127話 コラボダンジョンを攻略してみた
――そして、ローナの異世界旅行当日。
ローナが異世界への入り口があるという“こらぼダンジョン”へと向かっている一方で。
その、“こらぼダンジョン”の中――。
地下に秘密裏に作られた、機械仕掛けの要塞の最深部に……。
ゲーミングチェアにちんまりと腰かけた、小動物チックな少女がいた。
【――ぴぴぴ✜ サーチ完了なのデス✜ 本日のピコのノルマ達成率:15%✜ 異世界侵略率:3%✜ 今日も順調に、異世界の資源を回収できてるのデスよ~✜】
と、少女はゲームのコントローラーをぽちぽちして、監視用のホログラム画面を操作する。
その画面の中に映っているのは――。
――機械、機械、機械、機械……だった。
ゴゥゥン、ゴゥゥン、ゴゥゥン、ゴゥゥン……。
と、重々しく稼働する巨大機械。
ガシャン、ガシャン、ガシャン、ガシャン……。
と、ベルトコンベアの前で、せっせと作業をしているロボットたち。
そして、そんな監視映像を見ながら。
【――ふわぁ~あ✜ 今日もなにもない素晴らしい1日なのデス✜ 気を抜くとスリープモードになってしまいそうなのデス✜】
と、“オイル”をストローでちゅーちゅーと飲み始める少女。
……それは、この世界にはあまりにも異質すぎる光景だった。
しかし、それもそのはずだ。
この少女も、この機械も、この世界の“モノ”ではないのだから……。
異世界から迷いこんできた、人類監視用アンドロイド『ピコ』。
正式名称は、『友達アンドロイド:P-15番』。
そんな、この世界には本来いるはずがない少女が、どうしてここにいるのかというと……。
全ての始まりは、1年前――。
ワープ装置の不具合によって、ピコはこの“テラ”と名づけた異世界に飛ばされてきた。
といっても、異世界でなにかが起こることもなく。
なんか、3週間ほど放置されたあと、普通に帰ることができたのだが……。
しかし、それからも……なぜか、数か月に1回ペースで、ピコはこの異世界に飛ばされるようになった。
最初は、めちゃくちゃ迷惑だった。
とはいえ、せっかくだからと、異世界の資源をこっそり回収し、元の世界に送ってみたところ。
神のごとき存在である“マザーAI”から、お褒めの言葉をもらい――。
【ぴ~っこぴこぴこ✜ 最初、この異世界に飛ばされたときは、どうなるかと思ったのデスが……今日ものんびり異世界侵略スローライフしてるだけで、“マザー様”からの評価が爆上がりなのデス✜ 異世界、最高ぅ~✜ ずっと異世界に住みたいのデス✜ むふぅ~✜】
と、満足げに表情を緩めるピコ。
そんなこんなで、ピコは今日も、平和な異世界侵略ライフをエンジョイしていた。
こんな平和な日々が、いつまでも続くと思っていた。
そう、この日までは――。
『――こんにちはーっ!』
【……ぴ?】
日常の崩壊は、突然――。
そんな間の抜けた声とともにやって来た。
【――ぴぴぴ⚠ 〈警告〉:侵入者なのデス⚠ ふむ……どうやら、ついに異世界の人間に、ここが発見されたようデスね✜ 思えば、間近で異世界人を観察するのは、初めてデスが……✜】
と、ピコは改めて監視映像を確認する。
そこに映っているのは、猫みたいに虚空をぽけーっと見つめている黒髪の少女だった。
その姿からは、人間としての知性がほとんど感じられず……。
武装と思われるものも――木の棒だけ。
【な、なんなのデスか、この野蛮人は? もしかして、この世界の文明レベル低すぎ……? ま、まあ、しかし……ただ迷いこんだだけの村人という可能性も――】
『よーし! このダンジョンを攻略して、異世界に行くぞぉっ!』
【…………】
めちゃくちゃ、この要塞を攻略しに来ていた。
なんなら、異世界に逆侵攻をかけようとしていた。
【い、いや……頭が低スペックなのデスか、この野蛮人は? あんな木の棒で、このピコの城をどうこうできる確率は0%――】
『あっ、モンスターだ。プチサンダー』
――ばりばりばりばりばりィイイイッ!! ずどどどどどどどぉおお……ッ! ずしんずしんずしん……ッ! ずぅぅぅぅん……ッ!! ずぅぅぅぅん……ッ!!
【………………】
画面を見つめたまま――ぽとり、と。
オイル入りのジュース容器を取り落とすピコ。
なんか今、少女が木の棒を振ったら――雷の極太レーザーみたいなものが出て、警備ロボットたちを一瞬で蒸発させたような……。
【い、いや、きっとアイカメラの不具合なのデス✜】
ピコは目をぐしぐしとこすり、ふたたび監視映像を見てみるが。
『プチサンダーっ! プチサンダーっ! プチサンダーっ!』
やはり、見間違いなどではなかった。
【ぴ……ぴぇっ!? ちょっ……えぇ!? な、なな、なんなのデス、このやべぇモンスターはっ!? ピコのデータにないのデスよ!?】
あまりにも理解不能すぎる光景――。
しかし、いつまでも思考をフリーズさせている余裕はない。
そうこうしている間にも、異世界のやべぇモンスター……もとい、異世界の少女は、どんどん進撃してくるわけで。
【や、やべべべべっ✜ この状況は非常にやべべべなのデスっ✜ し、しかし、まだ慌てる時間じゃないのデス✜ 科学的に考えて、あんなやべぇ高エネルギー攻撃を、そう何度も使えるはずがないのデス✜ すぐにエネルギー切れする確率100%なのデス――】
『プチサンダーっ! プチサンダーっ! プチサンダーっ!』
【…………】
『プチサンダーっ! プチサンダーっ! からのぉ、待ち伏せしてるモンスターを“女王の威厳”で釣り出して――プチサンダーっ!』
【…………】
『プチサンダーっ! プチサンダーっ! あっ、ここは数が多いから、水分身の舞い! からのぉ――プチサンダーしゃがみ撃ち! 9連撃! 破ァ――ッ!』
【……科学の敗北なのデス✜】
なんかもう、物理法則とか当たり前のように無視していた。
【異世界生まれって、すごい……し、しかし、あの異世界人にどれだけパワーがあろうと、この難攻不落のピコの城を攻略できる確率は0%なのデス✜】
そう、この要塞にあるのは、もちろん警備ロボットだけではない。
この要塞最深部に至るまでには、数々の凶悪なトラップやギミックを突破しなければならないのだ。
【まずは、巨大な鉄球が転がってくるトラップエリアなのデス✜】
そんなピコの言葉とともに。
――ごごごごごごぉぉおお……ッ!
と、少女に向かって巨大な鉄球が転がりだした。
【ぴ~こぴこぴこ✜ さあ、逃げ惑うがよいのデス、異世界人っ!】
そして、ピコが勝ち誇った顔で見つめる中。
鉄球を前にした少女が取った行動は――。
『――いぇ~い♪』(ぱしゃぱしゃ)
【………………】
――自撮り、だった。
なぜか転がってくる鉄球をバックにして。
少女がカメラを取り出し、めちゃくちゃ自撮りをしていた。
【……えっ? なんで……えっ? い、いったいなにを……? まさか鉄球に気づいてないのデスか? いや、ちょっ、本当に危な――ああっ⚠ 異世界人、後ろッ⚠ 後ろぉおお――ッ⚠】
『あっ、そうだ……後ろ!』
【そ、そうなのデスっ✜ 後ろなのデスっ✜】
『――えへへ! 自撮りのときは、ちょっと後ろにさがると、小顔に見えるんだよね!』
【違う、そうじゃないのデス!? このままでは、『いぇ~い♪』が遺影になるのデス!? 小顔とかいいから、後ろを見るのデス――ッ⚠】
しかし、ピコの声が画面の向こうに届くことはなく。
そのまま、鉄球は当然のごとく、少女の背中へと直撃し――。
――ばごぉおおおおおおおん……ッッ!!
と、鉄球が盛大に砕け散った。
【えっ……えぇえええええ――ッ!?】
『うん、自撮り中は鉄球に当たっても大丈夫なんだよね! インターネットに書いてある通り♪』
【いや、どういうことなのデス!?】
まるで意味がわからなかった。
まさか、異世界というのが、ここまで常識が違う場所だとは……。
【ま、まあ、切り替えてくのデス✜ いくら異世界生まれのフィジカルがつよつよでも……次は、頭のスペックが試されるクイズエリア✜ あんな野蛮人にクリアできるはずも――】
『さて問題で――』
『コロンビア』
【……せ、正解✜】
問題を聞くことすらなく即答された。
【異世界生まれって、すごい……し、しかし、次のビリビリ鉄骨わたりエリアなら――】
『エンチャント・ウィング!』
【と、飛んだあああッ!? い、いや、まだなのデスっ✜ 次はこのダンジョンで最難関の――】
『あっ、ここって壁抜けできるんだよね!』
【――!? ――!?】
ついには、なんか当たり前のように壁をすり抜けて、最難関エリアをスキップしてきた。
【ぶ、物理法則もあったもんじゃねぇのデス✜ いったい、どうなってるのデスか、異世界は? まさか、異世界人は、こんなやべぇモンスターがデフォルトなのデスか……?】
……わからない。
この世界のなにもかもが、ピコにはもうわからない。
なんか、そこら辺にいそうな少女が、極太ビームを何十発も撃ってくるし、鉄球を背中で砕くし、問題を聞かずに即答してくるし、しまいには当たり前のように壁をすり抜けてくるし……。
『――わぁっ、“がん○む”だぁっ!』(カメラぱしゃぱしゃ)
ついには、なんか敵ロボットの前なのに、めちゃくちゃエンジョイしだすし。
【な……なんなのデスか、もぉおおおおおお~~ッ!? 少しは、この要塞を作ったピコの気持ちを考えろデスっ✜ このっ✜ このぉおお~~ッ✜】
ピコは近くにあった物理キーボードを、机にばんばんと叩きつけた。
とはいえ、そうしている間にも……。
この異世界のやべぇモンスターは、すさまじい勢いでピコのいる最深部へと迫ってきている。
【くっ……ともかく、このままでは異世界生まれが、すぐにここまで来てしまうのデス⚠ こうなったら……“奥の手”を出すしかないのデス✜】
そう、ここまでの警備ロボットなど、しょせんは量産型の雑兵にすぎないのだ。
ここにはまだ、科学の結晶である最終兵器がある。
その兵器の名は――。
【さあ、起ち上がるのデス――機動天使ガンネルよっ✜】
ピコが手にしたコントローラーで、『上上下下左右左右BA』とコマンド入力すると。
広間の壁につながれていた巨大ロボットの安全装置が解除されて、エネルギーが供給されていき……。
やがて、その目が――カッ、と鋭く輝いた。
【ぴ~っこぴこぴこ✜ さすがの異世界生まれでも、この機動天使ガンネルに勝てる確率は0%なのデス✜ なぜなら、あの人間にとっては相性が最悪の敵なのデスから✜】
そう、機械の前では、どんなささいな癖も見破られ、全ての弱点が丸裸にされてしまうのだ。
どれほどのパワーがあろうとも、弱点さえつけば人間などあっさりと倒せてしまう。
そして、これまでの戦いから、あの異世界人の弱点はサーチ済みだった。
その弱点とは――。
【〈分析結果〉:あの異世界人は、雷の攻撃しかできないのデス✜ 〈結論〉:雷対策をしたこの機動天使ガンネルには勝てないのデス✜】
機械による完璧な分析だった。
しかも、それだけではない。
【さらに、機動天使ガンネルには、最強の戦法があるのデスっ✜】
と、ピコがゲームのコントローラーを、ぽちぽち操作すると。
巨大ロボットは機敏な動作で、しゅっしゅっ……と、その場でしゃがみ中キックをする。
そう、その最強の戦法とは――。
【――壁際から遠距離攻撃を連射し、近づかれたら牽制のしゃがみ中キックで飛ばせて、昇竜脚からの起き攻めループでKO戦法なのデス✜】
これこそが、ピコの高性能AIが導き出した最強の戦法。
――“待ちガンネル”だった。
ピコのいる世界でも、あまりにも最強すぎたために禁止されたほどの戦法だ。
初見でこの戦法に対処するのは、ほぼ不可能。
もはや、異世界人など恐るるに足らずだ。
【メインシステム〈戦闘モード〉:起動✜ 全武装システム:オールグリーン✜ ATフィールド:展開✜ メインキャノン:スタンバイ✜ 接敵まで残り:5、4、3、2、1――ゼロッ✜】
そして――。
ついに、最深部の扉がゆっくりと開き……。
【さあ、科学の力を思い知――】
「こんにちはーっ! あっ、ここの敵はビーム飛ばしてくるから、リフレクション!」
【――――――ぴ?――】
こうして、異世界のやべぇモンスター……。
もといローナは、“こらぼダンジョン”をクリアしたのだった。