109話 鎧に着替えてみた
溶岩魔人の起こした異変により、なぜかお祭り騒ぎになっているドワーフたち。
そして、そこにいるのはエリミナの召喚獣である黒髪の少女。
その光景に――。
(や……やはり、貴様かぁああッ!! エリミナ・マナフレイムぅううううッ!!)
と、溶岩魔人が心の中で、怨嗟の叫びを上げた。
最近、人類の英雄エリミナ・マナフレイム(とても高潔)が、国王の前で、
『私は魔族との戦争の最前線に立ち続ける』
『魔族よ、恐れるがいい! 人類にエリミナあり!』
と言った(言ってない)という話は、すでに大陸中に駆けまわっている。
おそらく、エリミナ・マナフレイム(とても賢い)は溶岩魔人のたくらみを瞬時に看破し、この地に召喚獣を派遣してきたのだろう。
(お、おのれ、いつもいつも邪魔をしおって……ッ! 許さん……絶対に許さんぞ、エリミナ・マナフレイムぅううううッ!!)
とはいえ、ひとつだけ幸いなのは、エリミナ本人の姿が見えないということだ。
おそらく、溶岩魔人が本調子ではないと油断して、召喚獣だけを派遣させ――。
(…………いや、違うッ!)
はっとして、すぐにその考えを否定する溶岩魔人。
エリミナ・マナフレイム(推定IQ300)は、以前にもそうやって溶岩魔人を油断させたところで、手痛い一撃を食らわせてきた。
ググレカース家が滅んだときもそうだ。
エリミナ・マナフレイム(凄腕スパイ)は単身でググレカース家にもぐりこんだかと思えば、いきなり『滅びろ、ググレカース』宣言をし……それからたった1週間で、栄華を誇っていたググレカース家を破滅させたとも聞く。
(……もう油断はせぬッ! まずは情報収集だッ!)
というわけで、エリミナの召喚獣の少女を観察していると。
少女はよくわからない古代遺物の前に立って、広場にいるドワーフたちを見回し――。
「それでは、今日も“がちゃ”を回していきまーす!」
「「「――どわっほいッ!!」」」
そして、少女が祈るように両手を頭上にかかげて――叫んだ。
「――“10回、がちゃる”!」
(が……がちゃる? な、なんだ? なにかの呪文か? まさか、ここに異変の秘密が――って、ぐごぉッ!? なんだこの虹色の光はッ!?)
「どぅおおおっ! 確定演出キタ――ッ!!」
「早い! もう来た! これで勝つる!」
「待ってこれ、手震えるんだけど……」
「ぱじぇろ! ぱじぇろ!」
(……か、確定演出? ぱじぇろ?)
などと混乱している溶岩魔人をよそに、古代遺物の穴から丸いカプセルがいくつも転がり出てきた。
ぱかっ、ぱかぱかぱかぱか……っ! と割れていくカプセル。
そして、最後のカプセルが、虹色の光を放ちながら割れるとともに――。
ドワーフたちの前に、豪華絢爛な鎧が浮かび上がってきた。
炎のようなフォルムの重鎧。ひと目で尋常でない鎧だとはわかるが……。
「こ、この“曝炎神龍の鎧”のランクはSです!」
「「「――どわっほぉおおおいっ!!」」」
(え、Sランク?)
……ダメだ。なにを言っているのか、わからない。
なんかもう、わけのわからないことの連続だった。
そうこうしているうちに、少女がさっそく近くの家で着替えてきたらしい。
「え、えへへ……その……似合って、ますか?」
やがて家の中から、もじもじと恥じらいながら出てきたのは――。
首から下が、筋骨隆々のごつい鎧姿になった少女だった。
一瞬の静寂。そして――。
「「「――ど……どわっほぉおおおおおおおおおおいッ!!」」」
と、今日一番の歓声がわき起こる。
「わふ……? なんだ、騒がしいなー?」
「あっ、組長! 見てくれよ、あの“どわっほい”な鎧を!」
「? 鎧がどうかしやがって――」
組長と呼ばれたドワーフ娘が、少女の鎧姿を見るなり、ぴたりと硬直し――。
「…………トゥンク」
「あれ、ワッフルちゃん? どうかしましたか? 顔が赤くなってますが……もしかして熱が?」
「わふっ、姐御っ!? にゃ、にゃにゃ、にゃんでもありやがりませんっ!」
そう言いつつも、ぷしゅぅ~っと顔から湯気を立てるドワーフ娘。
顔から、ぷしゅぅ~っと湯気を立てるドワーフ娘。
「――わ、わふぅ~っ……鎧が“どわっほい”すぎて、直視できないよぅ……♡」
「どぅおおぉっ! 組長が“どわっほい”の顔に!?」
「こいつら、“どわっほい”するんだ!」
『……こいつら、頭おかしいんじゃないかな?』
と、溶岩魔人はつい敵地の真ん中だということも忘れて、ツッコミを入れてしまい――。
「――――誰だッ!?」
『!?』
そんな声とともに、ドワーフたちの視線が溶岩魔人へと一斉に集まった。
どうやら、困惑のあまり、気配を隠すのも忘れてしまっていたらしい。
「おい、あそこにもモンスターがいやがるぞ!」
「お前もイベPにしてやろうかぁあァアアッ!」
(し、しまったぁッ!? というか、こいつら殺意高いな!?)
とっさに逃げようにも一瞬でドワーフに取り囲まれ、冷凍マグロで袋叩きに合う溶岩魔人。
『ぐ、ぐごォォッ!? ちょっ、やめ――強ッ!? な、なぜだ! なぜマグロにこれほどの力が……ありえん! この我が防戦一方になるなどぉおッ……ありえんありえんありえんッ!』
……溶岩魔人は、今の今までドワーフと冷凍マグロを甘く見ていた。
しかし、冷凍マグロは、溶岩魔人の弱点である氷属性。
さらに、ドワーフたちは“周回”によってレベルが一気に上がり、束になれば溶岩魔人と対等に戦えるほどの強さに至っていたのだ。
まるで、今この瞬間のために準備されてきたかのように。
(ま、まさか……全てはエリミナ・マナフレイムの策!? 最初から全てエリミナ・マナフレイムの手のひらの上だったとでも言うのか――!?)
エリミナの活躍がとどまるところを知らなかった。
おそらく、先ほどまでの意味のわからない光景も、隠れひそんでいる溶岩魔人を引っ張り出すための奇策だったのだろう。そう考えると納得がいく。
しかし、溶岩魔人とて無策でここに来たわけではない。
ドワーフたちの“弱点”は、すでに調べてある。
『ぐ、ぐごごご……認めよう。たしかに、これはいいマグロだ……しかし“これ”を聞いても、貴様らは戦い続けることができるかな?』
「な、なに?」
やがて、溶岩魔人はニタァリと残虐な笑みを浮かべて。
ゆっくりと、なぶるように……その言葉を告げた。
『――“進捗いかがですか?”』
「「「……(びくっ)」」」
『――“仕様変更”――“相見積もり”――“大至急”』
「「「ぐ、ぐふっ!?」」」
『――“とりあえず、他のパターンも見たいですね! 3パターンぐらい! あっ、月曜の朝まででいいんで!(金曜の夜)”」
「ぐ、ぐぅううッ!?」「う、ぁ……ぁああ……ッ」「ゃ……やめろぉおおおおッ!」
精神攻撃は基本だった。
溶岩魔人の言葉に、苦しみだすドワーフたち。
そんなドワーフたちへと、最後に溶岩魔人は引導をわたすように告げる。
『――“そういえば、あの案件なくなりました”』
「「「――ぐはぁあああああッ!?」」」
ドワーフたちが冷凍マグロを取り落とし、完全に攻撃の手を止める。
その大きすぎる隙を、溶岩魔人が見逃すはずもなく。
『……卑怯とは言うまいな』
ごぉおおおおおおォオオ――――ッ!! と。
溶岩魔人の体から放出された凄まじい爆風に、ドワーフたちがまとめて吹き飛ばされた。
「……くっ!」「な、なんて卑怯な……ッ」「くそっ、動けねぇっ」
ボロボロになり、地に這いつくばるドワーフたち。
それを見下ろしながら、溶岩魔人は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
『ぐごごごッ! 我にここまで手傷を負わせたのは褒めてやろう……だが、無駄だったなッ! 周囲に溶岩があるかぎり、我はいくらでも再生できるッ! 火山において我は無敵だッ!』
そう言うなり、見せつけるように周りの溶岩を吸収して回復する溶岩魔人。
そう、溶岩魔人にとって火山は圧倒的に有利なフィールドなのだ。
『さて、ドワーフどもにとどめを…………む?』
しかし、溶岩魔人の余裕は、いつまでも続かなかった。
先ほどの爆風攻撃を受けてなお、無傷で立っている者がいることに気づいたのだ。
その者とは、もちろん――ローナだった。
『ふん……まだ立っていられる者がいるかと思えば、やはり貴様か。エリミナの召喚獣よ』
「? 召喚獣?」
『なるほど、次は貴様の番というわけか……いいだろう。あのときの雪辱を晴らすためにも……英雄エリミナの力を削ぐためにも……ここで決着をつけるとしようかッ!』
「え? いえ、あのぉ……」
一方、ローナのほうは、いつものごとく状況をあまり理解していなかった。
(えっと、よくわからないけど、とりあえず倒したほうがいいのかな……? でも、私が戦うと町を破壊しちゃうし、ドワーフさんたちにも攻撃が当たっちゃうし……うーん……)
と、虚空を見つめたまま動こうとしないローナを、溶岩魔人はどう受け取ったのか。
『――ふんっ、我が力を見て、怖気づいたか?』
「え?」
『ぐごごごご……まあよい。ならば……』
と、溶岩魔人は嘲るような笑みを浮かべ――。
『――ならば……準備ができたら、また声をかけるがよい……』
「え? あ、はい」
『………………』
「……あ、あの?」
『ぐごご、戦う準備ができたか?』
「いえ、そういうわけでは……」
『――ならば……準備ができたら、また声をかけるがよい……』
「あ、はい」
どうやら、それなりに待ってくれるらしかった。
「ローナの姐御っ! この先には激しい戦いが待っていやがりそうですよっ!」
「今のうちに、我が城のベッドで休息を取ってはいかがかな?」
「装備は大丈夫だどん? うちの店で準備を整えるどん!」
(……実はみんな、すごく余裕があるのでは?)
なんだか、よくわからなかったが……。
とりあえず、しばらく休憩してもいいらしい。
「うーん……まあ、溶岩魔人さんはうちに出たネズミ(レベル140)より弱いし、倒すのは問題ないけど……」
と、ちょうどそこで。
くきゅるるぅ~っと、ローナのお腹が頼りなく鳴った。
周囲から視線が集まり、ちょっと顔を赤くするローナ。
「あ、あはは……そういえば、今日はまだなにも食べてなくて。宴会する気満々でお腹すかせてたので……」
とはいえ、お腹を満たすにも、アイテムボックスに入っていた料理は、最近の宴会で放出してしまっており……。
その宴会の料理も、先ほどの溶岩魔人の爆風攻撃で吹き飛ばされてしまったわけで。
今、アイテムボックスにあるのは、調理していない生の食品だけだった。
「あっ、そうだ!」
そこで、ローナはふと思い出す。
そういえば、最近ドワーゴに作ってほしいと依頼したものがあったことを。
(うん! どうせ休憩するなら、せっかくだし〝あれ〟を作ってもらおうかな!)
というわけで。
「あのぉ、ドワーゴさん……あとドワーフのみなさん。ちょっと作ってもらいたいものがあるんですが」
「……えっ、このタイミングでか? それに、作るってなにを――」
「えっと、作ってもらいたいものは、これです!」
そう言って、ローナがばばーんっと見せたのは、“ばーべきゅぅこんろ”の画像だった。
「な、なんだこれ? いや、まさか――」
ドワーゴ以外は、その画像を初めてみたが……。
それでも、毎日のように炉と向き合い、炉の空気の流れに四苦八苦してきたからこそ、ドワーフたちは見ただけですぐに理解した。
これは、新しい時代の“炉”であると。
いや、しかし――。
「えっと、これは“ばーべきゅぅこんろ”というもので……これを作って、みんなでお肉とか野菜とか焼いて食べたら、きっと楽しそうだなぁと! えへへ!」
(((――いや、今このタイミングで言うことか、それ!?)))
ドワーフたちは心の中で総ツッコミを入れるのだった。










