99話 おすそわけしてみた②
そんなこんなで、王都の知り合いたちへのおすそわけも済み――。
次は、光の女神ラフィエールのお供えにやって来た。
「――我が使徒ローナ・ハーミットよ。よく聞くのです。世界にふたたび危機が迫っ……」
「あっ、ラフィエールさん。今回のお供え物は、“ばーべきゅぅ”とうちで採れた野菜……あっ、ごめんなさい。声がかぶって――」
「――うほっ、肉ですか! いいですねぇ!」
というわけで、さっそくいつものお茶会タイムとなった。
「かぁ~~ッ! 肉! 食わずにはいられないっ! あと、この“焼き肉のタレ”はよき! とてもよきです! 焼き肉ニンニク増し増ししか勝たん! キンキンに冷えたビール飲みたい! 豪遊したい!」
ラフィエールはいつも甘いものばかり食べている印象があったし、肉は重いかなとも思ったが……野菜よりも肉のほうが好評だった。
「……っ! ち、違うのです、我が使徒ローナよ……よく聞くのです。肉とニンニクが嫌いな女子なんて存在しません。あと甘いものばかり食べてると、反動でしょっぱい系を体が求めるのです」
「なるほど」
「ふぅ、ただ最近、脂っこいものを食べてると胃腸が拒否反応を示すんですよね。無性にさっぱりした野菜も食べたくなって――んッ!? な、なんか今、変な味の草があったんですが」
「あっ、それは“ぱくちー”ですね。“カメムシ草”とも呼ばれていて、カメムシのにおいと同じ成分が含まれてるそうです」
「もうそれ、カメムシの進化前かなにかなのでは?」
「ん……あれ? でも、“ぱくちー”はアンチエイジングに効果があって、若い女神様たちに大人気って聞いてたんですが――」
「――がつがつむしゃむしゃぁあァアアッ!!」
「わぁっ! やっぱり、“ぱくちー”は大人気なんだ!」
やはり、インターネットに書かれていることに間違いはなかった。
そんなこんなで、お供えも済み。
そろそろお告げの制限時間というところで、ラフィエールがふと思い出したように尋ねてきた。
「そういえば……最近、テーラを見ませんでした? さっさと地の女神の仕事に戻ってもらいたいんですが」
「あっ、テーラさんなら、今は“肘をつかさどる女神”になったそうです」
「……なにがあったら、そうなるんですか?」
「えっと、最近、“恐怖の館テラーハウス”をクリアしたんですが、そのときにテーラさんの肘が覚醒して」
「いや……えっ!? あのダンジョンクリアしたの!? またひとつ、わたくしの知らないところで世界の危機が解決されてる!?」
「あっ、そういえば、最初に『世界の危機』って言ってましたが、もしかしてその件でしたか?」
「……へ? あっ……そうだった!? じ、実は、地底王国ドンゴワで――魔人が――神龍が――やべっ、またお告げの制限時間――あぁあっ、なにはともあれ――次のお供え物は、とりあえずビールで――――」
そんなこんなで、光の女神ラフィエールへのお供えも無事に終わり、次のお供え物の注文も聞いたところで。
「よし! それじゃあ、次は……ファストトラベル――エルフの隠れ里!」
というわけで、さっそくエルフの隠れ里へと転移したのだった。
◇
「――ぽまえたち、“まよねぇず”の準備はよいか?」
「「「おけまる水産!!」」」
「では……いただきマンモス!」
「「「――ごちそうサマンサァァアッ!!」」」
ローナがエルフの隠れ里にやって来ると、さっそく宴になってしまった。
というか、エルフたちがとりあえず騒ぎたいだけな気もするが。
「ところで、あの……エルナちゃん? このジョッキに入っているものは?」
「キンキンに冷えた“まよねぇず”です!」
「なぜ、“まよねぇず”がジョッキに?」
「? “まよねぇず”は、飲み物ですよ?」
「なるほど」
いつの間にか、エルフの食文化に“まよねぇず”が浸蝕していた。
それはともかく、テーラハウスの庭で採れた野菜を、“ばーべきゅぅ”しながら食べていくエルフたち。
「ほぅ、野菜は生でばかり食べていたが、こういう食べ方もあるのだな。それに見たことのない草だらけで、わらわの口の中が大草原不可避」
「この“ばーべきゅぅまよ”は、“うまC”ですね! ジャングル生えます!」
「あっ、ちなみに、“まよねぇず”と“けちゃっぷ”というのを1対1でまぜて、お好みで塩・砂糖・レモン汁などを入れると、“おーろらソース”というものができるそうです!」
「……っ!? きゅ、救世主様、これは優勝です! “まよ”を超えた可能性が“微レ存”!」
「――む? “まよねぇず”に不純物はいらないのだが? “まよ”の白は、神聖なる色なのだが?」
「……はい? お母様、今なんと?」
静かに、ばちばちと火花を散らす母娘。
ちなみに、この火種は……やがて『“まよねぇず”原理主義者』vs『“おーろらソース”学会』vs『“ばーべきゅぅまよ”大好きクラブ』という三つ巴の抗争へと発展するのだが、それはまた別のお話。
ちなみに、エルフの植物学者のザリチェはというと。
「……はぁ、まったく騒がしいですわね。エルフというのは本来、もっと優雅でノーブルな種族ですのに――らふっ!? メロンを2つ合成すると種を作れる!? 全自動収穫畑!? カミナリーフでも回路とやらが作れるんですの!? 草食ってる場合じゃねぇですわぁッ!!」
と、大騒ぎしながら柵を飛び越えて、どこかへ行ってしまった。
(よし、これでエルフのみんなにもおすそわけできたし、残るは――)
◇
というわけで、ローナが最後にやって来たのは、海底王国アトランだった。
ここを後回しにしたのは、ついでに“聖地”という開拓地の手伝いもしようと思ったためだ。
以前から“聖地”の開拓アドバイザーであるザリチェに『時間があるときに手伝ってほしいですわぁ』と依頼されていたこともあり、先にエルフの隠れ里に寄って土や種を運んできたわけだが――。
「わっ、“聖地”がすごい発展してる!」
地平線まで続いている広大な水たまりの中、島のように浮かんでいる開拓地。
そこは、1か月前とは比べ物にならないほど、家や畑が増えていた。
どうやら、こちらに移住した水竜族も多いらしく、ずいぶんと活気も出ており……。
と、そんな水竜族の住民の中に、見知った人物を発見した。
「…………げっ。ローナ・ハーミット」
「あっ、マリリリーンさんだ」
「……“リ”が多いわよ」
浮遊する巨大クラゲに乗った、深海色の魔女。
――水月の魔女マリリーン・ティア・ブルームーン。
ローナがここに来たときには、水竜族に復讐しようとしていた彼女だが……。
最近はいろいろと心境の変化もあったのか、水竜族と人間との架け橋のような立ち位置に収まったらしい。
「こんにちは――じゃなかった。くららら~☆」
「それは挨拶じゃないんだけど。というか、すっごいぐいぐい来るわね、こいつ……」
「………………」
「いや、なんの無言よ」
「あ、いえ……たしかに、あまり気軽に話すほどの仲じゃなかったなと。まだ数回しか会話してないですし。『くららら~☆』とか変なこと言ってごめんなさい……」
「あたしとの距離感で反復横跳びするのやめて?」
それはさておき。
「ま、とりあえず、あなたが来ることは、ザリちー……いえ、エルフのザリチェから通信水晶で連絡を受けてるわ」
「ザリちー?」
「つ……土とか種とか、いろいろ運んできてくれたんですってね。それと、作物の自動収穫機を発明したとか? ま、一応、この“聖地”の責任者のひとりとして、感謝してあげないこともないわ」
「ザリちー?」
「か、海王とルル姫も、すぐに来るんじゃないかしら。今は『げぼくのエサとってくる!』とか言って行方不明になってるけど」
「ザリちー?」
「う、うっさいわね……っ! あなたの被害者同士、毎晩、愚痴り合ってたら仲良くなったのよ! 悪い!?」
「わ、私の被害者……」
いつの間にか、“ローナ被害者の会”が結成されていた。
「というかね、水竜族のやつらは……みんな、脳みそが魚レベルなのよ! 町に近づけば釣り針に引っかかりそうになるし、釣りエサのために壺いっぱいの金銀財宝をわたそうとするし! この国でまともなのが、この国滅ぼそうとしてたあたしだけってバカじゃないの!? この状態で人間と交流させるとか正気!?」
「ご、ごめんなさい?」
「そもそも、海王もルル姫も、あたしを放置して魚とりに行くとかなに考えてるのよ! ちょっとは危機感持ちなさいよ! ――って、なんであたしがそこまで心配しなきゃいけないのよ!? い、いえ、べつに心配してるわけじゃないんだけどねっ!」
(あっ、“つんでれ”だ! “つんでれ”は実在したんだ!)
「他にもね――」
と、ぶつぶつ愚痴りだすマリリーン。
とはいえ、なんだかんだ言いつつも、彼女は以前よりも生き生きしている気がした。
復讐に取り憑かれていたときの悪役笑いもなくなり、雰囲気もだいぶやわらかくなった気がする。
「えへへ」
「な、なによ? いきなり笑いだして」
「マリーレンさん、なんだか丸くなりましたね! さては“でれ期”ってやつですね!」
「……さっきから喧嘩売ってるの?」
そんなこんなで、マリリーンと仲良く交流しつつ。
アイテムボックスから土や種を出したり、マリリーンに全自動作物収穫装置について教えたり……と、“聖地”の開拓を手伝っていたところで。
「「――げぼく~っ♪」」
と、“聖地”の入口のほうから、水竜族の姫ルル×2の声が聞こえてきた。
というわけで、次回あたりから本格的に新章スタートします。










