14話 試験結果
(な、なにが起きてるのよ、このダンジョンで……)
試験官であるエリミナは、“黄昏の地下神殿”の中へと足を踏み入れていた。
ローナ・ハーミットが中に入ってからというもの、ずっと大地が揺れ続けているのだ。
さらに、洞窟の奥からは膨大なマナと冷気が漏れ出ている。
あきらかに異常事態だった。
すでに受験者たちは避難させているが、エリミナはギルドマスターとして状況を調査しなければならない。
しかし――。
「……っ!? な……なに、これ……?」
エリミナの視界に飛びこんできたのは、凍りついた神殿。
ダンジョン内の通路という通路が、凄まじい氷魔法で凍らされていた。
通路の中にぽつぽつと立っているのは、恐怖に表情を歪めたモンスターの形の氷たち……。
誰がやったかなんて決まっている。
こんなことができるのは、ひとりしかいない。
しかし――。
(……あ、ありえない)
これほどの魔法を聞いたことがない。
残留マナから推測されるMP消費量は、少なく見積もっても数千単位だろう。
もはや人間業ではない。
さらには――。
「……っ! こ、これは……っ!」
やがて、エリミナが発見したのは、扉が開け放たれた2層の広間だった。
誰も突破したことのない2層――。
本来なら、ここにローナ・ハーミットを閉じこめるつもりだったが……。
「と、突破されてる……」
ありえない。
謎の言語を解読しなければギミックは解けないはずだ。
それをこの短時間で、解読して解いたというのだろうか。
(ま、まさか……ダンジョンを“攻略”しているとでもいうの?)
ダンジョンというのは、冒険者にとってギミックのない低階層でちまちま素材を集めるだけの場所でしかない。
攻略をするにしても、それは大量のアイテムや探索スキル持ちを用意して、長期間かけておこなわれるものだ。
たった1人で、なんの準備もなしに攻略できるものではないはずだが……。
「……っ!」
そのとき――ぞわり、と。
心臓を冷たい手でなでられるような悪寒が走った。
エリミナは本能的に直感する。
――――なにかが、いる。
しかし、右を見ても、左を見ても……なにもいない。
どこにもいない。
それでも、その圧倒的な存在感は隠せていなかった。
「ま、マナサーチ! ――ッ!?」
とっさに【マナサーチ】を発動して――気づく。
全方位、膨大なマナで満たされていることに。
すでに自分が、相手の放出するマナの内側にいることに。
それなのに、相手の姿が見えない。
「…………はっ……ぁ……っ」
息が、できない。
本能的な恐怖で、冷や汗がぶわぁっとふき出す。
かちかちかち……と、エリミナの歯が鳴る。
――――怖い。
そこで――はらり、と。
頭上から、白い羽根が舞い落ちてきた。
(……羽根?)
そこで、エリミナはハッとする。
まだ探していない場所があった。
そして、きっとそれはそこにいる。
――上、だ。
エリミナはゆっくりと顔を上げる。
そして――。
「……………………ぁ……」
――絶望した。
高みからこちらを見下ろす影。
神々しい光の翼を広げて、それは空中に立っていた。
その人知を超えた存在の名を、エリミナは知っている。
(…………やつ、だ……)
――――ローナ・ハーミットだ。
(え……なんか、パワーアップしてない? ローナ・ハーミットの第2形態? それとも……これが真の姿だというの?)
今のローナは、禍々しい漆黒のローブをまとい、その背からは光の翼を生やしていた。
その身にまとうマナも、先ほどから尋常ではないほど増えている。
まるで、迷宮のマナを喰らったとでもいうかのように。
(に、逃げないと……っ)
そう思っても、エリミナの足は動かない。
まるで竜に睨まれた、井の中の蛙のように。
そうしているうちに――。
「あっ、試験官さ~ん!」
「……っ!?」
ばしゅ――ッ!! と。
大気をつん裂くような速度で、ローナはエリミナの目前に降り立った。
(あ……)
その速度で、エリミナは理解する。
ローナ・ハーミットからは逃げられない、と。
「課題にあった通り、このダンジョンの迷宮核持ってきましたよ」
そうして、ローナが虚空に手を突き出すと――。
「……っ!?」
ぐにぃぃい……と。
空間がいびつに揺らいで、その手の中にいつの間にか巨大な魔石が現れていた。
それは、言い伝えにある迷宮核そのものだった。
偽物などではないことは、放出されている膨大なマナから理解できる。
(ほ、本当に迷宮核を……!? ということは、ダンジョンをこの短時間で完全攻略したってこと!? それに今のって、伝説の空間魔法!? そ、そんなのAランクスキルですら観測されてないはず……)
エリミナの頭の中が真っ白になる。
わけがわからなすぎて吐きそうだった。
今ここに世界の常識が塗り替えられていることだけは理解する。
しかし、ローナは伝説の迷宮核を、たいした価値がないものを扱うかのように、ぽんっとエリミナに手わたすと。
「――これで試験合格、ですよね?」
にこり、と微笑んだ。
その笑顔の圧力に――逆らえない。
(だ、ダメよ、私…っ! 不合格にするのよ……っ! じゃないと、私のエリートな人生が……っ!)
彼女を不合格にしなければならないのに。
これからのエリートな人生がかかっているのに。
エリミナは目からぽろぽろ涙をこぼしながら、頷くことしかできなかった。
「…………ご……合格、でしゅぅ」
無理だ。
こんなの、落としようがない。
(そもそも、なんでこんな化け物が冒険者になろうとしてんのよ……というか、なんでこんな化け物を追放してんのよ、ググレカース家は……)
わからない。
エリミナには、もうなにもわからなかった。
ただ、これでググレカース家からは見放されるだろう。
エリミナのエリートな人生も、ここでおしまいだ。
しかし、もう後悔はなかった。
なぜなら、ググレカース家よりもローナ個人のほうが普通に怖いから。
「あ、それと……」
それから、ローナはなにかを思い出したように口を開くと。
エリミナの肩に、ぽんっと手を置いた。
「――命は、大事にしてくださいね?」
「……へ?」
「エリミナさんは、気をつけないと……近いうちに死んじゃうかもしれませんから」
「……………………」
エリミナがかくかくと頷くと。
ローナは満足げに笑って、歩み去っていった。
やがて、靴音が聞こえなくなったところで。
エリミナはへなへなと、その場にへたりこんだ。
(あ…………私、殺されるんだ……)
先ほどの言葉は、あきらかに警告だった。
ローナ・ハーミットは、エリミナが罠にはめようとしたことを許していない。
『――――次は、殺す』
あのローナの笑顔は、そう語っているようにしか見えなかった。
(とりあえず…………田舎に帰ろ)
エリミナは遠い目をしながら、そう決意を固めるのだった。
◇
(ダンジョンの中にまで心配して見に来てくれるなんて、やっぱりエリミナさんはいい人だなぁ)
一方、ローナはエリミナに善意の忠告をしたあと、鼻歌まじりにダンジョンから出ていた。
その視線の先にあるのは、インターネットの画面だ。
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▍キャラクター/【エリミナ・マナフレイム】
▍概要
【イフォネの町】の冒険者ギルドマスター
にして、ググレカース家お抱えのエリート
魔法使い。
【獄炎魔法】というAランクスキルを持ち、
『焼滅の魔女』の異名を持つ。
二次創作のとある界隈では大人気。
▍※ネタバレ注意
メインストーリー1部の5章で死亡する。
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(インターネットって、人がいつ死ぬかまでわかっちゃうんだね
……エリミナさんはいい人だし、死なないでほしいなぁ)
くわしい死ぬタイミングについては、よくわからないけれど。
自分の忠告で、死の運命を避けられたらいいなと思うローナであった。
◇
そんなこんなで、ローナが冒険者試験に合格した翌朝。
冒険者ギルドの集会場にて――。
「こ、ここ、こちらが、ローナ・ハーミット様の冒険者カードになりますぅ……」
「わーい」
ギルドマスターのエリミナから、ローナは出来たてほやほやの冒険者カードを受け取っていた。
「ぼ、冒険者ランクは、アイアン・ブロンズ・シルバー・ゴールド・ミスリル・オリハルコンの順番で高くなっていきましてぇ……ま、まずはアイアンランクからのスタートになりますが――」
ばきィィ――ッ!! と。
ローナは受け取ったカードを、エリミナの目の前で握りつぶした。
「……………………」
笑顔のまま固まっているエリミナの頬を、カードの破片がかすめて飛んでいく。
「わ、わぁっ!? ごめんなさいっ! ここのところ一気にレベルアップしすぎたせいで、ちょっと力加減が難しくて……」
「………………殺さないで」
「え、なんて?」
なぜか、エリミナがぽろぽろと泣いていた。
疲れてるのかな、とローナが首をかしげつつ。
「それで……これ、作り直しとかできますかね?」
「あ、もちろんですぅ……すぐに新しいのお作りしますぅ……」
「なんで泣いてるんですか?」
「花粉症ですぅ……」
そう言って、エリミナがすごすごと受付の奥へ引っこんでいく。
(高ランクスキル持ちって、嫌な人が多いと思ってたけど……エリミナさんはいい人だなぁ)
試験でローナが悪口を言われてるときも、かばってくれたし。
昨日わたした迷宮核も、わざわざ返しに来てくれたし。
今も受け取ったカードを目の前で握りつぶすなんてマナーの悪いことをしても、まったく怒らなかった。
本当に、優しくて有能なお姉さんという感じの人だ。
「お、お待たせしましたぁ……こ、こちらが新しいカードになりますぅ……」
それから、しばらくしてエリミナが戻ってきた。
その手に握られているのは、銅製のカードだった。
「あれ? このカード、ブロンズランクになってますよ? アイアンランクからのスタートなんじゃ」
「ろ、ローナさんには、ちょっと難しめの試験を受けていただいたので、はい……」
「……?」
よくわからないけど、ミスじゃないのなら問題ないだろう。
そう思って、冒険者カードを受け取ろうとし――。
「へ、へくちっ!」
ばきィィ――ッ!! と。
ふたたび、エリミナの目の前でカードを握りつぶすローナ。
「………………もう許して」
なぜか、えぐえぐと泣きだしたエリミナに、また冒険者カードを作り直してもらう。
本来ならカードの再発行にはお金がかかるのだが、エリミナが特別に無料にしてくれた。
(やっぱり、エリミナさんはいい人だなぁ。いつか、ちゃんとお礼しないと)
その“お礼”によって、さらにエリミナが苦しむことになるのだが、それはまた別のお話。
ちなみに、再々発行したローナの冒険者カードは、なぜかシルバーランクになっていた。
「あ、あの、エリミナ・マナフレイムが下手に出てるぞ……?」
「い、いきなりシルバーランク? どんなコネを使ったんだ……?」
「王国の重鎮かなにかか……?」
「ああ見えて、けっこうやばい子なんじゃ……」
なんだか、すごい注目されてしまったが。
なにはともあれ、こうしてローナは冒険者になったのだった――。
……というわけで、2章終了です!
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!










