やはり俺の青春ラブコメはまちがっていない。
ぼっち界のレジェンドいわく、青春とは嘘であり、悪である。群れるという行為は己の弱さ愚かさ醜悪さを集団に混じることで誤魔化すためのものであり、孤独こそ人のあるべき姿だ。
ゆえに、休日に家から出ず、誰とも会わず、ひとりゲームをする俺こそが正義。Q.E.D証明完了。
そんなわけで、ひとり部屋に引きこもりゲームをしていたのだが、下からドンガラガッシャーンと確実に何かをやらかした音が響いてきた。ついで、女子の悲鳴。
なんだようっせーな、静かにしろよ、と思いながらリビングに降りると、エプロン姿の姉が床に散らばったドス黒い液体を掃除していた。その隣には、見知らぬ女子。
「……なにやってんだ?」
「あ、一也。やー、ちょっとクッキー作ってて」
「は? なんで?」
「この子がさー、調理実習で気になってる男子と班になったんだけど、そこでぼろくそに言われて、見返したいからって」
「へー。どうでもいいけど静かにしろよ。うるさい」
「あ、そーだ! どうせなら一也に味見してもらえばいいじゃん! 男の意見としてさ!」
最初こそ俺に向かって言っていたものの、後半は後ろの女子に向かって言う。
「え、えーっと……その、弟くん、迷惑じゃない?
「だいじょぶだいじょぶ、こいつ、甘いもん好きだから。ね?」
二つの視線が向けられる。姉ちゃんはともかく、初対面の女子から期待の目を向けられれば心が動かなくもない。姉友はメガネをかけた、おとなしめの子で、わりと結構タイプな感じだ。胸もある。
「ああ、まあ、味見くらいなら別にいいけど」
「やった! じゃあ恵、さっそく作ろっか」
「う、うん。がんばるね」
姉友はむん、と拳を握って気合いを入れる。そんな健気な姿を見せられたら心がめぐめぐめぐりんリフレッシュされてしまいそうだ。めぐみん可愛いよめぐみん。どこの爆裂少女だよ。
めぐみん先輩は姉ちゃんと一緒に台所に立ち、クッキー作りを再開する。しかし、
「ちょ、恵、バターって溶かしてから入れるんじゃないの!?」
「あ、霞ちゃんそれ砂糖じゃなくて塩!!」
「一也、一也あー! オーブン、なんか煙出てんだけど、これなんなの!?」
ドンガラガッシャーン、バッコーン、ガラガラガラと、とても料理を作っているとは思えない効果音が流れる。
そして、できたクッキーはなんかもうホームセンターで売ってる木炭みたいだった。
「……絶望しかないんだが」
呟くと、めぐみん先輩は「うっ」と涙目になる。
「一也! そういうこと言うなって」
「じゃあ姉ちゃん食えば?」
「え? い、いやー、私はちょっと、ほら、最近ダイエットしてるから」
嘘だ……。この姉は朝からカツ丼を食べていた。揚げ物に炭水化物のダブルパンチ。デンプシーロール並みの破壊力だ。これじゃウィラードさんも3ラウンドでノックダウンするわ。
「まあ、ええっと、何ガハマさんでしたっけ?」
「鼎恵です……」
「そうっすか。じゃあ、まあ、いただきますけど」
俺は恐る恐る、謎の物体Xに手を伸ばす。口に入れた瞬間、グシュと、なんかもう完全にあれな食感。コンマ数秒後には口の中いっぱいに炭素の味が広がり、苦みと刺激臭とバターの脂が混じり合ってセントバレンティヌスさまが目の前に降臨するレベルの味だった。食いもんじゃねーだろ、これ……。
俺の表情を見て自分のクッキーの出来を悟ったのか、めぐみん先輩が申し訳なさそうな顔をする。姉ちゃんはといえば、「どう? 大丈夫? 死なない?」みたいな顔をしていた。お前も一個食って死ね。
「ま、まあ、あれっすね……。味はまあ、あれっすけど……」
言うと、めぐみん先輩はいっそう悲しそうに目を伏せ、涙を堪えるように手を握った。その手を優しくとる。
「鼎さんが一生懸命作ってくれたものだと思えば、悪くないですよ」
そして、にっこりスマイル。すると鼎パイエンは頰を赤らめ、「そ、そう、かな……ありがと」とはにかむように言った。
「って、何やってんのよ!!」
姉が脳天にチョップを入れてきた。
片付けを終え、めぐみん先輩は帰っていく。クッキーはその後何回か作り直し、俺の味覚が死んだころ、ようやくまともなものができたのだが、それは手伝ってくれたお礼にと、俺に全部くれた。
「ねえ、ほんとにどういう気よ。なんで恵のこと口説いてんの?」
「は? 俺がめぐみん先輩オとせばまるく解決するだろ?」
「ごめん、訳わかんない」
理解力のない姉に、俺は辟易としながら解説する。これだからバカを相手にするのは疲れる。
「いいか、この問題はめぐみん先輩がその男子を好きだってことに端を発してる。つまり、俺が口説き落としてその男子への思いを断ち切ってやれば問題も自然と消滅するだろ」
「解決法が斬新すぎるのよ」
「別に悪いことじゃない。ただちょっと時代が俺についてないだけだ。百年後にはこれがメジャーな方法になってる。天才は同時代人には理解されないもんだな」
「はあ?」
姉ちゃんは心底バカにしくさった表情を向けてくる。何か文句の十や二十でも言おうとしたのか、口を開こうとしたが、その時スマホの通知が鳴った。
「あ、恵からだ……うっ」
苦虫を噛み潰したような顔。
「恵が、あんたの連絡先知りたいって言ってるんだけど、送ってもいい?」
「どうぞ」
俺が頷くと、姉ちゃんはものすっごい嫌そうに俺の連絡先を送っていた。しばらくすると、俺の携帯が鳴る。開くと、メールが一通。
題名:鼎恵です。
本文:鼎です。弟くん、今日は手伝ってくれてありがとう。今度また別のお菓子を作ろうと思うので、その時も味見してください。
姉のほうを見ると、なぜか悔しそうな顔。あれか、弟が友達に取られる的なやつか。まったく、これだからブラコンは。
もちろんですとメールを送り、俺は携帯をしまう。たった一日で女をオとしてしまうとは、これだからモテる男は辛いぜ。
思わず感歎の息が漏れる。
やはり、
——俺の青春ラブコメはまちがっていない。