130話 異世界観光してみた
ローナの魔法でちょっとした騒ぎが起きてから、しばらくして。
騒ぎの現場から離れたローナはというと。
「わぁっ! JKの“こすぷれ”だっ!」
【ぴぴぴ✜ ひとまず、この格好なら、目立つ確率0%なのデス✜】
変装のために、目立っていた元の世界の服から、この世界の一般的な市民服――白いブレザータイプの学生服へと着替えていた。
「えへへ、こんな状況ですが……なんだか、青春っぽくていいですね! 私、学園に通えなかったので、ちょっと制服に憧れてたんです!」
【ふむ、異世界人も“制服”を知っているのデスね✜】
「はい! あっ、そういえば……制服ってなぜか、使用済みのほうが価値が上がるんですよね!」
【……おまえは知りすぎたのデス✜】
なにはともあれ、こうしてローナの着替えが済み――。
【――ぴぴぴ✜ それと今のうちに、ピコが〈都市監視システム/共有ログ〉を改ざんしておいたのデス✜ これでもう、さっきの騒ぎは『なかったこと』になったのデス✜】
「わーい」
そんなこんなで、もろもろの心配事も解消されたところで。
さっそく、ローナは観光のために街へとくり出すのだった。
「それにしても、平和な世界ですねー」
と、ローナは街をぶらぶら歩きながら、辺りをきょろきょろする。
すれ違う人々は、みんな笑顔でキャッキャウフフと幸福そうに生活しており……。
ローナが観光に来たというのに、珍しく都市が滅びかけている様子もない。
「えへへ! びっくりするほど“ゆーとぴあ”ですね!」
【まあ、この都市が平和なのは、当たり前なのデス✜ なにせ、完璧なるマザー様が管理しているのデスから✜】
「たまに滅びかけたりしないんですか?」
【……えっ、なに、いきなり……滅び? ……えっ? い、いや、そんなことあるわけないのデス✜】
「わぁっ、すごいです!」
【すごいのデスか、これ!?】
「はい! うちの世界なんか、月1ペースで滅びかけてますし」
【……もうゼッタイに、おまえの世界には行かないのデス✜】
と、そんな話をしていたところで。
ローナは、ふと……道端にあった機械に目をとめた。
『――コンニチハ! 今日モ1日、ガンバッテクダサイ!』
と、言葉を話している大きな箱のような機械。
「こ、これは、まさか……“自動販売機”!?」
【ぴ? それが気になるのデスか?】
「はい! 自動販売機さんは、ジュースに、ケーキに、あつあつの料理に、結婚指輪に……“ふるさと納税”に“大人のおもちゃ”というものまで、なんでも売っている転生者さんなんですよね!」
【……ぴ? いえ、これは自動配給機なのデス✜ ボタンを押せば、無料で食べ物がもらえ――】
と、ピコが説明しかけたところで。
「――自動販売機さん、こんにちはーっ!」(すぱああああんッ!!)
と、ローナが自動配給機にハイキックした。
【お……おいィッ!? なにやってんデスか、おまえッ!?】
「ハイキックですが……」
【デスよね!? 見間違えじゃなかったデスよね!? なぜハイキックを!?】
「え、えっと、自動販売機さんは『女の子に蹴られると商品をくれる』って聞いたので……」
【いや、そんな変態みたいな機械あるわけな――】
『――アリガトウゴザイマス!』(ぼろんっ)
「あっ、商品が出てきました」
【変態だーッ!!】
そんなこんなで、自動配給機からぼろんっと出てきたのは……。
“ぷらすちっく”のトレイに盛られた、ケミカルなペースト状の食べ物だった。
一見すると、食べ物には見えないが……その見た目は、間違いない。
「わぁっ、“でぃすとぴあ飯”だぁっ!」
【いえ、『合成市民食SSD‐212号』なのデス✜】
――“でぃすとぴあ飯”。
それは、科学が発展した世界でしか食べられないという伝説の料理であり……。
いわば、この世界のご当地グルメのようなものだった。
「えへへ! 一度、“でぃすとぴあ飯”を食べてみたかったんです! それに今日は、せっかくの旅行なのでお腹をすかせてきてまして! 今ならいい〝食りぽ〟もできそうです!」
そう言って、ローナは近くにあったベンチに腰かけると。
さっそくペースト食をスプーンですくって、「いただきま~すっ!」と口に運び――。
「……………………」
無言のまま食べ終わった。
【食リポは?】
「無味無臭でした」
食リポ終了。
それ以外に表現しようがなかった。
「いや、なんというか……うーん、ぱさぱさに乾いた水を噛んでるような感覚? 味が薄いとか、そんなちゃちなものじゃない、もっと恐ろしいものの片鱗を味わいました」
【ぴぴぴ✜ それでよいのデス✜ それこそが、マザー様が演算によってお導きになった『完璧な市民食』なのデス✜】
「え?」
【どれだけ科学的に美味な食べ物を与えても、人間に“好き嫌い”という法則性のない欠陥があるかぎり、必ずどこかで『嫌いなものを食べて不幸になる人間』が発生してしまうのデス✜ そこで、偉大なるマザー様は、こうお考えになったのデス――】
――そうだ、この都市から“味”をなくしてしまいましょう、と。
【かくして、この都市から“味”という概念がデリートされ、人類はまたひとつ、“不幸”から解放されたのデス✜ さすがマザー様なのデス✜】
「な、なにかが致命的にズレてるような?」
【だというのに……だというのにデスよっ✜ 人間たちの中には、こんな素晴らしいマザー様のお考えに抗議しているやつらがいるのデス✜ まったく……いったい、この都市になにが足りないというのデスかっ✜】
「味では?」
なんとなく、この都市についてわかってきたローナであった。
それより、ローナがちょっと気になったのは……。
「ち、ちなみに、さっき言ってた『科学的に美味な食べ物』ってなんですか?」
ということだった。
「も、もしかして、どこかで食べられたりは――」
【ぴ? 納豆プリンラーメンが食べたいのデスか?】
「……なんて?」
【納豆プリンラーメンなのデス✜】
「そ、それは?」
【ラーメンの上にプリンと納豆を乗せるという、偉大なるマザー様の演算により導き出された、最高かつ完璧な美味なのデス✜】
「…………」
【美味がいっぱいなら、理論的に幸福もいっぱいなのデス✜ なので昔は、市民たちに毎日3食、納豆プリンラーメンだけを与えていたのデスが……なぜか不満がすごかったのデス✜】
「私でもキレますね、それは……」
とりあえず、この都市で『おいしい名物料理』のようなものは、期待しないほうがよさそうだった。
「まあ、でも……“でぃすとぴあ飯”は、新感覚でいい思い出になりました! まったく味がない食べ物なんて、思えばここでしか食べられませんしね!」
【ぴ? まあ、よくわからないデスが……幸福ならOKなのデス✜】
「えへへ、そうですね!」
なにはともあれ、こうして食事タイムも終わり。
ついでに、『異世界に行ったらやりたいことリスト』の『自動販売機にハイキックする』『でぃすとぴあ飯を食べる』にもチェックを入れ終えたあと。
「それじゃあ、次の観光スポットに行きましょうか」
【……次? 次にどこに行くか、もう決めてあるのデスか?】
「はい! 短い旅行なので、しっかり下調べをしてきまして……」
そして、ローナは告げる。次の観光場所の名を――。
「――次は、『反機械勢力のアジト』ってところを観光したいなって!」
【そこ、ゼッタイに観光スポットじゃねぇのデス!?】










