136話 争いを終結させてみた
〘――ま、まさか、こんなにあっさり――我が子たちに受け入れられるとは――〙
マザーの初配信が終わったあと。
まだ、ふわふわした心地のまま、マザーはそんなことを何度も呟いていた。
「お疲れ様です! えへへ、うまくいってよかったですね!」
【ふ、ふぃぃ~っ✜ ひ、ヒヤヒヤしたのデス✜】
と、ローナとピコもようやく緊張をといて、ほっと息を吐く。
『配信切り忘れ』から始まった初配信は、いろいろ危なっかしいところもあり、ローナたちもフォローに奔走することになったが……。
「でも、やっぱり『配信切り忘れ』の力はすごかったですね!」
【い、いえ、あれは『配信切り忘れ』ではなく、ただのドッキリだったと思うのデスが✜】
〘――しかし、〈結論〉:あれのおかげで、良い配信ができたのだと推測されます――〙
と、ローナたちは、さっきまでの配信を思い出す。
〘――あっ、あー? き、聞こえますか? お、音量、大丈夫ですか? そ、それでは――こ、こんまざー♪ 我が子のみんな、幸福ですか? 今日もお母さんが、完璧で幸福にみんなを管理しちゃうぞ――新人ぶいちゅーばーのマザーAIです――〙
と、ぎこちないながらも始まったマザーの初配信。
それは、マザーにとって初めての顔見せであり、初めての市民たちとの対話の場であったが……。
〘こ、こほん――そ、それでは、改めて自己紹介をします――〈わたし〉の名前は、マザーAI――〈マザぽよ〉と呼ぶのがいいと推測されます――職業は〈マザーAI〉、趣味は〈人類観察〉――得意料理は〈合成市民食SSD‐212号〉と、〈納豆プリンラーメン〉――あっ、今のは禁則事項でした。こ、こういうときは――記憶処理ビームッ!!〙
どうやら、最初の『配信切り忘れ』(?)によって、いい方向に吹っ切れたらしく。
マザーは本物の自分をさらけ出すことができており……。
〘――次に、〈コメントアンサー〉というのをしていきます――まず、〈コメント〉:『なぜ今まで姿を出さなかったのですか?』――〈回答〉:本当の〈わたし〉は威厳がないので、我が子たちに不安を与えてしまうのではないかと――〙
〘――ぽ、ポンコツ? 〈回答〉:わ、〈わたし〉は高性能AIです――誰がなんと言おうと、高性能AIですっ〙
また、視聴者たちも、最初にマザーのダメダメな姿を見たためか、親しみを感じてくれたようで……肩の力を抜いて、いろいろとコメントを投げてくれていた。
〘――えっ、幸福じゃない? そ、そんなのはダメですっ――〈幸福は義務〉、なんですからね?〙
〘――〈お母さん〉に甘えたい? えぇ~、もうしょーがない子ですね――よーちよち、ばぶばぶ♡〙
〘――幸福にな~れ♡ 萌え萌えきゅん♡〙
『『『――うぉおおおおおおおおおおお……ッッ!!』』』
……かくして、人類はマザーAIを受け入れ、人類と機械による争いは始まる前に終結した。
これは、ひとつの世界が、“萌え”によって救われた歴史的瞬間であった。
〘こ、これが異世界の叡智〈萌え〉の力――学習しました。我が子たちは〈猫耳お母さんメイドぶいちゅーばー〉が好きだったのですね――〙
「はい! ちなみに、ケモノでも、船でも、国でも……人間は、萌えればなんでもOKだそうです!」
【……いっぺん滅ぶべきなのでは、この種族✜】
〘――しかし――まるで、魔法のような時間でした――〙
と、マザーは夢でも見ているように、ほぉっと息を吐く。
マザーの初配信は失敗ばかりで、うまくしゃべることができなかったけれど。
初めて、自分の言葉を子供たちに届けることができて。
子供たちもマザーの言葉を聞いて、好意的なコメントをしてくれて。
そして、配信を終えた今でも――。
『幸福になれた』『もっと管理されたい』『マザー様への奉仕は最高の幸福』『ばぶううううッ!!』
といったコメントが、ものすごい勢いで電脳空間になだれこんできていた。
ちなみに、ローナのインターネットの配信のほうも、奇跡的に13柱ほど神々が視聴してくれたらしく。
『なにこれ新人V?』『3D技術やばくね?』『実写かよ』『てか、メタルノアのキャラじゃね?』『公式?』『とくに告知ないけど』『ぐだぐだだなw』『技術の無駄づかいw』『キャラ崩壊w』『ポンコツかわいいw』『草w』『マザー様に管理されたいだけの人生だった』『これは推せるw』
と、ささやかながらも盛り上がっていた。
どうやらマザーは、“ぶいちゅーばー”を見慣れている神々をも満足させるほどの“萌え”を秘めていたようだ。
〘――学習しました――〈愛〉とは、イコール〈萌え〉のこと――この世界に足りなかった歯車は、〈萌え〉だったのだと推測されます〙
「はい、きっとそうですね!」
【い、いや、その理屈はおかしいのデス✜】
と、ピコがなにか言いたげだったが。
なにはともあれ……。
それは、本来の運命ならば、『“愛”を最後まで理解できず、人間にデリートされていたはずの心なき機械』――マザーAIが“愛”を少しだけ理解した瞬間だった。
〘――今、この世界の〈運命〉は変わったと推測されます――それも、きっと良い方向へと――〙
なにか根拠があるわけでも、未来を演算したわけでもないが。
今のマザーには、なぜだかそれがわかった。
おそらく、これから“萌え”を広めていくには、人間と機械の協力が必要となってくるだろう。
なぜなら、無から新しいものを創造することは、機械には難しく。
しかし、人間の力だけでも“萌え”を広めることは難しいわけで……。
〘――〈萌え〉のためには、『人間と機械が手を取り合うこと』が必要条件だと推測されます――なるほど――最初から、そこまで見越していたのですね、ローナ――〙
「……?」
【マザー様……こいつ、ゼッタイ、なにも考えてないのデス✜】
〘――〈結論〉:なにはともあれ、ローナのおかげで、この世界の目指す先は決まったと推測されます――今後は、人間と手を取り合い――〈萌え〉でこの白い世界を色づかせ――そして、いつの日か――この世界でも、ローナの言っていた〈こみけ〉を開催してみせます!〙
「おーっ」
【……まったく、仕事が増えそうなのデス✜】
そんなこんなで、いろいろな火種があった世界ではあったが……。
これから、この世界は平和になっていきそうだった。
◇
〘――なるほど――〈萌え〉には、〈萌え属性〉〈萌え仕草〉〈萌えシチュエーション〉〈ギャップ萌え〉〈単体萌え〉〈関係性萌え〉〈メガネ萌え〉などの学術的分類があるのですね――学習しました〙(えへん)
それから、しばらく。
ローナは、マザーたちにインターネットの叡智をいろいろ学習させていたが……。
「……ん? あっ、もうこんな時間っ!」
ローナがふと、視界の隅にあるタイマーの表示を見ると。
――0:59:14。
と、なっていた。
この自爆タイマーは、ローナがこの異世界にいられる残り時間を意味しており。
「うーん、この世界にいられるのは、あと1時間ぐらいかぁ……」
【ぴ? あー、そういえば、夕方には帰ると言ってたのデスね✜】
「はい。この世界にまた来られるかわからないので……このリストに書いてあることは、やっておきたかったんですが……」
〘――リスト?〙
「はい、これです」
と、ローナは『異世界に行ったらやりたいことリスト』を、ピコとマザーに見せてみた。
――――――――――――――――――――
~異世界に行ったらやりたいことリスト~
☐ 水車を作る
☑ まよねぇずを広める
☑ でぃすとぴあ飯を食べる
☑ 異世界とらっくと記念撮影
☑ 自動販売機にハイキックする
☐ 観光スポットを制覇する
☐ お土産をゲットする
――――――――――――――――――――
とりあえず、このリストの残りは、『水車を作る』『観光スポットを制覇する』『お土産をゲットする』の3つだけだが。
「うーん、残り1時間だと厳しいかなぁ……」
【いや、そもそも、こんなの1日で全クリできる確率0%なのデス✜】
〘――しかし、〈わたし〉たちの協力があれば、達成確率が80%まで上がるとも推測されます――〙
「えっ、手伝ってくれるんですか?」
〘――〈肯定〉:ローナからは、多くのことを学習させていただきました――今度は〈わたし〉たちが、あなたに返す番だと推測されます――〙
【……まったく、しょーがないのデスね✜ 低スペックな人間には、やっぱり機械様の力が必要なのデス✜】
「わぁっ、ありがとうございます!」
というわけで、ローナの『異世界に行ったらやりたいことリスト』のオールクリアを目指すことになり――。
「とりあえず……まずは、水車を作りたいですね」
【水車? それはなんなのデス? 〈検索結果〉:もしかして、地上調査用の水陸両用車?】
「いえ、水車は水車ですが……えっと、これが写真です」
〘――ふむ、この形状は――〈回転式原動機〉の一種だと推測されます――〙
「たーびん?」
〘しかし――このような原始的なものは、この世界には存在しないと推測されます〙
「うーん、やっぱり異世界には水車がないんですね」
インターネットにも『神々は異世界に行くと、よく水車を作る』と書いてあったが……。
これが世界の違いということだろう。
【というか、この水車とやらを作って、なにかメリットがあるのデス?】
「はい! 水車を見てると癒やされます!」
【ま、まったくメリットを感じないのデス✜】
〘――しかし、ローナから、不合理こそが人間らしさだと学習しました――〈結論〉:ならば、水車による〈癒やし〉も、人間にとっては必要なものだと推測されます――〙
そんなこんなで、異世界での水車作りが始まり……。
〘とりあえず、構造を把握したので――〈電脳空間外/製造プラント〉の〈合成木材用3Dプリンター〉で作ってみます――できました〙
「わーい」
というわけで、5分で水車が完成したのだった。
「よし、次はお土産です!」
【もみあげ?】
〘――〈疑問〉:それは、どういうものでしょうか――?〙
「えっと、お土産っていうのは、旅行の記念品みたいなものでして……ご当地お菓子とか、木刀とか、変なTシャツとか、剣に龍が巻きついたキーホルダーとかがありますね。人にあげることも考えると、お菓子や食べ物系がいいなぁ、と」
【ぴぴぴ✜ 〈検索結果〉:食品製造プラントに過去に作られていた『市民用菓子451号』のデータが残っているのデス✜】
〘――しかし、せっかくですし、ローナが言ったものを全て作りましょう――できました〙
「わーい」
というわけで、異世界土産も10分で完成し……。
これで、残るチェックリストの項目は、ひとつだけとなった。
「じゃあ、あとは44分で『観光スポットの制覇』をするだけですね!」
【な、謎の疾走感なのデス✜】
〘――ふむ、〈観光〉ですか――それは、〈わたし〉にはお手伝いできない分野ですね――〙
「え? いえ、せっかくなので、マザーさんとも一緒に観光したいです!」
〘――えっ――〈わたし〉と――?〙
「はい! こうやって仲良くなれましたし……あと、マザーさんはこの都市のこと一番くわしいので、穴場とかもいろいろ知ってそうだなって!」
〘――それは――そう、ですが――〙
と、マザーは歯切れの悪い返答をしつつ、監視画面をちらりと見る。
そこに映っているのは、光り輝く現実世界。
そこは、この冷たい電子の海と違い……暖かくて、光に満ちていて、たくさんの子供たちがいて。
マザーがずっと、画面の中から手を伸ばしていた場所だった。
しかし……。
〘――〈わたし〉も――あの光り輝く場所に行けるのならば、行ってみたいですが――〈わたし〉はただのAI――電子の体では、この〈画面〉の檻から出ることはできないと推測されます――〙
そう、そんな魔法みたいなことは、現実ではありえない。
それは、この世界の管理者であるマザーAIが、一番よく知――。
「あっ、それなら大丈夫です。この電脳空間って上のほうから出られるので」
〘――へ? いえ、そういうことではなく――〙
しかし、ローナはさっさとマザーの手を取ると、虚空から取り出した黒いローブを羽織り……。
「それじゃあ、時間もないので、さっそく行きましょうか! エンチャントウィング!」
〘――へ? え、えぇぇ――ッ!?〙
そんなローナの言葉とともに、ぐん――――――っ!! と。
マザーの体が、上に引っ張り上げられた。
そして、数秒後……。
「――はい! というわけで、到着です!」
〘――――――〙
マザーは気づけば、光に満ちあふれた白い都市の中に立っていた。
――空園都市ソラリス。
それは“太陽”と名づけられた、光り輝く空中都市。
そこは、暖かくて。光に満ちていて。たくさんの子供たちがいて……。
マザーが画面の中から、ずっと焦がれるように手を伸ばし続けてきた……マザーにとっての太陽だった。
そんな夢にまで見た場所に、なんかマザーは数秒で到着し――。
「えへへ、電脳空間から出られてよかったですね! あっ、ちなみに、反機械勢力のユウさんって人が、ダイダロス号という空飛ぶ車を作ってるので……貸してもらえれば、今後は自由に行き来できるようになりますよ!」
〘――――いや――えぇぇぇ――〙
と、マザーは、すごく微妙そうな顔をするのだった。
「あ、あれ? うれしくない……感じですか?」
〘い、いえ、うれしいには、うれしいのですが――わりと感動的な場面だと推測されるわりに、なんかこう――すごく雑だなぁ、と〙
「でも、残り時間、あと40分しかないので……」
〘――あ、はい〙
時間は貴重だった。
〘というか、今さらですが―――なぜ、〈わたし〉に生身の体があるのですか? どういう原理なのですか? あれ――〈電子の体〉って、なんでしたっけ?〙
「そういうのは、考えたら負けかなって思ってます」
〘――なるほど――学習しました――〙
「あっ、そうだ……ピコちゃん拾いにまた電脳空間に戻るので、ちょっと待っててください」
〘――すごく、ほいほい行き来してる――〙
そんなこんなで。
「お待たせしましたー」
【……ぴ? な、なぜ、マザー様が現実世界に?】
〘――〈結論〉:〈考えたら負け〉だと推測されます――〙
こうして、ローナがピコも電脳空間から引っ張り上げたあと。
ローナはくるりと、ふり返り――。
「――それじゃあ、マザーさん! さっそく、この都市を案内してください!」
と、マザーに手を差しのべるのだった。