129話 異世界で魔法を使ってみた
「――わぁっ! ここが異世界かぁっ!」
というわけで、ローナは異世界にやって来ていた。
はしゃぐローナの眼前に広がるのは、純白の空中都市だ。
清潔かつ整然と並べられている白い塔の群れ。
都市の宙空に浮かぶ、無数の立体映像の画面。
そして――。
「わぁっ、“JK”だぁっ! “制服JK”がいっぱい!」
まるで、この世界の主役とでもいうように、あちこちに白い学生服を来た少女たちの姿があった。
その光景は、まさに……。
「うん、インターネットで見たのと同じだ!」
どうやら、お目当ての異世界にちゃんと来ることができたらしい。
ローナは改めて、インターネット画面を見る。
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▍舞台/【空園都市ソラリス】
▍概要
本作のメイン舞台。
【マザーAI】によって、完璧で幸福に管
理されている空中都市。
【方舟都市計画】により、汚染された地上
から、子供たちを逃がすための方舟として
作られた。
しかし、機械の支配をよく思わない【反機
械勢力】も暗躍しており――。
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と、いつもよりも、説明はよくわからなかったものの。
「えへへ、この世界にも攻略サイトがあってよかったぁ! これで、もうなにも怖くないね!」
インターネットがある――ただ、それだけで。
知らない世界の中でも、ローナは不安を覚えることはなかった。
それに、この都市は、インターネットにも『完璧で幸福な都市』と書いてあるし、治安などもよさそうだ。
さらには、ローナたちの世界と創造神が同じこともあり、世界の法則や言語なども、ほとんど同じなのだとか。
まさに、初めての異世界旅行にはもってこいの場所だろう。
「でも、まずはピコちゃんを寝かせないとね。ベンチとかあればいいけど……」
こうして、ローナはピコをおんぶしたまま、さっそく異世界の街の中を歩き始め――。
「あっ、あれは“じどーしゃ”だっ! たしか、時間旅行をしたり、変形して“巨大ろぼっと”になったりする乗り物なんだよねっ! あの人が持ってるのは“すまほ”かな? やっぱり、異世界は“すまほ”とともにあるんだねっ!」
元の世界にはないものだらけで、ローナのテンションは一瞬でMAXになった。
インターネットで見たことがあるものも多いとはいえ、それでも実際に見るのは、どれも初めてであり。
その中でも、とくにローナの目を引いたのは――。
「あっ、あの箱みたいなのは……“異世界とらっく”だ!」
道端にとめられていた車輪がついた箱……。
もとい、“異世界とらっく”だった。
それは、異世界に行きたいときに使用されるポピュラーな乗り物であり。
「わぁっ! すごい、本物だぁっ!」
「えっ……な、なに? この変な服の子? すごくキラキラした目でこっち見てるけど……」
「あ、あのっ! 一緒に記念撮影してもいいですかっ!」
「えっ、あたしと?」
「いえ、“とらっく”と」
「トラックと!?」
というわけで、“異世界とらっく”との記念撮影を終えたあと。
「えへへ、ありがとうございましたっ! 一生の思い出になりました!」
「ま、まあ、幸福になれたのなら、なにより……?」
「あっ、これ、お礼の“まよねぇず”です! 異世界の人には、“まよねぇず”をプレゼントすれば間違いないって聞いたので!」
「こっちの人? まよねぇず?」
「それじゃあ、これからも頑張って、たくさんの人を異世界に飛ばしてくださいね!」
「……???」
そんなこんなで、“異世界とらっく”の前にたまたまいた一般通過お姉さんと別れたあと。
ローナはほくほく顔で、広場のベンチにピコを寝かせつつ。
「えへへ! さっそく、『異世界に行ったらやりたいことリスト』のひとつが達成できたね!」
と、メモ帳サイトのチェックリストに『✓』を入れた。
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~異世界に行ったらやりたいことリスト~
☐ 水車を作る
☐ まよねぇずを広める
☐ でぃすとぴあ飯を食べる
✓ 異世界とらっくと記念撮影
☐ 自動販売機にハイキックする
☐ 観光スポットを制覇する
☐ お土産をゲットする
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今回は日帰り旅行ということもあり、やりたいことを厳選してリスト化しておいたのだが……。
「うん! いきなり、『異世界とらっくと記念撮影』をクリアできるなんて、幸先いいかも!」
最初は、このリストを埋めるのは難しいかと思っていたが……。
この調子なら、『やりたいことリスト』の他の6つの項目にも、全部チェックを入れられるかもしれない。
「よーし! それじゃあ、あと9時間半で――水車を作って、“まよねぇず”を広めて、名物の“でぃすとぴあ飯”を食べて、自動販売機にハイキックして、観光スポットを制覇して、お土産をゲットするぞぉっ!」
と、ローナが改めて、むんっと気合いを入れていたところで。
その声に反応したのか――。
【……ぴぴぴ✜ 再起動なのデス✜】
ベンチに寝かせていたピコが、ぱちりと目を覚ました。
【……ぴ? どうやら、スリープモードになっていたようデスね✜ なんだか、アンドロイドなのに夢を見ていた気が……それもやべぇモンスターに襲われる夢を――】
「あっ、起きましたか! よかったぁ!」
【ぴ……ぴぃぃっ!? 夢じゃなかったのデス!?】
と、ピコは目覚めるなり、なぜかガタガタガタと震えだした。
【ごめんなさい、ごめんなさい、侵略してごめんなさい……ガタガタガタガタガタっ✜」
「ど、どうしましたか、ピコちゃん!? 怖いモンスターは、もういませんよ!?」
【ぴぃぃっ!? なぜか、やべぇモンスターに名前を知られていたのデスっ!?】
「えっ、モンスターに名前を!? そ、それはホラーですね……」
なんか、ローナが思っていたのとは違うベクトルの怖さだった。
たしかに、それはトラウマになるだろう。
とはいえ――。
「でも、もう大丈夫ですよ、ピコちゃん! ここはもう、ピコちゃんの世界なので!」
【……ぴ?】
と、ローナが安心させるように微笑むと。
ピコは、ぴたりと停止し――。
【ピコの、世界……?】
ぎぎぎ……と、辺りを見まわして。
それから、ピコは信じられないという顔で、ローナの顔をふたたび見た。
「――ね?」
【いや、『ね?』じゃねぇのデスよ!?】
「わっ」
【な、なな……なぜ、異世界人がこっちにいるのデスか!? YOUは、なにしに異世界へ!?】
「えっと、なにしにって……もちろん、観光のためですが」
【……ぴ? かんこう?】
「それと、ピコちゃんが気絶していたので、元の世界に帰してあげないとって思いまして……異世界の入り口も閉じそうになってたので」
【えっと……それは、助かったのデス✜】
「あっ、もしかして、これって不法入国になりますか?」
【ふほうにゅうこく? いえ、そういうのはないのデス✜ 本来、この都市の外から人間が入ってくることは、不可能デスし……✜】
「ふぅ、それならよかったです。この前、それで捕まったので、ちょっと不安で……」
【……お、おまえ、前科持ちなのデス?】
と、ピコはドン引きしつつも。
ぽけーっとしたローナの様子に、ついつい毒気を抜かれてしまい……。
【――ぴぴぴ✜ 〈サーチ結果〉:嘘をついている確率0%✜ まあ、たしかに悪意があるのなら……ピコを置いて、とっととこの都市を蹂躙してたはずなのデス✜ それができる力があるのデスから……✜】
「じゅうりん?」
【はぁ、もういいのデス✜ それより……おまえ、ちゃんと元の世界に帰れるのデス? ずっと、こっちにいたりしないデスよね? それは、ピコの責任問題になるので困るのデスが✜】
「あっ、それなら大丈夫です。こっちに来る前に、自爆スイッチを押してきたので」
【自爆スイッチ?】
「えっと……あの、ピコちゃんが倒れてた部屋にあった、大きくて赤いぽちぽちするやつです!」
【それ、ぽちぽちしちゃダメなやつ!? おまえ、ピコの城になにか恨みでもあるのデスか!?】
「い、いえ、恨みとかではなく、異世界から帰るために必要なことなので……」
と、ローナはインターネット画面を見ながら説明をする。
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▍裏技・小技/【自爆ワープ】
▍概要
【メタルノア~侵略!メカ娘~】で登場す
る自爆タイマーを利用した技。
このクエストでは、最後に『【侵略基地
バックノア】の自爆タイマーをセット(任
意の時間)して、時間内に脱出する』とい
うイベントが発生するが……。
ここで脱出前にタイマーがゼロになると、
爆発音と「どうやら悪い夢でも見ていたよ
うだ」というメッセージとともに、『なに
があっても絶対に自爆タイマーの前へと
ワープする』という仕様がある。
この仕様を利用することで、詰み対策がで
きるほか、さまざまなバグを引き起こすこ
とができ――。
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……とまあ、インターネットにはいろいろ書いてあるが。
「つまり、『自爆タイマーがゼロになると、どんな場所にいても絶対に、自爆スイッチ前に“わーぷ”して戻れる』というわけです!」ちなみに、残り時間は9時間半ほどなので……今からだと、夕方の6時ぐらいに帰ることになりますね」
【……い、1%も理解できないのデス✜】
と、ローナの説明を聞いたピコが、思わず頭を抱えた。
【ま、まあ……帰れるのなら問題はないのデスが✜ しかし……まさか、ここまで異世界と常識に差異があるとは……✜ うぬぬぬぬ……頭が痛いのデス✜】
「だ、大丈夫ですか、ピコちゃん? まさか、頭を怪我してるんですか? えっと、えっと……プチヒール!」
そう言って、ローナが慌てて杖を頭上に掲げると。
ぱぁぁぁ……っ! と、神聖な光が、天からピコへと降りそそぎだし――。
「――きゃあああっ!? いきなり、天から光の柱がっ!?」
『――警告⚠ 警告⚠ 未知の自然現象ヲ観測⚠』
『――周辺の市民ハ、タダチに避難シテクダサイ⚠』
「よし、と! どうですか、頭痛のほうは?」
【……より悪化したのデス✜】
息をするように超常現象を起こすローナに、ピコがいっそう頭を抱える。
【ただ、まあ……おまえのことは、だいたいわかったのデス✜ 悪意もなさそうデスし……しょーがないので、この都市を観光することも許可してやるのデス✜】
「えっ、いいんですか!」
【まあ、下手に敵対するより、友好的に接して監視下に――げふんげふんっ✜】
「か、風邪ですか? プチヒ――」
【やめるのデス✜】
「はい」
【それより……ピコたちには、今から最優先でやるべきタスクがあるのデス✜】
「最優先でやるべきタスク?」
【はい、なのデス✜】
と、ピコは無言で辺りを見ると。
いつの間にか、周囲の視線がこちらに集まっていた。
どうやら、ローナが魔法を使ったところを、ばっちり見られていたらしい。
となれば、今から最優先でやるべきことは、ただひとつ。
【――逃げるのデスよぉおおッ✜】
「え? あっ、はい!」
というわけで。
ローナの異世界観光は、そんなドタバタ逃走劇から始まったのだった――。










