48話 地下牢生活をエンジョイしてみた
ローナが地下牢にとらわれていた頃。
海底王国アトランの城――玉座の間にて。
巨大な貝殻の玉座に腰かけた海王が、無言で受け取った調書を睨みつけていた。
「――海王エナリオス様。こちらが姫様を誘拐したと思われる人間からとった調書です。後ほど、こちらをもとに、海王様のもとで御前裁判をおこなおうと考えておりますが……」
――海王エナリオス・ル・リエー。
それは、海神のごとき威厳と風格を漂わせた大男だった。
海王はその荒々しく波打たせたヒゲを揺らしながら、ほぅっと息を吐く。
「……ふむ……ローナ・ハーミット、か」
「……? なにかご存知なのですか、海王様?」
「い、いや……人間のことなど知るわけがなかろう。ふんっ」
海王がごまかすように重々しく咳払いをすると、水竜族の文官がびくっと震えながら、「失礼いたしました……っ!」と頭を下げる。
ここ最近は、海王の機嫌が悪いようで、なにか気にさわれば投獄されかねないのだ。
「……ともかく、娘も戻ってきてこれで安心したぞ。すぐに娘を我がもとへつれて来い。もちろん、その人間もだ」
「はっ! ただ、その人間とルル姫のことなのですが……」
「聞こえなかったのか? わしはすぐにつれて来いと言ったのだ」
「は――ははぁっ! 失礼いたしますっ!」
こうして、水竜族の文官が慌てて去っていったあと。
やがて、玉座の間でひとりになった海王は、ふぅっと息を吐き――。
「…………くくく……くらららららら――ッ☆」
と、悪い魔女のような高笑いをぶちまけたのだった。
(ルル姫がいなくなったときは、どう計画を軌道修正しようかと思ったけど……まさか、あの“ローナ・ハーミット”が自分から捕まってくれるとはね! なんてうれしい誤算なのかしら!)
海王の笑いに吹き消されるように、一瞬だけ彼の姿が幻のようにかき消え――。
そこに、深海色のローブをまとった魔女の姿が現れた。
宙に浮かんだ巨大クラゲに腰かけ、その目はギラギラと世界を憎むように輝きを帯びている。
その魔女の姿こそが、海王の真の姿――というはずもなく。
――水月の魔女マリリーン。
それこそが今、海王を演じている魔女の名だった。
(ローナ・ハーミットね……あの六魔司教を従わせたって噂を聞いてたから、どんな化け物かと思ったけど……ぜ~んぜん、たいしたことないじゃない。結局、邪竜教団がしょぼかっただけの話ね。警戒して損しちゃった)
――ローナ・ハーミット。
最近現れた、まったく読めない動きをする“イレギュラー”。
能力も目的も、全てが謎に包まれており……。
わかることはといえば、『闇の勢力を潰して回っている』ということぐらいだ。
一部の界隈から“天使”と呼ばれたり、光の翼で飛んでいるところを目撃されたりしているあたり、もしかしたら天界からの遣いなのかもしれない。
そして、今回も魔女マリリーンの陰謀に感づいて、この海底王国アトランまでやって来たのだろう。
おそらくルル姫をさらったのも、魔女マリリーンがルル姫を利用しようとしていることを察したからだと思われるが……。
(くららららッ☆ あたしの勝ちね、ローナ・ハーミット!)
今のローナ・ハーミットは、魔封じの手錠をつけられて投獄されている。
もはや、“海王”である魔女マリリーンにとっては、まな板の上の魚のようなものだ。
(くららららっ☆ さぁて、今のローナ・ハーミットはどんな顔をしているのかしら? 泣いているのかしら? 悔しがっているのかしら? さあ……水よ、ローナ・ハーミットの様子をあたしに見せなさい! 水天魔法――アクアビジョン!」
魔女マリリーンが魔法で水を操ると、その表面にやがて地下牢の光景が映し出され――。
『『『――うまいぞぉおおおおッ!!』』』
「…………へ?」
魔女マリリーンは、ぽかんとしたように固まった。
その水面に映し出されていたのは――行列のできる店だった。
なぜか、ローナ・ハーミットのいる牢の前に、水竜族たちの行列ができていた。地下牢の壁には『げぼく食堂』という暖簾やのぼり旗もつけられ、テーブル席まで設置されている。
『『るっ、最後尾はここだ! ちゃんと列になって並べ!』』
さらには、なぜか給仕姿のルル姫が2人いて、看板を手にてきぱきと列の整理をしていた。
最初は、別の場所を映し出したのかと思ったが……違う。
ちゃんと地下牢の光景を映している。
そして、ローナ・ハーミットはというと。
『あなたは、料理人のヘリング・ウェストンさんですね? あなたのお悩みは、ずばり――育てていたタコがいなくなったこと。違いますか?』
『お、おおっ! なにも言っていないのに、そこまで!? すごい、全てその通りです!』
なぜか牢屋の中で、探偵帽をかぶり安楽椅子に腰かけていた。
その周囲にはお宝の山が築かれ、水竜族たちがローナに向かってかしずいている。
『それで、私のタコはいったいどこに……?』
『大丈夫ですよ。あなたのタコは――あなたの家の台所のツボに、奥様が隠しています!』
『なっ!? 本当なのか!?』
『……っ! ええ、そうよ……でも、あなたが悪いのよっ! ペットにかまって、私たちの結婚記念日のことなんて忘れて――』
『ち、違うんだ! あのタコはペットじゃない! 今度の結婚記念日にごちそうとして出そうと育てていたものだ!』
『そ、そうだったの!? ごめんなさい……わたしったら……』
『いいんだ、僕も本当に大切なことを忘れていたんだから』
『あなた……』
『ありがとうございます、ローナさん! あなたのおかげで、今年は最高の結婚記念日が送れそうです! こちら、お礼のパール10個です!』
『わーい』
見えない算盤を弾くように虚空で指を動かすたび、圧倒的な推理を披露していくローナ・ハーミット。
そんな彼女の周囲には、依頼人がどんどん押し寄せてきて――。
『私が探していた結婚指輪も、本当に言われた通りの場所にあったわ!』
『都を騒がせていた幽霊の正体も、本当に“枯れたフラワーサンゴ”だったしのぅ』
『す、すごい! どうして椅子に座ってるだけなのに、そこまでわかるんですか!?』
『え、えっと……ずばり、推理力です!』
『『『――推理の力ってすげーっ!』』』
(………………なにこれ?)
意味がわからなすぎる光景だった。
魔女マリリーンは何度も目をこするが、水面に映し出された光景は変わることがなく。
そこには、地下牢生活をエンジョイしまくっているローナ・ハーミットの姿があった――。











