体験
「四宮さんだったよね?」
「あっ、はい」
まさかの陽夜の発言に驚きボーッとしてしまっていた。
「身長的にこの辺かな?」
そう言った桜さんの手にはいくつかのメイド服があった。まさか着るのかな……
「うん、これでサイズはピッタリだと思う」
桜さんは私にメイド服を当ててそう言った。
「じゃあ更衣室はそこを曲がったところだから」
もはや逃げられない状況に従うしかなかった。
「桜さん、着替え終わりました」
そう言い桜さんを探す。いつもと違いスカートが短く慣れない。それにいつもは髪を上げメガネをしているからかメイド服を着ている実感がない。
「あっ、四宮さん!着替え終わったね。じゃあ今から軽く話すね。メモを取っても大丈夫だよ!」
軽いノリで始まったが桜さんによる『メイドカフェの心得』は一時間にも及んだ。
「じゃあ、二人のところに行ってみようか!」
そう言いお盆と水を受け取り陽夜と四宮くんの席へ近づいていく。
「ご主人様、お嬢様、お待たせいたしました。お冷をお持ちしました」
そう笑顔で言い桜さんによって鍛えられたお辞儀をして接客をする。
どうしてもそれっぽくならないと桜さんに言われ続け結局は声を少し高くする事で落ち着いた。
「流石、葵!」
満面の笑みでスマホを私に向け連写していく。
「お写真の方はご遠慮していただいてもよろしいでしょうか」
少し不満そうな顔をしつつも笑顔で写真を見せてくる。あいかわらず笑顔がぎこちない……
「流石四宮さんだね!やっぱり四宮さんにお願いして正解だったかもしれないね」
四宮くんがそう言ってくれたのに答えつつ、桜さんのところへ戻ろうと思い会話を終わらせる。「それでは、失礼します」じゃなくて……
「それではごゆっくり」
少し高めの声で言う。ふとした瞬間に幼い頃からの癖が出てしまいそうになる。
本番も気をつけないとかもしれない。
「上出来だよー、葵ちゃん!これなら学園祭も安心だね!」
「はい、本当にありがとうございました」
そう言い礼をする。
「やっぱり葵ちゃん、何かやってたの?凄い礼が綺麗だね」
茶道や武道のことだろう。武道は多少嗜んでいるとはいえ現役で毎日メイドをしているからとは言えない。
ましてやわざわざ私達のために時間を割いて教えてくれた桜さんには……
「無言は肯定として捉えられちゃうよ!」
「そうですね……嗜む程度にはさせていただいています」
「そうだったんだ。やっぱり!……じゃあ学園祭。頑張ってね」
桜さんはそう言い胸元で手を振ると戻って行ってしまった。「戻るか」そう呟き二人のところへ向かう。
「葵!凄かったよ、とても様になってた!やっぱり葵は向いてい」
「陽夜?ありがとう」
私が陽夜のところで働かせてもらっているのは内緒なのにバラされてしまっては困ってしまう。
それにうちの学校では、バイトは許可がない限りすることができない。バイトではなく正社員と扱いは変わらないけど。
「四宮さんも戻ってきたしそろそろ出ようか」
「そうだね」
席に忘れ物がないかを軽く確認して二人についていく。
「次に行くところってあったっけ?」
「確か無かったと思うけど……」
そう言ったところで陽夜の携帯が鳴った。
「ごめん、少し待ってて」
そう言い会話の聞こえないところへ行き電話に出た。
しばらくすると陽夜が戻ってきた。
「二人ともごめんね、家の都合で帰らないと」
「そっか、じゃあそろそろ私も帰ろうかな」
陽夜が帰るということは自然と私もついていかなければならなくなる。
「もう少し二人は見ていたら?家の人が迎えに来るしまだ暗くないから平気だよ!それにこれから準備で忙しくなると思うから出かけられなくなるかもよ?」
自分の携帯を確認すると確かに別の人が迎えに来ると連絡が入っていた。
「じゃあお言葉に甘えようかな」
参考書も買いたいと思っていたから丁度良いかもしれない。
「来た!じゃあね。葵、四宮くん。今日は楽しかったよ」
「ありがとう、私も楽しかったよ」
そう答え陽夜の後ろを見ると確かに村雨家の使用人がいた。
でもあれは旦那様の専属執事の鈴木さんだ。鈴木さんが直接迎えに来るということは大事な用事が急に入ったのかもしれない。やっぱりついていった方が良いのかな。
そう思っていると携帯が振動した。念のため支給されている携帯には使用人全員の連絡先が入っている。
鈴木さんからの連絡で『私がいるからご安心を。たまには少し息抜きをしてください』とのことだ。
せっかくのご厚意を無下にするのは良くないだろう。ここは素直に従うことにする。
「おーい、葵さん?じゃあね」
また考えこんでしまった。
「じゃあまたね」
そう答えると陽夜は鈴木さんのところへ行った。軽く鈴木さんに礼をしてから四宮くんの方へ向き直す。
すると何故か四宮くんも礼をしていた。私よりもずっと深く。私が四宮くんぐらい深く礼をするのは、旦那様や日々お世話になっている同じく陽夜のメイドの先輩くらいだ。
「四宮くん?どうしたの?誰か知り合いでも居た?」
「あっ、何でもないよ」
そう言う四宮くんの顔には緊張が見られた。
「まあ、無理に言わなくても良いけど」
「お世話になった方が居てね……」
「そうなんだ」
しばらく沈黙が続いた。
すると四宮くんが少し目線を外し口を開いた。
「二人になっちゃったけど、どうする?」
二人……しかも男女でか。いらない誤解を招きそうなことは控えようと思ったところなのに。
それに、四宮くんといるところを見られたらまた何か言われそうだ。
「えっと……参考書を買いたいから本屋に行っても良いですか?」
「もちろんだよ、暗くならないうちに行こうか」
そう言い歩き出した四宮くんの後ろをついて行く。二人だと会話がもたない。やっぱり陽夜は凄かったのだと改めて実感させられる。
「四宮くん」
そう呼びかけたところで丁度話しかけようとしてくれていた四宮くんの声と被ってしまった。
「ごめんなさい……先、どうぞ」
「じゃあ……この前は可愛い服を着て俺の作品を売ってくれてありがとう」
「いえいえ、こちらこそいつも楽しみに読ませていただいています」
「直接言われると少し照れるね。あの服って手作りなの?」
「そうなんです!中々主人公が着ているような布を探すのに時間がかかってしまったのですけど、作るのは楽しみすぎてあっというまで。特にあのリボンの透き通るような色が中々見つからなかったんですけど……」
そう言い気づいた。世間話として振ってくれたのに自分のことばかり話し過ぎたのではないかと。
「すみません……自分のことばかり話し過ぎました」
「こっちが聞いたことだし、自分の作品にそこまでこだわってくれるのは嬉しいよ」
「先生にそう言っていただけるとは光栄です」
「先生じゃなくて同級生の『四宮』だから先生とは呼んで欲しくないな」
「あっ、ごめんなさい」
「それに敬語じゃなくて良いよ。名前も『四宮くん』じゃ他人行儀だから『葵』って呼んで欲しいな」
「じゃあ、葵くんって呼んでも良い?」
「大丈夫だよ、俺も四宮さんじゃなくて葵さんでもいいかな?」
「どうぞ」
そう言うとお互いに顔を見合わせて笑った。無理に緊張しなくても気軽に話しかけて良かったのだ今更だが気づいた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回二人きりになった葵達のことを暖かく見守っていただけると光栄です。
そしてこれからも三人の関係を見守っていただけると幸いです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




