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oooooooo  作者: 広川恵三
1/1

出生前診断をしようとしたカップルの末路

ヘビーですけど、読後の爽快感があります。


咲子は、高校が終わってから、理沙と真由とミスドに来ていた。

彼女らの体型を見てわかる通り、ドーナツ1個なんてお店に失礼な事はしない。

だいたい、3個づつ。でも、ドリンクは、あっさりウーロン茶だ。

「2年2組の有沢くん。ワンダーフォーゲル部が今度公開遠足するさかい、会えるんとちゃう?」

理沙が教えてくれる。

「マジで?せやけど、10kmとか、強行軍やろ?」

咲子は、バタークランチの取れたトッピングを拾い食いしながら聞く。

「そりゃ、きっついかもしれんけど、有沢くんにも会えるし、ダイエットになるし、一石二鳥や!」

真由は、3個目のフレンチクルーラーをちぎりながら言う。

「...うん...でも、途中でリタイアしたら、ダサいし...」

「5月5日まであと2週間ほどあるしぃ。学校から三国まで南海使わずに歩いて、阪和線内でも立って、駅からおうちまで歩く事やな。」

理沙が咲子がモタモタしていたときに指導してきた女教師のように言う。「あたしは、スリムだけど、あなたの体型は何?」という言下のメッセージを含みながら。

「あー。がんばるわ。デブキャラの中の人もがんばっているし。」

咲子は、バラエティのダイエット企画を思い出す。

「せやで!あいつらに比べたら、うちら、ポッチャリ程度やん。」

真由は、あっさり宣言してくれる。

「でも...。その...。アメリカ並みの肥満は、5kg10kgさくっと行くけど、うちらみたいに、5,6kg標準体重オーバーは減りにくいって...。」

3人とも160cm切るくらいで、60kg切るくらいの体型なのだ。ちなみに大甘に見積もった標準体重は彼女たちなら、55kgくらいか。

「あたしにつきあってくれたら...。」

「いやや!」

真由と理沙は、ハモった。

「かげながら応援してますんで、がんばって下さい。」

二人はニタニタしながらつきはなす。

「えー。いっしょにつきあってくれたら、ええのに...。」

咲子が家に着くと、家は、だれもいない。

いつもある、おき手紙もない。不安症の咲子のために、近くのスーパーに行くくらいでもあるのに。

「あれやな。」

嫁いだ雅恵が、臨月なのだ。雅代が、走ったのだろう。

宿題を済ませて、風呂を沸かして入って、テレビの前でカップ麺を食べていても、ケータイは鳴らない。

「雅恵、てまどってるな。初産だもの...。」

いつのまにか寝入ってしまったら、朝になっていた。

なのに、両親は帰っていない...。

さすがにあせって、咲子は、ケータイした。

「あ、ママ?雅恵は?」

「それが...。少し、大変で...。今日は、とりあえず帰るけど...。お昼は購買にしてね。おこづかいもたせてあったわね?」

といっただけで、電話は切れた。

雅代は、咲子の飲み食いするペースを把握していて、その分だけ、そのつど、千円札を何枚かわたす。参考書、ファッションは、別途ねだられれば、わたす。

「切腹かな?」

帝王切開になって、大変だったんだろう。おそらく...。

咲子は、今日は、理沙と真由の、マクドのたむろにはつきあわず、デュークウォーキングand電車内つま先立ちで、ウォークアウトしながら、帰ってきた。

うちに着くと、両親がテーブルでがっくりうなだれていた。

雅代は、咲子を見ると、

「ダウンやってん。口蓋裂もあって、状態も悪いねん。母子センターに搬送になった。あんなけ、羊水検査せーゆうたのに。」

あの子、針刺しするの怖がって...。お医者さんも、20代前半やから、針刺しで流産する方が、確立高いって...。」

というと、嗚咽しはじめた。

父親の泰三は、まんじりともせず、一点をながめている。授業の上手い国語教師で、小論文・古文指導などは、予備校講師より、定評があり、自信に満ちていたのに。


今は何をするべきかもわからず、そう、彼が苦労した、荒れた高校の授業にもついてこられない生徒のように、よるべないかんじだった。

次に口を開いたのは、あれだけボキャブラリーの多い泰三でなく、短大出の雅代だった。

「向こうの親も、和隆さんも、怒ってしまって...。産んだばかりで弱っている雅代をひっぱたいて、怒鳴り散らして、出てった。分娩費はそっちもちや!とまでゆうて...。」と、また泣きくずれた。

咲子は、親がこんなになったのは、初めてだったので、あ然と立ちつくしていた。

5月5日までに、マイナス5kgなんて言っていたのが、急に小さいことに思われた。と同時に、ざまあみろ、という感情が沸き起こってくるのを抑えるのを、どしようもできなかった。

咲子は、知能が高いので、それはおくびにも出さない習慣があったが、内なる感情を押さえ込むのは、食欲や性欲をがまんするよりつらかった。

雅恵は、咲子と違って、器量が良く、そのせいで雅代に咲子より、かわいがられていた。

それを怒っても、雅代は、そんな事ないと言い張る。でも...。

「買い物行くけど、咲子は、待ってる時間、ブーブー言うからもういいわね?ケーキ買ってきてあげるから。」

「咲子は、共有して伸ばさないで。9号入らないくせに。」

「女の子は、早く結婚できるのが、一番なんだから、20までにやせなさいよ。」などなど。


は、はー。短大出て、すぐ結婚して出産した結果がこれですかー。面白すぎるー。咲子は、町外れの公園に出て行き、そこで思いっきり笑った。塾帰りの小学生が、咲子を変態と思ったのか、猛ダッシュで逃げていった。それでも咲子は、ケタケタけたたましく、笑い続けた。

うちに戻ると、両親は、ぐったりソファに寝そべっている。咲子は、冷蔵庫のモノを適当に炒めて、食うと、風呂に入って、宿題をして寝てしまった。

次の日、咲子が家を出ようとすると、雅代は起きてきた。泰三は、もうとっくに出勤したらしい。

「お弁当は作れないからね。」

と言って、千円札を渡してくれた。

学校が終わってから、古墳のある公園に理沙と真由を呼び出した。

「ダイエットどうっすか?つらいっすか?」

二人は、呼び出しという態度に、わざとヤンキーのまねをしながら、聞いてきた。

「あの...。ダイエットどころでなくて...。雅恵がダウン産んだ。」

「マジで?今検査できるんとちゃうん?」

理沙が、目を丸くした。

「雅恵、あかんたれやから、針刺すの怖いって...。」

「んなん、出産なんて、鼻からスイカとか言うのに。」

真由は、責めるようにいう。

「無痛分娩言うくらいやさかい...。」


延々と話続けたあと、理沙と真由は、言った。


「あんたに出来る事ゆうたら、家のことしてあげるくらいやな...。こんな事態にマトモに向き合ったら、あんたがつぶれる...。」

「ダイエット弁当でも作りますか?」

真由が、沈んだ空気をやわらげるように言った。


二人と別れて、またウォークアウトしつつ帰ると、雅代がバタバタと荷造りしていた。

「雅恵な、ショックで精神おかしくなった...。そっちの方に転院するから...。」

作業をしながら、風呂を沸かす事と、洗濯物をたたむ事を指示しはじめた。

「こないなったら、やる事やるしかないわ。」

雅代は、憑かれたように、動いていた。

泰三は、帰ってきても、だんまりこんだままで、2階へ上がってしまった。

「あんなけ、表現が豊かでも、脳内だけかい!」

咲子は、思う。

次の日、家に帰ると、雅代は、テーブルの上で資料を書いていた。

「育成医療の申請や。」

「名前、未生って言うん?」

「うん。この子は、まだ生まれてへん。手術が成功してから、もういっぺん生まれるんや。貝塚のおばあちゃんに、宝殊院で画数見てもうたら、『ちょっと女としては良くない10画やけど、勝負に強い。』んやて。この子の人生、勝負が多いからな。」

こういう、加療に対する手続きから、名付けまでしないといけないのか...。ほんまは、赤ちゃんの父親がするのにな。咲子はなんだかさみしくなった。

「何これ?分娩費って?」

「ああ、向こうが回してきよったわ。ほんまは、分娩費に加えて慰謝料取るのがスジやとか言うてな。」

と、吐き捨てるように雅代は言った。

テーブルの上を見ると、女の達筆な字で、雅恵を非難する字が書かれていた。

「イキナリの出費やさかい、産院に分割にするよう、交渉してん。」

わ!そりゃ、雅代が説得したら、向こうも言う事聞くわな。ケースワーカーの仕事から、弁護士の仕事までするとはな。

泰三が帰ってきたが、相変わらずだまりこくったままだった。泰三は、よく、彼ほど能力のない同僚の教師について、「ぼんくら」とののしっていたが、咲子は、その言葉は、彼にこそ適応されるべきだと思った。


連休前日、久々ミスドのたむろに咲子はつきあった。

「3,5kgやせたよ。」

今日はドーナツを1個だけ解禁にしている。

「おお!地道な運動に勝るものなし!」

真由は褒めてくれた。

「でも、今大変なんやしな。精神的なものはあるんとちがう?」

と理沙。

「ん...そうやな。ただ、家の事負担しているから、その分少しカロリー消費しているかも。」

と咲子。まさか、雅恵より格下扱いされていた事のうっぷんを晴らせる事態とは言えない。

「で、どうなったの?」と理沙。

咲子が、状況を話すと。

「咲子のおばちゃん、大変やな。せやけど、将来的には、コロニーとかもあるし、どうにでもなるんちがう?ダウンで短大出て仕事している人もいるし。山下清みたいにアートの才能ある人もいるしな。」

真由は通りいっぺんのポジティブな話をした。咲子は、ウーロン茶の氷をがりがりしながらうなづいた。

5月5日は、あっという間にやってきた。それまで、咲子は4kgしかやせられなかったけど、よし、としている。

少しゆるくなったパンツを履き、ゆったり目のアンサンブルで参加した。

ワンダーフォーゲル部の部員も含めて、30人ほど。咲子はいつもつるんでいる理沙も真由もいないが。知り合い程度の裕有と連れ立って歩いている。裕有は、山歩きが好きらしく、余裕こいているが、お昼前になって、咲子は息が上がってきた。

「おうい!大丈夫か?」

振り返ると、有沢くんだ。

「うん、もう少しで休憩だし。」

汗でどろどろの顔を見られるのは恥ずかしかったが、声をかけてくれたのは、今日来た甲斐があったと言うものだ。もっとも、汗で流れるようなメイクの映える顔でもない。

800mほどしかないが、山頂に着いた。

そこから見える景色は、建物がキャラメルの粒よりも小さく見える。咲子は自分のダイエットも、雅恵が障害児産んだ事も、進路の事も、有沢くんの事も、全部細々したものに見えた。そういう意味でも、今日、登って良かった。

お弁当が終わると。

「行きや。」

裕有が、お菓子を持って、ワンダーフォーゲル部のところへ行けと言った。

同じグループの女の子たちは、ニタニタしながら咲子を見ている。

「え...いい...」

彼らの中に、有沢くんがいるというだけで、なんか、ひどく高尚な集まりをしているみたいで行きにくかった。

「奥ゆかしいわ...。」

里美がちゃかす。そうこうしているうちに、山を下る事になった。下りもゆっくり進んで行った。が、途中、有沢くんは一度だけ「もう少しやで。」と、言ってきただけで、ついぞ並んで歩く事もお弁当を食べることもなかった。

次の日、雅代は、お弁当を渡しながら、

「今日は、雅恵と未生の両方のぞいてくるから。うち帰ってもいないよ。夕ご飯には帰るから。心配せんといて。」

と言って、送り出した。

こういう状況なので、咲子は、洗濯物たたみと、お風呂たき、お米たきなんかをやらされて、お勉強の時間が1時間ほど削られている。

「進学校に、一応行ってるんやけど....。」と思いつつも、

「あんたらが、した報いやわ。」

と、心は軽やかだった。

放課後は、遠足の報告である。

「えー。握手会や園遊会じゃあるまいし。」

理沙は、あきれた。

今日は、サーティーワンに来ている。理沙と真由は、トリプルをカップに入れているが、咲子は未だシングルカップだ。

「おくゆかしいというか、あかんたれというか....。でも、少し話せて良かったね。」

真由は、なぐさめる。

「なー。それならいっそ、有沢くんと同じ大学目指そうよ。」

と、理沙。

「ええ!あんなとこ、目指しているのに、ムリ!」

咲子はのけぞる。

「そりゃ、有沢くん。文系でトップで、人文学の超充実したところだけどね。」

「でも、受験までに、なんとかメドつけとけば?」

真由は、ダイエットと同じように、けしかける。

「そうね。高校からつきあってて、ゴールインした人もいるしさ。どうしようか。」

すると、なんと!有沢くんたち、ワンダーフォーゲル部のグループが入ってきた。理沙と真由が、わき腹をこずいた。

「あ...。」

「このあいだはどうも。」

有沢くんは、咲子と目が合うと、一声かけてグループに戻った。

本人を見るとなぜか神経がブロックされてしまい、行動ができなくなる。

店を出るとき、理沙と真由は、半ば軽蔑した目で咲子を見ると、

「もう、5kgやせたら、もっと動ける?」

なんて、わけわからない事言ってきた。


うちに帰ると、雅代が、

「今度の土日、母子センターにいっしょに行こう。」

と言ってきた。

「えー怖い!」

「何ゆうてるの!あんたの姪でしょ!

「病院怖い...。」

「あかんたれやな。ほんまに。」

そう、咲子は、注射だけでビビってしまうのだ。

風邪のときは、「注射したほうが早よ治る。」ということで、注射させられてきたが、そのたびに半ベソかいてきた。だから、ガラスケースの中に、管をいっぱいつけられた赤ちゃんが、いっぱいいるところなんて、勘弁して欲しかった。


土曜日の朝、雅代は車に咲子を乗せると、母子センターに向かった。泰三は、理由を付けて来なかった。

小児センターは、近くの救命センターのように、最新の作りで明るかったが、ここで多くの子供が、注射より痛い思いをしていると思うと、やせたはずなのに、体が重かった。

4階にエレベーターで行くと、そこはNICUのあるフロアだった。面会時間なので、子供の親や祖父母らがかたまっていた。それは子供の運動会のような、かまびすしい集団でなく、難民キャンプの救援物資を待つかのような、暗ーいものだった。

その中の目鼻立ちの整った若い女が何匹か、咲子をジロジロ見てきた。咲子は、「ブスの瞳に恋してる」の主演女優のように個性的な顔をしているので、若い既婚女性にジロジロ見られる。たぶん、ヤツらは美人のくせに、足りないので、結婚によるステイタスロンダリングに失敗したのだろう。それで、憂さを晴らしている。中でもここの女は、

「あたしがなんでこんな思いしなくちゃいけないのよ!なのに、○スがお気楽な顔して!」

という気がビシビシ伝わってくる。

咲子はムカついたので、相手の粗探しをする目つきで見返してやると、目をそむけた。横顔はやつれ、実際の年齢は、もっと若いと思われた。

看護師が、ウェルパスでの手洗いと、不織布の割烹着みたいなの、シャワーハットみたいなの、マスクを着ける事を指示してきた。

咲子は、病気の大変な処置ばかりのドラマERにはまるヤツの気が知れない。だから、この作業は大変だった。

雅代は、慣れた感じで未生のいるブースに向かった。看護師が、

「未生ちゃん、もう1kg増えたら、オペできるんです。ミルクも上手に飲むしねー。ねー。未生ちゃん。」

看護師は、普通に赤ん坊に話しかけるように、言う。

ガラスケースの中では、普通より小さな赤ん坊が、管を付けられて寝ていた。鼻が余計に低く、目のあたりが平たいかんじがした。

「30歳以上で出産すると、ダウンができる率が跳ね上がります。みなさん、はやく結婚しましょう。」と、保健体育で言われていたのを思い出した。

咲子は、逃げ出したくなったが、雅代は看護師といっしょに未生に何やら話しかけている。


母子センターから出ると、汗ぐっしょり。5kmマラソン後並だった。

車の中で。

「あの繁殖したメスども、あたしの事ジロジロ見てきた!死にゃいいのに。」

「ほっとき!」

「そんな私のしんどいのわからへんのずっとやんか!」

「あんたこそ、NICUでビビるくせに!」

「あんたが、私のしんどいのわからへんから、何でも怖いんや!」

そう、うつ病は、本当に症状がキツイときは、苦しいと言えないのだ。被虐待児は救出された直後は何もできないのだ。

水かけ論をしていると、車は170号線を下り、水間を過ぎた。

うちは、もうすぐ。


うちに着くと、決められた例の家事を始めた。その間二人は口もきかない。

咲子が、外でひどい鬼畜に出会ったとき、雅恵と比較して差別されていると感じるとき、雅代と不毛の争いをした後は、ずっとそうだ。

それはいつもと変わらないが、今日は少し違う。

NICUで見た、普通でない生命体。咲子の姪だといわれた赤ん坊。

ショックが、引きずって、まとわりついて離れない。

それは、怖いミイラを見た後の倍以上だった。

現実のミイラの首は、千里の民俗学博物館で見て、そんなものか!とシレっとなる。

今までクラスでおった、口蓋裂や発達障害、小児麻痺の子。

最初はびっくりするけど、学校から帰ってまで、ひきずることはない。

でも、今日のは違う。

ショックを紛らわせるように、ダーティーな洋楽をかけて、宿題にとりかかる。

シンニード・オコナーのライオンアンドコブラ。

雑誌のレビューで、年を経ても残る名盤として、出ていた。

アップテンポのリズムに時折女性の絶叫が加わる。

鬼束ちひろもcoccoも十分ダーティーだが、シンニード・オコナーにはかなわない。

ショックを和らげる必須アイテムだ。

もちろん、鬼束ちひろもcoccoもCDラックにはあるが。


月曜日になっても、ショックは土曜日に帰ってきたときよりマシになったが、いつもの朝のしたくはしんどい。

だだでなくても、口をきいてくれない泰三は、だまったままだし、洗顔から髪を結うのまでうまくいかない。

自転車も、ペダルが重い。

改札で、定期を押し付けたが、エラーの警告音が鳴り響いた。

ダサっさい高校生が引っかかってる!ウマー!な視線で、鬼畜な勤め人たちが見てくる。「てめえら、リストラされろ!電車にも乗れんようになれ!」的な視線で睨み返すと、なじみの駅員が駆け寄ってきた。

「あれ?有効期間内ですね。お通りください。」


駅でもそういう不快な事があったし、英語のリーダーの授業でも...

咲子のヘッドフォンだけ、聞こえないのだ。

教師に言って、視聴覚の席を替わってもらってもいっしょ。

困った教師は、放課後にダウンロードしたCDを渡すから、来なさいという。


CDをもらって、理沙と真由のたむろに合流して、一連の事を話した。

「あ、それな。生体エネルギーの波動の乱れが、電機に来たのや。」

理科系の理沙らしい単純明快なお答え。

「わかりやすく言ってよ。」

「人間の動作や思考は、生物学的には、電気信号に集約されると生物で習ったわな?」

「?細胞膜のプラスマイナスイオンの事?」

「ま、それもその一端やな。だから精神的に思い詰めると、イオンだか波動だか出るわけ。」

理沙は噛み砕いて言う。

「あ、わたしも、ムカついた事があると、パソコンがフリーズする。」

と真由。続けて...

「SEのお兄ちゃんに聞いたけど、まったく正しい動作しているのに、あほとちゃうのに、パソコンをしょっちゅう止める人がおるんやて。そういえば、源氏物語の御息所もそうだよね。葵上を取り殺した。」

文系の真由は、古典を引用する。

「弘法大師空海も?安部の清明も?」と、咲子。

「彼らなんか、まさにそうだわね。奇跡のように言われるけれど、陰陽道の達人とか、密教の即身成仏になると、ごくあたりまえのことかもしれない。彼らの場合、平和利用だけど。」

真由は、オカルトな日本史も大好きだ。

彼らの住んでいる地域には、安部の清明のお母さんが祭られた神社や弘法大師の掘った池がある。地域の寺では、お大師さんの日には、お菓子がふるまわれる。高校の近くの大和川を渡れば、安部氏のテリトリー。安部の清明の神社もある。

「あ、じゃあサイババやキリストの奇跡も?」と、咲子が聞く。

「そうね。聖人と呼ばれるくらいになると、生体エネルギーもすさまじいから。だけど、サイババの本いっぱい出してた男の人。最高学府で博士号をとってからの文転なんていただけないわね。」

と、理沙。彼は、今は研究より、公演や執筆、布教活動に忙しいらしい。

文転とは、理系の数学が難しくなって、文系に鞍替えする事だ。

「でも、生体エネルギーなんて制御できないでしょう?どうしよう。」と、咲子は難しい事は説明されたものの、救いがないと思う。

そこで、真由は、

「生体エネルギーを建設的な方向に振り向ければいいのよ。原子力だって、平和利用と軍事利用があるやん。」

「うん。」

「咲子は、もうそれ、やってるやん。」

理沙は、ダイエット発心から、山登り、家事引き受けなど、エネルギーを既に使う事をしている事をさして言う。

ここでやっと、救われた気がした。で、手を付けていなかったケーキに手を付けた。

彼らが入っているのは、ベーカリー併設の喫茶店。

理沙と真由は、デザートアラモードなる、ケーキ・プリン・アイスなどが盛られているという、見事なプレートを平らげている。咲子はケーキだけだ。


別れたあと、咲子は、阪和線内でつま先立ちしながら考えた。

そういえば、ダイエット発心から、なんだかテンションが高い。だらだらした性格で、親や姉に容姿の事でいつもさっ引かれて、悔しい事がなければ、今の一番手高にもこなかっただろう。今も部屋は散らかっているし、床はザラザラだ。


しかし、先に家の仕事をしとかないと怒られるので、風呂を沸かす事と、洗濯物の取り込み、炊飯器のセットをする。そこに、たまに掃除機かけや買い物のオプションがある。

そんなので、1時間ロスしたあと、勉強。

本来なら疲れるはずだが、テンションが高いので、はかどる。

しかし、今まで、さぼり気味だったので

関関同立に入れるかどうかぐらいである。

数学が苦手なので、文系。

でも、入りたい学科は解らない。

どうせ、就職活動で、関係ないし。

エンジニアとか、別でしょうけど。

史学科とか面白そうだけど、発掘で人骨とか出てきたら怖いし。

無難な英文科か?

かかっているのは、Backstreet BoysのCD。

有沢くんとこんな甘美なラブストーリーができるとも限らない。

有沢くんは、文化人類学をやりたいそうだ。

しかも、ミーハーでなくて学問として。

成績も優秀だから、あそこしかないよね。


「雅恵も未生も帰ってくるって。」

家の仕事と勉強に追われて、1ヶ月が過ぎようとしていた頃だった。

父親の泰三は、器量の悪い咲子が食卓にいる時は、構ってくれないが、

未生が産まれて以来、余計この傾向は強い。

これが、教えるのが上手くて、人気もある国語教師ねえ。

旧9学区のトップの。

「僕のとこには来るな。その一つ上。」

と、今の三国ヶ丘来させるのに、尻だけ叩いといてさ。


帰宅部の咲子は、いつもまっすぐ自宅へ帰るのだが、

今日は帰りたくない。

だから、他クラスの理沙と真由をマクドに誘いたかったが、

生憎、都合がつかないらしい。

塾と夏物の買出しとか。

さらに、家の買い物も頼まれていない。

あああ、つまらん。

帰ってくると、雅代と雅恵は、ぼんやりテレビを見ていた。

いつもなら、おやつを食べるのだが、なんか寒々した雰囲気が嫌だ。

コーヒーだけ入れて、2Fにずらかるに限る。

「お帰り。未生はこっち。」

LDK続きの和室にベビーベッドがあった。

NICUと変わらぬ状態で、いや、管類が取れていたが、

あの生命体がそこに居た。

咲子は、ちらりと見ただけで、2Fに上がろうとするのを、雅代が止める。

「未生ちゃん、おばちゃんですよー。」

と、待ったをかけるが、振り切って階段を上がった。


なんやねん、あれ。

咲子は、大音量でシンニード・オコナーをかける。

鬼束ちひろでは、薄い。

苦手な数学から広げる。

勉強の勢いがついてきたら、覚えたらいいだけの英語や国語は楽勝だ。

下から、うるさい!という声が聞こえるが、無視。


それから、お腹が空いて降りていくと、みんな食べている途中だった。

テレビだけが、かかっていて、みんな無言でご飯を食べている。

雅恵が嫁いでからは、夫婦の会話に

時折、咲子に水を向ける感じだが、それすらない。

はは、私だけ差別してきた結果がこれですか。

重苦しい雰囲気でも、内心面白くて、テレビをぼうっと見ながらはしが進む。

「神戸のポートアイランド病院の犬飼先生やねん。」と雅代。

「母子センターの形成外科は?」泰三は近場で済むならそれでいいという感じだ。

「ある程度の水準らしいけど、MIXIで犬飼先生がネ甲らしいから。」

雅代は、40代半ば。○ちゃんねるのコア世代だ。

ふうん、話せばわかる、の人と同じ苗字ねえ。


その後、2階で横になって、

目覚めたら24時だった。

赤ん坊の弱弱しい泣き声がする。

雅恵は、湯沸かし器のお湯で、ミルクを溶いている。ショックで母乳など止まってしまったらしい。

未生に、なんかよくわからないプレートを挿入してから、哺乳瓶をあてがっていた。なんだか、義務的な、つまらなさそうな作業である。

ハズレのお役所の受付の職員みたいだ。

今までの雅恵ならば、無様なかっこ見るな!と、かみついてくるのだが、その気力もないらしい。

咲子は、それを確かめると、お風呂に入った。


翌日、都合のついた理沙と真由を、咲子は、呼び出した。

マクドの割引券があり、一番安いバーガーを100円で食べながら。

「帰ってきたん?」

真由は、同情をあらわにして言う。

「うん。」

「で、おばちゃんや姉ちゃんはどうなのよ。」

理沙から、本題に入ってくれる。

「いや、怖いからノータッチよ。姉ちゃんは、しけた顔でミルク作ってる。」

「しゃーないな。何か手伝わんとあかんようになったら、助けてあげたら。」

理沙は、フォローする。

「お世話するうちに愛着が湧くかもよ。」

真由は、通りいっぺんの励ましをする。

「でも、見た目が違うというのは、きついわ。」

咲子は、自分の冴えない容姿を棚に上げて言った。

「あ、いい情報があるの。」

理沙は、重い空気を和らげようと話を変えた。

「??」

「有沢くんの行っている塾なんだけど。」

「ええ!」

「駿台天王寺校。国公立難関文系コース。」

「でも、関関同立レベルで、んなとこ入ってもついていかれへんし。」

「あ、兄ちゃんときは、まだ受験生が多いから選抜テストあったけど、今じゃあ少子化で誰でも入れるよ。」

真由は、付け足した。


それから何日かたった、教室移動の時。

歩いてる有沢くんとすれ違った。

お互い目礼して立ち去る。

もっと、かわいかったら。

もっと、積極的だったら。

呼び止めて話しかけられるのに。

とりあえず、駿台の申し込みしよう。

親は、服代とかは渋るが、お勉強系は、ポンと出してくれるはずだから。


ここは、和泉市のある住宅街。

和隆は、実家に出戻って、家で飲んでいる。

母が、もうそれくらいになさいよ。

と言うのに、次のカートンを開ける。

ったく、なんで俺だけ、あんな子ができるんだ。

離婚して、オールクリアできたからいいものの、これからどうしたらいいんだ。

ほかのやつらのくれる年賀状には、

健康な子ばかり写っているのに。

女選びを間違ったか。

でも、妹は○スなものの、現役三国ヶ丘高校。まあ、おれの行っていた天王寺よりは落ちるが。

父親も教師だし。

身元調査では、六親等以内ですら、障害者はいないのに。

アルコールでモウロウとした頭には、同じ思考ばかりが行き交う。

毎日酒量が増えていくが、まだ許容範囲だろう。


咲子は、放課後、家とは逆方向の天王寺へ向かう。

逆方向になると、底辺校の子が車内に多く、空気が悪い。

容姿だけはキレイな子が多いが、あんなブス!みたいな空気を出していて、

大嫌いだ。

男子は、ラッパーの雰囲気そのまま、♪悪そな奴は大体友達♪

まんまの雰囲気。

三国ヶ丘天王寺間なんて15分程なのに最悪。

やっと解放されて東口から駿台まで。

受付職員は、咲子の三国ヶ丘の制服を見ると、

わかった感じで、書類を出してきた。

内心、このクラス、文科特進についていけるか心配だったが、

背に腹は変えられない。

カバンの底から、別ポーチに入れた万札を数枚出し、手続きを終えた。

帰り道、近鉄やあべのルアシス、あべのなんとかを過ぎる。

スイーツやかわいいグッズ。

でも、今はその余裕はない。

東口にまっすぐ、たどり着いた。


理沙と真由との、ベーカリー併設喫茶店でのたむろの中で咲子は言った。

「とうとう申込みました!」 「おお!で、週何回なん?」

理沙は、興味深げに聞く。

「英国社だから3回よ。」

「それだけ接点が多ければ、チャンスはあるわよね。」

真由は煽った。

「でも、人数居るし、同じクラスってだけで、アプローチできないよー」

咲子は、モゴモゴ言う。

理沙と真由は、デザートアラモードをまだ食べている。

咲子はケーキだけなので、食べ終わっている。

「奥ゆかしいのは、平安貴族だけにしなさいね。」

真由は、たしなめる。


その後、あの子らと別れて、電車に乗る。

窓に映る顔は、パッとしない。

口元は出てて、鼻は低く、糸目。

「三国ヶ丘でもダウン顔(爆笑)」

と、姉の夫、和隆が言っているそうだ。

雅恵が、大きなお世話にも教えてくれた。

それが、妻にダウン産ませて、責任も取らずに出戻りだ。

ざまーみろと、こいつに対しても思う。

車内広告には、高須クリニックの広告。

「美容整形なんて、出してくれへんやろな。」

そう思いつつ、熊取まで来たので、降りる準備を始めた。

熊取日根野間は2分ほど。言うてる間に日根野になってしまう。

日根野からは、少し歩けば松葉台の実家だ。


いつもの様に、逃げるように、2Fに上がろうとすると、

雅代が呼び止めた。

「見て。お宮参りの衣装よ。」

LDK続きの和室で、白いフリフリのベビードレスが広げられている。

「貝塚のおばあちゃんが買うてくれたんや。」

「ふうん。」

そう言って、コーヒーを入れる準備をしながら、できるだけそちらを見ないようにしていた。

「これ着て、脇浜戎神社、参拝するのねー」

ベビーベッドの未生に語りかけていた。

「えべっさんは、蛭子と言われて葦舟で流されたけど、西宮の漁師らに拾われて、立派に成長したんよ。あやからな、て宝殊院が...」

振り切るように2Fに上がる。

ケッ!あんなクリーチャー、外へ出したら、注目の的やろ。


梅雨の晴れ間の日曜日。

雅代・雅恵・咲子・未生は、

貝塚の脇浜戎神社にお宮参りにやってきた。

休日であるにもかかわらず、泰三は来ない。

咲子は勉強という錦の御旗を振りかざしたが、無理やり連れて来さされた。

車を止めて、鳥居をくぐって、拝殿に向かう。

受付で初穂料を収めると、

神職さんや巫女さん達が出迎えてくれる。

内部は、時代劇の陣屋の折りたたみ椅子みたいな椅子が、たくさん、祭壇に向いて並べられている。


神職さんは、淡々と、お祝い事を述べ、着席を促す。

ああ、動揺を隠してるな。いや、神に仕える身なので、それ位ではビビらないのか?

咲子は、思う。

ものすごい声量の祝詞が始まった。

雅代・雅恵は、神妙に聞いている。

普通の赤ん坊なら、この声でびっくりして起きるはずだが、未生は、スヤスヤ眠っている。

ああ、やはり障害児だから反応が鈍いのだなあ。と、咲子は思う。

しかしまあ、平安朝の古色蒼然とした社殿の中に、装束の神職さん達。古典オタクの真由ならば喜びそうだ。

そこへ、洋服の私ら。未生は、ぶりぶりのドレスだし...

儀式が終わると、雅代たちは、神饌を受け取り、社殿を失礼した。

ふと、大きな藁の輪っかが見える。

夏越の祓えね、と、雅代が、

未生を抱いたままくぐった。

「あんたらも、くぐり。」

と言うので、雅恵と咲子も従った。

何かの、おまじないみたいだけれど、よくわからない。


車に乗り込んだ。

雅代は、満足げだが、雅恵は、ぼんやりしている。

ふつう、五体満足な子供のお宮参りと言うと、母親はもっと晴れやかな顔をしているものだが。

車を山手へ2kmほど走らせると、貝塚のおばあちゃんの家だ。


広めの建売は、うっそうとした木々に覆われている。

ガーデニング好きの祖母が植えまくって、枝がお隣を侵略。時々苦情がくるらしい。

いつも、おばあちゃんの家に来るのは、楽しいのに、今日はなんだか、うっとおしい。


祖母が出てきた。

「この子が、未生?」

雅代の抱いているのを、慣れた感じで抱き取った。

「そうかーきてくれたかー」

ニコニコしている。

ダウンの上に口蓋裂を併発しているなど、どうでもいいようだ。ただ、ひ孫を見せられて喜んでいる感じだ。

「あんた、いっこも連絡して来ーへんから、心配してたんや。こっちは、免許ないし。」

未生が産まれてからのいきさつは、雅代と祖母の会話からだんだん、わかってきた。

祖母は、予定日も過ぎた頃だし、いったいどうなったんだろう?と、雅代の携帯に連絡した。しかし未生は、ダウンの上に、NICUに入っている。雅恵は、ショックから精神病院に入ってしまった。そんな状態で、電車を使えば来られるはずなのだが、行くに行けない感じだったそうだ。


「これ、遅れたけれどお祝いね。」

と、ご祝儀袋を渡されて、雅恵は初めて、笑顔を見せた。

うちでは、失恋と不合格がいっしょになった位、しけた顔しているのに。


出してくれたお菓子を食べながら、取り留めのない話をする。時折、未生が弱弱しく泣くので、その度に雅恵は、オムツを替えたり、ミルクを作ったりしている。

家でしているのは、なんだか罰ゲームのようだが、ここでは少し、母親らしい感じはする。

その後、晩御飯食べていけば?

という祖母の言葉に、雅代は遠慮して引き上げる。

というか、ワンマンな父親の泰三が、晩にそろっていないと、機嫌が悪くなるからだ。

咲子には話しかけないくせに、ダウン産んでからの雅恵には冷たいくせに。

どうも、えばって、飯食うのが好きらしい。

帰れば腹を満たせるが、精神的に苦痛な晩ごはんだ。



咲子は、授業が終わると、反対側の電車で天王寺に向かった。底辺校の学生だらけの車内は苦痛だが、今日は有沢くんも居る文科特進に行けると思うと、ずいぶん楽だ。

足取りも軽やかに、駿台天王寺校の教室に入った。

前から3列目程度に座ると、

よく見る進学校の制服がちらほら見える。

授業が始まる直前に、有沢君がすべりこんできて、咲子の5m先位に座った。いや、正確には、女の子を連れてだ。

「!!!!!!」

咲子は固まった。

なに、その子?よく見ると天高(天王寺高校)の制服やん!

授業が始まっても、付いて行けるかどうかより、あの女の子が気になってしょうがなかった。

授業が終わると、有沢君と女の子は、親しげに話しながら出て行った。

かえりの、あべのなんとかの華やかなお店の雰囲気は、まったく、沈んだ心とは合わなかった。


咲子は、ようやく都合のついた理沙と真由を、ミスドに呼び出した。

「え?天校の彼女おるん?」

真由は、すっとんきょうな声を出した。2本目のホールシング(棒付でカラーチョコレートが塗りたくってある)を持ったままである。

「まだ、彼女と決まったわけやない。彼女でも略奪しい!」理沙は、2つ目のパイをボロボロこぼしながら言う。

「せやけどーまあまあ遠目ではかわいい子やしー。」

咲子は、選んだフレンチクルーラーとココナツクランチにも手を付けずに言った。

「あんた、奥ゆかしいからなあー」

真由は、ため息を付いた。

「んで、有沢君と駿台で話す機会はあるん?」

理沙は、3つ目のパイを平らげながら言う。

「女の子が、張り付いているから無理だよー」

咲子は、ようやくココナツクランチをほおばりながら言う。

すると、真由は、

「チャンスが無いわけやない。とりあえず、気ぃついてもらえたら、今度はきちんと話すんやで。」

「うん。」

理沙は、「私がすすめたのが、かえって悩みの種になった

みたいやけど。それでも、前進あるのみや。」

「うん。」

2人は、なんだかガッカリしたようだったが、通りいっぺんの励ましをしてくれた。


松葉台のうちに帰ると、

雅恵が、泣きはらした顔でリビングで、うつむいていた。

雅代も、索漠とした感じで、

LDKを片付けている。

「どないしたん?」

「雅恵の友達が来たんやけど。」

なんでも、中学から仲の良かった友達が、突然来たらしい。

雅恵は、多くの友人達が携帯に連絡してきても、スルーしてきた。こんな子産んで、来られても、変にかわいそうがられて、避けられるだろうからと。

しかし、いたたまれなくなったその友達は、お祝いを持って、里帰り出産しているはずの実家に突撃してきた。

しかし、その人の反応は、雅恵が想像していたとおりだった、というわけだ。


咲子は、なぐさめる気にもならない。

いつもどおり、コーヒーを入れて、2Fに上がる。

今まで、自分を保護してくれるべき家族にすら、容姿の性で、見下しされてきたのだ。

せいぜい、私と同じ苦しみを味わうが良い。

2Fの自分の部屋で、かけているのは、スパイスガールズだ。

あんな声、どこから出せるの?というくらいの高音が、ずいぶんと小バカにしたようにも聞こえる音楽だ。

雅恵がダウン産んだのを聞いたのと同じくらいの小気味良さで、勉強は、はかどる。

晩御飯で家族がそろうが、今まで以上に、黙々と食べているだけだ。

泰三と雅代の会話すら、ない。

テレビだけがかかっている。

恐らく、泰三は雅代から、今日の出来事は聞いているのだろう。

しかし、なぐさめる言葉も見つからない。

こいつの、言語って、高校生に入試を突破させるためにしかないんだわ。

咲子は、つくづく思うのだ。

ごはんが済んでから、咲子は考えた。

容姿のいい人たちの、友人関係とか、結局、遊ぶため、しゃべるための要員でしかないないのではなかろうか?という点。

その時間を、「楽しい」と思うために、形、が要るだけだ。

バービー人形に、お洋服、靴、ドールハウス、いずみちゃん、りかちゃん、ボーイフレンドが要る様に。


そこで思い出したのが、いかにも人員合わせ的に出さされそうになった、雅恵の結婚をめぐるエピソードだ。

結婚するもの同士の両家の顔合わせの会食のときだ。

雅恵が結婚しようとしている男とその家族なんて、たかだか知れていると思って、行きたくなかった。

しぶしぶ行けば、男。和隆は、案の定、値踏みするような目で、咲子をジロリと見た。和隆の家族も似たような反応だった。

咲子は、席を蹴って、店を出て行った。

泰三と雅代が追いかけてきて、つかみかかったが、咲子はけり倒して、最寄り駅から電車で帰った。

中三の冬だった。

そういう、事件があったのにもかかわらず、泰三と雅代は、お式に出るように懇願した。

けれど、外見を取り繕うための人員であるのは、目に見えている。結局お式はボイコット。

幾ら、有名大学から大手企業に行って出世頭でも、私が嫌!と見抜いている相手と、結婚する自体が間違っている。


それから、うっくつした思いを雅恵に関しては、余計高めていた。

それが、ダウン産んで、旧友にも去られ。

面白すぎる!

「幸いなるかな、悲しむ者。その人はなぐさめられん。」

曽野綾子の小説に出てきた、一文を咲子は、かみしめていた。


クラスも容姿の性で、溶け込めないが、雅恵のここまでひどい状況を見ると、苦でもなんでもない。

むしろ、やる気が出てきて、今までサボり気味だったのを取り返そう、という前向きな気持ちになる。

「なんか、楽しそうね。」

進学校で、はみご、とは言っても、お弁当を食べるグループはあるのだ。休み時間には親しげには話さないけれど。

それが、いきなり、話を振られるとは。

「嵐の二宮君の写真集。ブックオフで激安でゲットしてん。」と、適当に返事すると、」

「ふうん...」

内心、嘘やろ。というかのように、うなづかれた。

そのあと、グループでリーダーシップを取っている子が、話題を出し、咲子の話はそれで終わった。


放課後、そのクラスでそれぞれ、はみご、にされている理沙と真由と、また、ベーカリー併設の喫茶店に寄っていた。デザートアラモードを、理沙と真由は、ケーキ・プリン・アイスと、給食のように三角食べしながら聞いた。

「有沢くんとの、今後の進展は?」

「無い。もっとかわいかったらなあ。」

咲子は、マロンクリームパイを食べながらつぶやく。

「それなら、いい情報がある。」

真由は、切り出した。

「うちのクラスの、竹田さん。お父さん、形成外科医なんやて。」

「おい、韓国みたいに整形?」

「いや、口元に関しては保険が利く場合があるそうよ。明石屋さんまが言ってたけど、彼のように、骨から出ている場合は、要治療というレベルらしいよ。」

まあ、彼の場合は、他のパーツが整っているから、テレビに出られるのだけど。

さすがに、そこまで、露骨に言われて、咲子もたじろいだ。

「略奪しかけるくらいなら、それくらいして、ええんと、ちゃう?今まで、家族で冷や飯食わされてきたんやろ。姉ちゃんがダウン産んだ混乱に乗じて、やってまえ!」

理沙は、火に油を注いだ。

「でもおー」

咲子は煮え切らない。

「うちが、詳細聞いといたる。咲子のおばちゃんは、神戸の病院ゆうてるけど、あんた遠出いややろ。それに、顎系の症例が多いそうだし、疾患を放置プレイしたの、同級生の父親に知られたら恥やで。咲子のおっちゃん、凹んでくれるわ。」

真由は、デザートアラモードを平らげてしまっている。

「じゃあ、お願いね。」

咲子は、期待もせずに言った。


次の日は、駿台天王寺校へ行く日だ。

しかし、また、有沢くんは天校の女の子とつるんでいるんだろうあ。

三国ヶ丘駅から乗るのも、気が重い。

すると、後ろから、誰かが声をかけた。

「田中さん、やん。」

「!!」

有沢くんだった。

「予備校?」

「うん。」

「そうか。俺も。電車で連れと会うから。じゃあね。」

と、ハイキングの時のように軽やかにかけてった。

「連れ、ちゃうやろ。彼女やろ。一緒に行けへんかったら声かけんな。」

と、言いたいところだが、咲子は、声をかけられた衝撃でフリーズしてしまっている。

駿台天王寺校では、有沢くんは、相変わらず、天高の女の子と居る。

でも、今までのように、苦痛なだけではない。

声かけてくれたんだもの。

脈はあるのかもしれない。


遅くなって、自宅へ帰ると、

雅恵は、また、しけった顔に戻って、未生のおむつを換えている。

ごはんは?と、雅代が聞くが、夜遅く食べると、太るので、風呂に向かう。最も、駅のスタンドで、パンやそば類を食べているから、要らない。

勉強は、朝早く起きてするのだ。

「明日は、未生の形成外科初診なんよ。」

雅代だけが、張り切っている。

まあ、口蓋裂を治すのは当然だ。でも、ダウンまでは治せんやろ。

先日、同じ大阪出身の学者が、万能細胞の開発でノーベル賞!とか、聞いたけれど。

正常な染色体にした未生のips細胞でみんな置き換えるなんて。ワード文章の置換コマンドでもあるまいし。


朝早く起きるのは気持ちいい。

4:00だというのに、とても明るい。

高校の授業の復習と予備校のそれと。

ああ、いつになったら、私立文系コースで、

英国社3教科になるんやろ。

理系の理沙は、楽な受験の王道!

と小バカにしてくれるが、私には目標がない。

理沙のように、IT関連でセレブになってやるとか。

だから、人生の目標は、大学に入ってから考えるのだ。


朝のテーブルは慌しい。

しかも、未生の形成外科初診とあって、

余計バタバタしている。

雅代は、保険証は?替えのオムツは?と、

グズな幼稚園児にするように、雅恵をせかしている。

が、雅恵は、空ろな感じ。

咲子は、聞き流しながら、トーストと、

お弁当のおかず用に作った、ラタトイュを食っている。

泰三とは、口も聞かない。

咲子より先に、かばんを持って出て行った。


5教科以外では、咲子は音楽を取っている。

ピアノをやっていたのと、課題とかが確実に時間内に終わるので、音楽がいい。

書道や美術だと、仕上がらないと居残りがあるそうだから。

ちなみに、有沢くんは、書道らしい。

習字は師範とってて、中国の書家の模写まで出来るとか。

やはり、知性がある人は違うのね。

私なんか、尻叩かれまくっての三国ヶ丘だからなあ。

習字は、小学生の頃習っていたけれど、うまくはならなかった。

モノトーンの世界は退屈だ。

下手でも、絵の具を塗りたくれる、図工や美術がいい。

書道は専攻できん。

なのに、ダウン症の書家もいる。

こういったら、怒られるけど。

未生は、どの程度のダウン症なんだろう。

雅代が言うところによると、

遺伝子のモザイクの程度で、

あの書家くらいの知性がある人から、日常生活ができないレベルまであるらしい。

雅恵は情報を漁って、未生にいい治療を。という気にもならないようだ。

義務的にオムツ換えと授乳をしている。

犬飼先生の件も、雅代がネットのSNSで、調べたのだ。


雅代・雅恵・未生は、三宮でポートライナーに乗り換えた。

モノレールタイプで、なんだか遊園地の電車のよう。

車窓の風景も町のジオラマのように見えてしまう。

雅代は実は、この電車には、大昔に乗った。

ポートアイランド博覧会の際、高校の友達といっしょに。

博覧会と同じように、雅代達もティーンで、希望に満ち溢れていた、あの頃。

まさか、早い目にできた孫が障害児で、再びこの電車に乗ろうとは。

降りると、最新鋭の学研都市が広がっていた。

病院と一緒に、先端医療センターなどの研究施設。

病院の中は、あまりにも最先端で、雅代・雅恵・未生は、まごつく。

とりあえず、事務員さんに初診だというと、診察券を作りますから、と言われて、

待たされた後、カードをもらう。

再診は、このカードで受け付けから、会計まですべて機械に入れてできるらしい。

カードと一緒に患者呼び出しポケベルを持たされる。

それは、受付を待つ時間より早く、鳴った。

診察室に入ると、病院のホームページの写真のとおりの医師が座っていた。正確には、数年経過して少し、年行った感じ。雅代と同世代、40代半か?横に看護師と若い医師達がいる。

「初めまして、犬飼です。」

天然パーマのような髪を、アインシュタインのようにボサボサにして、ストライプのシャツを着ている。

未生の口を、強いライトで照らしながら診る。

未生は、普通の赤ん坊なら泣いたりするところ、目をしかめただけ。

犬飼先生は、一人納得したようにうなずきながら、若い医師達に専門用語で説明している。

その後、雅代達に説明をしてくれるのだが、いまいち要領を得ない。

この医者、MIXIでネ甲なんだよね?!雅代達は、不安になる。

すると、若い医師の一人が、

「口唇・口蓋とも一気に手術します。普通数回しないといけないのですが、この方法ですと、一回で済みます。」

と、翻訳?してくれた。

帰り際、「お母さんも、お祖母ちゃんもがんばってね。未生ちゃんも・・・」犬飼先生は、慣れた感じで、未生をあやしている。未生はようやく、目を見開いて、犬飼先生を見つめた。


帰り、雅恵は、再び少し母親らしい態度になっていた。



うちに帰ると、雅代が待っていたかのように話しかけてきた。

「未生の手術日決まってん。9/1。夏休みは子供で混んでるから、ラッシュが終わったら、すぐ犬飼先生してくれるねん。」

雅恵は、珍しく、ヘルパーさんが仕事でするようにではなくて、何か未生に話しかけながら、ミルクを与えている。

そういう時は、未生をわが子と認めてくれた人と会った時だ。ダウンのクリーチャーでなくて。犬飼先生も、そういう人だったのか?

最近は買い物に行っても、一見上品そうな親子から、

「ダウンやん!何で堕ろせへんのやろ。」とか、通りすがりに言われたりするので、外出もしていない状況なのだが。

咲子はいつものように、コーヒーを入れて自室にこもる。

なんか見くびられてきた家族が大変な状況になって、ざまあ。なのだが、歩み寄られたところで、話すべき話も無い。

やるべき課題と、インターネットでの交流。食べる物、音楽。自己完結した世界をかき乱されるのは迷惑だ。

放課後会う友人がいたり、

有沢くんが居たりはする。

でも、卒業すれば彼らとは別れるだろうし、あの天校の彼女が居るのに、どうしたらいいのだろう。

mixiと○ちゃんねるで遊んだ後、復習にとりかかる。

苦手な数学は、図とかはノートに書くしかなく、似た例題をネットで探して、授業の進度に合わせてファイルする。

後の教科はノートをワード打ちしてファイル。予備の

CDROM2つに保存し、念のためプリントアウトする。

今は、勉強できるツールがネットであふれているからいいな。

野口英世のお母さんが、砂を張った盆に字を書いて覚えたのとは、えらい違いだ。

でも、その分みんな同じくやりやすくなるし、すごい子は家庭教師つくし。

なんでも、最高学府は、ええとこのボンかお嬢ばかりとか。

競争率は、雅代の少し下の最悪の受験戦争の頃と変わらない。上のほうは。

理沙のように、国公立理系になると、熾烈極まるらしい。


次の日、真由は、

「うちのクラスの、竹田さん。お父さんの話聞けたよ。」と言ってきた。

折りたたんだA4の紙を渡される。昼休みの短い時間を縫ってだった。

なんでも、そこの形成外科は、一見さんお断り。紹介状が要るらしい。咲子の場合は、口元のでっぱりなので、歯科医の書いたのが最適だろうと。

「ありがとう。」

しかし、言いにくいな。

虫歯の検診も兼ねて、歯医者行くしかないな。

竹田さんって、目立たない子だったな。1年のとき一緒のクラスだったけど。咲子のようなはみごではないが、しゃしゃり出るような感じはない。

今日、お弁当を食べるグループでは、今日集計を返された、テストの校内順位の探りあいと、夏期講習をどこに行くか?である。

「さん、駿台の文系難関校コース行ってるんやって?」

「まあ...」

「できるんと、ちゃうん?2年2組の有沢くんも...」

と、目をらんらんと輝かせて、聞かれる。こいつ、私が好きなの知ってるなあ。

「そうみたいね。難しいクラスのわざと行くと、モチベーション上がるから。」

むきになって否定するのもなんなので、適当に言っておく。

まさか、この間の校内順位でようやく関関同立が合格圏内だなんて、言えない。

下の旧9学区トップじゃあるまいし。

しかし、うつだ。

夏期講習だって、有沢くんは天高の彼女と居るのだろうな。


今日は、駿台天王寺校に行く、アンビバレンツが味わえる日でもない。理沙と真由とは、都合がつかない。

すぐ家に帰るのだ。

すると、背後から声がした。

「田中さん。熊取から通ってるんだって?」

「有沢くん...」

咲子は、フリーズする。

「うんん。佐野。熊取寄りだけど。」

「なんだ、熊取は、あのせせこましい町に文化財や旧跡がザックザクなのよ。それじゃあ、郷土史家知らない?」

「大叔父が、郷土史おたくで、文化教室の講義とか観光ガイドしてるみたいなんだけど。社会科の先生を当たったの?」

「うん。でも、先生の知り合いは教員や公務員をしている隙間に資料集めてっていう程度だからな。かなりシニアで、郷土史オンリーの人に会いたい。」

「わかったわ。」

そういう会話の後、有沢くんは、またヒラリと去って行った。

うれしい、のと反面、面倒な事態だな、と思う。

娘の孫ばっかりかわいがる父方祖父母(上之郷のおばあちゃんち)とは、年始と盆しか会わないし、泰三自体ああだし。

しかし、背に腹は変えられない。

頼むしかないだろう。

文化人類学好きだから、身近な歴史とか興味有るんだろうな。

わたしなんか、郷土資料館行っても、つまんないし。

理沙が持っているアイフォンの方が興味ある。


その夜。

泰三がえばって飯食う苦痛な夕食の後、晩酌で上機嫌になっているところを見計らって、声をかけた。

「上之郷のおっちゃん、郷土史家やろ?」

「ああ、こないだ、りんくう文化センターで講義したゆうてたわ。」

で、自慢話が続きそうだったので、遮って言う。

こいつの話は、自慢か叱責かしかない。

「三国の有沢くんが、郷土史家探してるねんけど。」

「ええよ。連絡するわ。せやけど、関関同立ですら、マイナーな事項出るからゆうても、なんぼ泉州のコアな項目知っててもしゃーない。平安時代の官僚制度とか...」

延々と、叱責が続くのはわかっていたが、有沢くんと会えるためだから、しゃーない。

開放されたかったが、我慢した。


次の土曜日。上之郷の大叔父のうちで、有沢くんと会った。有沢くんは、泉州で有名な和菓子チェーンの包みをさげている。

大叔父は、うんちくを垂れられる相手が来たおかげで、機嫌がいい。

冴えない風貌の咲子が、男の子を連れて来たくらい、どうでもいいようだ。


「昭慶門院領が、和泉国沼間庄(現在の岸和田市沼町)にあったみたいだけど。ほかの荘園は...」

彼らの話は、わけがわからない。

咲子は、マルチーズのように、おとなしく話を聞いている。

ともかく、有沢くんのそばに居られるのが、うれしかった。

マニアックな話は、2時間近くも続いたろうか。

2人はお礼を言って、大叔父宅を後にした。

2人で長滝から電車に乗り、

咲子は日根野で降りた。

一駅分だからか?それとも、関係ができていないからか?

別れの挨拶以外、何も話さなかった。

有沢くんは、東岸和田で降りる。

そのまま付いていけたら、いいのに。

有沢くんのうちは、岸和田城近く。

有沢くんは、岸和田藩の重臣の子孫だという。

旧9学区のトップ校なんて、1分でいけるのに。

あちらは出来がよろしいから、三国なんだろう。

私が、尻叩かれまくって、来たのとはちがって。

「何?岸校(岸和田高校)合格圏内だから、この調子だと?教師の子がそれでは、困る。」

中3の1学期の、泰三の侮蔑した視線が忘れられない。

雅恵には、女の子は早く結婚できるのがいい、って、

短大まである、浜寺の中堅どころの女子高専願で、いいと言っといてさ。


帰って、なんだかむなしいので、すぐパソコンを立ち上げる。

案の定、理沙と真由からメールが来ていた。

咲子は、携帯は二つ折りタイプのだ。雅代が高校生の分際でスマートフォンは贅沢だと言うから。

メールも携帯で打てなくはないが、面倒。

ほとんど、パソコンにしてもらっている。

理沙と真由は、スマホ使っているのに。

今日はどうだった。と、

二人とも聞いてきている。

何も無かったよ。

とだけ、返信しておいた。


いつもはメールチェックしたあと、mixiと○ちゃんねるで遊ぶのは程々に勉強に取り掛かるが、今日はだらだらとロムってしまう。

ああ、こうやってリアルでこけて、オタク女子は出来上がるんだろうな。

でも私には、アニメとか鉄道とか歴史とか、興味のある分野が無い。

腐女子にも鉄子にも歴女にもなれない。歴女ならば、有沢くんとも趣味の話題で盛り上がれるだろうし。腐女子ならば、大阪の秋葉原=日本橋に浸って、理沙のように、ITを極める。とか、発展的になれるのに。

目標がなければ、勉強への動機付けも鈍る。

真由は歴女なので、あんたこそ有沢くんと共通の話題があるのに。

と、振ると、

「あんなガッチョ(細くて小さい魚)の唐揚げみたいなキモメン。ええわ。(大阪でええ、というのは、もうええわ、とか、いりません。のニュアンスがある。)」

と言われてしまう。

確かに、有沢くんは、ロザンの宇治原の身長を低くした感じの痩せ型。もっと、宇治原より地味な顔。しかし、知性がにじみ出る空気がある。咲子のように、叩かれまくって勉強しています的な御面相ではない。キモメンは、ないだろう。さすがに、宇治原の後輩になるかも知れないだけある。


ダウン症の姪ができたから、福祉とかに興味が湧くとか言うのは無い。

社会福祉は大事だと思う。

しかし、私にマザー・テレサのような精神は皆無だ。

容貌が足りない分、知性を。

と、叩かれまくってきた育ちには、人を蹴落としてでも。

という、動機しかない。

容貌に恵まれていたとしても、雅恵のように、容貌だけに上げ底されて、ハズレをつかんでしまうような女になるだけだ。

ああいう、両親に育てられたら。


6月に入ってからは、プールである。

去年とは違って、水着姿を晒すのは、随分苦痛ではない。

しかし、有沢くんと取っ掛かりはできたものの、天校の彼女居るとか、アプローチできないとか、余計な悩みも増えた。

延々と25mプールを往復させられる。

型は何でもいい。

途中立っても構わない。

すると、バタ足の女子がひどい水しぶきを浴びせてきた。

「気ぃ付けっ!」

と、咲子が怒鳴ると、斉藤だった。

こいつは、進学校には珍しいくらい、やさぐれた性格の女子である。

「普通に泳いでるだけやん!」

と、逆切れである。

まったく、こんな女子と接するのは、ごめんだよ。

三国来てから、中学の時おったような、痛い男女はいない。

しかし、咲子ではないが、勉強以外アレレな人間がたまに、居て、すごく苦痛である。

有沢くんたちは、海へ行くのだろうか?

ワンダーフォーゲル部は、野外活動的に旅行には行くらしいが。

日本最高点から、深海まで。

と、富士山登山から駿河湾の海の幸を食べる旅行を企画しているらしい。

理沙が教えてくれた。

しかし、これは部内のみで、

5月の公開遠足のような外部参加は不可。

残念である。

もっとも、咲子は、国内の名所を楽しむ感性は無い。

いつかは、ハワイやドバイで、セレブなショッピングしたいな。と、思っているだけだ。


しかし、男の好みは、こうと(関西で渋い上品さを言う。主に年配の人の表現。)、なんだよなあ。

理沙と真由は、ジャニーズとか好きなんだけど。

思えば、有沢くんとの出会いも、本当にささいなものだった。

毎年春に、スポーツテストがある。

体育がずっと2で、総評が足引っ張られていた身としては、苦痛である。

50M走は10秒かかるし、ほかの記録もぱっとしない。

人に好かれないので、待っている間の立ち話もできない。

しかし、背筋力テストのとき。

そこで、驚嘆の声を上げられたときに、彼は居たのだ。

三国ヶ丘に来てから、賞賛の声を浴びる場合は無い。

中学までは成績だけが取り柄だったのに。

そこで居たのだ。

彼だけ、やわらかく微笑んでいたのだ。

そこだけ空気が違う気がした。

必死で、あの時の彼が誰なのか?

確かめようとしたが、

とりたてて特徴もないゆえ、大変だった。

ある日、御陵の周りを走る集団があって、遅れがちな子をフォローしている感じのあの子が居た。

殿軍しんがりの大将のように。

誰か、確認したら、

1年8組。ワンダーフォーゲル部の有沢くん。というらしい。

イケメンでもないので、不審がられた。

それから、有沢くんが気になってしょうがないのだ。

芸術科目は、書道らしくて、咲子とは違う。

咲子は音楽。

そこで出会うチャンスもない。

何とかして出会える機会はないものか?と思っていたら、ダーフォーゲル部の公開遠足があったというわけだ。

しかし、目だったのが、

背筋力テストって。

花も恥らう乙女が力持ちで。

中学の時、親戚のたまねぎの収穫を手伝わされて、言われた言葉を思い出す。

「咲ちゃんみたいな子ぉやったら、昔ならすぐ嫁の貰い手あったのになー」

なにそれ。

要は、力仕事ができて、まめまめしく働けるからだ。

成績がいいのは、泰三が、下の娘が誇れるものがないから、できのいいのを吹聴している。

中学までの勉強なんて、まめまめしく暗記すれば、どうにでもなる。

三国ヶ丘に来たら、地頭。

パソコンのバイトがぜんぜん違うくらいの頭脳の子ばかりで、咲子が本当に頭がいい、というわけではないとわかった。

そう、いかに農作業のような単調な作業・力仕事にむいているかが、評価されたのだ。

姉の雅恵のように、かわいいのでなくて。


三国ヶ丘の1年の春。

雅恵と和隆は、挙式。

夏の終わり頃、妊娠したと言ってきた。

雅代と泰三は、大喜びで、

雅恵が帰ってくるたびに、楽しそうにしていた。

妊婦雑誌を広げて、脳内お花畑状態だった。

咲子は、それを冷めた目で見ていた。

和隆のような腐った男の子を孕んで?

まあ、こいつは旦那の外面と稼ぎが大事なので、幸せなんだろう。

赤ちゃんが生まれたら、そうもいかないだろう位は、咲子にすらわかる。

時折、ネットのニュースにも上がる幼児虐待。

がらの悪い人々のできちゃった婚に限らず、まあまあのスペックのところでも起こっている。

でも、実母の雅代の支えはあるし、かわいいせいで、どうせママ友にもチヤホヤされるんだろうな。

そう思っていたところへ、

障害児が出来ての離婚である。

悪いけど、今までが今までだけに、面白すぎる。


期末テスト1週間前になった放課後。

有沢くんが、また呼び止めてきた。

「田中さん、部の旅行と夏期講習が1日重なるんだ。その分、ノートとっといてくれる?」

「いいよ。」

それだけ言うと、またヒラリと去っていった。

声かけてくれたのは、うれしい。

でもどうして、天高の彼女

に頼まないのか?

彼女も都合が悪いのか?

咲子は、バブル期を舞台にした小説で、「都合のいい女。」と言う、文章があったのを思い出してしまった。

いいや。

きれいにワードで打ったやつを作ろう。

カラーインクが高いから

色分けすべきとこは、書体やフォントを変えたりしているけれど。

カラーインクを使って...


あっと言う間に期末テストが始まった。

2年になってから、頑張ってるから、構内順位は上がるかと思う。

しかし、1年は、さぼり気味。夏休みに取り返すしかないだろう。

テスト開始までの悪あがきで、みんな必死でノートなどを見ている。

「あー!ぜんぜん、勉強してへん。どないしよう。」

耳障りな声が聞こえてきた。

日岡美恵だ。

こいつも、進学校に珍しく痛い女である。

理科系だが、同じ音楽を取っているので、いっしょ。

家が事業をしていて、私立の医学部を目指しているらしい。

165cmで、美人というには、致命的になる、めくれ唇がついている。

ほかのパーツは整っているのに。

吉本芸人なら、おいしいが、普通は嫌だ。

まあ、容姿はどうでもいい。

問題は、性格。

嫌味なのだ。

家庭科で一緒になると、野菜の切り方などを嫌味っぽく言ってくる。

御陵まわりのランニングで遅れていると、

「がんばれー!」

と、京都のぶぶづけのような嫌味を言ってくる。

それで、礼節を重んじる剣道部というのだから、芸人だったらレベルが高いだろう。

それに気を取られてるうちに、先生が答案用紙を持って入ってきた。

文系科目は暗記ものなので、当りはずれがなくていい。

割と今回はいける。

先生が答案を集めだすと、

また耳障りな声が聞こえてきた。

「ああ、ぜんぜん、でけへんかった!」

日岡美恵だ。

私立理科系ならば、現国なんか、どうでもいいでしょうに。

センター試験参加の私立医学部かなんか知らんが。

最悪、親の財力にモノを言わせて、岡山医科大に行けばいい。

あそこは、名前さえ書けば通るらしい。

寄付金を積める、という受験生の場合だが。


テストが終わった日、理沙と真由と、ベーカリー併設の喫茶店で落ち合った。

「どうだった?」

と真由。

「数学が、凝った応用問題出されて...」

理沙は、国公立理系ゆえか、悲痛である。

「私は、まあまあだったえど、返されるまで、わからんわ。」と、咲子。

3人ともお昼でおなかが空いているので、お惣菜パンを2つ食べている。

友人同士は、出来具合などは、素直に話す。


咲子は、また、有沢くんの件を、言われる。

「夏期講習とかあるんでしょ。」と真由。

「天高の彼女が張り付いてるから、無理だよ。でも、1日分だけ、出られないからノート取っといてくれ。って。」

真由は、「チャンスやん!」と言う。

3人は、デザートアラモードを追加オーダーして食べている。テストが終わった開放感から、食欲全開である。

「取ったノートのワードファイル送るから、って、メアド聞き出しぃ。」理沙は、言う。

咲子は、キョトンとする。

「あんた、まさか、プリントアウトしたの、渡すつもり、ちゃうやろな?」

と理沙。

「ええ...そのつもりでいた。」

「昭和生まれのおばちゃんじゃあるまいし。」

真由は、あきれる。

「メアド聞き出したら、勉強の質問と称して、メールできるしさ。」

理沙が言う。

「せやなあ。」

理沙と真由は、咲子は何か、どんくさいんだろうか?

と思い始めていた。


日岡美恵は、部活を終えた後、堺の市街地の広い自宅へ帰って、まったりしていた。

夕ご飯に、お手伝いさんが呼びにくるまでしばらくある。

自室は10畳ほど。

別に4畳のウォークインクローゼットが付いている。

テストはまあまあ出来た。

この調子だと、浪速医科大も合格圏内だろう。

近畿医科大は、余裕で合格圏内だが、親は少しでも上に行って欲しいらしい。

まあ、免許を取れば、近畿医科大は、湾岸高速ですぐ。浪速医科大は、高槻までだから、少しかかるかな。

合格したら、お祝いに、小さいベンツを買ってやるとも言われているのだ。


しかし、田中咲子を始めとするあの、デブス三人組。

なんで、あの容姿で生き生きしているんだろう。

私だったら自殺しそう。

ひそかに、三国ヶ丘の森三中と呼んで、まわりとネタにしているけど。

そう考えていると、お手伝いさんが、夕食の支度が出来たと言ってきた。


下へ降りて行くと、母と妹はもう、席に着いている。

夕食は、カロリー計算されたものが、あたかも料理雑誌のように並んでいる。

「テストは、どうだったの?」と、母。

「まあまあ。」

「なんとしてでも、浪速医科大へ行ってもらわないと困るからね。家から通えるなら、あの信濃町のとこがいいのだけど、女の子を出すわけにはいかないわ。」

本当は、私立医学部の最高ランクのところへ行って欲しいらしいが、古い考えからか、女の子は外へ出したくないらしい。

妹は、黙々と食べている。

姉とは話したくないらしい。

母とは話すが。

こいつは、すべて顔のパーツが整っている。めくれ唇などはなく、母と並んでいると、美人母娘に見えるらしく、二人が出かけると賞賛を受ける。

しかし、美恵と出歩くと、

決してそうはいかない。

そのせいもあって、妹は、姉をみくびっている。

母親譲りの、美人特有の美は正義と言わんばかりの嫌な性格だ。

父は、別宅だろう。

夕食にそろうのは珍しい。

そういう、どこか寒々した食卓が当たり前である。



夏休みに入ると、なじめない学校もなく、

課題と音楽、ネット、甘いものに耽溺できるので快適だ。

朝から音楽を聞きながら勉強。

泰三が出払ったLDKで9:00頃食事。

雅恵は、だらだらテレビを見ていて、

時折義務的に未生にミルクをやり、おむつを替えている。

雅代だけが、何やら話しかけたり、おもちゃであやしたりしている。

未生の反応は鈍いが、雅代の動きを目で追っている。

ご飯作り、洗濯、掃除などを、未生が寝ている間に手伝っても良さそうなのに、

何をする気にもならないらしい。

結婚準備をしていた頃のノリとは、えらい違いだ。

昼からも勉強だが、時折ネットで遊ぶ。

8月入ったら夏期講習だ。

どうせ有沢くんは、天高の彼女といるのだから。

と思うが、ノートを取っておいてあげるという使命がある。


時折雅代から、ダウン症の情報を調べるのに、

検索ワードを言い渡される。

雅代の世代がパソコンの一番のユーザーだから、

検索してくれれば、いいようなものなのに。

家の用事が忙しいらしい。

私だって受験生なんだけどな。

と思うが、小学生の頃から、○ちゃんねるなどに出入りしていたので、

検索など片手間である。

今日、言い渡されたのは、

ダウン症 ips をgoogleで検索しろと。

すると、アメリカでダウン症の人のips細胞を作って、トリプルになった遺伝子を正常に戻せた。と、出てきた。

遺伝子治療に役立てるようにできるようになるかもしれない。ワード文章の置換コマンドのように、正常な染色体にした未生のips細胞でみんな置き換えられるみたいだ。

これは、雅代に報告せねばなるまい。


夏期講習に出かけた。

家から日根野まで歩いただけで、ぐっしょり。

関空快速のクーラーは弱く、物足りない。

でも、底辺高の子は、夏休みで少なくて、ホッとする。

代わりに、耳障りな餓鬼どもの声がする。

駿台天王寺校につくと、有沢くんは、天高の彼女と居た。

案の定。

しかし、落ち込んでいる暇はない。

最終日のノートをキレイに取るために、授業についていかなければならない。

咲子にとって、文系難関コースの講義はレベルが高い。

三国ヶ丘でも、成績上位者ならば、苦痛ではないでしょうけど。

サボり気味だった咲子には、きつい。


帰り道は、また、あべのなんとかの華やかな通りを過ぎる。

リゾートなファッションの、かつての雅恵のような女どもが闊歩している。

いつになったら、ああゆう格好をして、有沢くんと歩けるのだろうか?

受験の目標と同じく、咲子には、何だか絶望的な目標な気がする。

とりあえず、夏休みに遅れを取り戻し、真由が言う様に、歯医者に行かなければなるまい。

そこで、A4の紙にあった、骨格性不正咬とやらの診断名を書いた紹介状をもらい、竹田さんのお父さんが部長をしている形成外科へいくのだ。

雅代には、口元を治す旨言っていない。

でも、専門医の錦の御旗と、ネットでの情報をかざせば、なんとかなるだろう。


8月も後半になり、咲子が夏期講習の最終日のノートをワードでキレイに仕上げている頃。

雅代が、家の用事の合間に、未生の入院準備を始めた。

mixiの口蓋裂コミュニティで、入院に要る物などを調べて、ドラッグストアなどで買い足している。

しかし、雅恵は、義務的に未生にミルク&おむつ、のみ。

時折2Fにまで、

「我の子ぉーやろ!」

と、雅代が雅恵を叱責する声が聞こえる。

ざまあ!だ。

雅代は、雅恵のお式の準備と同じくらいのモチベーションで入院準備をしている。

しかし、雅恵は、夏休みの宿題を溜め込んだ小学生より、だらだらしている。

ははー。美人なんて、どうせ主体的に生きられないのよ。

結婚式などだと、世間が流布する肯定的なイメージがあるので、それに乗っかって、楽しくやれる。

しかし、障害児が生まれたから、この子をどうやって、自立するように育てるか?なんて、個別にがんばらなければならない事態には、無力なのよ。

嫌味であのダウン症の書家のHPをプリントアウトして渡そうかしら。

いつぞや、

「咲子は、13号だもんねー。共有できないわよねー」

と、かわいいマスカットグリーンの9号のスカートを見せびらかしたお返しに。


まあ、そこまでしなくていいか。

それよりも、夏期講習の最終日のノート。これでいいかな?

5回見直して、有沢くんに聞いたアドレスに送る。

その後、理沙と真由へ、その旨メールした。

夏休みだから、仲がいい者同士集合しても良さそうなものだが、連日の37℃とかの猛暑である。

ただでなくても、出不精の彼女らが、出てくるわけがない。

ガラの悪い底辺校の子らは、ゲームセンターやカラオケボックス、留守宅に溜まってそうだが。

インテリな少女たちは、表現豊かなメールで十分交流できるし、ネットや他の趣味で、家に篭っていても忙しい。

第一、勉強しなくてはならない。

頭の悪いやつらとは違って、長時間つるんでなくても、十分にリア充なのだ。


泰三は、研修などの仕事で不規則に出かけて行き、仕事のない日は、高校野球を見ている。

未生には、相手には決してならないし、咲子、雅恵にも同様である。雅代にだけ、いわゆるフロ・メシ・ネル状態である。

国語の勉強を教えてもらってもいいが、小学校の時から、教えてもらうと喧嘩になる。

なので、咲子は塾を利用している。

ただ、成績だけはチェックされて、ダメ出しである。


夏期講習の最終日のノートを有沢くんに送信して4日後。

返信が来た。

お礼の決まり文句と、添付ファイルがあった。

音楽の。

開いてみると、Hayley Westenra の楽曲が16曲。

これ、若い美人の白人ね。

雅代が、いつか夢中になっていた

白い巨塔のラストで流れていた曲。

どうせ、美人で上げ底されてる歌手でしょ。雅恵じゃないけど。

と、ずっと思っていた。

しかし、有沢くんの、お気に入りとなると、確認したくなる。

白い巨塔のAmazing Graceだけでなく、他の曲もあった。

聞いてみると、なんだか乾いた心に、しみわたる感じがした。

家でも外でも、決して思春期の普通の女の子並みに満たされていない状況。

そのせいで、ずいぶんと、やさぐれて生きている自分。

それでも、幸福になろうと、あがいている。

そうした所へ、しみ込むような感じだ。

音楽を聴いて、そんな状況になったのは初めてだ。

今までスルーしてきたが、やはり有沢くんが聴く曲は違う。

you tubeでダウンロードして、CDにせねばなるまい。CDも買わなきゃ。

そして、勉強のお供にするのだ。


8月の最終週のある朝。雅代は、入院準備に、雅恵をせかしていた。診察券は?入院の書類は?

おむつ、なんかは病院の隣にダイエーやドラッグストアがあるからええけど。

雅恵は、夏休みの宿題が出来ていない小学生のように、虚ろである。

未生が、口蓋裂の方は、やっと治療が受けられる。という、喜びなどはない。

未生の初診の時と同じ態度。

なんだ、この、温度差は?

そんな、バタバタしている中でも、雅代は咲子に、指示してきた。

「冷凍食品もカップめんもレトルトごはんも満タンにしてあるからね。洗濯だけは毎日回してね。」

咲子は、うっそりと、うなずく。


雅代、雅恵、未生は、病棟に落ち着いていた。

4人部屋だが、ベッドの縦の部分が、背合わせの衝立で区切られていて、カーテンを閉めれば、個室風である。

病院の隣には、病児の親が格安で泊まれる施設があり、雅代はそこから通う。

雅恵は、未生が赤ちゃんなので、

ほとんど付いている。

手術前日、小さい部屋に呼び出され、犬飼先生の説明があった。

しかし、雅代、雅恵には、いまいちよくわからない。

横の、若い医師の一人速水先生が、翻訳してくれた。

それは初診のときと変わらない。

ただ、最後に、犬飼先生が、

「明日がんばろうね。」と、

未生をあやしながら、微笑んだ。

雅代は、その様子を見て、なんだか大丈夫な気がした。


新学期になってから、咲子は理沙と真由とで、サーティーワンに集まった。

夏休み明けにもかかわらず、3人は日焼けしていない。

外で遊びまわっていた、小学生の頃とは、大違いである。

「それで、有沢くんにノート送信したん?」

理沙が切り出す。

「うん。お礼にHayley Westenraの曲が添付されてきた。」

「Hayley、いいよね。きれいだし。あげまんだし。」

真由は、思い出したかのように、うっとりする。

「あげまん、ってデスブログの女優と逆って意味?」

咲子は、問い質す。

「そう。人には、あげまん・さげまん・どちらでも無い、があって、影響を受けるのよ。」

真由は説明する。

「頭の固い、がちがちの理科系に説明しようと思ったら、『ありがとう』と書いた紙を入れた水を凍らせると、きれいな結晶になり、『ばかやろう』と書いたのは結晶にならないの。モーツアルトとヘビイメタルでも然り。と説明するわね。」

理沙は補足し、チョコミント・クッキークリーム・キャラメルリボンのトリプルを食べ終わった。

「そしたら、シンニード・オコナーはヤバいん?」

と、咲子。

「そりゃ、ムカついてる時は、そんなんでも聴かないとやってられんわ。せやけど、後でモーツアルトでも流しとけば。」

真由がフォローしてくれた。

音楽がきっかけで有沢くんと、メールのやり取りができるかも知れない。

そんな淡い期待を、秋の予感と一緒に感じていた。


うちに帰ったら、夕食までは勉強だ。

Hayley Westenraを流すとはかどる。

夕食は、泰三が食べるであろう時間とずらす。

だいたい、18:30頃帰ってきて、

19:00過ぎまでテーブルで居るから。

夜は炭水加物は摂らない。

せっかく、やせたのに。

炭水加物以外の冷凍食品、ミックスシーフード、ミックスベジタブルなどを並べてチンする。

その後は風呂入って、また勉強して、洗濯機と食器洗い機のスイッチを入れて、寝る。


未生の手術待ちの間に、雅代と雅恵は、洗濯したり、病院の隣にダイエーやドラッグストアで、

必要なものを買い足したりしていた。

待合に戻ってからは、二人とも二つ折り携帯で、所在無げに、手術が終わるのを待っていた。

雅代は心配そうだが、雅恵は、コンビニ前で溜まっているガラの悪い若者のように、ちんたらしていた。

夕刻近くになって、多くの付き添いの家族が、手術室から出てきた患者を迎える。

でも、未生は、まだ出てこない。

口唇・口蓋同時形成で8時間以上はかかる。と、聞いていたが、さすがに雅代は心配になってきた。

手術室待合は、きれいなリクライニングシートがあって、昭和の頃の様な、長椅子があるだけ、より、リラックスできる。

しかし、緊迫した雰囲気は変わらない。

雅恵は、待ち疲れて寝入ってしまった。まあ、よくも我がの子ぉの手術待ちで寝られるもんだ。

18:30頃。9:00開始の手術から、

9時間半経った時、医師団のうちの

若い医師:長田先生が出てきた。

雅恵も目を覚ました。

「今、最後の縫合の段階に入っています。もうしばらくしたら、お部屋に呼びます。」

手術着は、ぐっしょり濡れていた。

19:00頃になって、雅代と雅恵は、

部屋に呼ばれた。

犬飼先生が、切り出した。

「オペは、僕の思うように組織をつなげられました。」

間髪入れず、もう一人の若い医師:速水先生が、スマートフォンを見せた。

そこには、口元が、正常な人と同じくらい糸で閉じた、未生の写真があった。手術直後とは思えないくらい、キレイだった。

「これから、48時間までは、腫れてきます。でも、その後は徐々に治まってきて、3週間後には、かなりキレイになります。」

長田先生は、説明した。

雅代と雅恵は、先生方にお礼を言った。

雅代は、感激して、犬飼先生の手を握り締めた。長田先生と速水先生は、良かったねーという感じで、暖かい目で見ている。

しかし、雅恵は、なげやりに接している我が子に、そこまでしてもらって申し訳ないなあ、と思うのだった。


咲子は、手術終わった旨のメールを受けた。

手術直後とは思えないくらい傷がきれいらしい。

ふうん。と、咲子は、思いながら、決まりきった定型文を返信して。勉強に戻った。


犬飼弘行は、手術後、シャワーを使った後、看護師が入れてくれた濃い目のコーヒーを飲むのが常だった。

「凝ってますねー」

と、オペ室ナースの森本佐紀子は、犬飼先生の肩をグリグリした。

そんなとき、他科の外科医が、犬飼先生に話しかけてきた。

「お疲れ様です。あのダウン症の患者ですよね。」

「ん?」

「どうせ、治したって、しゃべらないから無駄ですよ。」

「何を言っているんだ。言葉を慎みたまえ!言語訓練が大変になるからこそ、早期に完璧に治しておかなければならないんだ。」

「へえ。それは失礼しました。」

と、他科の医師は、別に悪そうでも無い感じで、立ち去った。

時折、居るのだ。

倫理感のかけらもない医師が。

犬飼弘行のところへ、遠くから紹介状を持った患者が来る今。

そういう医師が出てきた気がする。

もちろん、使命感あふれた医師が多いのだが。

犬飼弘行が、研修医の頃。

若い医師は、良くも悪くも、医師としての矜持があったような気がする。

赤ひげとか、シュバイツアーとか、そんな大仰なモノでなくても、

なにか普通の職業とは違うという。

しかし、最近は、それが無い医師が見受けられるような気がする。

ゆとり教育とやら言うモノの、弊害だろうか?

時世の出来事は、遅く帰宅した23:00とかのニュースで見るだけである。


今日は、久しぶりにお弁当を入れてもらっての、登校である。

雅代が帰ってきたのだ。

雅恵は、未生に付き添っている。

雅代は、3日に1度、着替えを入れ替え、おかずを差し入れるために病院へ通うそうだ。

雅代が帰ってくると、正常な感じがする。

咲子は、雅恵と未生には、ノータッチだから、居なくてもいっしょである。

9月入ってからも、30℃オーバーの残暑である。

雅代は、私が結婚する、昭和から平成になる前後。

岸和田祭りの時分には、完全に秋だったのよー。

と言うのは、信じられない。


高校は、理沙と真由と会える放課後まで孤独である。

しかし、今までとは何かが違う。

有沢くんの、メールアドレスは聞けたし、音楽という共通項はできた。

後は、これを発展させるだけである。

Hayley Westenraが、あげまんと言うのならば、他のアーティストはNGなのか?

持っている、CDをこの日の勉強は、この1枚のみリピート。

というように、決めて、その日あった出来事を日記にしてみた。

その結果、Hayley Westenra以外は、あげまんのアーティストがなかったのだ。

どないしよう、と思っていたら、

Hayleyがデュエットしていたり、

グループに参加していたりしている楽曲があった。

Andrea BocelliとCeltic Womanである。

Celtic Womanも、はいはい、イナバウアーね。とスケート競技の記憶があるだけだったが、改めて検索してみた。とりわけ、Celtic Womanを選曲したフィギアの選手が金メダルを取ったので、あげまんなのは確実だろう。

you tubeでダウンロードして、CDにして、足りない分はCDを買うのだ。

♪悪そな奴は大体友達♪

逆も真なり、だろう。

有沢くんにメールしてみたい。

音楽の件でなくて、勉強は?

私立文系なんて、暗記がすべて。

やり方を聞く口実はないなあ。

国公立文系ならば、数学が、多くの場合ネック。

だから、聞きようがあるけど。

しかし、泰三が、私立文系と知ったら怒るだろうな。

浪速大学行けといわれてるから。

洛北大学は無理でも。

まあいい。

明日できるモノは明日すればいい。


雅恵は、カーテンを閉めた未生のベッドサイドで、

液晶モニターでネットサーフィンしていた。

この病院は、ベッドごとに液晶モニターがあって、今日ある検査を確認できたり、

ネットができたりする。

未生にミルクをやり、おむつを替えて三度出される付き添い用の食事をするだけである。

三日に一度、雅代が来て、すごい勢いで着替えを総入れ替えし、タッパーに入れたおかずを出してくる。

未生のような子が産まれた自体、苦痛なのに、一体これは何の罰ゲームなんだろう?


そう思っていると、隣から、ヒソヒソ女の声がした。

ダウン症とか、いう声が聞こえる。

雅恵は、思わず、隣のカーテンに怒鳴った。

「何抜かしとんのじゃ!!ワレ!!もう一遍ゆうてみ。」

すると、いけずな顔をした若い女が、

「そっちこそ何ですか?人の話に!」

と、北摂の変てこりんな標準語で言ってきた。

後は、もう怒鳴りあいである。

看護師がすっとんで来た。

雅恵は、ついに、ヒステリーの発作を起こし、倒れてしまった。

こうなると看護師は、もうお手上げ。

院内用のケータイで、形成外科の医局と、精神科の医局に連絡した。


雅代は、そうめんに載せる錦糸卵を焼き、きゅうりを切っていた。

まだ暑いのでめん類だが、栄養が偏らないよう、具をたくさん載せる。

すると、ケータイが鳴った。ポートアイランド病院からである。

「え!何?雅恵が倒れた?!」

雅代は、すぐ、2Fの咲子を呼び出した。

「雅恵が他の親と喧嘩して、ヒステリーで倒れた。すぐ走るから、あと頼む。」

やれやれ、私だって受験生なんだけどなあ。

しかし、何を言われたのだろう?

まあ、ガラの悪い人々の方が繁殖しやすいので、そういう親と揉めたんだろう。

咲子は、そうめんを上げて水にさらしてから、うつわに盛り付けた。

錦糸卵ときゅうりと、シーチキンを載せる。

あとは、夏野菜のラタトイユやあじの南蛮漬けなどの常備菜を出す。


日根野から2時間かかって、ポートアイランド病院に雅代は着いた。

もう9時。未生のところへ行こうとすると、中央のナースステーションから、

看護師が出てきた。

「未生ちゃんは、私たちが見ています。談話室へ。」

と、入ってみると、まだ病院に残っていた犬飼先生と見知らぬ医師が居た。

何でも、雅恵が未生の件で聞えよがしに他の親に悪口を言われ、喧嘩してヒステリーで倒れたそうだ。

精神科の医師は、しばらく雅恵を精神科の個室に入れ、後は未生を病棟の個室に移したほうがいいだろう。という話だった。

犬飼先生は、困り果てた感じで言った。

「患者同士仲良く、と言ったのですが...」

精神科の医師らしい人は、雅恵のこれまでの既往歴を聞いてきた。

「未生ちゃん出生時に、発作を起こして、しばらく入院していたんですね...」

雅代は、せっかく手術が成功したのに。と、がっくりとなったが、犬飼先生はこう言ったのだ。

「心無い人だって、いずれわかる時が来るのですよ。」

フォローのつもりだろうか?しかし、雅代たちが、後ほど震え上がるような事件が起こるのである。


精神科病棟で、雅恵は鎮静剤の点滴を受けていた。

強い薬なのか?雅恵は、雅代が来たのに、ぐっすり寝ている。

こんな女で、子供が育てられるのだろうか?

雅代の方が倒れたいくらいである。

ともかく、またしばらく、ポートアイランド病院に居ると、うちに連絡しないと...


「韓流ドラマちゃうんやから!」

理沙が、呆れ気味に、叫んだ。

マクドの割引券が入っていたので、3人はビッグマックの入ったセットを食べている。

「韓流は、極端だからなあ。すぐ人が死ぬし、感情表現が、どぎついし。姉ちゃんがはまっとったわ。」

咲子は、ビッグマックを平らげてから言う。

「大映ドラマに通じるものがあるわよね。

おかんが昭和のDVDにはまってて、見たけど、

今、放映したら吉本だわ。」

真由は、マックシェイクをすすりながら言う。

「美人って、ああいう、わかりやすいものにしか反応しないのかな。

それで、リアルでもああゆう行動してしまう。」

咲子は、ぼやく。

「それと、某特定アジアの国とかかわると、法則が発動するのよ。」と真由。

「あれね。」と、理沙。

「そしたら、姉ちゃんの一連の不運は...」

「かもねー。まあ、あの国に免疫ある人は何ともないんだけど、

皇室に縁のある苗字とか、まずいわね。服部とか三宅とか。」

「なんで?」

咲子は聞く。

「日本史で、部民とか習ったでしょ。あの末裔は苗字に出てるんだけど、

該当すればガチ。で、日本人のウン%には、皇族の血が入っているそうだけど、

そういう人もやばいわね。」

「そんなにいるかな?」と、理沙。

「嵯峨天皇のなんて、49人のお子さんがあったそうよ。で、すべてが皇族として御所に残るわけじゃない。清和源氏みたいに地方へ下る。その子が、昔だから、最低でも3,4人子孫を残したとしたら...」

真由が説明を続ける間、理沙は、スマートフォンの電卓を叩いた。

「10世代、2の10乗でも。1024だよ。相当な数の日本人には、皇族の血が入っているわね。」

「原因はハンリュウ?いや、和隆みたいな男を選ぶ姉ちゃんが悪い。しかも、そういう風に育てた親が悪い。」と、咲子。

「じゃあ、細木とかの言うご先祖の因縁かな。今度、上ノ郷のおばあちゃんち行った時に、

聞いてみれば?」と、真由。

「うわー、有沢くんに郷土史の件で、とりついだのでも大変なのに...」

咲子は、押し黙ってしまった。

「まあ、受験が終わってからでもいいやん。」

理沙が、フォローした。


うちに帰ると、雅代が居ないので、洗濯とごはんの用意はしないといけない。

とはいえ、一人分だが。

泰三は、この事態ゆえ、外食で済ませてくるという。

食料のストックはあるので、しばらくは冷凍食品と外食だろう。

あああ、と思いつつ、パソコンを立ち上げる。

そうだ、有沢くんに、あげまんのアーティストについて聞いてみよう。

勉強は暗記モノばかりだから、聞いてもしょうがないけれども。


文化祭の準備の季節だ。

クラスでは、劇をやるそうだけど、咲子はノータッチである。

あの目障りな日岡美恵は、主役をやるとかいって、張り切っている。

理沙や真由にぼやくと、

「ほっときー。剣道部のいけず2人組の片割れなんやから。」

と理沙。

今日は、ミスドである。

雅代が帰ってくるまで、小遣いを持たさないといけないので、

ミスドビッツ1個である。小さいドーナツがいっぱい入っていて、

お得感がある。

「なんや、それ?」

「あー。重田さんと並んでね。写真撮影のときとか、私のような器量の悪い女の傍に寄ってくる、あばずれよ。」

真由が苦り切って言う。

何でも、痛い女で、目鼻立ちは整っているけど、大顔。170cmのスレンダーボディで、

手に大きなアザがあるらしく、半袖の季節は包帯をしているか長袖だ。

「腹立つから、竹田さんのお父さんの件は教えたれへん。」

「向こうが知ってたりしてね。」と、理沙。

「いや、父親が医者なんて、ブルジョワ思われるから言わんよ。地元で開業してたら別だけど。放課後たまたま話し込んだとき、そういう話が出たの。で、咲子が悩んでそうだったので、聞き出しただけ。三国で知ってるの、うちらだけ。」

「ごめんね。そんな子に。まあ、言いふらす気もないけど。」

「至って控え目な子だよね。」と、理沙。

思春期の女特有の、泥臭さがない子らしいのだ。

「咲子の、おばちゃん。いつ帰ってくるん?」真由が話題を変える。

「わからん。お弁当は冷食詰めてくるけど、お茶代持つか?」

「大変やな。まずかったら、大仙公園でジュースでもええよ。」

理沙は、カルピスドーナツをつまみながら言う。


雅代は、自宅に帰ってきていた。

雅恵は、投薬など精神科で治療を受けながら、未生に付き添うらしい。

もう、2週間ほどで未生と共に出られるらしい。

インターホンが鳴った。

未生が生まれて以来、変な宗教の人が、知人・他人含めて来るので、

警戒して明けると、山本さんの奥さんだった。

「あのうー、和隆さんの件、知ってはる?」

「??」

近所で、雅恵と同じ学年の子が居るお母さんだ。

「尚生会病院、入院しはってん。」

アル中の精神病院である。

「アル中決まったわけやない。別の、うつとか。」

「ううん。コンビニのレジで手が震えながらお会計しているの見たわ。

それで、親戚が和隆さんの会社に出入りしているんやけど、辞めたんやて。お酒の席でのトラブルと、アル中の症状も重なって...」

「んまあ。」

「悪い行為はカルマが下るのよ。だから元気出して。こういう状況だから、余計な話する人が来ると思って、遠慮してたんやけど、元気出してね。」

と言うと、出て行った。

でも、雅代は、すぐに、ざまあ!と言う気持ちにはなれなかった。

和隆がアル中になったからといって、未生のダウン症が治るわけじゃない。

咲子に調べさせて、アメリカでダウン症の遺伝治療ができる実験が成功したというけど、

臨床化されるまで、どれだけかかるというのだ。

雅代の世代では、日本のそういう現状は、周知である。


資金がきれかけたときに、雅代が帰ってきた。

やれやれ。

泰三に言ってもいいが、2人は雅代を通じてやりとりするだけである。

咲子は、パソコンを立ち上げながら思う。

有沢くんからメールだ。

「あげまんのアーティストは、セリーヌディオンだよ。受験のとき聴いていた。」

何?人工授精で男子作りまくりの、痛いおばちゃんだよね。

皇室行ったれや。

有沢くんにとって、受験なんて何でもないよね。

でも、金メダル候補がこけるのは、よくある話。

改めてyou tubeで聴いてみると勢いがある気がした。

やはり、あげまんは大事なのだ。


咲子は、理沙や真由の誘いを断って、帰るのと反対方向の関空快速に乗っていた。

駿台天王寺校ではなく、ポートアイランド病院に行くためだ。

まったく、受験生なのに。休日を犠牲にして行くよりマシだが。

英文を電子辞書をお供に読んでいると、ポートアイランドまで、あっという間だった。

8F病棟に、形成外科の患者が入院していると聞いていたので、そこまで上がった。

中央がナースステーションのようである。

で、周りが病室。

盲腸とかの級友が、地方の小さな個人病院に入院したのを、見舞った経験では、

ナースステーションが手前で、奥に病室が続いているのだが。

この作りは、初めてである。

未生の件を看護師に言うと、病室に案内してくれた。

あの騒ぎゆえ、個室に移されている。

雅恵が、液晶モニターでネットサーフィンしていた。

未生は寝ている。

雅恵は、ジロリと咲子を一瞥した。

「ママに言われてん。」

とだけ言っても、黙ってネットをしている。

すると、「田中さん。」と、40代男性の声がした。

天然パーマでストライプのシャツを着た医師が、立っていた。

犬飼先生だ。

雅代が写メールしてきた通りである。

しかし、主治医の写メールなんて、他の口蓋裂やダウン症のブログでも見ないぞ。

雅恵は、咲子の時とは打って変って、笑顔で犬飼先生を出迎えた。

「叔母さんね。三国行ってる。」

咲子の方を見て、一言だけ、ボソッとつぶやいた。

雅代の話だと、北野(高校)を出ているそうだ。

写メールにあるよう、大造りなお顔に、奥二重の目を見開いている。

未生の方を見て、素手で口の中を診察する。

おい、普通、デスポーサブルのゴム手袋するやろ。

犬飼先生は、「そろそろ、抜糸かな。」と、言う。

雅恵は、「良かったー!」と、家で居る時より1オクターブ高い声で言った。

それで、唾液で汚れた犬飼先生の手を洗うよう、洗面台の方に連れて行った。

かったるそうに、雅代に言われて、入院準備していたのとは、えらい違いである。


病院から帰る電車の中で、咲子は、犬飼先生に合った余韻に浸っていた。

寡黙な医師である。

しかし、なんか、温かい雰囲気が漂っている。

有沢くんが持っている雰囲気に似ているが、もっと野太い男性的な空気である。

雅恵の態度が、豹変するのもわかる。

いや、雅恵程の、スノッブなビッチが、ああいう態度になるくらいだから、余程だ。

私くらい冷や飯を食って育った人間なら、男性の雰囲気を見抜くのは当然。

しかし、雅恵にすら、わかるんだからなー。

もし、早くに犬飼先生みたいな男性に出会っていたら、雅恵も和隆みたいな男に、

引っ掛からなかったのに。


文化祭当日は、咲子・理沙・真由らは、朝のホームルームだけ出て、

周囲の店をブラついて過ごす。

学校に馴染めないから、出てもしゃあない。

咲子だけが、ワンダーフォーゲル部の展示を見るためだけに、一旦三国に戻った。

展示は、登山用具や、80歳でエベレスト登頂を成し遂げた三浦雄一郎さんのコーナー、

山歩きあるあるエピソードなどが、主な内容である。

咲子は運動は嫌いだし、自然を楽しむ趣味もない。

しかし、有沢くんが、関係するとなると、別である。

皇族が、博物館の展示の説明でも受けるように、真剣に部員の説明を聞いていた。

三浦雄一郎さんのコーナーを見ていると、有沢くんが近寄ってきた。

「山は逃げない、って言うよね。」

と言ってきた。

「そうやな。」

咲子は、にっこり、微笑みながら答えた。

まあ、うちら受験にはタイムリミットがあるし、将来は結婚適齢期なんかもあるのだろう。

そう考えかけて、次の言葉を考えていると、有沢くんが他の部員に呼ばれてしまった。

いつも、そうや。

親しく話そうとすると、邪魔が入るし、フリーズしてうまく話せないし。

あああ、と、思いながら、展示に使っている教室を出た。

携帯を見ると、理沙からの着信が。ベーカリー併設の喫茶店に寄っているそうである。


文化祭明け。

咲子は、かかりつけの歯医者で、紹介状をもらってきた。

几帳面に歯を磨くので、新たな虫歯はなかった。

帰宅すると、雅代がキッチンに居た。

「私の口元、異常なんだって。だから、形成外科へ行く紹介状もらってきた。」

「歯列矯正は、小学校でしたやん。別に、何をな治さんといかんの?」

「歯並びは整ったけど、このぼこっとした口元では、いずれガタが来るって。」

その後、押し問答の挙句、泰三に相談するという話になった。


晩酌のあとの泰三も、雅代の時と、似たような反応だった。

「ワレ、三国行くのにケツだけ叩いといて、あんばいしたらんのか?

車検せえへん車走らしてええんか?」

と、咲子は激昂して、身近な食器を床に叩きつけた。

泰三は、固まって何も言えない。

雅代は、なんとか、咲子をなだめようとしたが、突き飛ばされてしまった。

未生は、泣き出し、雅恵が、ベビーベットのある横の座敷に連れ出した。

家族がパニックになったのを確かめると、咲子は、2Fに上がった。


翌朝、雅代は、

「その、竹田さんのお父さんが部長をしてはる、形成外科。行っていいよ。」

と言ってきた。

おそらく、○ちゃんねるで、

「高校教師、三国が丘の娘に殺される、プギャー!m9(^Д^ )」

の祭りの光景が、2人の脳裏に浮かんだに違いない。

地域コミュニティーは、崩壊したが、今度はネットが、世間の代わりである。

影響力があらゆる人にある。

雅代以降の世代では常識。

これを咲子は、利用したのだ。

咲子は、初診が水曜日の旨と、その日は学校を休む件だけを言い残し、家を出た。

泰三は、なぜか、とっくに家を出ているようだ。


その週の水曜日。

咲子と雅代は、朝のラッシュの済んだ、関空快速に乗っていた。

初診は、11:30までに、入ればいい。

この日休む分のノートは、理沙・真由に頼んである。

お礼は、あげまんの音楽。

奴らのダウンロードしてあるのとかぶると、やばいので、デュエットしている、などの音楽をダウンロードして、送っておいた。Il Divo、Andrea Bocelli、Sarah Brightmanなどである。

しかし、矯正してあげたのに、まだ、口元を治せと。

余程肥えているとか、顔の件口には出さなかったが、器量が悪い分、勉強勉強と追い立てたから、トチ狂ってしまったのか?

雅代が考えるうち、電車は大阪を過ぎてしまった。

もう少しで、桜ノ宮である。

そこから、少し歩くと、大阪市民病院である。

そこで受付を済ませると、未生の時と同様、患者呼び出しポケベルを持たされる。

ポケベルが鳴って、診察室に入った。

そこには、雅代と同年代の医師が居た。

プロレスラー並に体格が良く、ひげ面である。

咲子は、威圧感を感じたが、やさしそうな眼差しは、竹田さんそっくりだった。

「娘がお世話になっています。」

いや、1年のとき、同じクラスになっただけなんだけど。

横に若い医師達や看護師が居る。

竹田先生は、咲子の口を診察しながら、こう言った。

「矯正したときに、骨格までしなきゃならん。って言われんかったの?まあ、ともかくCT撮ろう。」と、若い医師の1人に、CTの指示を出した。

CTから戻ると、竹田先生は、こう言った。

「典型的な骨格性不正こう合ですね。」

すると、若い医師が、スクラップブックを差し出した。

そこには、患者のbefore→afterの写真が沢山あった。

咲子のように、ボコッと出た口元の写真を差しながら、こう言った。

「これくらいキレイに治るんだよ。しんどい手術になるけど、がんばろうね。」

先生の話によると、上あごの骨をいったん切り離し、奥へ引っ込めて、またつなげるなどの、

あごを相当に動かす手術になるようだった。

咲子は怖くなったが、もう引き下がれまい。

しかし、美容外科でもないのに、

before→afterの写真集なんて。

手術は、この春休みになった。

高2の春休みと言うと、受験生になったばかりなのに。

と、咲子も雅代も一瞬思ったが、体の方が最優先である。

なぜならば、近所に薬剤師にもかかわらず、アトピーの発作がひどく、

また、外見の差別もあって、就職できない人がいるからだ。

最後に、竹田先生は、

「一緒にがんばろうね。」

といって、握手を求めてきた。

すごく大きな手だった。

外来が終わると、13:00過ぎ。

このまま帰ってもいいが、お昼を食べるという話になった。

梅田は、雅代がOL時代、庭のようにしていた所である。

洋食屋のようなところで、雅代は、ランチセットの1つを頼んだが、咲子は、なぜかいちごパフェである。

最新のパフェは、盛り付けが華やかである。

咲子は、それを幼児のように、無邪気に完食した。

それを見ながら、雅代は、この子は、高校生とはいえ、幼児と変わらないのかもしれない。

と、思うのだった。

いや、親が抑圧して育てたからか、時に子供帰りのような振る舞いをする。

食事の後、雅代は、グランフロントなどをウインドウショッピングしだした。

咲子は、付き合っているうちに、しんどいとか言い出したので、途中で切り上げ、関空快速のホームへ向かった。

エスカレーターを降りると、電車が滑り込んで来るところだった。


帰ってから、今日の報告を理沙と真由にメールした。

それで、竹田さんのお父さん、竹田先生に会ったのを、振り返った。

優しいお医者さんのようである。やはり、親子は性格が似るようである。

うちなんて、悲惨だ。

泰三は、学歴と容姿だけで、人を値踏みする。

だからか、私は、やさぐれている。

雅恵は、障害児ができたら、捨てるような男に出会うし。

竹田さんだって、うちでは、医学部行けとか、ケツ叩かれてるのかもしれないけど。

あの竹田さんの人柄からしたら、うちのような、えげつない、やりかたではないだろう。


「動き出したわね。」

真由は、月見バーガーを食べながら言う。

「でも、怖い手術だよー。」

咲子は、チーズバーガーを手に答えた。

「けど、今の形成外科って、もっと大変な手術、やるよ。」

理沙は、生れつきの頭の骨の変形とかは、一旦骨を切り分けて、正常な形に組み替えるんだ。と、教えてくれた。何でも、お兄さんの上司のお子さんが、そうだったらしく、その手術を受けたらしいのだ。

「せやから、がんばり。その子なんて、赤ちゃんだったんだから。」

理沙は、ビックマックを平らげてしまっている。

「けど、なんで、うちにだけ、美容整形とかダイエットとか、あおるん?」

咲子が聞くと。

「咲子はぁ。」

と真由が言いかけ、

「女子だからぁ。」

理沙が、そこへハモった。

「うちらは、腐女子や歴女やけど、咲子は女の子やん。」

「は?」

「最大の関心事が、モテでしょ。中の人は、あんたの姉ちゃんと変わらんやん」

「そうやなー。」

咲子は、ぬるくなってしまった、マックシェイクをすすりながら、答えた。

確かに、こいつらは、キレイになってモテなくても、歴史やメディアを極めて、それで、

リア充になれる自信がありそうだ。

しかし、咲子には、それがない。

くやしいが、認める。

「経過報告待ってるね。」

真由は、ニッコリして言った。


咲子が、うちに帰ってみると、雅恵がソファで、ぐったり寝そべっていた。

何でも、雅代のすすめで、発達障害児のサークルにみんなで行ったらしいが、

気疲れだけして、もう二度とあんなとこ行きたくない。

という話だった。


軽い発達障害児で、何とか特殊学級にも通いながら、普通学校に行けそうな親子が、

未生のようなダウン症や重い自閉症なんかの親子を差別するそうである。

健常児のコミュニティーで、日頃差別されている分、ここぞとばかりウップンを晴らしてくれるそうである。

差別のマトリョーシカか?

かといって、発達障害児のための療育について、ネット検索するでなし。

咲子に、雅代が検索を命じるのみ。

はは、美人なんて空虚なんだわ。

と、咲子は改めて確認して、コーヒーを入れて、2Fに上がった。

未生は、45°のベビーチェアからテレビを眺めていて、時々、赤ん坊らしい、なん語を、あーとかうーとか言っている。

母親ならば、時に相手して、それが発達につながるのだが、雅恵にはそれがない。

放置プレイである。


12月に入ると、猛暑だったのの反動か?凄まじい寒さがやってきた。

咲子は制服の中に、ユニクロのヒートテックを着込み、160デニールの股引きみたいな、タイツを履いている。やせたので、去年ほどタイツで太く見える足が苦にならない。

期末テストは頑張ったので、まあまあ書けそうである。

しかし、サボった分は夏に完全には、取り返せていない。

いくら私立文系とはいえ。

雅代は、口蓋裂を治してもらえて、未生が産まれたこの春より、生き生きしている。

しかし、雅恵は、テレビが外界がクリスマス一色だからか?余計辛気臭い顔をしている。

テレビを見るのも嫌らしく、雅代が借りてきたビデオばかり見ている。

外出は、未生を置いてすら行きたがらない。

知り合いとあうと、現状を聞かれるのが嫌らしい。

ああ、韓流ばかり見るなよ。運気下がるって。

うちは、大田とか矢作とか、朝廷系の苗字じゃないし、皇室の血も入ってなさそうだけどさ。

ダウン産まれたって事実は、韓流に免疫ないんだよ。

雅代の友達とか、何ともない、おばさんが多いみたいだけど。

ああ、美人は経験から学ぶのも出来ないのだわ。


期末テストが終わって、理沙と真由と溜まってから、帰宅すると、雅代がクリスマスツリーの飾り付けをしていた。

モミの木は、貝塚のおばあちゃんの園芸仲間が、佐野の大木の自分の山から切り出したのをもらったのを、分けてもらった。

100均ですら飾りが多く売っているので、そういうのをつけていっている。

時折、未生の前に、ボールやモールをかざしている。

反応は鈍いものの、未生は、あーとか、うーとか言っている。

幼い頃、雅恵も一緒に飾り付けをしたときとは、打って変わって、何だかわびしい感じ。

三国ヶ丘にはいれて、コンプレックスだった口元の手術も決まり、雅恵がざまぁな事態になって、咲子の幸福度は上がっているはずである。

なのに。

なんでだろうな。

その理由がわかるくらい、咲子は大人になっていなかった。

理由は、多分、雅代くらいの年齢になったらわかるのだろう。


晩御飯は、最近、イケアのランチプレートに載せて2階で食べる。

食器叩き割り事件以降かと思われる。

親は、また切れられたらまずいと思って、何も言えない。

もし、健常児を産んでいたら、今頃はママ友達と、繰り出せたところだ。コストコと並んで。

いい気味である。ママ友集団だって、人柄でなく、子供が健常児かどうか?とか、ママの容姿とかでつるんでいるだけである。

美人は、何かの理由で、条件から外れると、何もできないからな。

クリスマスは、ディナーっぽくしようとか、雅代が言ってきたけど、七面鳥とか、切り分けてもらってランチプレートに盛るのだ。

有沢くんは、天高の彼女と過ごすのかな。高校生だから、派手なディナーとか無理だけど、クリスマスのUSJなんかに繰り出せたりできる。

そう思うとウツである。

お正月は、両親の実家に年始に行くはずだけど、親だけ行くかな。

「あんな子ができて、お祝い渡してええんか?」と、上ノ郷のおばあちゃんが聞いてきたから、雅恵は行かないだろう。


冬休みが明けて、修学旅行の準備で、クラスは湧いている。

スキーだなんて、運動の苦手な咲子は、嫌だ。

クラスにもなじめないし。

早めに脱落して、ホテルで過ごそう。

理沙と真由とも、そう言ってある。

クラスのアイドル気取りの目障りな日岡美恵は、張り切っている。

何でも、北海道のパウダースノーを体験していて。

スキーのウン級とか持っているらしい。

どうせ移動中はホテルで理沙と真由と落ち合うまで退屈だから、携帯の充電器は必須だ。

いいな、奴らは、スマートフォンを持ってて。

二つ折り携帯は、ネットしずらいなあ。

修学旅行なんてかったるいんだよ。

大学行ってから、バイトで稼いだお金で、仲良し同士行けばいい。


修学旅行先の長野について、クラスは、明日から滑走だと沸き立っていた。

しかし、咲子は携帯をいじりながら、時間を持て余していた。

理沙と真由からメールが来ていて、とりあえず1時間ほどスキースクールに付き合い、体調悪いとか怖いとか言って、ホテルに戻ろう。

という話になった。

重たい板運びや苦痛と恐怖だけのボーゲンの指導が終わった後、咲子はホテルに戻った。

「もう怖い。嫌です。」と、インストラクターに告げると、あっさり解放してくれた。

「パウダースノーなのにぃー」日岡美恵が、嫌味ったらしく叫ぶ。

まったく、普段ドブスと避けておいて、見下す時にだけ絡んで来るから厄介だ。

写真撮影のときとか、私のような器量の悪い女の傍に寄ってくる、アザ持ち重田より、5倍程度マシだが。

ホテルに入ると、理沙と真由が、ロビーで売店で買った、おやきを食べていた。

咲子も、売店で、一番おやきらしい野沢菜入りを買い、食べはじめた。

「ああ、マジ、寒いし面倒だし、こうしていた方が、極楽ー」

真由は、2つ目のおやきを食べている。

「摩擦係数がゼロになるなんて、リニアモーターカーだけでええわー」

と、理沙がぼやいている。

「なんや、おまえら。もう、ギブアップか?」

生徒指導の甲田先生である。

「だってー苦痛ですもの。」

咲子は言う。

「大学生になったら、スキーに誘われたらどうするんだ?」

「スキーとか好きじゃない彼氏作るからいいですー」

真由は答える。

甲田先生は呆れたように笑って立ち去った。

たぶん、怪我や体調不良で最初から不参加の生徒を見に行ったんだろう。

「誰やスキーにしようとか言ったのは?」

咲子が今更ながら、ぼやく。

「だから、アンケートでぇー。うちは、東京で自由解散が良かったな。古典や神社仏閣オタクと、明治神宮とか皇居の御苑とか、関西では行きにくいとこ廻る。」

と、真由。

「私は秋葉原。」

と、理沙。

「ひまやしー。お勉強アプリでもしようかな。」

と、咲子。

「いや、今くらい息抜きしないと、野暮でしょう。」

真由は、テーブルを片付けながら言う。

「ひまだから、勉強しようというローテンションでやりだした方が、うまくいくかもしれんね。けど、うち、理系やから、『今でしょ?』の予備校の先生みたいに、エンジンかけないと、できない。」

「はは、お疲れ様。」

咲子は2つ目のおやき、かぼちゃ味を食べながら答えた。

「バレンタインどうするの?」

と、理沙。

「天高の彼女が居るから無理。」

「あかんやん。旦那を略奪する女とかおるのにー」

何でも、兄ちゃんの会社の先輩が、妻子持ちの男を略奪したらしい。

「専業主婦なんて馬鹿だって。SEから見たら。」

理沙は兄のおかげで、喪女でも耳年増である。

「せやけど、彼女天高やでえ。」

「けど、どっか、カバーしてへん所はあるでしょ。」

真由は、フォローする。

「それが、わからん。有沢くんがつるむくらいだから、美人=性格が悪い子でもなさそうだし。」

外は雪が降ってきた。

3人の喪女の会話は、暖かいロビーで延々と続いていた。


苦痛なだけの修学旅行が終わって、勉強と懸案事項である、バレンタインが、咲子の脳内を占めていた。駿台天王寺校の行き帰りの、あべのなんとかや、近鉄は、バレンタイン一色である。2月14日までに買わなきゃな。と思いつつ、商品を見ているだけである。高校生だから、放課後飲み食いするくらい。500円以内だろう。100均でも手作りチョコグッズを売っているが、彼女でもない子の手作りなんて、衛生的に嫌だろう。

ラッピングくらい自分でしてもいいが、センスも無い。売場の既製のバレンタインチョコでいい。有沢くんと出会うまでは、バレンタインは、数少ない友人でやり取りする友チョコと、雅代が15日以降、値下げされるチョコを大量に買ってくるのが楽しみだったのだが。


近鉄で買ったチョコを、咲子は駿台天王寺校へ向かう電車で見かけた有沢くんに渡した。

まるで、中学生のように緊張した。

有沢くんは、ありがとう、とだけ言うと、ヒラリとい行ってしまった。

うれしそうでも、拒否るでもなく。

咲子は、拍子抜けした。

あれだけ、身構えたのが、あほみたいだ。

今日も会う、天高の彼女から手作りチョコをもらうんだろうな。

なんかむなしいが、授業はきちんと聞かないと。

駿台天王寺校から戻ると、雅恵が、気が触れたように、ケタケタ笑っていた。

そういう笑い方をするのは、吉本を見ているときである。

ただ単に、芸人のアクションが面白いと笑っている時もあるが、器量の悪い芸人が、けなされている時も笑う。山田花子が投げ飛ばされている時などである。

ほんと、嫌な奴である。ダウン症児が出来る以前でもそうだった。やはり、泰三のような奴に育てられた子供なんて空虚なんだ。だから、おのれを満たすために、ぶさいく芸人をけなすのでしか、満たされないのだ。いくら恋愛ごっこで、リア充のように見えても。

しかし、未生が産まれてからは、チクリと言う。

「なんぼ、健常児産んでも、本人ぶさいくやん!」

ああ、やれやれ。

雅代が新聞の3面記事を見せながら言う。

「通り魔あったやん。あれの被害者の中に、入院中にけなしてきた、お母さんがおったのよ。せやけど、あんなに笑わんかて。」

そういえば、昨日の7時代のニュースで、繁華街で通り魔があったな。

私は人の顔、覚えられない方だけど、雅恵は人の容姿の値踏みが大好きだから、写真みたいに覚えられるらしい。酒鬼薔薇聖斗か?咲子が産まれる以前に、あった神戸の連続児童殺傷事件の。ネットの少年犯罪のページが好きなので、知ってるけど。

せやけど、けなしてきたお母さんが、悲惨な殺されかたしたかて、未生のダウン症が治るわけではない。あほちゃうか。

雅代が、悪さしたら、その時はざまあ!でも、あとでえらい目に遭うと行ってるけど。

あ、アメリカで開発されたダウン症の遺伝子治療が、日本でいつ治験があるか?

調べなあかん。

面倒臭いと思いながら、咲子はコーヒーを入れて、2Fに上がった。


霞ヶ関の厚生労働省の一室で、塩川信昭は、主要医療機関へ、ダウン症の治験の依頼をしていた。かつて教授をしていた、形成外科の人工素材とか以外にも、こうした新しい治療法の導入なども進めなければならない。で、決定した事項は、職員、休業していた医療職だった人らを採用したのだが、彼等に細かい事務レベルでの手続きをするように、指令を出すのだ。人間関係が嫌になって、休職している看護師などはたくさんいる。そこに目をつけたのと、日本はマンパワーがないせいで、新たな治療法が導入されない、という所にも注目したのだ。

以前、塩川は、週何日かのクリニック勤務と講演などで、マイペースで、定年後は仕事をしていた。

しかし、認可が下りないせいで、人工素材を使いにくいと言う、教え子に、「塩川先生ならば、泣く子も黙りますよー。」と、泣きつかれて、今の仕事をしている。他にも、各診療科の大御所が、この仕事をしている。英語は普通に使えるし、全国に教え子はいる。

「まったく、年寄りをこき使いやがって。西日本は、浪速大とポートアイランドか。」

厚生労働省からの治験の指令は、メールしただけで、動き出すプロトコールができている。

技術立国日本が、空洞化してきたゆえ、高校生の理系離れ対策や技術を持つ町工場への支援と同時に、こうした工夫がなされている。


春休みは、アンビバレンツが味わえる駿台天王寺校での春期講習と、顎の手術、うちでの勉強&音楽&甘いモノである。咲子が私立文系コースと、雅代経由で知って、泰三は怒ったらしい。

洛北大学は無理でも、せめて浪速大学へは行って欲しかったから。

しかし、この間のブチ切れ様と、口元を治してやらなかった件、雅恵がダウン症を産んで返品された件で、もう、暴君にはなれないらしい。

とりわけ、同級生のお父さんの医師に、口元を治さず放置プレイしていた件を知られたのは、こたえているようだ。

泰三のような知能の高い馬鹿は、何らかの権威に否定されると、脆いものである。


入院に必要なものは、雅代が買い揃えてくれているようだ。未生の入院の経験で、あると便利なもの、要らないものは、だいたいわかっているようだ。

「足りんものは、関空快速一本で取りに行けるし、近くで買えるし。」

なのだそうである。

実質上もう春休みなのだが、試験休みという期間がさき先にあり、途中で終業式には出ないといけない。

しかし、期末テストが終わってすぐ入院するので、通知表などは後で取りに行くようにした。


病室は最初から個室である。

雅恵が、ほかの母親に、ひどい目に遭わされたから。

いや、口蓋裂とかでなく、芸人とかでも居る口元の出ている顔だが。

「障害児の母親は精神が不安定だから、揉めるわよ。あんた、あかんたれやから、よう言い返さんやろうし、喧嘩して病棟に迷惑かけてもいかんし。」

ああ、ありがたいな。

この時ばかりは、素直に雅恵に感謝した。

事実、ポートアイランド病院は、4人部屋でも個室風だし、ほかの病院でもカーテンを締め切るようになって来ているそうだ。

患者はヒマだし、病状などつい、比べてしまう。

仲良くなるなんて無理だろう。

そこらあたりは、我が子の発育や出来を比べてしまうママ友集団と似ている。

けど、ママ友は家やパートとかで忙しいからな。いくぶんマシかも知れないが。


手術の前日に、入院である。

雅代は、慣れた感じで必要なモノをロッカーになど詰め込むと、おこづかいを渡して帰って行った。

9:00の手術に間に合うようにくるから。と言って。

一人になると、不安だけが押し寄せてきた。

竹田先生は、典型的な症例だと言うが、不安だ。

注射でも怖いのに。

ノックの音がして、竹田先生が入ってきた。

「明日、がんばろうね。こちらは、手術に入ってくれる池谷先生。」

多分30代の男の医師が横にいた。やさしそうな先生だ。

手術時間は2時間。

稀に、困難な症例では、倍かかるという。

気管の腫れがひどい場合では、気管チューブが入ったまま、一晩ICUでいないといけないらしい。

ERなどのドラマでよく見るが、患者の役はごめんだ。

「何か、聞きたい点ある?」

竹田先生は、若手の芸人を扱う、中堅どころのタムケンように親しみやすい感じに、聞いてきた。

「え、別に、ないです。明日よろしくお願いします。」

病室の出かけに、咲子の肩を、わしっ、とつかむと、池谷先生を連れて出て行った。


その後、麻酔医だという、土井先生が入ってきた。

山本耕二に似たイケメンである。雅恵が好きそうな感じ。

手術衣だが、威圧感を与えないようにか、白衣をはおっている。

今までの、した病気や疑問点なんかを聞いた後、明日、よろしくと言って、出ていった。

最低限のやり取りしかしない医師のようだが、なんかこちらまで明るくなる雰囲気である。

あげまんの男性バージョン。あげちんかもしれない。

しかし、手術の不安までもは、拭えない。

タニタ食堂のような夕食が、看護師によって運ばれてきた。こんなん食べてたらやせるわな。っていうような、メニューで、家でのやや高カロリーな食事とは、目先が変わって、食が進むはずである。

しかし、咲子は、少しはしをつけただけで、食べるのをやめてしまった。

明日、大変な目にあうのに、とてもじゃないけれど、食べる気がしない。

テレビでは、春のM1グランプリがやっていて、若手芸人の馬鹿騒ぎと、とっぴょうもない新人の一発芸が流れている。

咲子は、芸人の掛け合いや一発芸を楽しむ。

雅恵のように、ぶさいく芸人を見下して見る趣味はない。

しかし、いつもは、泰三の目を気にしつつ見る楽しいM1が、まったくをもってしらじらしい。

でも、沈黙は、余計辛い。

いっそ、小さい子ならば、何もわからんから、怖くないかな。と、思う。

しかし、一番、知能がフル回転する年頃というのは、きついものだ。

いつのまにか、9:00。これから12:00まで水はいけるが、それ以降は何も口にしてはいけない。

あああ、と、思いながら、シャワーを使った。

6:00に検温でたたき起こされると、喉がカラカラである。

やむなく、うがいをすると、水を少し飲み込んでしまった。

雅代はギリギリまでこないだろう。

テレビでは、朝のニュースをやっている。

女子アナウンサーがキャンキャンうるさい。

こいつも、きれいなせいで、雅恵みたいな性格なんだろうか。

と、うがいをしながらテレビを見ていたら、8:30。

雅代がやって来た。

「あんた、まだ着替えてへんの?」

呆れられたので、のろのろ病衣に着替える。

看護師が、また入ってきて、咲子たちを連れて手術室に向かう。

入口で雅代と別れると、連れてきた看護師が手術場の看護師と申し送りをしている。

ブルーの術衣が、なんか怖い。

「手術場の看護師のもりもと金沢です。今日はよろしく。」

マスクで隠れた顔は、やさしそうだった。20代か?

背後では、子供の泣き声。

泣きたいのはこっちも、一緒だっつーの。

いくつかに分かれた手術室の一つに通されると、若い医師や看護師が何人かいた。

ああ、もう逃げられないな。と、咲子自身が手術を希望しておいたのに、思ってしまう。

手術の恰好でわからなかったが、池谷先生である。

「ゆうべはよく眠れました?」

と、聞いてくれる。緊張がいくぶんやわらいだ。

執刀医の竹田先生は、麻酔の処置が終わってからくるのだろう。

土井先生が、「ちょっとチクッとしますよー。」といって、点滴を入れた。

すごく痛い。

その後、点滴のチューブに薬剤を幾つか入れられた。

手がジーンと熱くなる薬が伝っていって、それから2、3秒で、眠くなって、咲子は眠ってしまった。


気がつくと、竹田先生が、深刻そうなお顔で咲子を覗き込んでいた。

ERなどのドラマである手術帽とは違う変わった形の帽子をかぶっている。

「終わったよ。気管チューブ入ってるから、ICU行くね。」

あああ、気管の腫れがひどい症例に入ってしまったんだろう。

小学生の時からいつもそうだ。

いじめっ子の男子の横は嫌だなと思っていたら、横になってしまう。

私って、貧乏くじになってしまうんだな。

と、インフルエンザの時の5倍位しんどい状況で考えていたら、また、気を失ってしまった。


気がつくと、看護師が老人に話すような大きな声で、言ってきた。

「翌朝ですよ。気管チューブは、抜けました。」

やれやれ、でも、まだしんどい。

喉の渇きを訴えると、吸い飲みで水をくれた。

何時間かぼんやりしていると、竹田先生

が入ってきた。

「開けてみたら、普通の人と上顎の骨が、微妙に違って、3時間もかかってしまった。気管の腫れもひどくて、ICU一泊してもらったよ。これからCT録ろう。」

というので、看護師が咲子を支えて車椅子に載せると、ICUを出かけた。すると、医師や看護師らが、よかったねー!と、高校の合格発表のように祝福してくれた。ICUを出られるというのは、おめでたいのだ。咲子は、かすれた声で、お礼を言うと、みんなが手をふってくれた。

雅代が、がんばったわねー。と言いながら、迎えてくれた。

CTから帰ると、元の病室である。

看護師が、お疲れ様と、言ってきて、病室のテレビを操作した。

そこには、術前術後の咲子のCTが表示されていて、三次元の頭蓋骨の口元は、明らかに引っ込んでいた。咲子は雅代と歓声を上げた。

しかし、口元はまだ腫れている。

お昼は、汁だけのみそ汁、重湯、ジュースの流動食が出ているが、食べる気にならない。

雅代は、偏食の幼児にするように無理強いしたが、咲子は食べなかった。

「やっと外来終わったー。」と言って、竹田先生が駆け込んできた。

咲子は、竹田先生にお礼を言って、抱きしめた。

雅代も、ものすごく感謝の言葉を何度も言った。

少し照れながら、「引っ込んだでしょ?まだ腫れてるけど、3週間位で治まってくるからね。」

と言って、口を診てきた。

食事が手を付けられてないのを見ると、食べるように促して、また、忙しそうに出ていった。

先生に言われたから食えと、雅代は言ってきたが、インフルエンザのときよりも、体がしんどい。拒否して、また寝入ってしまった。


1週間後、咲子は退院した。顔はまだむくんでいる。

「ちゃんと、ごはん食べれよー。」

と、竹田先生は、若手芸人にダメ出しするタムケンのように言うが、離乳食のようなモノしか食べられない。噛んでも良い。と言われたが、顎が借り物のようで、噛む気にならないのだ。

帰ってみたら体重は3kgもやせていた。それでも、標準体重きっかり。服のサイズは11号である。


3月14日。春期講習の教室で、咲子にホワイトデーのお返しをくれた。

既製のパッケージを渡してくれたあと、天高の彼女の所へ戻って行った。

いかにもホワイトデー用にできたモノという感じだったが、部員からの義理チョコのお返しもそうだろうが、咲子はうれしかった。

帰って開けて見ると、アメちゃんだった。

小学校の時、ホワイトデーは、好きならばマシュマロ。普通ならアメちゃん。嫌いならガム。と、言われていたけれど、私を嫌いではないのか?

それとも、ホワイトデー用のパッケージなんて、規格化されてるんだろうか。

どうせ、天高の彼女へは、特別なお返しするんだろうな。

入院期間と春期講習の日にちが一部被れば、ノートをやり取りしたりして、

何らかの交流のきっかけは出来るが。

夏期講習のようにはならない。

さらにやせたとは言え、腫れは治まっていない。積極的にはなれないなあ。


新学期。クラス替えで新たな友達ができるかな。と、思うが、やはりクラスには馴染めない。

1人、咲子がやせたのを知ってる、意地悪な女子が、「リバウンド?」と言ってきた。

咲子は、顎の手術がうまくいった余裕で、苦笑しておいた。以前なら、剥きになって言い返したと思う。どうも、顔がむくんで、ぼんやりしているから、肥えたように見えるらしい。

廊下で、竹田さんとすれ違った。

よかったねー!と、言ってきた。

柔らかい眼差しは、竹田先生そっくりだった。

本当に、この親子は似ているなあ。竹田さんはそんなに体格は良くなくて、中肉中背だけど。

雰囲気とか。


学校が始まってから、理沙と真由とマクドで落ち合った。

噛めないのを、メールで事前に知ってるので、舌と顎だけで潰せるドーナツや飲茶のあるミスド。ケーキのあるベーカリー併設の喫茶店にしようかと言ってくれたが、マクドにパンケーキがあるので、かめへんよ。と伝えておいた。

「あ、へっこんだのわかる。」

と、真由。

「お顔全体がぼんやりしてるけど、口元が主張してない。」

理沙は、分析的である。

二人は、ビッグマックやダブルチーズバーガーを食べている。

手術前だと、自分が食べないのに目の前で食べられたら苦痛だったろう。

しかし、今は、上顎が借り物みたいで、大口を開けて噛むなんて、考えられもしないので、苦痛でもなんでもない。

「で、有沢くんとはどうなん?」

真由は聞いてくる。

「ホワイトデーはもらったけど、既製のパッケージだよ。香典返しみたいに、部員やオカンにも配ってるんや。」

「せやけど、そんなんでもくれるっつーのは、全く脈なしでもないかも。ほんまに嫌いやったら、スルーやからな。」

理沙は、ビッグマックを食べ終え、シャカシャカポテトをつまみながら言う。

「そこから、プレシャスになるにはどうしたらええんやろ。」

「さあね。勉強方法でも聞いたら。男は教えるの好きやし。なんぼ暗記のみの私立文系糧、なんかあるでしょ。うちも国公立文系やめて、そないしといたら、数学ないのにー。」

と、真由。

「何よわたしなんか、二次試験に数3まであるのに。」

理沙は、ぼやく。

どうも、微積分で、無限級数が収束するとか拡散するとか、理解できず、解法パターンを覚えるのに、アップアップらしい。で、そのやり方が通用するのは、いにしえの二期校が限界。「ええねん。府大行くから。」

と言うが、それすらもC判定。

「咲子はいいよね。お嬢さんコース。玉の輿狙い?」と嫌みを言われる。

「まあ、中の人に合わせた進路選択とちゃう?」

と、真由。

いや、違う。あんたらとちがって、私は中の人がわからない。関心はモテかもしれないけど。

本当に何に興味があるのか?どういう人なのか?わからない。

あんな泰三みたいな、抑圧的な暴君に抑えられて育って、人格的に豊かになれと言うほうが無理だろう。

「とりあえず、英文科でも行って、それから考える。」

と、咲子は言って、アップルソースのかかったパンケーキを食べ終えた。


ファーストフードにたむろした日は、夕食は食べない。

せっかくやせたのに。

以前は泰三の顔を立てて、飯食ってしまい、デブをこじらせていたが、今は、そうしなくてもいい。私の体型含む容姿を値踏みした罰である。

コーヒーを入れて、2Fに上がり、パソコンのスイッチを入れる。

ネットで遊ぶのも、今はそう時間は取れない。まだ、同志社C判定だからな。

浪速大学無理なら、家から通えるところの最高ランクのところへ行けと。

京都まで通学なんて、たまらんが、理系でもないのに下宿するなんて贅沢なんだと。

浪人は、どうだろうか。わからない。

労力を使う英文から始める。すると、基本覚えたらいいだけの、日本史と国語は楽勝である。とりわけ泉州で育っていると、古い言葉になじんでいるので、古文は苦ではない。インターナショナルスクール行ってる子が、英語が苦痛でないのと一緒だ。しかし、留学したいとか言う要求はない。関空快速にたまに乗っている白人で、咲子を見下す感じで見てくるヤツが居るのだ。だから、あんまり、欧米とか行きたくない。どうしてもというなら、日本人の多いハワイくらいでいい。理沙は、そういう白人はルーザーよ。と教えてくれた。あまり教育も社会的地位も自国ではなくて、有色人種を見て優越感に浸っているらしいのだ。いいさ、輸入品でいいのがあれば使えばいいだけだ。雅恵が新婚旅行に行った、おみやげといって、カナダのクッキーをくれたが、まずいったら。生地の悪いカエデ型に、ド甘いクリームだけがはさんである。むしろ、日本の森永のクッキーのほうがおいしい場合もある。


高三になってからの朝。雅恵が楽しそうに外出準備をしていた。未生をやさしい目で見てくれる犬飼先生の診察か?ではなく、ネットで見つけたホームページ制作会社の面接らしい。

雅代によると、うちに篭ってばかりいたら、人格が崩壊してしまう。だから、未生は見ておいてやるから、外に出すという話だった。

そうだよね。若い女が、ひきこもっていたら、社会性とか、おかしくなりそう。

ま、咲子からしたら、雅恵なんて、とうに人格崩壊しているが。

でも、理沙が言うには、女のSEとか女医さんとか、子供を預けて働くのは当たり前なんだと。

未生の場合は、障害児だから、祖母が面倒を見るしかないんだろう。

姉妹を仲たがいするように育てた雅代なんて、たかだか知れているが、sょうがない。


雅代は未生を連れて公園に来ていた。3月にぬくくなってから何度か来ているが、しばらく未生を見てるうちにダウンとわかって、急によそよそしくなって、帰ってしまう。若い母親が。未生は、モザイクなので、パッとみてダウン症とわかるお顔ではない。しかし、じっと見ると、釣り目で何となく平たい。

雅代は傷付くが、このままでは未生が、もやしっ子になってしまう。雅恵はそんな風だ。

雅代の頃は、障害児は閉じ込めて育てたものだ。だから、同じ学年で顔面のリンパ浮腫の子がいたが、体育がずっと2だった。勉強はすごくできる。でも、話してみると、アスペルガーの人みたいに、どこかおかしいのだ。差別されたっていい。ああいう風にしてはいけない。未生はモザイクだ。鍛えれば、あの書道家や短大を出た人位にはなれるはずだ。


シルバーカーを押したおばあさんが来た。未生を見るとあやしだした。でも、立ち去るそぶりはみせない。高齢になると、ぼけるからか?

「可愛らし子ぉやな。私、もう100歳になりますねん。」

雅代は、のけぞった。泰三と結婚するとき、上之郷の実家に行った時を思い出した。祖父母まで健在なのは珍しくないが、曾祖父まで元気だった。雅代が来たというので、4間続きの1番奥の仏間から、おもむろに出てきて、挨拶した。

「あんたが、泰三とこに来てくれる子ぉか?」

と、雅代をやわらかい感じに見つめた。なんか、普通の対面という感じではない。何だか、別の次元から見つめられているような感じ。その感覚を思い出した。1世紀も生きていると、人を見る感じも、ネ甲に近くなるのかも知れない。

日頃、未生の障害のせいで、俗世のゲスな面ばかり見せ付けられるから、こういう視点はありがたい。別の次元といえば、未生の治療に当たってくれている、犬飼先生も、そんな感じだが。

おばあさんが言うには、熊取から佐野の市街地へ嫁に来て、もうすぐ、やしゃごができると話してくれた。岸和田女学校から、何と大和女子師範学校へ行き、卒後母校で教えていたそうだ。出産育児で退職したそうだが、若い頃は、近所の子供に勉強を教えていたそうである。インテリだ。師範学校出の才女として、婚家でも大事にされたんだろうなあ。

「このあいだは、ドバイ行きましてん。高層ホテルはラグジュアリーで....」

って、普通に見えるおばあさんの口からグジュアリーなんて。

学生時代のお友達は、ほとんど、あちらの世界に行ってるか、音信普通なので、再開したピアノのお稽古仲間の若いお友達と誘いあって出かけたそうだ。

雅代は、シルバーカーを押した老人は、年行っても自分で買いものとか行かないといけない、あわれな人だと思っていたが。リア充やん。確かに、ピアノをやっていたら、ボケないだろうなあ。

未生がぐずりだした。

それを潮に、雅代は、老婦人と別れて、公園を出た。

この声はたぶん、おしめだろう。本来なら、雅恵がそういうベビーサインに詳しくなるべきだが、嫌々育児をしている。勉強に付いていけない小学生みたいに、母親としてできていないのだ。


雅恵は、帰ってきて、未生が生まれた以来の上機嫌ぶりである。ホームページ制作会社に就職が決まったらしい。

そのうれしさと、育児から解放されるという喜びが重なっているようだ。

咲子は、その日は予備校から帰ってきて、コーヒーを入れると、いつものように2Fに上がった。


なんだ、美人なんて、ボロいなあ。すぐ、採用される、受け入れられる。大したパソコンのスキルがないのに採用されたのは、美人のペットが職場で欲しいからだろう。昭和の頃の、職場の花というやつだ。いつか、中学に上がる時分。就職が、大手にすぐ決まったと、得意げになっていたのを思い出した。私なんか、新しい中学の人間関係に馴染めるか、心配でたまらなかったのに。

英文法は、例文を、感情をこめて、覚えると覚えやすいと、予備校の先生が言っていた。でも、「サムは、家から40分かかる高校に通っています。」みたいな例文に感情移入はできない。あ、そうだ。理沙から借りた、BLボーイズラブ小説に置き換えて、やってみよう。そうすれば、入ってきそう。BL小説なんて、喪女御用達で、嫌だけど、面白いんだから、しょうがない。部室で男子高校生が、先輩と愛を交わすなんて、いくらでも例文にあてはめられる。


3年なってからも、馴染まない高校に通い、週何回かだけ、友達と溜まり、あとは、予備校に行く生活は変わらない。

でも、何かが違う。電車の中で、口元に視線を感じるのが、なくなったのだ。市の度に竹田先生に感謝する。

しかし、その上がったムードをぶち壊す事件があった。

形式的なグループで、お弁当を食べているとき、ある一人から言われてしまったのだ。

「田中さん、整形したの?」

目を、らんらんと輝かしている。

「手術はしたよ。でも、口元の骨格からおかしいせいでの、かみ合わせだから、保険適応内だよ。」

と言っても、微妙な空気が漂う。

咲子は何食わぬ顔で、噛まずに済む蒸しパンを食べながらやり過ごす。

「マイケルジャクションが、鼻の骨折ったから、鼻直した言うのといっしょやん。」

追悼特集でも見たのか、もう一人が言う。

「違うよ、噛み合わせが悪いと、姿勢から内臓まで、狂ってくるの。」

と言っても、余計寒い空気が漂うだけであった。

まったく、こいつら、私をいつまでも○スと見下していたいのか?

ええ根性やわ。


放課後のミスドでのたむろで、咲子は、ぼやいた。

「まあ、うちらクラスの高校でも、下世話なのは、おるからなあ。」

理沙は、ふんわりハートを食べている。

「同じ、恋愛の土俵に入ってこられたの、むかつくんやろ。咲子の好みなんて、普通の女子から外れてるのにさ。」

真由は、2つ目のチュロスを食べている。

「うん。なんか、『カッパごときが!』と、かわうそくんが言った風んなんだよね。」今文庫化されている感染るんですのフレーズを挙げて言った。

咲子の食べるのは、フレンチクルーラーやココナツクランチなど定番ばかりである。

「最大の逆襲は大学か。でも、ビジネスが成功しないと、大学名の名前倒れになってしまう。」

理沙は、工学部に行って、得意のパソコンの技術を生かして、何かを始めたいらしい。

カバンをゴソゴソして、本を出してきた。

「斉藤一人さんやん。んなん、理系のあんたが、私の影響受けるって...」

真由は、ケタケタ笑いだした。

「ところがどっこい。紀伊国屋で精神世界のコーナー調べてもないから、店員さんに聞いたら、ビジネス書のコーナーにあった。せやから、私が立ち上げようとする、ビジネスのヒントや。」

何でも、精神世界や歴史に詳しい真由によると、中卒で年収何億も叩き出すらしい。しかし、真由のような人が、年収がバロメーターなんてね。昔からいる怪しげな尼さん、瀬戸内寂聴や、最近ブームのキリスト教のシスターあたりを挙げるならいいのだけど。

「せやけど、わたしのような毒親持ちって、何も参考にならんって。もっと、ひどい障害のある人とか。何が、『置かれた場所で咲きなさい』や、ボケ!」

咲子は毒づく。

「まあ、そんな言葉使いは、お里が知れますわよ。」と、真由。

「ああ、一応インテリの家庭だけど。父は、言葉は知っていても、それを使えないドアホやし。」

咲子は、ココナツクランチのとれたのを、つまみながら言う。

「で、合格祈願はしたん?私は、堺の方違神社。悪い方向の大学も受けるし。」

何でも真由が言うのは、いにしえの平安時代から、方位は物事に大事らしい。行きたい場所が悪い場合は、オールクリアしてくれるそう。なお、新築や新車などにもご利益があるそう。

「別にー。努力がすべてでしょ。おかんは、貝塚の脇浜戎神社で、お守りいただいたらしい。で、懇意の拝み屋さんは、浪人はしないとか言う。まあ、気休めよ。」咲子は言った。

「なんぼ、理系でも試験は水物やからなあ。努力と合わせて、お参りとかも大事かと...」

何でも、理沙に言わせれば、数学や物理は、得意な回答を展開できる分野か?それが、出来に大きく関与するらしいのだ。覚えたらいいだけの文系と違って。

いつもは、ドーナツなどを食べ終えても、長居してしまうが、最近は食べ終えると、店を出る。

目標は違うけれど、3人は受験生なのだ。


咲子はその日、アンビバレンツが味わえる駿台天王寺校から帰った。やっと、同志社がB判定である。でも、A判定じゃないと、親が叩いてくるから伏せとこう。

LDKでコーヒーを入れていると、雅恵も帰ってきた。かつての、OL時代のような華やかな雰囲気を漂わせている。未生には見向きもせず、冷蔵庫の発泡酒を飲み干した。雅代は、今日の未生について報告するが、見向きもしない。ぼんやり、22:00代のニュースを見ている。

「大阪市西区のビルから、沢野和隆さん、30歳が落下。搬送先の病院で死亡が確認されました。警察では、自殺と事件の両方から捜査しています...」

雅恵は、発泡酒を持ったまま、固まっている。

咲子と雅代も、動作をフリーズさせ、画面に見入った。



が終わってから、理沙と真由とミスドに来ていた。

彼女らの体型を見てわかる通り、ドーナツ1個なんてお店に失礼な事はしない。

だいたい、3個づつ。でも、ドリンクは、あっさりウーロン茶だ。

「2年2組の有沢くん。ワンダーフォーゲル部が今度公開遠足するさかい、会えるんとちゃう?」

理沙が教えてくれる。

「マジで?せやけど、10kmとか、強行軍やろ?」

咲子は、バタークランチの取れたトッピングを拾い食いしながら聞く。

「そりゃ、きっついかもしれんけど、有沢くんにも会えるし、ダイエットになるし、一石二鳥や!」

真由は、3個目のフレンチクルーラーをちぎりながら言う。

「...うん...でも、途中でリタイアしたら、ダサいし...」

「5月5日まであと2週間ほどあるしぃ。学校から三国まで南海使わずに歩いて、阪和線内でも立って、駅からおうちまで歩く事やな。」

理沙が咲子がモタモタしていたときに指導してきた女教師のように言う。「あたしは、スリムだけど、あなたの体型は何?」という言下のメッセージを含みながら。

「あー。がんばるわ。デブキャラの中の人もがんばっているし。」

咲子は、バラエティのダイエット企画を思い出す。

「せやで!あいつらに比べたら、うちら、ポッチャリ程度やん。」

真由は、あっさり宣言してくれる。

「でも...。その...。アメリカ並みの肥満は、5kg10kgさくっと行くけど、うちらみたいに、5,6kg標準体重オーバーは減りにくいって...。」

3人とも160cm切るくらいで、60kg切るくらいの体型なのだ。ちなみに大甘に見積もった標準体重は彼女たちなら、55kgくらいか。

「あたしにつきあってくれたら...。」

「いやや!」

真由と理沙は、ハモった。

「かげながら応援してますんで、がんばって下さい。」

二人はニタニタしながらつきはなす。

「えー。いっしょにつきあってくれたら、ええのに...。」

咲子が家に着くと、家は、だれもいない。

いつもある、おき手紙もない。不安症の咲子のために、近くのスーパーに行くくらいでもあるのに。

「あれやな。」

嫁いだ雅恵が、臨月なのだ。雅代が、走ったのだろう。

宿題を済ませて、風呂を沸かして入って、テレビの前でカップ麺を食べていても、ケータイは鳴らない。

「雅恵、てまどってるな。初産だもの...。」

いつのまにか寝入ってしまったら、朝になっていた。

なのに、両親は帰っていない...。

さすがにあせって、咲子は、ケータイした。

「あ、ママ?雅恵は?」

「それが...。少し、大変で...。今日は、とりあえず帰るけど...。お昼は購買にしてね。おこづかいもたせてあったわね?」

といっただけで、電話は切れた。

雅代は、咲子の飲み食いするペースを把握していて、その分だけ、そのつど、千円札を何枚かわたす。参考書、ファッションは、別途ねだられれば、わたす。

「切腹かな?」

帝王切開になって、大変だったんだろう。おそらく...。

咲子は、今日は、理沙と真由の、マクドのたむろにはつきあわず、デュークウォーキングand電車内つま先立ちで、ウォークアウトしながら、帰ってきた。

うちに着くと、両親がテーブルでがっくりうなだれていた。

雅代は、咲子を見ると、

「ダウンやってん。口蓋裂もあって、状態も悪いねん。母子センターに搬送になった。あんなけ、羊水検査せーゆうたのに。」

あの子、針刺しするの怖がって...。お医者さんも、20代前半やから、針刺しで流産する方が、確立高いって...。」

というと、嗚咽しはじめた。

父親の泰三は、まんじりともせず、一点をながめている。授業の上手い国語教師で、小論文・古文指導などは、予備校講師より、定評があり、自信に満ちていたのに。


今は何をするべきかもわからず、そう、彼が苦労した、荒れた高校の授業にもついてこられない生徒のように、よるべないかんじだった。

次に口を開いたのは、あれだけボキャブラリーの多い泰三でなく、短大出の雅代だった。

「向こうの親も、和隆さんも、怒ってしまって...。産んだばかりで弱っている雅代をひっぱたいて、怒鳴り散らして、出てった。分娩費はそっちもちや!とまでゆうて...。」と、また泣きくずれた。

咲子は、親がこんなになったのは、初めてだったので、あ然と立ちつくしていた。

5月5日までに、マイナス5kgなんて言っていたのが、急に小さいことに思われた。と同時に、ざまあみろ、という感情が沸き起こってくるのを抑えるのを、どしようもできなかった。

咲子は、知能が高いので、それはおくびにも出さない習慣があったが、内なる感情を押さえ込むのは、食欲や性欲をがまんするよりつらかった。

雅恵は、咲子と違って、器量が良く、そのせいで雅代に咲子より、かわいがられていた。

それを怒っても、雅代は、そんな事ないと言い張る。でも...。

「買い物行くけど、咲子は、待ってる時間、ブーブー言うからもういいわね?ケーキ買ってきてあげるから。」

「咲子は、共有して伸ばさないで。9号入らないくせに。」

「女の子は、早く結婚できるのが、一番なんだから、20までにやせなさいよ。」などなど。


は、はー。短大出て、すぐ結婚して出産した結果がこれですかー。面白すぎるー。咲子は、町外れの公園に出て行き、そこで思いっきり笑った。塾帰りの小学生が、咲子を変態と思ったのか、猛ダッシュで逃げていった。それでも咲子は、ケタケタけたたましく、笑い続けた。

うちに戻ると、両親は、ぐったりソファに寝そべっている。咲子は、冷蔵庫のモノを適当に炒めて、食うと、風呂に入って、宿題をして寝てしまった。

次の日、咲子が家を出ようとすると、雅代は起きてきた。泰三は、もうとっくに出勤したらしい。

「お弁当は作れないからね。」

と言って、千円札を渡してくれた。

学校が終わってから、古墳のある公園に理沙と真由を呼び出した。

「ダイエットどうっすか?つらいっすか?」

二人は、呼び出しという態度に、わざとヤンキーのまねをしながら、聞いてきた。

「あの...。ダイエットどころでなくて...。雅恵がダウン産んだ。」

「マジで?今検査できるんとちゃうん?」

理沙が、目を丸くした。

「雅恵、あかんたれやから、針刺すの怖いって...。」

「んなん、出産なんて、鼻からスイカとか言うのに。」

真由は、責めるようにいう。

「無痛分娩言うくらいやさかい...。」


延々と話続けたあと、理沙と真由は、言った。


「あんたに出来る事ゆうたら、家のことしてあげるくらいやな...。こんな事態にマトモに向き合ったら、あんたがつぶれる...。」

「ダイエット弁当でも作りますか?」

真由が、沈んだ空気をやわらげるように言った。


二人と別れて、またウォークアウトしつつ帰ると、雅代がバタバタと荷造りしていた。

「雅恵な、ショックで精神おかしくなった...。そっちの方に転院するから...。」

作業をしながら、風呂を沸かす事と、洗濯物をたたむ事を指示しはじめた。

「こないなったら、やる事やるしかないわ。」

雅代は、憑かれたように、動いていた。

泰三は、帰ってきても、だんまりこんだままで、2階へ上がってしまった。

「あんなけ、表現が豊かでも、脳内だけかい!」

咲子は、思う。

次の日、家に帰ると、雅代は、テーブルの上で資料を書いていた。

「育成医療の申請や。」

「名前、未生って言うん?」

「うん。この子は、まだ生まれてへん。手術が成功してから、もういっぺん生まれるんや。貝塚のおばあちゃんに、宝殊院で画数見てもうたら、『ちょっと女としては良くない10画やけど、勝負に強い。』んやて。この子の人生、勝負が多いからな。」

こういう、加療に対する手続きから、名付けまでしないといけないのか...。ほんまは、赤ちゃんの父親がするのにな。咲子はなんだかさみしくなった。

「何これ?分娩費って?」

「ああ、向こうが回してきよったわ。ほんまは、分娩費に加えて慰謝料取るのがスジやとか言うてな。」

と、吐き捨てるように雅代は言った。

テーブルの上を見ると、女の達筆な字で、雅恵を非難する字が書かれていた。

「イキナリの出費やさかい、産院に分割にするよう、交渉してん。」

わ!そりゃ、雅代が説得したら、向こうも言う事聞くわな。ケースワーカーの仕事から、弁護士の仕事までするとはな。

泰三が帰ってきたが、相変わらずだまりこくったままだった。泰三は、よく、彼ほど能力のない同僚の教師について、「ぼんくら」とののしっていたが、咲子は、その言葉は、彼にこそ適応されるべきだと思った。


連休前日、久々ミスドのたむろに咲子はつきあった。

「3,5kgやせたよ。」

今日はドーナツを1個だけ解禁にしている。

「おお!地道な運動に勝るものなし!」

真由は褒めてくれた。

「でも、今大変なんやしな。精神的なものはあるんとちがう?」

と理沙。

「ん...そうやな。ただ、家の事負担しているから、その分少しカロリー消費しているかも。」

と咲子。まさか、雅恵より格下扱いされていた事のうっぷんを晴らせる事態とは言えない。

「で、どうなったの?」と理沙。

咲子が、状況を話すと。

「咲子のおばちゃん、大変やな。せやけど、将来的には、コロニーとかもあるし、どうにでもなるんちがう?ダウンで短大出て仕事している人もいるし。山下清みたいにアートの才能ある人もいるしな。」

真由は通りいっぺんのポジティブな話をした。咲子は、ウーロン茶の氷をがりがりしながらうなづいた。

5月5日は、あっという間にやってきた。それまで、咲子は4kgしかやせられなかったけど、よし、としている。

少しゆるくなったパンツを履き、ゆったり目のアンサンブルで参加した。

ワンダーフォーゲル部の部員も含めて、30人ほど。咲子はいつもつるんでいる理沙も真由もいないが。知り合い程度の裕有と連れ立って歩いている。裕有は、山歩きが好きらしく、余裕こいているが、お昼前になって、咲子は息が上がってきた。

「おうい!大丈夫か?」

振り返ると、有沢くんだ。

「うん、もう少しで休憩だし。」

汗でどろどろの顔を見られるのは恥ずかしかったが、声をかけてくれたのは、今日来た甲斐があったと言うものだ。もっとも、汗で流れるようなメイクの映える顔でもない。

800mほどしかないが、山頂に着いた。

そこから見える景色は、建物がキャラメルの粒よりも小さく見える。咲子は自分のダイエットも、雅恵が障害児産んだ事も、進路の事も、有沢くんの事も、全部細々したものに見えた。そういう意味でも、今日、登って良かった。

お弁当が終わると。

「行きや。」

裕有が、お菓子を持って、ワンダーフォーゲル部のところへ行けと言った。

同じグループの女の子たちは、ニタニタしながら咲子を見ている。

「え...いい...」

彼らの中に、有沢くんがいるというだけで、なんか、ひどく高尚な集まりをしているみたいで行きにくかった。

「奥ゆかしいわ...。」

里美がちゃかす。そうこうしているうちに、山を下る事になった。下りもゆっくり進んで行った。が、途中、有沢くんは一度だけ「もう少しやで。」と、言ってきただけで、ついぞ並んで歩く事もお弁当を食べることもなかった。

次の日、雅代は、お弁当を渡しながら、

「今日は、雅恵と未生の両方のぞいてくるから。うち帰ってもいないよ。夕ご飯には帰るから。心配せんといて。」

と言って、送り出した。

こういう状況なので、咲子は、洗濯物たたみと、お風呂たき、お米たきなんかをやらされて、お勉強の時間が1時間ほど削られている。

「進学校に、一応行ってるんやけど....。」と思いつつも、

「あんたらが、した報いやわ。」

と、心は軽やかだった。

放課後は、遠足の報告である。

「えー。握手会や園遊会じゃあるまいし。」

理沙は、あきれた。

今日は、サーティーワンに来ている。理沙と真由は、トリプルをカップに入れているが、咲子は未だシングルカップだ。

「おくゆかしいというか、あかんたれというか....。でも、少し話せて良かったね。」

真由は、なぐさめる。

「なー。それならいっそ、有沢くんと同じ大学目指そうよ。」

と、理沙。

「ええ!あんなとこ、目指しているのに、ムリ!」

咲子はのけぞる。

「そりゃ、有沢くん。文系でトップで、人文学の超充実したところだけどね。」

「でも、受験までに、なんとかメドつけとけば?」

真由は、ダイエットと同じように、けしかける。

「そうね。高校からつきあってて、ゴールインした人もいるしさ。どうしようか。」

すると、なんと!有沢くんたち、ワンダーフォーゲル部のグループが入ってきた。理沙と真由が、わき腹をこずいた。

「あ...。」

「このあいだはどうも。」

有沢くんは、咲子と目が合うと、一声かけてグループに戻った。

本人を見るとなぜか神経がブロックされてしまい、行動ができなくなる。

店を出るとき、理沙と真由は、半ば軽蔑した目で咲子を見ると、

「もう、5kgやせたら、もっと動ける?」

なんて、わけわからない事言ってきた。


うちに帰ると、雅代が、

「今度の土日、母子センターにいっしょに行こう。」

と言ってきた。

「えー怖い!」

「何ゆうてるの!あんたの姪でしょ!

「病院怖い...。」

「あかんたれやな。ほんまに。」

そう、咲子は、注射だけでビビってしまうのだ。

風邪のときは、「注射したほうが早よ治る。」ということで、注射させられてきたが、そのたびに半ベソかいてきた。だから、ガラスケースの中に、管をいっぱいつけられた赤ちゃんが、いっぱいいるところなんて、勘弁して欲しかった。


土曜日の朝、雅代は車に咲子を乗せると、母子センターに向かった。泰三は、理由を付けて来なかった。

小児センターは、近くの救命センターのように、最新の作りで明るかったが、ここで多くの子供が、注射より痛い思いをしていると思うと、やせたはずなのに、体が重かった。

4階にエレベーターで行くと、そこはNICUのあるフロアだった。面会時間なので、子供の親や祖父母らがかたまっていた。それは子供の運動会のような、かまびすしい集団でなく、難民キャンプの救援物資を待つかのような、暗ーいものだった。

その中の目鼻立ちの整った若い女が何匹か、咲子をジロジロ見てきた。咲子は、「ブスの瞳に恋してる」の主演女優のように個性的な顔をしているので、若い既婚女性にジロジロ見られる。たぶん、ヤツらは美人のくせに、足りないので、結婚によるステイタスロンダリングに失敗したのだろう。それで、憂さを晴らしている。中でもここの女は、

「あたしがなんでこんな思いしなくちゃいけないのよ!なのに、○スがお気楽な顔して!」

という気がビシビシ伝わってくる。

咲子はムカついたので、相手の粗探しをする目つきで見返してやると、目をそむけた。横顔はやつれ、実際の年齢は、もっと若いと思われた。

看護師が、ウェルパスでの手洗いと、不織布の割烹着みたいなの、シャワーハットみたいなの、マスクを着ける事を指示してきた。

咲子は、病気の大変な処置ばかりのドラマERにはまるヤツの気が知れない。だから、この作業は大変だった。

雅代は、慣れた感じで未生のいるブースに向かった。看護師が、

「未生ちゃん、もう1kg増えたら、オペできるんです。ミルクも上手に飲むしねー。ねー。未生ちゃん。」

看護師は、普通に赤ん坊に話しかけるように、言う。

ガラスケースの中では、普通より小さな赤ん坊が、管を付けられて寝ていた。鼻が余計に低く、目のあたりが平たいかんじがした。

「30歳以上で出産すると、ダウンができる率が跳ね上がります。みなさん、はやく結婚しましょう。」と、保健体育で言われていたのを思い出した。

咲子は、逃げ出したくなったが、雅代は看護師といっしょに未生に何やら話しかけている。


母子センターから出ると、汗ぐっしょり。5kmマラソン後並だった。

車の中で。

「あの繁殖したメスども、あたしの事ジロジロ見てきた!死にゃいいのに。」

「ほっとき!」

「そんな私のしんどいのわからへんのずっとやんか!」

「あんたこそ、NICUでビビるくせに!」

「あんたが、私のしんどいのわからへんから、何でも怖いんや!」

そう、うつ病は、本当に症状がキツイときは、苦しいと言えないのだ。被虐待児は救出された直後は何もできないのだ。

水かけ論をしていると、車は170号線を下り、水間を過ぎた。

うちは、もうすぐ。


うちに着くと、決められた例の家事を始めた。その間二人は口もきかない。

咲子が、外でひどい鬼畜に出会ったとき、雅恵と比較して差別されていると感じるとき、雅代と不毛の争いをした後は、ずっとそうだ。

それはいつもと変わらないが、今日は少し違う。

NICUで見た、普通でない生命体。咲子の姪だといわれた赤ん坊。

ショックが、引きずって、まとわりついて離れない。

それは、怖いミイラを見た後の倍以上だった。

現実のミイラの首は、千里の民俗学博物館で見て、そんなものか!とシレっとなる。

今までクラスでおった、口蓋裂や発達障害、小児麻痺の子。

最初はびっくりするけど、学校から帰ってまで、ひきずることはない。

でも、今日のは違う。

ショックを紛らわせるように、ダーティーな洋楽をかけて、宿題にとりかかる。

シンニード・オコナーのライオンアンドコブラ。

雑誌のレビューで、年を経ても残る名盤として、出ていた。

アップテンポのリズムに時折女性の絶叫が加わる。

鬼束ちひろもcoccoも十分ダーティーだが、シンニード・オコナーにはかなわない。

ショックを和らげる必須アイテムだ。

もちろん、鬼束ちひろもcoccoもCDラックにはあるが。


月曜日になっても、ショックは土曜日に帰ってきたときよりマシになったが、いつもの朝のしたくはしんどい。

だだでなくても、口をきいてくれない泰三は、だまったままだし、洗顔から髪を結うのまでうまくいかない。

自転車も、ペダルが重い。

改札で、定期を押し付けたが、エラーの警告音が鳴り響いた。

ダサっさい高校生が引っかかってる!ウマー!な視線で、鬼畜な勤め人たちが見てくる。「てめえら、リストラされろ!電車にも乗れんようになれ!」的な視線で睨み返すと、なじみの駅員が駆け寄ってきた。

「あれ?有効期間内ですね。お通りください。」


駅でもそういう不快な事があったし、英語のリーダーの授業でも...

咲子のヘッドフォンだけ、聞こえないのだ。

教師に言って、視聴覚の席を替わってもらってもいっしょ。

困った教師は、放課後にダウンロードしたCDを渡すから、来なさいという。


CDをもらって、理沙と真由のたむろに合流して、一連の事を話した。

「あ、それな。生体エネルギーの波動の乱れが、電機に来たのや。」

理科系の理沙らしい単純明快なお答え。

「わかりやすく言ってよ。」

「人間の動作や思考は、生物学的には、電気信号に集約されると生物で習ったわな?」

「?細胞膜のプラスマイナスイオンの事?」

「ま、それもその一端やな。だから精神的に思い詰めると、イオンだか波動だか出るわけ。」

理沙は噛み砕いて言う。

「あ、わたしも、ムカついた事があると、パソコンがフリーズする。」

と真由。続けて...

「SEのお兄ちゃんに聞いたけど、まったく正しい動作しているのに、あほとちゃうのに、パソコンをしょっちゅう止める人がおるんやて。そういえば、源氏物語の御息所もそうだよね。葵上を取り殺した。」

文系の真由は、古典を引用する。

「弘法大師空海も?安部の清明も?」と、咲子。

「彼らなんか、まさにそうだわね。奇跡のように言われるけれど、陰陽道の達人とか、密教の即身成仏になると、ごくあたりまえのことかもしれない。彼らの場合、平和利用だけど。」

真由は、オカルトな日本史も大好きだ。

彼らの住んでいる地域には、安部の清明のお母さんが祭られた神社や弘法大師の掘った池がある。地域の寺では、お大師さんの日には、お菓子がふるまわれる。高校の近くの大和川を渡れば、安部氏のテリトリー。安部の清明の神社もある。

「あ、じゃあサイババやキリストの奇跡も?」と、咲子が聞く。

「そうね。聖人と呼ばれるくらいになると、生体エネルギーもすさまじいから。だけど、サイババの本いっぱい出してた男の人。最高学府で博士号をとってからの文転なんていただけないわね。」

と、理沙。彼は、今は研究より、公演や執筆、布教活動に忙しいらしい。

文転とは、理系の数学が難しくなって、文系に鞍替えする事だ。

「でも、生体エネルギーなんて制御できないでしょう?どうしよう。」と、咲子は難しい事は説明されたものの、救いがないと思う。

そこで、真由は、

「生体エネルギーを建設的な方向に振り向ければいいのよ。原子力だって、平和利用と軍事利用があるやん。」

「うん。」

「咲子は、もうそれ、やってるやん。」

理沙は、ダイエット発心から、山登り、家事引き受けなど、エネルギーを既に使う事をしている事をさして言う。

ここでやっと、救われた気がした。で、手を付けていなかったケーキに手を付けた。

彼らが入っているのは、ベーカリー併設の喫茶店。

理沙と真由は、デザートアラモードなる、ケーキ・プリン・アイスなどが盛られているという、見事なプレートを平らげている。咲子はケーキだけだ。


別れたあと、咲子は、阪和線内でつま先立ちしながら考えた。

そういえば、ダイエット発心から、なんだかテンションが高い。だらだらした性格で、親や姉に容姿の事でいつもさっ引かれて、悔しい事がなければ、今の一番手高にもこなかっただろう。今も部屋は散らかっているし、床はザラザラだ。


しかし、先に家の仕事をしとかないと怒られるので、風呂を沸かす事と、洗濯物の取り込み、炊飯器のセットをする。そこに、たまに掃除機かけや買い物のオプションがある。

そんなので、1時間ロスしたあと、勉強。

本来なら疲れるはずだが、テンションが高いので、はかどる。

しかし、今まで、さぼり気味だったので

関関同立に入れるかどうかぐらいである。

数学が苦手なので、文系。

でも、入りたい学科は解らない。

どうせ、就職活動で、関係ないし。

エンジニアとか、別でしょうけど。

史学科とか面白そうだけど、発掘で人骨とか出てきたら怖いし。

無難な英文科か?

かかっているのは、Backstreet BoysのCD。

有沢くんとこんな甘美なラブストーリーができるとも限らない。

有沢くんは、文化人類学をやりたいそうだ。

しかも、ミーハーでなくて学問として。

成績も優秀だから、あそこしかないよね。


「雅恵も未生も帰ってくるって。」

家の仕事と勉強に追われて、1ヶ月が過ぎようとしていた頃だった。

父親の泰三は、器量の悪い咲子が食卓にいる時は、構ってくれないが、

未生が産まれて以来、余計この傾向は強い。

これが、教えるのが上手くて、人気もある国語教師ねえ。

旧9学区のトップの。

「僕のとこには来るな。その一つ上。」

と、今の三国ヶ丘来させるのに、尻だけ叩いといてさ。


帰宅部の咲子は、いつもまっすぐ自宅へ帰るのだが、

今日は帰りたくない。

だから、他クラスの理沙と真由をマクドに誘いたかったが、

生憎、都合がつかないらしい。

塾と夏物の買出しとか。

さらに、家の買い物も頼まれていない。

あああ、つまらん。

帰ってくると、雅代と雅恵は、ぼんやりテレビを見ていた。

いつもなら、おやつを食べるのだが、なんか寒々した雰囲気が嫌だ。

コーヒーだけ入れて、2Fにずらかるに限る。

「お帰り。未生はこっち。」

LDK続きの和室にベビーベッドがあった。

NICUと変わらぬ状態で、いや、管類が取れていたが、

あの生命体がそこに居た。

咲子は、ちらりと見ただけで、2Fに上がろうとするのを、雅代が止める。

「未生ちゃん、おばちゃんですよー。」

と、待ったをかけるが、振り切って階段を上がった。


なんやねん、あれ。

咲子は、大音量でシンニード・オコナーをかける。

鬼束ちひろでは、薄い。

苦手な数学から広げる。

勉強の勢いがついてきたら、覚えたらいいだけの英語や国語は楽勝だ。

下から、うるさい!という声が聞こえるが、無視。


それから、お腹が空いて降りていくと、みんな食べている途中だった。

テレビだけが、かかっていて、みんな無言でご飯を食べている。

雅恵が嫁いでからは、夫婦の会話に

時折、咲子に水を向ける感じだが、それすらない。

はは、私だけ差別してきた結果がこれですか。

重苦しい雰囲気でも、内心面白くて、テレビをぼうっと見ながらはしが進む。

「神戸のポートアイランド病院の犬飼先生やねん。」と雅代。

「母子センターの形成外科は?」泰三は近場で済むならそれでいいという感じだ。

「ある程度の水準らしいけど、MIXIで犬飼先生がネ甲らしいから。」

雅代は、40代半ば。○ちゃんねるのコア世代だ。

ふうん、話せばわかる、の人と同じ苗字ねえ。


その後、2階で横になって、

目覚めたら24時だった。

赤ん坊の弱弱しい泣き声がする。

雅恵は、湯沸かし器のお湯で、ミルクを溶いている。ショックで母乳など止まってしまったらしい。

未生に、なんかよくわからないプレートを挿入してから、哺乳瓶をあてがっていた。なんだか、義務的な、つまらなさそうな作業である。

ハズレのお役所の受付の職員みたいだ。

今までの雅恵ならば、無様なかっこ見るな!と、かみついてくるのだが、その気力もないらしい。

咲子は、それを確かめると、お風呂に入った。


翌日、都合のついた理沙と真由を、咲子は、呼び出した。

マクドの割引券があり、一番安いバーガーを100円で食べながら。

「帰ってきたん?」

真由は、同情をあらわにして言う。

「うん。」

「で、おばちゃんや姉ちゃんはどうなのよ。」

理沙から、本題に入ってくれる。

「いや、怖いからノータッチよ。姉ちゃんは、しけた顔でミルク作ってる。」

「しゃーないな。何か手伝わんとあかんようになったら、助けてあげたら。」

理沙は、フォローする。

「お世話するうちに愛着が湧くかもよ。」

真由は、通りいっぺんの励ましをする。

「でも、見た目が違うというのは、きついわ。」

咲子は、自分の冴えない容姿を棚に上げて言った。

「あ、いい情報があるの。」

理沙は、重い空気を和らげようと話を変えた。

「??」

「有沢くんの行っている塾なんだけど。」

「ええ!」

「駿台天王寺校。国公立難関文系コース。」

「でも、関関同立レベルで、んなとこ入ってもついていかれへんし。」

「あ、兄ちゃんときは、まだ受験生が多いから選抜テストあったけど、今じゃあ少子化で誰でも入れるよ。」

真由は、付け足した。


それから何日かたった、教室移動の時。

歩いてる有沢くんとすれ違った。

お互い目礼して立ち去る。

もっと、かわいかったら。

もっと、積極的だったら。

呼び止めて話しかけられるのに。

とりあえず、駿台の申し込みしよう。

親は、服代とかは渋るが、お勉強系は、ポンと出してくれるはずだから。


ここは、和泉市のある住宅街。

和隆は、実家に出戻って、家で飲んでいる。

母が、もうそれくらいになさいよ。

と言うのに、次のカートンを開ける。

ったく、なんで俺だけ、あんな子ができるんだ。

離婚して、オールクリアできたからいいものの、これからどうしたらいいんだ。

ほかのやつらのくれる年賀状には、

健康な子ばかり写っているのに。

女選びを間違ったか。

でも、妹は○スなものの、現役三国ヶ丘高校。まあ、おれの行っていた天王寺よりは落ちるが。

父親も教師だし。

身元調査では、六親等以内ですら、障害者はいないのに。

アルコールでモウロウとした頭には、同じ思考ばかりが行き交う。

毎日酒量が増えていくが、まだ許容範囲だろう。


咲子は、放課後、家とは逆方向の天王寺へ向かう。

逆方向になると、底辺校の子が車内に多く、空気が悪い。

容姿だけはキレイな子が多いが、あんなブス!みたいな空気を出していて、

大嫌いだ。

男子は、ラッパーの雰囲気そのまま、♪悪そな奴は大体友達♪

まんまの雰囲気。

三国ヶ丘天王寺間なんて15分程なのに最悪。

やっと解放されて東口から駿台まで。

受付職員は、咲子の三国ヶ丘の制服を見ると、

わかった感じで、書類を出してきた。

内心、このクラス、文科特進についていけるか心配だったが、

背に腹は変えられない。

カバンの底から、別ポーチに入れた万札を数枚出し、手続きを終えた。

帰り道、近鉄やあべのルアシス、あべのなんとかを過ぎる。

スイーツやかわいいグッズ。

でも、今はその余裕はない。

東口にまっすぐ、たどり着いた。


理沙と真由との、ベーカリー併設喫茶店でのたむろの中で咲子は言った。

「とうとう申込みました!」 「おお!で、週何回なん?」

理沙は、興味深げに聞く。

「英国社だから3回よ。」

「それだけ接点が多ければ、チャンスはあるわよね。」

真由は煽った。

「でも、人数居るし、同じクラスってだけで、アプローチできないよー」

咲子は、モゴモゴ言う。

理沙と真由は、デザートアラモードをまだ食べている。

咲子はケーキだけなので、食べ終わっている。

「奥ゆかしいのは、平安貴族だけにしなさいね。」

真由は、たしなめる。


その後、あの子らと別れて、電車に乗る。

窓に映る顔は、パッとしない。

口元は出てて、鼻は低く、糸目。

「三国ヶ丘でもダウン顔(爆笑)」

と、姉の夫、和隆が言っているそうだ。

雅恵が、大きなお世話にも教えてくれた。

それが、妻にダウン産ませて、責任も取らずに出戻りだ。

ざまーみろと、こいつに対しても思う。

車内広告には、高須クリニックの広告。

「美容整形なんて、出してくれへんやろな。」

そう思いつつ、熊取まで来たので、降りる準備を始めた。

熊取日根野間は2分ほど。言うてる間に日根野になってしまう。

日根野からは、少し歩けば松葉台の実家だ。


いつもの様に、逃げるように、2Fに上がろうとすると、

雅代が呼び止めた。

「見て。お宮参りの衣装よ。」

LDK続きの和室で、白いフリフリのベビードレスが広げられている。

「貝塚のおばあちゃんが買うてくれたんや。」

「ふうん。」

そう言って、コーヒーを入れる準備をしながら、できるだけそちらを見ないようにしていた。

「これ着て、脇浜戎神社、参拝するのねー」

ベビーベッドの未生に語りかけていた。

「えべっさんは、蛭子と言われて葦舟で流されたけど、西宮の漁師らに拾われて、立派に成長したんよ。あやからな、て宝殊院が...」

振り切るように2Fに上がる。

ケッ!あんなクリーチャー、外へ出したら、注目の的やろ。


梅雨の晴れ間の日曜日。

雅代・雅恵・咲子・未生は、

貝塚の脇浜戎神社にお宮参りにやってきた。

休日であるにもかかわらず、泰三は来ない。

咲子は勉強という錦の御旗を振りかざしたが、無理やり連れて来さされた。

車を止めて、鳥居をくぐって、拝殿に向かう。

受付で初穂料を収めると、

神職さんや巫女さん達が出迎えてくれる。

内部は、時代劇の陣屋の折りたたみ椅子みたいな椅子が、たくさん、祭壇に向いて並べられている。


神職さんは、淡々と、お祝い事を述べ、着席を促す。

ああ、動揺を隠してるな。いや、神に仕える身なので、それ位ではビビらないのか?

咲子は、思う。

ものすごい声量の祝詞が始まった。

雅代・雅恵は、神妙に聞いている。

普通の赤ん坊なら、この声でびっくりして起きるはずだが、未生は、スヤスヤ眠っている。

ああ、やはり障害児だから反応が鈍いのだなあ。と、咲子は思う。

しかしまあ、平安朝の古色蒼然とした社殿の中に、装束の神職さん達。古典オタクの真由ならば喜びそうだ。

そこへ、洋服の私ら。未生は、ぶりぶりのドレスだし...

儀式が終わると、雅代たちは、神饌を受け取り、社殿を失礼した。

ふと、大きな藁の輪っかが見える。

夏越の祓えね、と、雅代が、

未生を抱いたままくぐった。

「あんたらも、くぐり。」

と言うので、雅恵と咲子も従った。

何かの、おまじないみたいだけれど、よくわからない。


車に乗り込んだ。

雅代は、満足げだが、雅恵は、ぼんやりしている。

ふつう、五体満足な子供のお宮参りと言うと、母親はもっと晴れやかな顔をしているものだが。

車を山手へ2kmほど走らせると、貝塚のおばあちゃんの家だ。


広めの建売は、うっそうとした木々に覆われている。

ガーデニング好きの祖母が植えまくって、枝がお隣を侵略。時々苦情がくるらしい。

いつも、おばあちゃんの家に来るのは、楽しいのに、今日はなんだか、うっとおしい。


祖母が出てきた。

「この子が、未生?」

雅代の抱いているのを、慣れた感じで抱き取った。

「そうかーきてくれたかー」

ニコニコしている。

ダウンの上に口蓋裂を併発しているなど、どうでもいいようだ。ただ、ひ孫を見せられて喜んでいる感じだ。

「あんた、いっこも連絡して来ーへんから、心配してたんや。こっちは、免許ないし。」

未生が産まれてからのいきさつは、雅代と祖母の会話からだんだん、わかってきた。

祖母は、予定日も過ぎた頃だし、いったいどうなったんだろう?と、雅代の携帯に連絡した。しかし未生は、ダウンの上に、NICUに入っている。雅恵は、ショックから精神病院に入ってしまった。そんな状態で、電車を使えば来られるはずなのだが、行くに行けない感じだったそうだ。


「これ、遅れたけれどお祝いね。」

と、ご祝儀袋を渡されて、雅恵は初めて、笑顔を見せた。

うちでは、失恋と不合格がいっしょになった位、しけた顔しているのに。


出してくれたお菓子を食べながら、取り留めのない話をする。時折、未生が弱弱しく泣くので、その度に雅恵は、オムツを替えたり、ミルクを作ったりしている。

家でしているのは、なんだか罰ゲームのようだが、ここでは少し、母親らしい感じはする。

その後、晩御飯食べていけば?

という祖母の言葉に、雅代は遠慮して引き上げる。

というか、ワンマンな父親の泰三が、晩にそろっていないと、機嫌が悪くなるからだ。

咲子には話しかけないくせに、ダウン産んでからの雅恵には冷たいくせに。

どうも、えばって、飯食うのが好きらしい。

帰れば腹を満たせるが、精神的に苦痛な晩ごはんだ。



咲子は、授業が終わると、反対側の電車で天王寺に向かった。底辺校の学生だらけの車内は苦痛だが、今日は有沢くんも居る文科特進に行けると思うと、ずいぶん楽だ。

足取りも軽やかに、駿台天王寺校の教室に入った。

前から3列目程度に座ると、

よく見る進学校の制服がちらほら見える。

授業が始まる直前に、有沢君がすべりこんできて、咲子の5m先位に座った。いや、正確には、女の子を連れてだ。

「!!!!!!」

咲子は固まった。

なに、その子?よく見ると天高(天王寺高校)の制服やん!

授業が始まっても、付いて行けるかどうかより、あの女の子が気になってしょうがなかった。

授業が終わると、有沢君と女の子は、親しげに話しながら出て行った。

かえりの、あべのなんとかの華やかなお店の雰囲気は、まったく、沈んだ心とは合わなかった。


咲子は、ようやく都合のついた理沙と真由を、ミスドに呼び出した。

「え?天校の彼女おるん?」

真由は、すっとんきょうな声を出した。2本目のホールシング(棒付でカラーチョコレートが塗りたくってある)を持ったままである。

「まだ、彼女と決まったわけやない。彼女でも略奪しい!」理沙は、2つ目のパイをボロボロこぼしながら言う。

「せやけどーまあまあ遠目ではかわいい子やしー。」

咲子は、選んだフレンチクルーラーとココナツクランチにも手を付けずに言った。

「あんた、奥ゆかしいからなあー」

真由は、ため息を付いた。

「んで、有沢君と駿台で話す機会はあるん?」

理沙は、3つ目のパイを平らげながら言う。

「女の子が、張り付いているから無理だよー」

咲子は、ようやくココナツクランチをほおばりながら言う。

すると、真由は、

「チャンスが無いわけやない。とりあえず、気ぃついてもらえたら、今度はきちんと話すんやで。」

「うん。」

理沙は、「私がすすめたのが、かえって悩みの種になった

みたいやけど。それでも、前進あるのみや。」

「うん。」

2人は、なんだかガッカリしたようだったが、通りいっぺんの励ましをしてくれた。


松葉台のうちに帰ると、

雅恵が、泣きはらした顔でリビングで、うつむいていた。

雅代も、索漠とした感じで、

LDKを片付けている。

「どないしたん?」

「雅恵の友達が来たんやけど。」

なんでも、中学から仲の良かった友達が、突然来たらしい。

雅恵は、多くの友人達が携帯に連絡してきても、スルーしてきた。こんな子産んで、来られても、変にかわいそうがられて、避けられるだろうからと。

しかし、いたたまれなくなったその友達は、お祝いを持って、里帰り出産しているはずの実家に突撃してきた。

しかし、その人の反応は、雅恵が想像していたとおりだった、というわけだ。


咲子は、なぐさめる気にもならない。

いつもどおり、コーヒーを入れて、2Fに上がる。

今まで、自分を保護してくれるべき家族にすら、容姿の性で、見下しされてきたのだ。

せいぜい、私と同じ苦しみを味わうが良い。

2Fの自分の部屋で、かけているのは、スパイスガールズだ。

あんな声、どこから出せるの?というくらいの高音が、ずいぶんと小バカにしたようにも聞こえる音楽だ。

雅恵がダウン産んだのを聞いたのと同じくらいの小気味良さで、勉強は、はかどる。

晩御飯で家族がそろうが、今まで以上に、黙々と食べているだけだ。

泰三と雅代の会話すら、ない。

テレビだけがかかっている。

恐らく、泰三は雅代から、今日の出来事は聞いているのだろう。

しかし、なぐさめる言葉も見つからない。

こいつの、言語って、高校生に入試を突破させるためにしかないんだわ。

咲子は、つくづく思うのだ。

ごはんが済んでから、咲子は考えた。

容姿のいい人たちの、友人関係とか、結局、遊ぶため、しゃべるための要員でしかないないのではなかろうか?という点。

その時間を、「楽しい」と思うために、形、が要るだけだ。

バービー人形に、お洋服、靴、ドールハウス、いずみちゃん、りかちゃん、ボーイフレンドが要る様に。


そこで思い出したのが、いかにも人員合わせ的に出さされそうになった、雅恵の結婚をめぐるエピソードだ。

結婚するもの同士の両家の顔合わせの会食のときだ。

雅恵が結婚しようとしている男とその家族なんて、たかだか知れていると思って、行きたくなかった。

しぶしぶ行けば、男。和隆は、案の定、値踏みするような目で、咲子をジロリと見た。和隆の家族も似たような反応だった。

咲子は、席を蹴って、店を出て行った。

泰三と雅代が追いかけてきて、つかみかかったが、咲子はけり倒して、最寄り駅から電車で帰った。

中三の冬だった。

そういう、事件があったのにもかかわらず、泰三と雅代は、お式に出るように懇願した。

けれど、外見を取り繕うための人員であるのは、目に見えている。結局お式はボイコット。

幾ら、有名大学から大手企業に行って出世頭でも、私が嫌!と見抜いている相手と、結婚する自体が間違っている。


それから、うっくつした思いを雅恵に関しては、余計高めていた。

それが、ダウン産んで、旧友にも去られ。

面白すぎる!

「幸いなるかな、悲しむ者。その人はなぐさめられん。」

曽野綾子の小説に出てきた、一文を咲子は、かみしめていた。


クラスも容姿の性で、溶け込めないが、雅恵のここまでひどい状況を見ると、苦でもなんでもない。

むしろ、やる気が出てきて、今までサボり気味だったのを取り返そう、という前向きな気持ちになる。

「なんか、楽しそうね。」

進学校で、はみご、とは言っても、お弁当を食べるグループはあるのだ。休み時間には親しげには話さないけれど。

それが、いきなり、話を振られるとは。

「嵐の二宮君の写真集。ブックオフで激安でゲットしてん。」と、適当に返事すると、」

「ふうん...」

内心、嘘やろ。というかのように、うなづかれた。

そのあと、グループでリーダーシップを取っている子が、話題を出し、咲子の話はそれで終わった。


放課後、そのクラスでそれぞれ、はみご、にされている理沙と真由と、また、ベーカリー併設の喫茶店に寄っていた。デザートアラモードを、理沙と真由は、ケーキ・プリン・アイスと、給食のように三角食べしながら聞いた。

「有沢くんとの、今後の進展は?」

「無い。もっとかわいかったらなあ。」

咲子は、マロンクリームパイを食べながらつぶやく。

「それなら、いい情報がある。」

真由は、切り出した。

「うちのクラスの、竹田さん。お父さん、形成外科医なんやて。」

「おい、韓国みたいに整形?」

「いや、口元に関しては保険が利く場合があるそうよ。明石屋さんまが言ってたけど、彼のように、骨から出ている場合は、要治療というレベルらしいよ。」

まあ、彼の場合は、他のパーツが整っているから、テレビに出られるのだけど。

さすがに、そこまで、露骨に言われて、咲子もたじろいだ。

「略奪しかけるくらいなら、それくらいして、ええんと、ちゃう?今まで、家族で冷や飯食わされてきたんやろ。姉ちゃんがダウン産んだ混乱に乗じて、やってまえ!」

理沙は、火に油を注いだ。

「でもおー」

咲子は煮え切らない。

「うちが、詳細聞いといたる。咲子のおばちゃんは、神戸の病院ゆうてるけど、あんた遠出いややろ。それに、顎系の症例が多いそうだし、疾患を放置プレイしたの、同級生の父親に知られたら恥やで。咲子のおっちゃん、凹んでくれるわ。」

真由は、デザートアラモードを平らげてしまっている。

「じゃあ、お願いね。」

咲子は、期待もせずに言った。


次の日は、駿台天王寺校へ行く日だ。

しかし、また、有沢くんは天校の女の子とつるんでいるんだろうあ。

三国ヶ丘駅から乗るのも、気が重い。

すると、後ろから、誰かが声をかけた。

「田中さん、やん。」

「!!」

有沢くんだった。

「予備校?」

「うん。」

「そうか。俺も。電車で連れと会うから。じゃあね。」

と、ハイキングの時のように軽やかにかけてった。

「連れ、ちゃうやろ。彼女やろ。一緒に行けへんかったら声かけんな。」

と、言いたいところだが、咲子は、声をかけられた衝撃でフリーズしてしまっている。

駿台天王寺校では、有沢くんは、相変わらず、天高の女の子と居る。

でも、今までのように、苦痛なだけではない。

声かけてくれたんだもの。

脈はあるのかもしれない。


遅くなって、自宅へ帰ると、

雅恵は、また、しけった顔に戻って、未生のおむつを換えている。

ごはんは?と、雅代が聞くが、夜遅く食べると、太るので、風呂に向かう。最も、駅のスタンドで、パンやそば類を食べているから、要らない。

勉強は、朝早く起きてするのだ。

「明日は、未生の形成外科初診なんよ。」

雅代だけが、張り切っている。

まあ、口蓋裂を治すのは当然だ。でも、ダウンまでは治せんやろ。

先日、同じ大阪出身の学者が、万能細胞の開発でノーベル賞!とか、聞いたけれど。

正常な染色体にした未生のips細胞でみんな置き換えるなんて。ワード文章の置換コマンドでもあるまいし。


朝早く起きるのは気持ちいい。

4:00だというのに、とても明るい。

高校の授業の復習と予備校のそれと。

ああ、いつになったら、私立文系コースで、

英国社3教科になるんやろ。

理系の理沙は、楽な受験の王道!

と小バカにしてくれるが、私には目標がない。

理沙のように、IT関連でセレブになってやるとか。

だから、人生の目標は、大学に入ってから考えるのだ。


朝のテーブルは慌しい。

しかも、未生の形成外科初診とあって、

余計バタバタしている。

雅代は、保険証は?替えのオムツは?と、

グズな幼稚園児にするように、雅恵をせかしている。

が、雅恵は、空ろな感じ。

咲子は、聞き流しながら、トーストと、

お弁当のおかず用に作った、ラタトイュを食っている。

泰三とは、口も聞かない。

咲子より先に、かばんを持って出て行った。


5教科以外では、咲子は音楽を取っている。

ピアノをやっていたのと、課題とかが確実に時間内に終わるので、音楽がいい。

書道や美術だと、仕上がらないと居残りがあるそうだから。

ちなみに、有沢くんは、書道らしい。

習字は師範とってて、中国の書家の模写まで出来るとか。

やはり、知性がある人は違うのね。

私なんか、尻叩かれまくっての三国ヶ丘だからなあ。

習字は、小学生の頃習っていたけれど、うまくはならなかった。

モノトーンの世界は退屈だ。

下手でも、絵の具を塗りたくれる、図工や美術がいい。

書道は専攻できん。

なのに、ダウン症の書家もいる。

こういったら、怒られるけど。

未生は、どの程度のダウン症なんだろう。

雅代が言うところによると、

遺伝子のモザイクの程度で、

あの書家くらいの知性がある人から、日常生活ができないレベルまであるらしい。

雅恵は情報を漁って、未生にいい治療を。という気にもならないようだ。

義務的にオムツ換えと授乳をしている。

犬飼先生の件も、雅代がネットのSNSで、調べたのだ。


雅代・雅恵・未生は、三宮でポートライナーに乗り換えた。

モノレールタイプで、なんだか遊園地の電車のよう。

車窓の風景も町のジオラマのように見えてしまう。

雅代は実は、この電車には、大昔に乗った。

ポートアイランド博覧会の際、高校の友達といっしょに。

博覧会と同じように、雅代達もティーンで、希望に満ち溢れていた、あの頃。

まさか、早い目にできた孫が障害児で、再びこの電車に乗ろうとは。

降りると、最新鋭の学研都市が広がっていた。

病院と一緒に、先端医療センターなどの研究施設。

病院の中は、あまりにも最先端で、雅代・雅恵・未生は、まごつく。

とりあえず、事務員さんに初診だというと、診察券を作りますから、と言われて、

待たされた後、カードをもらう。

再診は、このカードで受け付けから、会計まですべて機械に入れてできるらしい。

カードと一緒に患者呼び出しポケベルを持たされる。

それは、受付を待つ時間より早く、鳴った。

診察室に入ると、病院のホームページの写真のとおりの医師が座っていた。正確には、数年経過して少し、年行った感じ。雅代と同世代、40代半か?横に看護師と若い医師達がいる。

「初めまして、犬飼です。」

天然パーマのような髪を、アインシュタインのようにボサボサにして、ストライプのシャツを着ている。

未生の口を、強いライトで照らしながら診る。

未生は、普通の赤ん坊なら泣いたりするところ、目をしかめただけ。

犬飼先生は、一人納得したようにうなずきながら、若い医師達に専門用語で説明している。

その後、雅代達に説明をしてくれるのだが、いまいち要領を得ない。

この医者、MIXIでネ甲なんだよね?!雅代達は、不安になる。

すると、若い医師の一人が、

「口唇・口蓋とも一気に手術します。普通数回しないといけないのですが、この方法ですと、一回で済みます。」

と、翻訳?してくれた。

帰り際、「お母さんも、お祖母ちゃんもがんばってね。未生ちゃんも・・・」犬飼先生は、慣れた感じで、未生をあやしている。未生はようやく、目を見開いて、犬飼先生を見つめた。


帰り、雅恵は、再び少し母親らしい態度になっていた。



うちに帰ると、雅代が待っていたかのように話しかけてきた。

「未生の手術日決まってん。9/1。夏休みは子供で混んでるから、ラッシュが終わったら、すぐ犬飼先生してくれるねん。」

雅恵は、珍しく、ヘルパーさんが仕事でするようにではなくて、何か未生に話しかけながら、ミルクを与えている。

そういう時は、未生をわが子と認めてくれた人と会った時だ。ダウンのクリーチャーでなくて。犬飼先生も、そういう人だったのか?

最近は買い物に行っても、一見上品そうな親子から、

「ダウンやん!何で堕ろせへんのやろ。」とか、通りすがりに言われたりするので、外出もしていない状況なのだが。

咲子はいつものように、コーヒーを入れて自室にこもる。

なんか見くびられてきた家族が大変な状況になって、ざまあ。なのだが、歩み寄られたところで、話すべき話も無い。

やるべき課題と、インターネットでの交流。食べる物、音楽。自己完結した世界をかき乱されるのは迷惑だ。

放課後会う友人がいたり、

有沢くんが居たりはする。

でも、卒業すれば彼らとは別れるだろうし、あの天校の彼女が居るのに、どうしたらいいのだろう。

mixiと○ちゃんねるで遊んだ後、復習にとりかかる。

苦手な数学は、図とかはノートに書くしかなく、似た例題をネットで探して、授業の進度に合わせてファイルする。

後の教科はノートをワード打ちしてファイル。予備の

CDROM2つに保存し、念のためプリントアウトする。

今は、勉強できるツールがネットであふれているからいいな。

野口英世のお母さんが、砂を張った盆に字を書いて覚えたのとは、えらい違いだ。

でも、その分みんな同じくやりやすくなるし、すごい子は家庭教師つくし。

なんでも、最高学府は、ええとこのボンかお嬢ばかりとか。

競争率は、雅代の少し下の最悪の受験戦争の頃と変わらない。上のほうは。

理沙のように、国公立理系になると、熾烈極まるらしい。


次の日、真由は、

「うちのクラスの、竹田さん。お父さんの話聞けたよ。」と言ってきた。

折りたたんだA4の紙を渡される。昼休みの短い時間を縫ってだった。

なんでも、そこの形成外科は、一見さんお断り。紹介状が要るらしい。咲子の場合は、口元のでっぱりなので、歯科医の書いたのが最適だろうと。

「ありがとう。」

しかし、言いにくいな。

虫歯の検診も兼ねて、歯医者行くしかないな。

竹田さんって、目立たない子だったな。1年のとき一緒のクラスだったけど。咲子のようなはみごではないが、しゃしゃり出るような感じはない。

今日、お弁当を食べるグループでは、今日集計を返された、テストの校内順位の探りあいと、夏期講習をどこに行くか?である。

「さん、駿台の文系難関校コース行ってるんやって?」

「まあ...」

「できるんと、ちゃうん?2年2組の有沢くんも...」

と、目をらんらんと輝かせて、聞かれる。こいつ、私が好きなの知ってるなあ。

「そうみたいね。難しいクラスのわざと行くと、モチベーション上がるから。」

むきになって否定するのもなんなので、適当に言っておく。

まさか、この間の校内順位でようやく関関同立が合格圏内だなんて、言えない。

下の旧9学区トップじゃあるまいし。

しかし、うつだ。

夏期講習だって、有沢くんは天高の彼女と居るのだろうな。


今日は、駿台天王寺校に行く、アンビバレンツが味わえる日でもない。理沙と真由とは、都合がつかない。

すぐ家に帰るのだ。

すると、背後から声がした。

「田中さん。熊取から通ってるんだって?」

「有沢くん...」

咲子は、フリーズする。

「うんん。佐野。熊取寄りだけど。」

「なんだ、熊取は、あのせせこましい町に文化財や旧跡がザックザクなのよ。それじゃあ、郷土史家知らない?」

「大叔父が、郷土史おたくで、文化教室の講義とか観光ガイドしてるみたいなんだけど。社会科の先生を当たったの?」

「うん。でも、先生の知り合いは教員や公務員をしている隙間に資料集めてっていう程度だからな。かなりシニアで、郷土史オンリーの人に会いたい。」

「わかったわ。」

そういう会話の後、有沢くんは、またヒラリと去って行った。

うれしい、のと反面、面倒な事態だな、と思う。

娘の孫ばっかりかわいがる父方祖父母(上之郷のおばあちゃんち)とは、年始と盆しか会わないし、泰三自体ああだし。

しかし、背に腹は変えられない。

頼むしかないだろう。

文化人類学好きだから、身近な歴史とか興味有るんだろうな。

わたしなんか、郷土資料館行っても、つまんないし。

理沙が持っているアイフォンの方が興味ある。


その夜。

泰三がえばって飯食う苦痛な夕食の後、晩酌で上機嫌になっているところを見計らって、声をかけた。

「上之郷のおっちゃん、郷土史家やろ?」

「ああ、こないだ、りんくう文化センターで講義したゆうてたわ。」

で、自慢話が続きそうだったので、遮って言う。

こいつの話は、自慢か叱責かしかない。

「三国の有沢くんが、郷土史家探してるねんけど。」

「ええよ。連絡するわ。せやけど、関関同立ですら、マイナーな事項出るからゆうても、なんぼ泉州のコアな項目知っててもしゃーない。平安時代の官僚制度とか...」

延々と、叱責が続くのはわかっていたが、有沢くんと会えるためだから、しゃーない。

開放されたかったが、我慢した。


次の土曜日。上之郷の大叔父のうちで、有沢くんと会った。有沢くんは、泉州で有名な和菓子チェーンの包みをさげている。

大叔父は、うんちくを垂れられる相手が来たおかげで、機嫌がいい。

冴えない風貌の咲子が、男の子を連れて来たくらい、どうでもいいようだ。


「昭慶門院領が、和泉国沼間庄(現在の岸和田市沼町)にあったみたいだけど。ほかの荘園は...」

彼らの話は、わけがわからない。

咲子は、マルチーズのように、おとなしく話を聞いている。

ともかく、有沢くんのそばに居られるのが、うれしかった。

マニアックな話は、2時間近くも続いたろうか。

2人はお礼を言って、大叔父宅を後にした。

2人で長滝から電車に乗り、

咲子は日根野で降りた。

一駅分だからか?それとも、関係ができていないからか?

別れの挨拶以外、何も話さなかった。

有沢くんは、東岸和田で降りる。

そのまま付いていけたら、いいのに。

有沢くんのうちは、岸和田城近く。

有沢くんは、岸和田藩の重臣の子孫だという。

旧9学区のトップ校なんて、1分でいけるのに。

あちらは出来がよろしいから、三国なんだろう。

私が、尻叩かれまくって、来たのとはちがって。

「何?岸校(岸和田高校)合格圏内だから、この調子だと?教師の子がそれでは、困る。」

中3の1学期の、泰三の侮蔑した視線が忘れられない。

雅恵には、女の子は早く結婚できるのがいい、って、

短大まである、浜寺の中堅どころの女子高専願で、いいと言っといてさ。


帰って、なんだかむなしいので、すぐパソコンを立ち上げる。

案の定、理沙と真由からメールが来ていた。

咲子は、携帯は二つ折りタイプのだ。雅代が高校生の分際でスマートフォンは贅沢だと言うから。

メールも携帯で打てなくはないが、面倒。

ほとんど、パソコンにしてもらっている。

理沙と真由は、スマホ使っているのに。

今日はどうだった。と、

二人とも聞いてきている。

何も無かったよ。

とだけ、返信しておいた。


いつもはメールチェックしたあと、mixiと○ちゃんねるで遊ぶのは程々に勉強に取り掛かるが、今日はだらだらとロムってしまう。

ああ、こうやってリアルでこけて、オタク女子は出来上がるんだろうな。

でも私には、アニメとか鉄道とか歴史とか、興味のある分野が無い。

腐女子にも鉄子にも歴女にもなれない。歴女ならば、有沢くんとも趣味の話題で盛り上がれるだろうし。腐女子ならば、大阪の秋葉原=日本橋に浸って、理沙のように、ITを極める。とか、発展的になれるのに。

目標がなければ、勉強への動機付けも鈍る。

真由は歴女なので、あんたこそ有沢くんと共通の話題があるのに。

と、振ると、

「あんなガッチョ(細くて小さい魚)の唐揚げみたいなキモメン。ええわ。(大阪でええ、というのは、もうええわ、とか、いりません。のニュアンスがある。)」

と言われてしまう。

確かに、有沢くんは、ロザンの宇治原の身長を低くした感じの痩せ型。もっと、宇治原より地味な顔。しかし、知性がにじみ出る空気がある。咲子のように、叩かれまくって勉強しています的な御面相ではない。キモメンは、ないだろう。さすがに、宇治原の後輩になるかも知れないだけある。


ダウン症の姪ができたから、福祉とかに興味が湧くとか言うのは無い。

社会福祉は大事だと思う。

しかし、私にマザー・テレサのような精神は皆無だ。

容貌が足りない分、知性を。

と、叩かれまくってきた育ちには、人を蹴落としてでも。

という、動機しかない。

容貌に恵まれていたとしても、雅恵のように、容貌だけに上げ底されて、ハズレをつかんでしまうような女になるだけだ。

ああいう、両親に育てられたら。


6月に入ってからは、プールである。

去年とは違って、水着姿を晒すのは、随分苦痛ではない。

しかし、有沢くんと取っ掛かりはできたものの、天校の彼女居るとか、アプローチできないとか、余計な悩みも増えた。

延々と25mプールを往復させられる。

型は何でもいい。

途中立っても構わない。

すると、バタ足の女子がひどい水しぶきを浴びせてきた。

「気ぃ付けっ!」

と、咲子が怒鳴ると、斉藤だった。

こいつは、進学校には珍しいくらい、やさぐれた性格の女子である。

「普通に泳いでるだけやん!」

と、逆切れである。

まったく、こんな女子と接するのは、ごめんだよ。

三国来てから、中学の時おったような、痛い男女はいない。

しかし、咲子ではないが、勉強以外アレレな人間がたまに、居て、すごく苦痛である。

有沢くんたちは、海へ行くのだろうか?

ワンダーフォーゲル部は、野外活動的に旅行には行くらしいが。

日本最高点から、深海まで。

と、富士山登山から駿河湾の海の幸を食べる旅行を企画しているらしい。

理沙が教えてくれた。

しかし、これは部内のみで、

5月の公開遠足のような外部参加は不可。

残念である。

もっとも、咲子は、国内の名所を楽しむ感性は無い。

いつかは、ハワイやドバイで、セレブなショッピングしたいな。と、思っているだけだ。


しかし、男の好みは、こうと(関西で渋い上品さを言う。主に年配の人の表現。)、なんだよなあ。

理沙と真由は、ジャニーズとか好きなんだけど。

思えば、有沢くんとの出会いも、本当にささいなものだった。

毎年春に、スポーツテストがある。

体育がずっと2で、総評が足引っ張られていた身としては、苦痛である。

50M走は10秒かかるし、ほかの記録もぱっとしない。

人に好かれないので、待っている間の立ち話もできない。

しかし、背筋力テストのとき。

そこで、驚嘆の声を上げられたときに、彼は居たのだ。

三国ヶ丘に来てから、賞賛の声を浴びる場合は無い。

中学までは成績だけが取り柄だったのに。

そこで居たのだ。

彼だけ、やわらかく微笑んでいたのだ。

そこだけ空気が違う気がした。

必死で、あの時の彼が誰なのか?

確かめようとしたが、

とりたてて特徴もないゆえ、大変だった。

ある日、御陵の周りを走る集団があって、遅れがちな子をフォローしている感じのあの子が居た。

殿軍しんがりの大将のように。

誰か、確認したら、

1年8組。ワンダーフォーゲル部の有沢くん。というらしい。

イケメンでもないので、不審がられた。

それから、有沢くんが気になってしょうがないのだ。

芸術科目は、書道らしくて、咲子とは違う。

咲子は音楽。

そこで出会うチャンスもない。

何とかして出会える機会はないものか?と思っていたら、ダーフォーゲル部の公開遠足があったというわけだ。

しかし、目だったのが、

背筋力テストって。

花も恥らう乙女が力持ちで。

中学の時、親戚のたまねぎの収穫を手伝わされて、言われた言葉を思い出す。

「咲ちゃんみたいな子ぉやったら、昔ならすぐ嫁の貰い手あったのになー」

なにそれ。

要は、力仕事ができて、まめまめしく働けるからだ。

成績がいいのは、泰三が、下の娘が誇れるものがないから、できのいいのを吹聴している。

中学までの勉強なんて、まめまめしく暗記すれば、どうにでもなる。

三国ヶ丘に来たら、地頭。

パソコンのバイトがぜんぜん違うくらいの頭脳の子ばかりで、咲子が本当に頭がいい、というわけではないとわかった。

そう、いかに農作業のような単調な作業・力仕事にむいているかが、評価されたのだ。

姉の雅恵のように、かわいいのでなくて。


三国ヶ丘の1年の春。

雅恵と和隆は、挙式。

夏の終わり頃、妊娠したと言ってきた。

雅代と泰三は、大喜びで、

雅恵が帰ってくるたびに、楽しそうにしていた。

妊婦雑誌を広げて、脳内お花畑状態だった。

咲子は、それを冷めた目で見ていた。

和隆のような腐った男の子を孕んで?

まあ、こいつは旦那の外面と稼ぎが大事なので、幸せなんだろう。

赤ちゃんが生まれたら、そうもいかないだろう位は、咲子にすらわかる。

時折、ネットのニュースにも上がる幼児虐待。

がらの悪い人々のできちゃった婚に限らず、まあまあのスペックのところでも起こっている。

でも、実母の雅代の支えはあるし、かわいいせいで、どうせママ友にもチヤホヤされるんだろうな。

そう思っていたところへ、

障害児が出来ての離婚である。

悪いけど、今までが今までだけに、面白すぎる。


期末テスト1週間前になった放課後。

有沢くんが、また呼び止めてきた。

「田中さん、部の旅行と夏期講習が1日重なるんだ。その分、ノートとっといてくれる?」

「いいよ。」

それだけ言うと、またヒラリと去っていった。

声かけてくれたのは、うれしい。

でもどうして、天高の彼女

に頼まないのか?

彼女も都合が悪いのか?

咲子は、バブル期を舞台にした小説で、「都合のいい女。」と言う、文章があったのを思い出してしまった。

いいや。

きれいにワードで打ったやつを作ろう。

カラーインクが高いから

色分けすべきとこは、書体やフォントを変えたりしているけれど。

カラーインクを使って...


あっと言う間に期末テストが始まった。

2年になってから、頑張ってるから、構内順位は上がるかと思う。

しかし、1年は、さぼり気味。夏休みに取り返すしかないだろう。

テスト開始までの悪あがきで、みんな必死でノートなどを見ている。

「あー!ぜんぜん、勉強してへん。どないしよう。」

耳障りな声が聞こえてきた。

日岡美恵だ。

こいつも、進学校に珍しく痛い女である。

理科系だが、同じ音楽を取っているので、いっしょ。

家が事業をしていて、私立の医学部を目指しているらしい。

165cmで、美人というには、致命的になる、めくれ唇がついている。

ほかのパーツは整っているのに。

吉本芸人なら、おいしいが、普通は嫌だ。

まあ、容姿はどうでもいい。

問題は、性格。

嫌味なのだ。

家庭科で一緒になると、野菜の切り方などを嫌味っぽく言ってくる。

御陵まわりのランニングで遅れていると、

「がんばれー!」

と、京都のぶぶづけのような嫌味を言ってくる。

それで、礼節を重んじる剣道部というのだから、芸人だったらレベルが高いだろう。

それに気を取られてるうちに、先生が答案用紙を持って入ってきた。

文系科目は暗記ものなので、当りはずれがなくていい。

割と今回はいける。

先生が答案を集めだすと、

また耳障りな声が聞こえてきた。

「ああ、ぜんぜん、でけへんかった!」

日岡美恵だ。

私立理科系ならば、現国なんか、どうでもいいでしょうに。

センター試験参加の私立医学部かなんか知らんが。

最悪、親の財力にモノを言わせて、岡山医科大に行けばいい。

あそこは、名前さえ書けば通るらしい。

寄付金を積める、という受験生の場合だが。


テストが終わった日、理沙と真由と、ベーカリー併設の喫茶店で落ち合った。

「どうだった?」

と真由。

「数学が、凝った応用問題出されて...」

理沙は、国公立理系ゆえか、悲痛である。

「私は、まあまあだったえど、返されるまで、わからんわ。」と、咲子。

3人ともお昼でおなかが空いているので、お惣菜パンを2つ食べている。

友人同士は、出来具合などは、素直に話す。


咲子は、また、有沢くんの件を、言われる。

「夏期講習とかあるんでしょ。」と真由。

「天高の彼女が張り付いてるから、無理だよ。でも、1日分だけ、出られないからノート取っといてくれ。って。」

真由は、「チャンスやん!」と言う。

3人は、デザートアラモードを追加オーダーして食べている。テストが終わった開放感から、食欲全開である。

「取ったノートのワードファイル送るから、って、メアド聞き出しぃ。」理沙は、言う。

咲子は、キョトンとする。

「あんた、まさか、プリントアウトしたの、渡すつもり、ちゃうやろな?」

と理沙。

「ええ...そのつもりでいた。」

「昭和生まれのおばちゃんじゃあるまいし。」

真由は、あきれる。

「メアド聞き出したら、勉強の質問と称して、メールできるしさ。」

理沙が言う。

「せやなあ。」

理沙と真由は、咲子は何か、どんくさいんだろうか?

と思い始めていた。


日岡美恵は、部活を終えた後、堺の市街地の広い自宅へ帰って、まったりしていた。

夕ご飯に、お手伝いさんが呼びにくるまでしばらくある。

自室は10畳ほど。

別に4畳のウォークインクローゼットが付いている。

テストはまあまあ出来た。

この調子だと、浪速医科大も合格圏内だろう。

近畿医科大は、余裕で合格圏内だが、親は少しでも上に行って欲しいらしい。

まあ、免許を取れば、近畿医科大は、湾岸高速ですぐ。浪速医科大は、高槻までだから、少しかかるかな。

合格したら、お祝いに、小さいベンツを買ってやるとも言われているのだ。


しかし、田中咲子を始めとするあの、デブス三人組。

なんで、あの容姿で生き生きしているんだろう。

私だったら自殺しそう。

ひそかに、三国ヶ丘の森三中と呼んで、まわりとネタにしているけど。

そう考えていると、お手伝いさんが、夕食の支度が出来たと言ってきた。


下へ降りて行くと、母と妹はもう、席に着いている。

夕食は、カロリー計算されたものが、あたかも料理雑誌のように並んでいる。

「テストは、どうだったの?」と、母。

「まあまあ。」

「なんとしてでも、浪速医科大へ行ってもらわないと困るからね。家から通えるなら、あの信濃町のとこがいいのだけど、女の子を出すわけにはいかないわ。」

本当は、私立医学部の最高ランクのところへ行って欲しいらしいが、古い考えからか、女の子は外へ出したくないらしい。

妹は、黙々と食べている。

姉とは話したくないらしい。

母とは話すが。

こいつは、すべて顔のパーツが整っている。めくれ唇などはなく、母と並んでいると、美人母娘に見えるらしく、二人が出かけると賞賛を受ける。

しかし、美恵と出歩くと、

決してそうはいかない。

そのせいもあって、妹は、姉をみくびっている。

母親譲りの、美人特有の美は正義と言わんばかりの嫌な性格だ。

父は、別宅だろう。

夕食にそろうのは珍しい。

そういう、どこか寒々した食卓が当たり前である。



夏休みに入ると、なじめない学校もなく、

課題と音楽、ネット、甘いものに耽溺できるので快適だ。

朝から音楽を聞きながら勉強。

泰三が出払ったLDKで9:00頃食事。

雅恵は、だらだらテレビを見ていて、

時折義務的に未生にミルクをやり、おむつを替えている。

雅代だけが、何やら話しかけたり、おもちゃであやしたりしている。

未生の反応は鈍いが、雅代の動きを目で追っている。

ご飯作り、洗濯、掃除などを、未生が寝ている間に手伝っても良さそうなのに、

何をする気にもならないらしい。

結婚準備をしていた頃のノリとは、えらい違いだ。

昼からも勉強だが、時折ネットで遊ぶ。

8月入ったら夏期講習だ。

どうせ有沢くんは、天高の彼女といるのだから。

と思うが、ノートを取っておいてあげるという使命がある。


時折雅代から、ダウン症の情報を調べるのに、

検索ワードを言い渡される。

雅代の世代がパソコンの一番のユーザーだから、

検索してくれれば、いいようなものなのに。

家の用事が忙しいらしい。

私だって受験生なんだけどな。

と思うが、小学生の頃から、○ちゃんねるなどに出入りしていたので、

検索など片手間である。

今日、言い渡されたのは、

ダウン症 ips をgoogleで検索しろと。

すると、アメリカでダウン症の人のips細胞を作って、トリプルになった遺伝子を正常に戻せた。と、出てきた。

遺伝子治療に役立てるようにできるようになるかもしれない。ワード文章の置換コマンドのように、正常な染色体にした未生のips細胞でみんな置き換えられるみたいだ。

これは、雅代に報告せねばなるまい。


夏期講習に出かけた。

家から日根野まで歩いただけで、ぐっしょり。

関空快速のクーラーは弱く、物足りない。

でも、底辺高の子は、夏休みで少なくて、ホッとする。

代わりに、耳障りな餓鬼どもの声がする。

駿台天王寺校につくと、有沢くんは、天高の彼女と居た。

案の定。

しかし、落ち込んでいる暇はない。

最終日のノートをキレイに取るために、授業についていかなければならない。

咲子にとって、文系難関コースの講義はレベルが高い。

三国ヶ丘でも、成績上位者ならば、苦痛ではないでしょうけど。

サボり気味だった咲子には、きつい。


帰り道は、また、あべのなんとかの華やかな通りを過ぎる。

リゾートなファッションの、かつての雅恵のような女どもが闊歩している。

いつになったら、ああゆう格好をして、有沢くんと歩けるのだろうか?

受験の目標と同じく、咲子には、何だか絶望的な目標な気がする。

とりあえず、夏休みに遅れを取り戻し、真由が言う様に、歯医者に行かなければなるまい。

そこで、A4の紙にあった、骨格性不正咬とやらの診断名を書いた紹介状をもらい、竹田さんのお父さんが部長をしている形成外科へいくのだ。

雅代には、口元を治す旨言っていない。

でも、専門医の錦の御旗と、ネットでの情報をかざせば、なんとかなるだろう。


8月も後半になり、咲子が夏期講習の最終日のノートをワードでキレイに仕上げている頃。

雅代が、家の用事の合間に、未生の入院準備を始めた。

mixiの口蓋裂コミュニティで、入院に要る物などを調べて、ドラッグストアなどで買い足している。

しかし、雅恵は、義務的に未生にミルク&おむつ、のみ。

時折2Fにまで、

「我の子ぉーやろ!」

と、雅代が雅恵を叱責する声が聞こえる。

ざまあ!だ。

雅代は、雅恵のお式の準備と同じくらいのモチベーションで入院準備をしている。

しかし、雅恵は、夏休みの宿題を溜め込んだ小学生より、だらだらしている。

ははー。美人なんて、どうせ主体的に生きられないのよ。

結婚式などだと、世間が流布する肯定的なイメージがあるので、それに乗っかって、楽しくやれる。

しかし、障害児が生まれたから、この子をどうやって、自立するように育てるか?なんて、個別にがんばらなければならない事態には、無力なのよ。

嫌味であのダウン症の書家のHPをプリントアウトして渡そうかしら。

いつぞや、

「咲子は、13号だもんねー。共有できないわよねー」

と、かわいいマスカットグリーンの9号のスカートを見せびらかしたお返しに。


まあ、そこまでしなくていいか。

それよりも、夏期講習の最終日のノート。これでいいかな?

5回見直して、有沢くんに聞いたアドレスに送る。

その後、理沙と真由へ、その旨メールした。

夏休みだから、仲がいい者同士集合しても良さそうなものだが、連日の37℃とかの猛暑である。

ただでなくても、出不精の彼女らが、出てくるわけがない。

ガラの悪い底辺校の子らは、ゲームセンターやカラオケボックス、留守宅に溜まってそうだが。

インテリな少女たちは、表現豊かなメールで十分交流できるし、ネットや他の趣味で、家に篭っていても忙しい。

第一、勉強しなくてはならない。

頭の悪いやつらとは違って、長時間つるんでなくても、十分にリア充なのだ。


泰三は、研修などの仕事で不規則に出かけて行き、仕事のない日は、高校野球を見ている。

未生には、相手には決してならないし、咲子、雅恵にも同様である。雅代にだけ、いわゆるフロ・メシ・ネル状態である。

国語の勉強を教えてもらってもいいが、小学校の時から、教えてもらうと喧嘩になる。

なので、咲子は塾を利用している。

ただ、成績だけはチェックされて、ダメ出しである。


夏期講習の最終日のノートを有沢くんに送信して4日後。

返信が来た。

お礼の決まり文句と、添付ファイルがあった。

音楽の。

開いてみると、Hayley Westenra の楽曲が16曲。

これ、若い美人の白人ね。

雅代が、いつか夢中になっていた

白い巨塔のラストで流れていた曲。

どうせ、美人で上げ底されてる歌手でしょ。雅恵じゃないけど。

と、ずっと思っていた。

しかし、有沢くんの、お気に入りとなると、確認したくなる。

白い巨塔のAmazing Graceだけでなく、他の曲もあった。

聞いてみると、なんだか乾いた心に、しみわたる感じがした。

家でも外でも、決して思春期の普通の女の子並みに満たされていない状況。

そのせいで、ずいぶんと、やさぐれて生きている自分。

それでも、幸福になろうと、あがいている。

そうした所へ、しみ込むような感じだ。

音楽を聴いて、そんな状況になったのは初めてだ。

今までスルーしてきたが、やはり有沢くんが聴く曲は違う。

you tubeでダウンロードして、CDにせねばなるまい。CDも買わなきゃ。

そして、勉強のお供にするのだ。


8月の最終週のある朝。雅代は、入院準備に、雅恵をせかしていた。診察券は?入院の書類は?

おむつ、なんかは病院の隣にダイエーやドラッグストアがあるからええけど。

雅恵は、夏休みの宿題が出来ていない小学生のように、虚ろである。

未生が、口蓋裂の方は、やっと治療が受けられる。という、喜びなどはない。

未生の初診の時と同じ態度。

なんだ、この、温度差は?

そんな、バタバタしている中でも、雅代は咲子に、指示してきた。

「冷凍食品もカップめんもレトルトごはんも満タンにしてあるからね。洗濯だけは毎日回してね。」

咲子は、うっそりと、うなずく。


雅代、雅恵、未生は、病棟に落ち着いていた。

4人部屋だが、ベッドの縦の部分が、背合わせの衝立で区切られていて、カーテンを閉めれば、個室風である。

病院の隣には、病児の親が格安で泊まれる施設があり、雅代はそこから通う。

雅恵は、未生が赤ちゃんなので、

ほとんど付いている。

手術前日、小さい部屋に呼び出され、犬飼先生の説明があった。

しかし、雅代、雅恵には、いまいちよくわからない。

横の、若い医師の一人速水先生が、翻訳してくれた。

それは初診のときと変わらない。

ただ、最後に、犬飼先生が、

「明日がんばろうね。」と、

未生をあやしながら、微笑んだ。

雅代は、その様子を見て、なんだか大丈夫な気がした。


新学期になってから、咲子は理沙と真由とで、サーティーワンに集まった。

夏休み明けにもかかわらず、3人は日焼けしていない。

外で遊びまわっていた、小学生の頃とは、大違いである。

「それで、有沢くんにノート送信したん?」

理沙が切り出す。

「うん。お礼にHayley Westenraの曲が添付されてきた。」

「Hayley、いいよね。きれいだし。あげまんだし。」

真由は、思い出したかのように、うっとりする。

「あげまん、ってデスブログの女優と逆って意味?」

咲子は、問い質す。

「そう。人には、あげまん・さげまん・どちらでも無い、があって、影響を受けるのよ。」

真由は説明する。

「頭の固い、がちがちの理科系に説明しようと思ったら、『ありがとう』と書いた紙を入れた水を凍らせると、きれいな結晶になり、『ばかやろう』と書いたのは結晶にならないの。モーツアルトとヘビイメタルでも然り。と説明するわね。」

理沙は補足し、チョコミント・クッキークリーム・キャラメルリボンのトリプルを食べ終わった。

「そしたら、シンニード・オコナーはヤバいん?」

と、咲子。

「そりゃ、ムカついてる時は、そんなんでも聴かないとやってられんわ。せやけど、後でモーツアルトでも流しとけば。」

真由がフォローしてくれた。

音楽がきっかけで有沢くんと、メールのやり取りができるかも知れない。

そんな淡い期待を、秋の予感と一緒に感じていた。


うちに帰ったら、夕食までは勉強だ。

Hayley Westenraを流すとはかどる。

夕食は、泰三が食べるであろう時間とずらす。

だいたい、18:30頃帰ってきて、

19:00過ぎまでテーブルで居るから。

夜は炭水加物は摂らない。

せっかく、やせたのに。

炭水加物以外の冷凍食品、ミックスシーフード、ミックスベジタブルなどを並べてチンする。

その後は風呂入って、また勉強して、洗濯機と食器洗い機のスイッチを入れて、寝る。


未生の手術待ちの間に、雅代と雅恵は、洗濯したり、病院の隣にダイエーやドラッグストアで、

必要なものを買い足したりしていた。

待合に戻ってからは、二人とも二つ折り携帯で、所在無げに、手術が終わるのを待っていた。

雅代は心配そうだが、雅恵は、コンビニ前で溜まっているガラの悪い若者のように、ちんたらしていた。

夕刻近くになって、多くの付き添いの家族が、手術室から出てきた患者を迎える。

でも、未生は、まだ出てこない。

口唇・口蓋同時形成で8時間以上はかかる。と、聞いていたが、さすがに雅代は心配になってきた。

手術室待合は、きれいなリクライニングシートがあって、昭和の頃の様な、長椅子があるだけ、より、リラックスできる。

しかし、緊迫した雰囲気は変わらない。

雅恵は、待ち疲れて寝入ってしまった。まあ、よくも我がの子ぉの手術待ちで寝られるもんだ。

18:30頃。9:00開始の手術から、

9時間半経った時、医師団のうちの

若い医師:長田先生が出てきた。

雅恵も目を覚ました。

「今、最後の縫合の段階に入っています。もうしばらくしたら、お部屋に呼びます。」

手術着は、ぐっしょり濡れていた。

19:00頃になって、雅代と雅恵は、

部屋に呼ばれた。

犬飼先生が、切り出した。

「オペは、僕の思うように組織をつなげられました。」

間髪入れず、もう一人の若い医師:速水先生が、スマートフォンを見せた。

そこには、口元が、正常な人と同じくらい糸で閉じた、未生の写真があった。手術直後とは思えないくらい、キレイだった。

「これから、48時間までは、腫れてきます。でも、その後は徐々に治まってきて、3週間後には、かなりキレイになります。」

長田先生は、説明した。

雅代と雅恵は、先生方にお礼を言った。

雅代は、感激して、犬飼先生の手を握り締めた。長田先生と速水先生は、良かったねーという感じで、暖かい目で見ている。

しかし、雅恵は、なげやりに接している我が子に、そこまでしてもらって申し訳ないなあ、と思うのだった。


咲子は、手術終わった旨のメールを受けた。

手術直後とは思えないくらい傷がきれいらしい。

ふうん。と、咲子は、思いながら、決まりきった定型文を返信して。勉強に戻った。


犬飼弘行は、手術後、シャワーを使った後、看護師が入れてくれた濃い目のコーヒーを飲むのが常だった。

「凝ってますねー」

と、オペ室ナースの森本佐紀子は、犬飼先生の肩をグリグリした。

そんなとき、他科の外科医が、犬飼先生に話しかけてきた。

「お疲れ様です。あのダウン症の患者ですよね。」

「ん?」

「どうせ、治したって、しゃべらないから無駄ですよ。」

「何を言っているんだ。言葉を慎みたまえ!言語訓練が大変になるからこそ、早期に完璧に治しておかなければならないんだ。」

「へえ。それは失礼しました。」

と、他科の医師は、別に悪そうでも無い感じで、立ち去った。

時折、居るのだ。

倫理感のかけらもない医師が。

犬飼弘行のところへ、遠くから紹介状を持った患者が来る今。

そういう医師が出てきた気がする。

もちろん、使命感あふれた医師が多いのだが。

犬飼弘行が、研修医の頃。

若い医師は、良くも悪くも、医師としての矜持があったような気がする。

赤ひげとか、シュバイツアーとか、そんな大仰なモノでなくても、

なにか普通の職業とは違うという。

しかし、最近は、それが無い医師が見受けられるような気がする。

ゆとり教育とやら言うモノの、弊害だろうか?

時世の出来事は、遅く帰宅した23:00とかのニュースで見るだけである。


今日は、久しぶりにお弁当を入れてもらっての、登校である。

雅代が帰ってきたのだ。

雅恵は、未生に付き添っている。

雅代は、3日に1度、着替えを入れ替え、おかずを差し入れるために病院へ通うそうだ。

雅代が帰ってくると、正常な感じがする。

咲子は、雅恵と未生には、ノータッチだから、居なくてもいっしょである。

9月入ってからも、30℃オーバーの残暑である。

雅代は、私が結婚する、昭和から平成になる前後。

岸和田祭りの時分には、完全に秋だったのよー。

と言うのは、信じられない。


高校は、理沙と真由と会える放課後まで孤独である。

しかし、今までとは何かが違う。

有沢くんの、メールアドレスは聞けたし、音楽という共通項はできた。

後は、これを発展させるだけである。

Hayley Westenraが、あげまんと言うのならば、他のアーティストはNGなのか?

持っている、CDをこの日の勉強は、この1枚のみリピート。

というように、決めて、その日あった出来事を日記にしてみた。

その結果、Hayley Westenra以外は、あげまんのアーティストがなかったのだ。

どないしよう、と思っていたら、

Hayleyがデュエットしていたり、

グループに参加していたりしている楽曲があった。

Andrea BocelliとCeltic Womanである。

Celtic Womanも、はいはい、イナバウアーね。とスケート競技の記憶があるだけだったが、改めて検索してみた。とりわけ、Celtic Womanを選曲したフィギアの選手が金メダルを取ったので、あげまんなのは確実だろう。

you tubeでダウンロードして、CDにして、足りない分はCDを買うのだ。

♪悪そな奴は大体友達♪

逆も真なり、だろう。

有沢くんにメールしてみたい。

音楽の件でなくて、勉強は?

私立文系なんて、暗記がすべて。

やり方を聞く口実はないなあ。

国公立文系ならば、数学が、多くの場合ネック。

だから、聞きようがあるけど。

しかし、泰三が、私立文系と知ったら怒るだろうな。

浪速大学行けといわれてるから。

洛北大学は無理でも。

まあいい。

明日できるモノは明日すればいい。


雅恵は、カーテンを閉めた未生のベッドサイドで、

液晶モニターでネットサーフィンしていた。

この病院は、ベッドごとに液晶モニターがあって、今日ある検査を確認できたり、

ネットができたりする。

未生にミルクをやり、おむつを替えて三度出される付き添い用の食事をするだけである。

三日に一度、雅代が来て、すごい勢いで着替えを総入れ替えし、タッパーに入れたおかずを出してくる。

未生のような子が産まれた自体、苦痛なのに、一体これは何の罰ゲームなんだろう?


そう思っていると、隣から、ヒソヒソ女の声がした。

ダウン症とか、いう声が聞こえる。

雅恵は、思わず、隣のカーテンに怒鳴った。

「何抜かしとんのじゃ!!ワレ!!もう一遍ゆうてみ。」

すると、いけずな顔をした若い女が、

「そっちこそ何ですか?人の話に!」

と、北摂の変てこりんな標準語で言ってきた。

後は、もう怒鳴りあいである。

看護師がすっとんで来た。

雅恵は、ついに、ヒステリーの発作を起こし、倒れてしまった。

こうなると看護師は、もうお手上げ。

院内用のケータイで、形成外科の医局と、精神科の医局に連絡した。


雅代は、そうめんに載せる錦糸卵を焼き、きゅうりを切っていた。

まだ暑いのでめん類だが、栄養が偏らないよう、具をたくさん載せる。

すると、ケータイが鳴った。ポートアイランド病院からである。

「え!何?雅恵が倒れた?!」

雅代は、すぐ、2Fの咲子を呼び出した。

「雅恵が他の親と喧嘩して、ヒステリーで倒れた。すぐ走るから、あと頼む。」

やれやれ、私だって受験生なんだけどなあ。

しかし、何を言われたのだろう?

まあ、ガラの悪い人々の方が繁殖しやすいので、そういう親と揉めたんだろう。

咲子は、そうめんを上げて水にさらしてから、うつわに盛り付けた。

錦糸卵ときゅうりと、シーチキンを載せる。

あとは、夏野菜のラタトイユやあじの南蛮漬けなどの常備菜を出す。


日根野から2時間かかって、ポートアイランド病院に雅代は着いた。

もう9時。未生のところへ行こうとすると、中央のナースステーションから、

看護師が出てきた。

「未生ちゃんは、私たちが見ています。談話室へ。」

と、入ってみると、まだ病院に残っていた犬飼先生と見知らぬ医師が居た。

何でも、雅恵が未生の件で聞えよがしに他の親に悪口を言われ、喧嘩してヒステリーで倒れたそうだ。

精神科の医師は、しばらく雅恵を精神科の個室に入れ、後は未生を病棟の個室に移したほうがいいだろう。という話だった。

犬飼先生は、困り果てた感じで言った。

「患者同士仲良く、と言ったのですが...」

精神科の医師らしい人は、雅恵のこれまでの既往歴を聞いてきた。

「未生ちゃん出生時に、発作を起こして、しばらく入院していたんですね...」

雅代は、せっかく手術が成功したのに。と、がっくりとなったが、犬飼先生はこう言ったのだ。

「心無い人だって、いずれわかる時が来るのですよ。」

フォローのつもりだろうか?しかし、雅代たちが、後ほど震え上がるような事件が起こるのである。


精神科病棟で、雅恵は鎮静剤の点滴を受けていた。

強い薬なのか?雅恵は、雅代が来たのに、ぐっすり寝ている。

こんな女で、子供が育てられるのだろうか?

雅代の方が倒れたいくらいである。

ともかく、またしばらく、ポートアイランド病院に居ると、うちに連絡しないと...


「韓流ドラマちゃうんやから!」

理沙が、呆れ気味に、叫んだ。

マクドの割引券が入っていたので、3人はビッグマックの入ったセットを食べている。

「韓流は、極端だからなあ。すぐ人が死ぬし、感情表現が、どぎついし。姉ちゃんがはまっとったわ。」

咲子は、ビッグマックを平らげてから言う。

「大映ドラマに通じるものがあるわよね。

おかんが昭和のDVDにはまってて、見たけど、

今、放映したら吉本だわ。」

真由は、マックシェイクをすすりながら言う。

「美人って、ああいう、わかりやすいものにしか反応しないのかな。

それで、リアルでもああゆう行動してしまう。」

咲子は、ぼやく。

「それと、某特定アジアの国とかかわると、法則が発動するのよ。」と真由。

「あれね。」と、理沙。

「そしたら、姉ちゃんの一連の不運は...」

「かもねー。まあ、あの国に免疫ある人は何ともないんだけど、

皇室に縁のある苗字とか、まずいわね。服部とか三宅とか。」

「なんで?」

咲子は聞く。

「日本史で、部民とか習ったでしょ。あの末裔は苗字に出てるんだけど、

該当すればガチ。で、日本人のウン%には、皇族の血が入っているそうだけど、

そういう人もやばいわね。」

「そんなにいるかな?」と、理沙。

「嵯峨天皇のなんて、49人のお子さんがあったそうよ。で、すべてが皇族として御所に残るわけじゃない。清和源氏みたいに地方へ下る。その子が、昔だから、最低でも3,4人子孫を残したとしたら...」

真由が説明を続ける間、理沙は、スマートフォンの電卓を叩いた。

「10世代、2の10乗でも。1024だよ。相当な数の日本人には、皇族の血が入っているわね。」

「原因はハンリュウ?いや、和隆みたいな男を選ぶ姉ちゃんが悪い。しかも、そういう風に育てた親が悪い。」と、咲子。

「じゃあ、細木とかの言うご先祖の因縁かな。今度、上ノ郷のおばあちゃんち行った時に、

聞いてみれば?」と、真由。

「うわー、有沢くんに郷土史の件で、とりついだのでも大変なのに...」

咲子は、押し黙ってしまった。

「まあ、受験が終わってからでもいいやん。」

理沙が、フォローした。


うちに帰ると、雅代が居ないので、洗濯とごはんの用意はしないといけない。

とはいえ、一人分だが。

泰三は、この事態ゆえ、外食で済ませてくるという。

食料のストックはあるので、しばらくは冷凍食品と外食だろう。

あああ、と思いつつ、パソコンを立ち上げる。

そうだ、有沢くんに、あげまんのアーティストについて聞いてみよう。

勉強は暗記モノばかりだから、聞いてもしょうがないけれども。


文化祭の準備の季節だ。

クラスでは、劇をやるそうだけど、咲子はノータッチである。

あの目障りな日岡美恵は、主役をやるとかいって、張り切っている。

理沙や真由にぼやくと、

「ほっときー。剣道部のいけず2人組の片割れなんやから。」

と理沙。

今日は、ミスドである。

雅代が帰ってくるまで、小遣いを持たさないといけないので、

ミスドビッツ1個である。小さいドーナツがいっぱい入っていて、

お得感がある。

「なんや、それ?」

「あー。重田さんと並んでね。写真撮影のときとか、私のような器量の悪い女の傍に寄ってくる、あばずれよ。」

真由が苦り切って言う。

何でも、痛い女で、目鼻立ちは整っているけど、大顔。170cmのスレンダーボディで、

手に大きなアザがあるらしく、半袖の季節は包帯をしているか長袖だ。

「腹立つから、竹田さんのお父さんの件は教えたれへん。」

「向こうが知ってたりしてね。」と、理沙。

「いや、父親が医者なんて、ブルジョワ思われるから言わんよ。地元で開業してたら別だけど。放課後たまたま話し込んだとき、そういう話が出たの。で、咲子が悩んでそうだったので、聞き出しただけ。三国で知ってるの、うちらだけ。」

「ごめんね。そんな子に。まあ、言いふらす気もないけど。」

「至って控え目な子だよね。」と、理沙。

思春期の女特有の、泥臭さがない子らしいのだ。

「咲子の、おばちゃん。いつ帰ってくるん?」真由が話題を変える。

「わからん。お弁当は冷食詰めてくるけど、お茶代持つか?」

「大変やな。まずかったら、大仙公園でジュースでもええよ。」

理沙は、カルピスドーナツをつまみながら言う。


雅代は、自宅に帰ってきていた。

雅恵は、投薬など精神科で治療を受けながら、未生に付き添うらしい。

もう、2週間ほどで未生と共に出られるらしい。

インターホンが鳴った。

未生が生まれて以来、変な宗教の人が、知人・他人含めて来るので、

警戒して明けると、山本さんの奥さんだった。

「あのうー、和隆さんの件、知ってはる?」

「??」

近所で、雅恵と同じ学年の子が居るお母さんだ。

「尚生会病院、入院しはってん。」

アル中の精神病院である。

「アル中決まったわけやない。別の、うつとか。」

「ううん。コンビニのレジで手が震えながらお会計しているの見たわ。

それで、親戚が和隆さんの会社に出入りしているんやけど、辞めたんやて。お酒の席でのトラブルと、アル中の症状も重なって...」

「んまあ。」

「悪い行為はカルマが下るのよ。だから元気出して。こういう状況だから、余計な話する人が来ると思って、遠慮してたんやけど、元気出してね。」

と言うと、出て行った。

でも、雅代は、すぐに、ざまあ!と言う気持ちにはなれなかった。

和隆がアル中になったからといって、未生のダウン症が治るわけじゃない。

咲子に調べさせて、アメリカでダウン症の遺伝治療ができる実験が成功したというけど、

臨床化されるまで、どれだけかかるというのだ。

雅代の世代では、日本のそういう現状は、周知である。


資金がきれかけたときに、雅代が帰ってきた。

やれやれ。

泰三に言ってもいいが、2人は雅代を通じてやりとりするだけである。

咲子は、パソコンを立ち上げながら思う。

有沢くんからメールだ。

「あげまんのアーティストは、セリーヌディオンだよ。受験のとき聴いていた。」

何?人工授精で男子作りまくりの、痛いおばちゃんだよね。

皇室行ったれや。

有沢くんにとって、受験なんて何でもないよね。

でも、金メダル候補がこけるのは、よくある話。

改めてyou tubeで聴いてみると勢いがある気がした。

やはり、あげまんは大事なのだ。


咲子は、理沙や真由の誘いを断って、帰るのと反対方向の関空快速に乗っていた。

駿台天王寺校ではなく、ポートアイランド病院に行くためだ。

まったく、受験生なのに。休日を犠牲にして行くよりマシだが。

英文を電子辞書をお供に読んでいると、ポートアイランドまで、あっという間だった。

8F病棟に、形成外科の患者が入院していると聞いていたので、そこまで上がった。

中央がナースステーションのようである。

で、周りが病室。

盲腸とかの級友が、地方の小さな個人病院に入院したのを、見舞った経験では、

ナースステーションが手前で、奥に病室が続いているのだが。

この作りは、初めてである。

未生の件を看護師に言うと、病室に案内してくれた。

あの騒ぎゆえ、個室に移されている。

雅恵が、液晶モニターでネットサーフィンしていた。

未生は寝ている。

雅恵は、ジロリと咲子を一瞥した。

「ママに言われてん。」

とだけ言っても、黙ってネットをしている。

すると、「田中さん。」と、40代男性の声がした。

天然パーマでストライプのシャツを着た医師が、立っていた。

犬飼先生だ。

雅代が写メールしてきた通りである。

しかし、主治医の写メールなんて、他の口蓋裂やダウン症のブログでも見ないぞ。

雅恵は、咲子の時とは打って変って、笑顔で犬飼先生を出迎えた。

「叔母さんね。三国行ってる。」

咲子の方を見て、一言だけ、ボソッとつぶやいた。

雅代の話だと、北野(高校)を出ているそうだ。

写メールにあるよう、大造りなお顔に、奥二重の目を見開いている。

未生の方を見て、素手で口の中を診察する。

おい、普通、デスポーサブルのゴム手袋するやろ。

犬飼先生は、「そろそろ、抜糸かな。」と、言う。

雅恵は、「良かったー!」と、家で居る時より1オクターブ高い声で言った。

それで、唾液で汚れた犬飼先生の手を洗うよう、洗面台の方に連れて行った。

かったるそうに、雅代に言われて、入院準備していたのとは、えらい違いである。


病院から帰る電車の中で、咲子は、犬飼先生に合った余韻に浸っていた。

寡黙な医師である。

しかし、なんか、温かい雰囲気が漂っている。

有沢くんが持っている雰囲気に似ているが、もっと野太い男性的な空気である。

雅恵の態度が、豹変するのもわかる。

いや、雅恵程の、スノッブなビッチが、ああいう態度になるくらいだから、余程だ。

私くらい冷や飯を食って育った人間なら、男性の雰囲気を見抜くのは当然。

しかし、雅恵にすら、わかるんだからなー。

もし、早くに犬飼先生みたいな男性に出会っていたら、雅恵も和隆みたいな男に、

引っ掛からなかったのに。


文化祭当日は、咲子・理沙・真由らは、朝のホームルームだけ出て、

周囲の店をブラついて過ごす。

学校に馴染めないから、出てもしゃあない。

咲子だけが、ワンダーフォーゲル部の展示を見るためだけに、一旦三国に戻った。

展示は、登山用具や、80歳でエベレスト登頂を成し遂げた三浦雄一郎さんのコーナー、

山歩きあるあるエピソードなどが、主な内容である。

咲子は運動は嫌いだし、自然を楽しむ趣味もない。

しかし、有沢くんが、関係するとなると、別である。

皇族が、博物館の展示の説明でも受けるように、真剣に部員の説明を聞いていた。

三浦雄一郎さんのコーナーを見ていると、有沢くんが近寄ってきた。

「山は逃げない、って言うよね。」

と言ってきた。

「そうやな。」

咲子は、にっこり、微笑みながら答えた。

まあ、うちら受験にはタイムリミットがあるし、将来は結婚適齢期なんかもあるのだろう。

そう考えかけて、次の言葉を考えていると、有沢くんが他の部員に呼ばれてしまった。

いつも、そうや。

親しく話そうとすると、邪魔が入るし、フリーズしてうまく話せないし。

あああ、と、思いながら、展示に使っている教室を出た。

携帯を見ると、理沙からの着信が。ベーカリー併設の喫茶店に寄っているそうである。


文化祭明け。

咲子は、かかりつけの歯医者で、紹介状をもらってきた。

几帳面に歯を磨くので、新たな虫歯はなかった。

帰宅すると、雅代がキッチンに居た。

「私の口元、異常なんだって。だから、形成外科へ行く紹介状もらってきた。」

「歯列矯正は、小学校でしたやん。別に、何をな治さんといかんの?」

「歯並びは整ったけど、このぼこっとした口元では、いずれガタが来るって。」

その後、押し問答の挙句、泰三に相談するという話になった。


晩酌のあとの泰三も、雅代の時と、似たような反応だった。

「ワレ、三国行くのにケツだけ叩いといて、あんばいしたらんのか?

車検せえへん車走らしてええんか?」

と、咲子は激昂して、身近な食器を床に叩きつけた。

泰三は、固まって何も言えない。

雅代は、なんとか、咲子をなだめようとしたが、突き飛ばされてしまった。

未生は、泣き出し、雅恵が、ベビーベットのある横の座敷に連れ出した。

家族がパニックになったのを確かめると、咲子は、2Fに上がった。


翌朝、雅代は、

「その、竹田さんのお父さんが部長をしてはる、形成外科。行っていいよ。」

と言ってきた。

おそらく、○ちゃんねるで、

「高校教師、三国が丘の娘に殺される、プギャー!m9(^Д^ )」

の祭りの光景が、2人の脳裏に浮かんだに違いない。

地域コミュニティーは、崩壊したが、今度はネットが、世間の代わりである。

影響力があらゆる人にある。

雅代以降の世代では常識。

これを咲子は、利用したのだ。

咲子は、初診が水曜日の旨と、その日は学校を休む件だけを言い残し、家を出た。

泰三は、なぜか、とっくに家を出ているようだ。


その週の水曜日。

咲子と雅代は、朝のラッシュの済んだ、関空快速に乗っていた。

初診は、11:30までに、入ればいい。

この日休む分のノートは、理沙・真由に頼んである。

お礼は、あげまんの音楽。

奴らのダウンロードしてあるのとかぶると、やばいので、デュエットしている、などの音楽をダウンロードして、送っておいた。Il Divo、Andrea Bocelli、Sarah Brightmanなどである。

しかし、矯正してあげたのに、まだ、口元を治せと。

余程肥えているとか、顔の件口には出さなかったが、器量が悪い分、勉強勉強と追い立てたから、トチ狂ってしまったのか?

雅代が考えるうち、電車は大阪を過ぎてしまった。

もう少しで、桜ノ宮である。

そこから、少し歩くと、大阪市民病院である。

そこで受付を済ませると、未生の時と同様、患者呼び出しポケベルを持たされる。

ポケベルが鳴って、診察室に入った。

そこには、雅代と同年代の医師が居た。

プロレスラー並に体格が良く、ひげ面である。

咲子は、威圧感を感じたが、やさしそうな眼差しは、竹田さんそっくりだった。

「娘がお世話になっています。」

いや、1年のとき、同じクラスになっただけなんだけど。

横に若い医師達や看護師が居る。

竹田先生は、咲子の口を診察しながら、こう言った。

「矯正したときに、骨格までしなきゃならん。って言われんかったの?まあ、ともかくCT撮ろう。」と、若い医師の1人に、CTの指示を出した。

CTから戻ると、竹田先生は、こう言った。

「典型的な骨格性不正こう合ですね。」

すると、若い医師が、スクラップブックを差し出した。

そこには、患者のbefore→afterの写真が沢山あった。

咲子のように、ボコッと出た口元の写真を差しながら、こう言った。

「これくらいキレイに治るんだよ。しんどい手術になるけど、がんばろうね。」

先生の話によると、上あごの骨をいったん切り離し、奥へ引っ込めて、またつなげるなどの、

あごを相当に動かす手術になるようだった。

咲子は怖くなったが、もう引き下がれまい。

しかし、美容外科でもないのに、

before→afterの写真集なんて。

手術は、この春休みになった。

高2の春休みと言うと、受験生になったばかりなのに。

と、咲子も雅代も一瞬思ったが、体の方が最優先である。

なぜならば、近所に薬剤師にもかかわらず、アトピーの発作がひどく、

また、外見の差別もあって、就職できない人がいるからだ。

最後に、竹田先生は、

「一緒にがんばろうね。」

といって、握手を求めてきた。

すごく大きな手だった。

外来が終わると、13:00過ぎ。

このまま帰ってもいいが、お昼を食べるという話になった。

梅田は、雅代がOL時代、庭のようにしていた所である。

洋食屋のようなところで、雅代は、ランチセットの1つを頼んだが、咲子は、なぜかいちごパフェである。

最新のパフェは、盛り付けが華やかである。

咲子は、それを幼児のように、無邪気に完食した。

それを見ながら、雅代は、この子は、高校生とはいえ、幼児と変わらないのかもしれない。

と、思うのだった。

いや、親が抑圧して育てたからか、時に子供帰りのような振る舞いをする。

食事の後、雅代は、グランフロントなどをウインドウショッピングしだした。

咲子は、付き合っているうちに、しんどいとか言い出したので、途中で切り上げ、関空快速のホームへ向かった。

エスカレーターを降りると、電車が滑り込んで来るところだった。





















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