137話 元の世界に帰ってみた
そんなこんなで。
ローナは、マザーやピコと一緒に、異世界観光をすることになったわけだが。
異世界にいられる残り時間は、あと40分ほどしかなく――。
「――というわけで、観光効率を上げるために、ちょっと3人に増えますね! 水分身の舞い!」
【ぴっ!?】〘――!?〙
と、さっそくローナは自重を捨てることにした。
そう、先ほどの異世界観光では、まだローナは本気を出していなかったのだ。
しかし、今はこの都市の管理者であるマザーの協力も得られたため、もう自重をする必要はなくなり……。
【こ、こいつ、ついに増殖までしだしたのデス!? 人間やめてるのデス!?】
〘――ひ、非科学的すぎると推測されます――こ、これが、ローナの本気の〈観光〉――!?〙
「「「――いえ、まだです! フルスロットル! からのぉ――猪突猛進っ!!」」」
と、ローナは、さらにスキルを重ねがけする。
【水分身の舞い】によって3人になったことで、観光効率は3倍。
半自動式散弾銃の装備スキルにより、速度はいつもの1.4倍。
猪突のブーツの装備スキルにより、移動速度はさらに2倍。
そう、つまり――。
「――今の私の観光スピードは、いつもの8.4倍ですっ!」
こうして、しゅばばばば――っ!! と。
ローナ×3は、目にもとまらぬスピードで、一斉に観光を始め――。
――「こんにちはーっ!」――「いぇ~い♪」――「あっ、ここの橋は、手すりの上を歩くと、“ちゅーとりある”をスキップできるんですよね!」――「わぁっ、“映え”スポット発見です!」――「わーいわーい!」――「待て待て~!」――「えへへ! 異世界観光って、最高ぅ~♪」――――。
【ぴっ!? お、恐ろしく速い観光なのデス!? ピコの高性能アイカメラでなきゃ見逃しちゃうのデス!?】
〘――っ!? ローナの〈観光〉が音を置き去りに――!?〙
そんなこんなで、ローナ×3が超高速で観光をしていると。
やがて、ウーウーと警報が鳴り響きだし、わらわらと警備ロボットが集まってきて、じゃきじゃきじゃき……と、ローナ×3に銃口を突きつけた。
『――午後5時29分。〈銃刀法違反〉オヨビ〈クローン人間作成容疑〉オヨビ〈不審者通報多数〉ニヨリ、アナタヲ拘束シマス』
「「「…………はい」」」
こうして、ローナの本気の観光開始から5分後……。
ローナ×3は手錠をかけられ、警察車両で連行されていくのだった。
◇
【……いや、まあ、そりゃそうなるのデスよ✜】
「……ご、ごめんなさい」
それから、マザーのとりなしのおかげで、ローナは数分で釈放され――。
留置所でたっぷり反省したローナは、気を取り直し……今度はスピードを抑えて、マザーやピコたちと一緒に、異世界を見てまわりだした。
ちなみに、マザーは地上を歩くことに慣れていないため、車椅子での移動となったが……それでも、初めての現実世界の観光を楽しんでくれたようで。
目をキラキラさせながら、この都市の穴場スポットなどを教えてくれた。
〘――次は、あっちに行ってみるべきと推測されますっ――〙
【――ぴぃぃっ!? やべぇのデス!? 封印されたはずの暴走マシンが、こっちに向かってくるのデスっ!?】
「あっ、この裏ボスなら、“プリズマコンボ”で一撃です」(ヂィィィィッ!! ボンボンボンッ!!)
〘――!? ――!?〙
【お、おい、異世界人✜ あと20分しか時間がないのデス✜】
「大丈夫です! この『なにも選択されていません』を素材分解して出てくるダミーデータを、任意の“わーぷえれべーたー”に投げこむと、“わーぷ”先を変えられて時短できるので!」
【おい、この世界を壊すのはやめるのデス✜】
〘――ふふ――ふふふっ――〙
と、ローナのめちゃくちゃっぷりに、マザーが思わず笑いだす。
マザーにとっても、現実世界は新しい刺激の連続であり……また、市民とも生身で交流できたのがうれしかったのか、マザーはいつもより笑顔がふえていた。
こうして、楽しい時間はあっという間に過ぎていき……。
そして、夕方――。
ついに、ローナが元の世界に帰るときがやって来た。
「よし、これで……異世界でやりたいことは、みんなできたね」
夕焼け色に染まりつつある都市の中。
見晴らしのいい塔の屋上――マザーがおすすめした最後の観光スポットにて。
ローナは『異世界に行ったらやりたいことリスト』の最後の項目『観光スポットを制覇する』にチェックを入れると……最後に、ピコとマザーのほうに向き直った。
「それじゃあ、いろいろとありがとうございました! ピコちゃんとマザーさんのおかげで、すごく楽しい異世界旅行になりました!」
【お、おい……おまえ、本当にもう帰るのデスか✜】
「はい。できれば、私ももっとこの世界にいたかったんですが……時間制限がありますので」
そう言って、ローナが視界の隅を見ると。
そこに表示された自爆タイマーの表示は……。
――0:05:29。
この世界にいられるのも、残り5分となっていた。
〘――そう、ですか。では、最後に――改めて感謝します、ローナ――あなたのおかげで、この世界は今後――より幸福にアップデートされていくと推測されます――〙
【まあ……人間のわりには、よくやったと褒めてやるのデス✜】
「えへへ! とりあえず、力になれたのならよかったです!」
〘――それで――最後に、あなたに〈提案〉があるのですが――〙
と、マザーが真面目な表情になって告げてきた。
〘――いつか、あなたも、この世界で生きませんか?〙
「え?」
それは、ローナにとって思いがけない提案だった。
【ま、マザー様、それは……✜】
〘――わかっています、ピコ――しかし、ローナの話を聞いてみれば――ローナの世界は、非常に危険が多いと推測されます――月1ペースで世界が滅びかけるなど、人間が住んでよい環境ではありません――とても心配です〙
「それは、まあ……たしかに」
言われてみれば、そんな気がしてきた。
〘――〈結論〉:ですから、安全なこちらの世界に移住するほうが――幸福になれる確率が高いのでは――と、推測したのですが〙
たしかに、マザーの言うことにも一理ある。
ローナの世界は、危険に満ちあふれている一方で。
この世界はこれから、どんどん安全に、快適に――そして、楽しくなっていくだろう。
それでも――。
「うーん、申し出はうれしいんですが……でも、やっぱり、私は自由な旅が好きなので!」
ローナの心が傾くことはなかった。
そうでなければ、エルフの女王から同じ申し出をされたときに、ローナはすでに旅を終えていただろう。
〘――し、しかし――本当に、大丈夫なのですか?〙
と、マザーが我が子を心配するように、おろおろしだす。
〘――〈旅〉というのは〈子供には危険〉だと推測されます――痛い思いをしたりしませんか? ――〈失敗〉や〈後悔〉や〈不安〉や〈失望〉や〈涙〉を取得することには、なりませんか――?〙
「うーん、まあ……大丈夫、ではないかもしれませんが」
〘――えっ〙
「たぶん、私はこの先も、たくさんころんで、たくさん失敗して、たくさん後悔して、たくさんがっかりして、たくさん不安になると思いますが……」
しかし、そんな言葉とは裏腹に、ローナの顔はわくわくに満ちていて。
「――でも、私は……そんな私の旅が大好きですから!」
〘それは――〙
きっとその答えは、マザーの望んでいたものではなかっただろう。
しかし、彼女はやがて、口元をふっとほころばせて。
〘――とても、〈人間〉らしいですね〙
と、どこかうれしそうに、そう言うのだった。
そして、その話の終わりとともに。
ローナの視界の隅に表示されていたタイマーが……。
――0:00:00。
と、なった。
「あ……時間、みたいですね」
【お、おい……おまえ、体が透けて……✜】
ローナの体が夕焼け空に溶けるように、光の粒子となって消えていく。
おそらく、元の世界へのワープが始まったのだろう。
ここまで来たら、もう止めることはできないが……。
【お、おい、異世界人っ✜】
「えっ、ピコちゃん?」
と、そこで、ピコが声を上げた。
【ま、またいつか、ピコがおまえの世界に行くのデス✜ それで、今度はピコがおまえの世界を観光するのデス✜ だから、そのときは――】
ピコが少しだけ言葉をつまらせて、それから少し顔を赤くして――。
【――おまえがピコを案内するのデスよ、ローナっ✜】
「っ! はい、約束です――」
そして、そんな言葉とともに。
夕日がひときわ強く、ローナを包みこむような光を放ち――。
【……………………】
ピコが、ふたたび目を開けたとき。
少女の姿は、もう……この世界から消えていた。
つい先ほどまで、あれだけの存在感を放っていたというのに。
あれだけ、この世界を振り回していたというのに。
……消えるときは、あまりにもあっけなくて。
【まったく、あいつは……最後まで……自由すぎるのデス……✜】
〘――ピコ〙
そこで――ぽんっ、と。
ピコの頭に、マザーの手が置かれた。
〘――大丈夫――きっと、また彼女とは会えますよ――〙
【………………】
〘――ですから、それまでに、この世界をよりよくアップデートして――次に、彼女がこの世界に来たとき、たくさん驚かせてあげましょう――〙
【……はい、なのデス✜】
〘――さあ、そうと決まれば――やることは山積みですよ――〙
マザーがそう言って、ふり返ると……。
こちらに近づいてくる人間たちの姿があった。
反機械勢力〈イカロスの翼〉の5人の少女たちだ。
〘――アリア、ハーノィ、エネミ、ミサ、ユウ――〙
マザーが少女たちの顔を見て、その名を愛おしげに呼ぶ。
〘――大きくなりましたね――〈わたし〉の愛しい子供たち――〙
そして、マザーと少女たちは、どちらからともなくハグをかわした。
……これは、間違いなく、この都市の運命の転換点だろう。
しかし、肝心なのはここからだ。
あの異世界の少女が作ってくれた、この光景を、この瞬間を――。
ここから、自分たちで守っていかなければならない。
ただ、必要なものは、もう充分すぎるほどにもらっている。
だから、あとのことは――この世界の者たちの責任だ。
【……まったく、おまえのせいで、いっぱい働かなきゃいけなくなったのデス✜】
ピコは、そう思わず苦笑してから。
人間たちのほうへと、一歩、足を踏みだし――。
【…………ぴ?】
と、そこで。
突然――足元に、魔法陣の光が現れた。
その輝きに、ピコは思わず目を閉じ……。
「――あっ、問題なく召喚できましたね」
【………………】
そんなめちゃくちゃ聞き覚えのある声に、おそるおそる目を開けると。
そこにいたのは、予想通りというか、なんというか……。
ついさっき、元の世界に帰ったはずのローナだった。
【…………いや、おまえ……えぇぇ……✜】
「?」
なんか、いろいろ台無しだった。
【と、というか……なんで、おまえがここにいるのデス? 異世界に帰ったはずでは?】
「……? はい、帰りましたよ? ただ、ピコちゃんに、こっちの世界を案内するって約束したので、さっそく召喚してみたんですが……」
【……こっちの世界? 召喚?】
と、ピコはそこで、ようやく気づく。
今、自分がいる場所は……先ほどまでいた空園都市ソラリスではなく。
今朝までピコがいた異世界の地下要塞――いわゆる、“こらぼダンジョン”だということに。
【な、なぜ……どうして、ピコがここに?】
「えっと、説明するのは、ちょっと難しいんですが……」
と、ローナはおもむろに、ドヤ顔のピコの絵が描かれた宝石のかけらを取り出した。
【ぴ? それは?】
「あっ、これは、ピコちゃんの魂のかけらです」
【どういうことデス!?】
「えっと、この世界では今、『ピコちゃんの魂のかけらを100個集めると、ピコちゃんが無料でもらえるイベント』というのをやってまして」
【この世界の倫理観どうなってるのデス!?】
と、小動物のようにガタガタと震えだすピコ。
まあ、『ピコが無料でもらえる』と言っても……よくよく調べてみたら、『魂のかけら×100を錬金術で合成すると、ピコの召喚石が手に入る』という感じではあったが。
なにはともあれ、ローナはすでにピコの魂のかけら×100を持っていたこともあり、ぱぱっとピコの召喚石を作り……今に至るというわけだ。
「あっ、そうだ……あまった魂のかけら食べます?」
【食べるわけないのデスよ!?】
なにはともあれ……。
こうして、ピコの召喚石も手に入ったことだし。
「えへへ! これで、ピコちゃんはいつでも、こっちの世界に来れますね!」
と、ローナはなにも考えてなさそうな笑みを浮かべる。
一方、ピコは黙ったまま、ぷるぷると震えだし――。
【…………】
「あ、あれ、ピコちゃん? どうしたんですか? もしかして、今からなにか予定とかあったり……」
【ん~っ……あぁ~っ、もぉ~っ✜ ほんっと、おまえ、そういうとこデスよっ✜】
「え? え?」
【はぁ……もういいのデス✜ 今日はもう、働く気分じゃなくなったのデス✜】
そう言って、困惑しているローナを放置して、ピコはさっさと歩きだし……。
それから、くるりとふり返って。
【――おい、ローナ✜ ピコも観光をするのデス✜ さっさと、この世界を案内するのデス✜】
と、にやりと笑うのだった――――。
というわけで、次回軽めの後日談をやって13章終了です
(次話は、今日の18時ぐらいに投稿します)










