこにでも行けるのだ。
いや、それだけではない。
もっと、ずっと先――この地平の向こうにだって行けるのだ。
「………………」
一歩、また一歩と。
ラインハルテは地平線に向けて、ふらふらと足を進め……。
そこで膝から崩れ落ちた。
涙が止まらなかった。
「お、おい? どうしたんだ、ライ坊? また膝が痛むのか?」
「いえ、違うんです……うれしくて」
……今からでも間に合うだろうか。
足の筋肉は衰えていて、リハビリが必要だろう。
実戦の勘も鈍っているはずだ。
それでも――。
「……僕はまた、冒険者になれるだろうか」
ラインハルテは地平線を眺めながら、そう呟くのだった。
◇
その一方。
ローナは背後でなんかドラマがくり広げられているとは、つゆ知らず。
「~~♪」
鼻歌まじりに町に入っていくのだった――。










