105話 周回してみた
「――なるほど。つまり……“期間限定イベント”というものが、この“異変”の正体というわけか」
「はい。それで、このキラキラ石――“イベントポイント”があれば、“がちゃ”でいろいろなものと交換できるというわけです」
そんなこんなで、ドワーフ王がふたたび意識を取り戻したあと。
ローナはひとまず、ドワーフたちに期間限定イベントについて説明をした。
「わふぅぅ~っ! もっと早くわかってりゃ、ちゃんと集めやがってたのに~っ! くそ~っ、ほとんど捨てちまいやがったぞ~っ!」
と、ワッフルが悔しげにうめく。
そう、最初の調査の頃は、できるだけイベントポイントを持ち帰るようにしていたものの……。
『使い道がわからない』『置き場に困る』『光ってて無駄に眩しい』
『運ぶときに☆の形が食いこんで痛い』
などの切実な理由で、途中から捨てられるようになったのだ。
さすがに、これまでに集めたイベントポイントだけでは、物資や食料もそこまで手に入らなかったが……。
しかし、ドワーフたちの目にはもう、絶望の色はない。
「わふふ~ん! ずいぶんと妙なことになりやがったけど……からくりさえわかれば、どーってこたないなっ! 期間は3週間――なら、あと2週間耐えりゃいいってことだろっ!」
「あとは、誰がニコニ坑道を“周回”するかだが――」
「――そいつは、あたしら“わ組”がやりやがってやんよっ!」
と、真っ先に手をあげたのは、やはりと言うべきかワッフルだった。
その後ろにいる“わ組”のドワーフたちも、「どわっほいっ!」と雄たけびを上げてアピールをする。
「わふふ~ん! 今のニコニ坑道は、あたしらが一番よく知ってやがるもんねっ! それに……ふぬけの騎士どもと違って、あたしらは実力も士気も高いからなっ!」
「ひ、姫!? さすがに危険ですど! 自警団ごっこには目をつむりましたが、そればかりは――」
「――ならば任せたぞ、ワッフルよ」
「陛下!?」
ドワーフ王が、ぽんっとワッフルの肩を叩くと。
ワッフルはふんっと鼻を鳴らしながら、少し照れたようにその手を振りほどき……その場に集まっているドワーフたちの前に立った。
「――おい、聞いてやがったな、おまえらーっ! 祭りの始まりだーっ! 戦えるやつは、あたしについて来やがれーっ! 戦えねーやつはツルハシ作りと……それから、酒だっ! 国中の酒を持ってきやがれーっ!」
「……へ? どうして酒を?」
「そんなの、決まってやがるだろ?」
ワッフルは冷凍マグロを肩にかつぐと、ニコニ坑道に足を向けながら告げた。
「――今夜は宴だーっ! ひさびさに豪遊しやがるぞーっ!」
「「「――どわっほぉぉうううううッ!!」」」
こうして、ドワーフたちがはしゃぎながら、それぞれの役目のために散っていき――。
ワッフルたち“わ組”とローナもまた、トロッコに乗ってニコニ坑道の前までやって来た。
「にしても、なんか坑道の数が3つもありやがるけど……どれに入ればいーんだ?」
「えっと、左から『初級』『中級』『上級』と難易度ごとに分かれているみたいですね。ちなみに、『上級』をクリアすると『超級』が、『超級』をクリアすると『神級』が解放されるそうです」
「う、うちの坑道そんなことになってやがるの?」
というわけで、ひとまず初級の坑道(推奨レベル50)に入ることにした。
もちろん、これでもドワーフたちにとっては、かなりの難易度だ。
そのため、今までの坑道調査では、入口付近しか探索できていなかったが……。
今のドワーフたちには、“がちゃ”産のAランク魔剣――冷凍マグロがある。
「――みんな、マグロは持ったな!! 行くぞォ!!」
「「「――どわっほいッ!!」」」
Aランク装備は、本来ならば英雄が持つような国宝級の代物だ。
ローナからしたら、たいしたレア度ではなくとも、やはりその威力は破格であり――。
「どぅおおりゃあああッ!!」
「食らえ、冷凍マグロビーム!」
冷凍マグロから放たれる氷の斬撃に、冷凍マグロの目から放たれる氷のビーム……。
さすがに瞬殺とまではいかないものの、ニコニ坑道のモンスターたちは氷が弱点ということもあり。
1匹……また1匹……と、確実に数を減らしていく。
「す、すげーっ! あんだけ苦戦しやがってたモンスターが、こんなあっさり……」
「このマグロさえあれば、楽に“周回”できるんだど!」
「というか、もしかして、今のオレたちって最強なんじゃ――」
と、ドワーフたちがはしゃいでいた一方で。
「よーし、みんなも頑張ってるし、私も頑張るぞぉっ! フルスロットル! 水分身の舞い! からのぉ――半自動式散弾銃キック! 一刀両断! プチサンダーしゃがみ撃ち!」
どごぉおおおお――ッ!! 斬――――ッ!! ばりばりばりばりぃいいィィ――ッ!! ずがんずがんずがんッ! どがががががが……ッ! ずぅぅぅん……ッ! ずぅぅぅん……ッ!
……それは、まさに破壊の嵐だった。
ローナがただ近づくだけで、ドワーフたちが苦戦していたモンスターが、まるで溶けるように消えていき――。
「…………ふぅ」
やがて、光と煙と爆音がやんだとき、坑道にはもうモンスターの影はなく。
ただ、彼らが生きていた証である大量のイベントポイントだけが、そこら中に転がっていた。
「――えへへ! みんなでダンジョン観光するの楽しいですね!」
「「「…………あ、はい」」」
上には上がいることをわからされ、さっきまで冷凍マグロの力にキャッキャしていたドワーフたちも、すん……と冷静になるのだった。
それはともかく――。
「よ……よーし、おまえらーっ! あたしらも負けてらんないぞーっ! いったんイベントポイントを運び出すから、猫車を――」
「あっ、ワッフルちゃん。それなら、私が運びましょうか?」
「……わふ?」
ローナがそう言うなり、イベントポイントをアイテムボックスにしまっていく。
「わふっ!? お、おい、消えやがっちゃったけどっ!? だ、大丈夫なのかーっ!?」
「あっ、ちゃんと出せますよ。ほら」
「わふっ!? ……って、そーいや、さっきもやってやがったけど……とんでもない力だな」
ローナのアイテムボックスの力に、ドワーフたちが改めて戦慄する。
それもそのはずだ。
資材の運搬に、重い鉱石や石炭の運搬に、穴を掘ったあとの土の運搬……と。
採掘にしても掘削にしても、メインとなる作業は『掘ること』より、むしろ『運ぶこと』であり。
その運搬作業がいらないのなら、わざわざ苦労してトロッコを作る必要もないわけで……。
(((……もう全部、この子ひとりでいいんじゃないかな)))
と、だんだん理解し始めたドワーフたちであった。
なにはともあれ、引き返す手間がなくなったこともあり、探索はさくさくと進んでいき――。
「わふー? そろそろ最深部かー?」
「そうですね。あっ、ちなみに、あの辺りに初級のボスが出るので、先にこのウニという栗みたいな植物(設置罠)を5個ほどまいておくと……」
そう言って、ローナがぽいぽいとウニを投げたところで。
『――エビィィィィイッ!!』
ずばしゃああああァア――ッ!! と、このダンジョンのボスと思われる巨大なカニ型モンスターが、火飛沫を上げながらマグマの中から飛び出し――。
『――エビィィィィイッ!?』
設置されていたウニ×5を踏んで、そのまま爆散した。
「「「…………………………」」」
意味がわからなすぎる光景に、ドワーフたちが唖然とする中。
やがて、ローナが笑顔でくるりとふり返る。
「――ね、簡単でしょう?」
「「「…………あ、はい」」」
口をぱくぱくさせながら、こくこくと頷くドワーフたち。
「い、いや……てゆーか、なんだったんだ? あのマグマの中から現れて、自分をエビだと主張しやがる海産物は……」
「ああ、あのモンスターの名前は、リヴァイアサンです」
「なんでだよ」
「ちなみに、まともに戦おうとすると、『ひたすら地面にもぐって地下から攻撃してくるか、ひたすら天井に張りついて溶岩泡やおしっこを飛ばしてくる』とのことです」
「よし、ウニで倒そう」
なにはともあれ。
こうして、無事にニコニ坑道の初級ボス(らしきもの)を撃破したわけだが……。
「今、一瞬だけ見えたのが、このダンジョンのボス……でいいんだよな?」
「あ、あれ? もしかして、ここが坑道の一番奥だど?」
「ってことは……オレたち、ニコニ坑道をクリアしたってことか?」
どれだけ調査しても、なんの成果も得られなかったニコニ坑道。
それが今、誰ひとり欠けることなく、多くのイベントポイントという成果を手に入れた状態で、初クリアを達成し――。
「さて、それじゃあ――もう1周いきましょうか!」
「「「…………あ、はい」」」
……達成感もクソもなかった。
いや、むしろ“周回”はここからが本番であり……。
そんなこんなで、ニコニ坑道の“周回”は夜まで続くのだった。










