30話 ギルドマスターと会ってみた
ローナが冒険者ギルドの集会所に入ったあと。
ギルドマスターと呼ばれた女性が、ローナたちのもとへやって来た。
彼女はローナたちの前で立ち止まると、「ふぅ……」と溜息をつく。
「騒がしいと思えば、またこんなことをしていたのね。この町が危機であることも、人手が足りないのもわかるけど、こんなかわいらしい子を戦場に向かわせることは見過ごせないわ」
それから、彼女はローナへと向き直り、優しげな微笑みを向けてきた。
「……この町の事情に巻きこんでしまってごめんなさいね、かわいい旅人さん。わたしはこの冒険者ギルド・アクアス支部のマスター、アリエス・ティア・ブルームーンよ」
「え、えっと……! 私はローナ・ハーミットでしゅ……ですっ!」
「か、かわ――ッ!!」
「え?」
「こほん……なんでもないわ。ちょっと内なる自分と戦っていただけよ」
「は、はぁ」
「ともかく、ローナちゃんみたいな子が、この町のために戦おうと名乗り出てくれたことは、とてもうれしいわ。でも……あなたにはまだ、この町の“水曜日”は危険だと思うの」
「え、そうなんですか? 推奨レベルは20以上って話ですが」
「推奨レベル? というのは、よくわからないけど……あれを見て」
そう言って、アリエスが指さした先には――冒険者たちがいた。しかし、ローナが今まで見てきた冒険者とは、あきらかにまとっている空気が違っている。
どこかで地獄を見てきたかのように、誰もが目を暗く濁らせ、傷だらけの装備をまとい、歴戦の風格をかもし出している。
「あの人たちは……?」
「……この町の“水曜日”を見てきた者たちよ。面構えが違う」
「水曜日を見ただけで、あんなふうに……?」
「ええ……わたしたちも最初は“水曜日”を甘く見ていたわ。モンスターの大量発生といっても、週に1回だけ。そのうち大量発生が終わるという希望もあったから、最初は『“水曜日”のおかげで儲かるな』なんて笑っていられた。でもね――」
と、アリエスは言葉を切り、唇をきゅっと引き結んだ。
「……“水曜日”は1年以上もくり返されたの。モンスターはいくら倒しても減ることはなく、だんだん町の人たちの心がすり減っていって……そして、崩壊は一瞬だったわ」
アリエスは静かに語る。
初めて町にモンスターがなだれこんだときのことを。
「市場や倉庫が破壊され、食料が奪われ、兵士たちは逃げだし、人々がパニックになり……そこからは、もう泥沼よ。モンスターの目的が『町の破壊』にあるのか、奇跡的にまだ犠牲者は出ていないけど……それも時間の問題でしょうね。すでに商人も冒険者もこの町を見限ったわ。人も物資もなく、すり減った装備の修理もできず、そこまでして戦っても手に入るモンスター素材が値崩れしているため儲けにならない……この町に残っているのは、もはや町と心中しようとしている死兵だけ。それが……この町の現状なの」
(……よ、曜日クエストって、怖い)
語られたことはインターネットで知識としては知っていたが、その恐ろしさまではわからなかった。
「で、でも、大丈夫なんですか? それなら、人手が必要なんじゃ……」
「ふふっ。そんな顔をしないで、ローナちゃん。大丈夫よ、わたしたちだけでも、いつか必ずこの“水曜日”を終わらせて、港町アクアスを以前みたいな残業のない平和な町に戻してみせるわ。だから、そのときは……またこの町に来てね? この町のおいしいものを、たくさん用意して待ってるから」
「…………アリエスさん」
そう語るアリエスの瞳には、確固たる決意が宿っていた。
そんな瞳を見てしまったら――。
(ど、どうしよう……『攻略法とか全部わかるので、さくっとクリアしときますね!』とは言いづらくなってきた)
ローナとしては、正直さっさと曜日クエストを解決して、観光を楽しみたいのだが……。
ただ、よく考えてみれば、ローナは集団での戦闘をしたことがない。
下手にレイドクエストに参加しても連携を取れないだろうし、ローナが魔法をぶっ放せば町が滅びかねない。
というか、むしろモンスターよりもローナの魔法のほうが脅威度が高いまである。
(そっか、私はまだ未熟だったな。もしかして、アリエスさんはそのことに気づいて……)
個人での戦いと、集団での戦いは違う。
そして、ローナは集団戦にはあまりにも不向きだ。
この弱点を克服するまでは、レイドクエストに参加するべきではないだろう。
そのことに、ローナはようやく気づいたのだった。
「……わかりました。水曜日クエストへの参加はやめます」
「わかってくれたのね」
「はい。私にはまだレイドクエストは早かったなと」
まあ、考えてみれば急ぐ旅でもないのだ。
遠回りにはなるが、この町の船に乗らなくても王都には行けるし、観光ならまた今後すればいい。それにアリエスたちなら、きっとこの町を復興させることもできるはずだ。
「あっ、ただ素材の換金だけはしてもいいですか? この町に来るまでに、けっこう素材を拾ってきたんですが」
「ええ、大丈夫よ。正直、お金に余裕はないけど……“水曜日”のせいで商人も来ないから、今はなにより物資が欲しい状況だしね。素材にかえてくれるなら、むしろ大助かりよ」
「そうですか! よかったぁ、アイテムボックスがそろそろいっぱいになりそうで」
「……? まあ、とりあえず手持ちの素材があるなら、この受付の上に出してね」
「わかりました! えっと、それじゃあ……」
これ幸いと、ローナがアイテムリストを操作し――。
「「……………………へ?」」
アリエスと受付嬢が、思わず硬直する。
ローナが小さな鞄しか持っていなかったので、たいしたものは持っていないと考えていたのだが……。
ぽいぽいぽいぽいぽいっ! と。
虚空に開いた黒い穴から出てくるのは、大量のレア素材だった。
もちろん受付の上には収まりきらず、床の上にも山ができていく。
(こ、これは、幻の薬草マボロリーフ? こっちは、もしかして雷湿原の素材? というか、どっから出してるの……?)
なにが起きているのかわからない。ただ、床に適当に転がされた素材のひとつを見て、アリエスはおそるおそるローナの顔を見た。
「あ、あの……これは、もしかして……雷獅子エレオンのたてがみ、だったりする?」
「エレオン? あー、そういえば倒したかもしれません」
「そういえば、って……え? 雷湿原を通ってきたとか言わないわよね?」
「あっ、はい! 近道だったので!」
「近道……」
もしも話が本当ならば、歴史に残るような偉業だ。
そもそも、雷獅子エレオンがいるエレクの雷湿原に入ること自体が、並の冒険者には不可能なのだから。
今まで雷湿原から帰ってくることができたのは、5年前に消えた天才“疾風迅雷のラインハルテ”のパーティーのみ。
雷湿原のモンスターを倒して素材を持ち帰る……ただそれだけで、ラインハルテは若くしてゴールドランクに昇格する資格を得て、この地方に名をとどろかせたのだ。
そのことを、この場で知らない者はおらず――。
(((……な、なんか、やばい子が来た)))
冒険者たちの気持ちがひとつになった。
それに――。
(い、今まで市場に出回らなかった雷の属性素材が、こんなに……これを使って武器を作れば、“水曜日”のモンスターの弱点をつける……それに、エレオンを倒せるローナちゃんもいれば……あれ? も、もしかして、本当に――)
――“水曜日”を攻略できるのでは?
いきなり現実味が出てきたその希望に、アリエスは「ふ……ふふふ……」と笑いだし――。
そのまま、ローナの肩をがしっとつかんだ。
「え、えっと、アリエスさん……? どうかし――」
「――ようこそ、冒険者ギルド・アクアス支部へ!! ここは明るくアットホームなギルドよ!!」
「……え?」
いきなり笑顔で歓迎されたローナが、目をぱちくりさせる。
「でも、私はすぐに、この町から出てい――」
「なにを言ってるの? 今日からローナちゃんは、わたしたちの仲間でしょう?」
「えっ、さっきは――」
「さあ、みんな!! 新たに仲間となったローナちゃんを、全力で接待――歓迎するわよ!! はい、拍手ぅッ!!」
「……え? ……え?」
気づけば、満面の笑みを浮かべた冒険者たちが、ゆらりゆらりと逃げ場をふさぐようにローナを取り囲み、なぜか「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」と拍手をし始めた。
その変わりように、ローナは少しぽかんとしてから――。
(わぁ……やっぱり、アットホームでいいギルドなんだなぁ!)
と、目をキラキラさせて感激したのだった。










