104話 イベントがちゃを回してみた
一方、その頃――地底王国ドンゴワの王城にて。
この国の重鎮である“超老会議”の面々が、会議室で暗い顔を突き合わせていた。
とはいえ、なにかを議論しているわけでもなく、重苦しい沈黙だけが室内を満たしており……。
「……また空席が増えたな」
やがて、ドワーフ王グラード・ド・ドンゴワが、室内を見回しながら溜息をついた。
会議室にいくつもある空席――おそらく、その席の主は今頃、自分の財産を持って国外に逃げていることだろう。
……しかし、逃げたくなる気持ちもわかる。
この国はもはや、沈みゆく泥舟でしかないのだから。
「……備蓄はあとどれぐらいだ?」
「配給できる食料は、あと3日分しか……」
「宝物庫もほとんど空……これでは、交易で食料を得ることも……」
「兵の装備も消耗してますし、もう薬もありませぬ……これ以上の調査は、避けるべきですな」
「……そうか」
もともとドンゴワは、地底であるため農耕もできず、暑いために食料の保存もほとんどできない過酷な土地だ。
それでも、今まではニコニ坑道からあらゆる資源が無限に採れたために、狩猟採集と交易だけで充分に生活ができていたが……。
今回の異変によって、全てがダメになってしまった。
他国から食料を買おうにも、すでに対価として支払えるものがなくなってきている。
そして、一番の問題は、この異変がどれだけ続くかわからないことだ。
いくらその場しのぎをくり返しても、異変がずっと続くのならば、国が崩壊するのは時間の問題であり……。
だからこそ――。
「…………そろそろ決断しなければ、な」
備蓄が完全に尽きてからでは、もう遅いのだ。
今の王に求められていることは、ただひとつ。
――国を捨てる決断と責任だ。
しかし、他国に逃れたところで、ドワーフは都合よく利用されるか……そうでなくても足元を見られ、不遇な立場に追いやられることだろう。
今の“ドワーフ”には、それほどの価値はないのだから。
(せめて、あの天才鍛冶師ドワーゴ・ニコドーがいれば……な)
ここにきて、ドワーフ王の頭に浮かぶのは、その名だった。
ドワーフ史上、最高とうたわれた天才。
認めがたいことではあるが、技術というのは、ごく一部の天才が大きく水準を引き上げるものであり……。
ドワーゴという天才がひとりいるだけで、“ドワーフ”の仕事の質が格段に上がっていた。
そのおかげで、“ドワーフ”は最高品質の代名詞と言われるほどのブランド価値を持つまでになり――。
(だが、それも過去の栄光……か)
ドワーゴ追放以降、この国は少しずつ歯車がくるっていった。
ドワーゴの優秀な弟子たちも居場所を失って国を離れ、その空白になった席をめぐって実力のない者たちが足の引っ張り合いを始め、国の威信をかけて受注した大型案件は納期延長と予算膨張をくり返してクレームまみれ……。
さらにここ最近は、ダンジョン産の古代遺物の流通や、ドールランド商会の台頭もあり……技術を鼻にかけていたドワーフの居場所は、どんどん地上からなくなっていった。
そして、今回の“異変”が来て――ようやく気づく。
天才と言われる人材をあっさり追放できるほど、今まで自分たちは平和ボケしていたのだと。
(……しかし、今さら気づいたところで、もう遅い……か)
おそらく、自分は史上最大の“愚王”としてドワーフの歴史に名を残すことだろう。
それでも、ドワーフの歴史が続くのならば、そのほうがいい。
だからこそ。
(……最後に、王としてのつとめを果たそう)
こうして、ドワーフ王が決断を下そうとしたところで――。
「――“がちゃ”の時間だ、コラァ!!」
バァァァンッ!! と。
いきなり会議室の扉が蹴破られ、ひとりのドワーフ少女が乱入してきた。
「なっ! お、お前は……」
それは、ドワーフ王にとっては、ひさしぶりに見る顔であり……ひどく見慣れた顔でもあった。
それもそのはずで。
「――よー。あいかーらず、しけたツラしてやがんな、クソ親父」
「…………ワッフル」
入ってきた少女は――自分の娘であるワッフル姫だったのだから。
彼女はドワーフ王と喧嘩をして家出をし、今は自警団なるものを立ち上げていたはずだ。
ワッフルの性格的に、よほどのことがなければ、ここには戻ってこないと思っていたが……。
「おい、それよりクソ親父っ! 大変なことになりやがったぞーっ!」
「……ワッフルよ。お前はこの国の姫なのだから、相応のふるまいを……」
「だーかーらっ! “姫”ってゆーなーっ! 今のあたしはドンゴワ自警団“わ組”の組長様だ――って、それどころじゃないんだって! とにかく、やばいことになりやがったんだってーっ!」
「まさか……またなにか起きたのか?」
「ああ、そーさ。起きまくりさ。いきなり不法入国してきたやつのおかげで、この国の……この国の……」
ワッフルがうつむいて、ふるふると震えだす。
(……まさか、これ以上、さらに状況が悪化するとでも言うのか?)
と、そんな絶望的な考えがドワーフ王の脳裏をよぎるが。
しかし、ワッフルが次に顔を上げたとき、そこにあったのは……。
どんな顔をしていいのかわからないというような、泣き笑いじみた表情だった。
「――この国の問題が、みんな解決しちまいやがった」
「「「…………は?」」」
◇
それから、ワッフルに「ついて来やがれ」と言われるがまま、とりあえずドワーフ王たちは城の外に出た。
状況はわからないが、会議室に座っていてもどうなるわけでもないのは確かだ。
そうして、ワッフルを追いかけていくこと、しばし。
やがて、ドワーフ王たちは城前広場へと出た。
そこで、彼らの目に入ってきたのは――。
「……なっ」
――お祭りのような騒ぎだった。
目を輝かせたドワーフたちが、わっほわっほと人だかりを作って、なにかを取り囲んでいる。
それは、ドワーゴが追放されてから、ひさしく見ていなかった祭り特有の熱気であり……。
異変で滅びかけている今のドンゴワでは、ありえない光景だった。
「……な、なんだ? なにが起きているのだ?」
「なにが起きてんのかは、あれを見ればわかるぞっ!」
と、ワッフルが指さした先を見ると。
広場の中央にある謎の古代遺物の前に、ひとりの人間の少女が立っていた。
その少女は、古代遺物に無数のキラキラ石を捧げると、祈るように両腕をかかげ――。
「――“10回、がちゃる”!」
そんな謎の呪文を唱えた。
その次の瞬間――。
「な……なぁっ!?」
どんな方法でも加工できなかったキラキラ石があっさりと砕け散り、光の粒子となって古代遺物に吸いこまれていった。
さらには、今までうんともすんとも言わなかった古代遺物が、いきなりガタガタと震えたかと思うと――透明なカプセルがいくつも転がり出てくる。
『装備:【丸太】(B)を獲得しました!』
『アイテム:【ウニ】を獲得しました!』
『装備:【ネギ】(B)を獲得しました!』
『アイテム:【携帯錬金鍋】を獲得しました!』
『装備:【バールのようなもの】(B)を獲得しました!』
『アイテム:【謎肉】を獲得しました!』
『装備:【釘バット】(C)を獲得しました!』
『アイテム:【ニコニ鋼】を獲得しました!』
『アイテム:【中級回復薬】を獲得しました!』…………。
「わーい」
カプセルの中から現れるのは、装備・食料・薬……。
それらは、まさに今の地底王国ドンゴワに求められているものばかりで。
「な……なんだ、これは? 夢でも見ているのか……?」
ドワーフ王はあまりの光景に呆然とすることしかできなかった。
しかし、ドワーフ王の驚きはそれだけでは終わらず……。
そこへさらに、10個目のカプセルから、ぱぁぁっと神々しい金色の光があふれ出した。
そして、その金色の光をバックに、ドワーフたちの前に浮かび上がってきたのは――。
――冷凍マグロだった。
「か、鑑定結果が出たど! これは“冷刀・魔黒”――え、Aランクの魔剣だどッ!」
「「「――どわっほぉぉううううッ!!」」」
Aランク装備といえば、国宝級の代物だ。
そんなものが出てきたとなれば、ドワーフたちが歓声を上げるのも当然であり。
「ど……どぇえええええッ!?」
「……ま、そーゆう反応になりやがるよな」
民の前で変な叫び声を出してしまったドワーフ王に、ちょっと同情的な視線を送るワッフル。
正直、状況の理解が追いついていないドワーフ王ではあったが……。
ただ、わかるのは――今、目の前に必要物資の山があること。
そして、不要だと思っていたキラキラ石があれば、“がちゃ”から物資がいくらでも手に入れることができること。
さらに、“がちゃ”から出てくる高ランク装備があれば、さらにキラキラ石を手に入れることができ、それによってまた“がちゃ”を回せるということであり――。
「――こ……これだぁあああああッ!!」
と、ドワーフ王は思わず叫んだのだった。
◇
一方、その頃。ローナはというと。
(えへへ! “がちゃ”って“脳汁”がいっぱい出て楽しいね!)
と、にこにこしながら“イベントがちゃ”を楽しんでいた。
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▍用語/【イベントガチャ】
▍概要
【期間限定イベント】などで生えてくる
装備・アイテム専用ガチャ。
イベントポイントを使って回すことがで
きるが……。
たいてい過去イベントの復刻アイテムな
どでかさ増しされており、肝心の新装備は
めったに出ない。
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とりあえず、この“イベントがちゃ”というのは、この国を苦しませていたキラキラ石――もとい“イベントポイント”をランダムなアイテムと交換できる古代遺物らしい。
以前にルル×2を召喚してしまった“がちゃ”とは違い、人間をどこかから誘拐してくることもないため、安心して回すことができた。
と、そこで――。
「――こ……これだぁあああああッ!!」
「……ん?」
そんな叫び声にローナがふり返ると。
こちらに近づいてくる初老のドワーフがいた。
他のドワーフよりも、ひと回り大きな体躯。威厳のある長い白ひげ。そして、その頭には王冠がのっており――。
「す、すまないが、少しよいか?」
「え? いいですが、あなたは……?」
「む……そうか、そなたは外の者ならば知らないのも無理もない。わしは、この地底王国ドンゴワの王――グラード・ド・ドンゴワだ」
「あっ、王様なんですね。私は『普通の女の子』のローナです」
「う、うむ……そうか? いや、『普通』と言うわりに、王を見てもまったく動じぬのだな」
「もう『普通の女の子』は、あきらめやがったがほうがいいんじゃ……」
「?」
神や王族と知り合いすぎて、感覚が麻痺してきたローナであった。
「……と、のんびり話してる場合ではなかった。時間も貴重であるし、すぐに本題に入るが――」
ドワーフ王はそう言うなり、深々と頭を下げてきた。
「ぶしつけなお願いだとはわかっているが……どうか、そなたがその古代遺物から出したアイテムを、わしらにゆずってはくれぬか?」
「あっ、いいですよ」
「……今、この国にはそのアイテムがどうしても必要なのだ。もちろん、貴重なアイテムであるし、簡単には手放したくないのはわかってえぇぇっ!? よいのか!?」
「まあ、もともとドワーフのみなさんにあげようと思って、ガチャを回しましたし。そもそも、私が集めたイベPでもないので」
「いべぴー? いや、だが……それは、そなたがいなければ手に入らなかったもの。言ってみれば、そなたがあの石を加工して作った製品のようなものだ。そなたに所有する権利があるし、そもそもAランク装備は国宝級の代物で……」
「――? いえ、またイベPを集めれば、Aランク装備ぐらいいくらでも出ますよ?」
「……へ? Aランク装備……ぐらい?」
「まあ、Aランクなんて、それほどレアでもないですし。さっきの冷凍マグロも、実はもう何本かダブってて」
「……へ? ……へ?」
と、混乱するドワーフ王の前で。
ローナはさらに追い打ちをかけるように、どさどさどさどさどさ……と、虚空から物資の山を取り出した。
その中には、今しがたAランク判定を受けた冷凍マグロもいくつもあり……。
「…………………………」
「どうぞ、欲しいだけ持っていってくださ――って、王様? どうして、右腕を突き上げたまま固まって……」
「お、おい、クソ親父? い、意識がありやがらないぞっ!? しっかりしやがれーっ!」
「「「――王ぉおおおおおッ!!」」」
混乱と安心と歓喜のあまり、ついに昇天したドワーフ王の姿がそこにあったのだった。










