修学旅行 噂
前回に引き続き〈 井上 目線 〉です。
『どうした、こんな時間に。学校はどうしたんだ。サボったりしてないだろうな』
「お忙しい時間に申し訳ございません、父上。これまでの提案は全て呑みますので、一つ、手配をしていただけませんでしょうか」
『やっとか、相変わらず決断力のない出来損ないだ。そんな出来損ないもうちの跡継ぎというのも仕方がないことか。それで手配とは何だ』
「車を……裏道なども把握しており運転もそれなりにできる運転手を京都、祇園商店街付近に手配していただけませんでしょうか」
『決断力のない出来損ないがやっと決断をしたんだ。手配くらいしてやろう。何をしようとしているのかは分からないが、不利益になることには手を貸すな。良いか?分かったな』
「かしこまりました。ありがとうございます」
『こっちは忙しいんだ』
「お忙しい中、お時間を——」
話している最中に電話を切られてしまった。相変わらずせっかちな人だ。
しかし、あの様子だと車は手配してくれているだろう。
四宮さんに車を用意してあげられたことにほっとしつつ、これから何十年も……死ぬまで自分の首に、自ら首輪を着けにいったという事実に手が震えていた。いつかそうなることは分かっていたものの、小さな意地で、プライドで守り続けていたがこれからはそうもいかない。
大人しく家の犬になっていれば何もされない。出来損ないと言われ続けていれば良い。
ただ今は好きな子を助けるためにも四宮さんのところへ行かなくてはいけない。
家と家関連のパーティーのおかげで培われた仮面を被り四宮さんに話しかける。タイミングが良かったようでこちらに目線を合わせてくれた。
「信頼できる運転のいる車があるからそれに乗って行って」
「しかし渋滞が作られたら……」
「大丈夫、裏道にも詳しい人だから。何でも言って大丈夫な人だから」
「分かりました。お言葉に甘えさせていただきます」
「ありがとう、待機は……その辺にしてくれてるから」
「はい。井上さん、四宮さんはどちらへ?」
名前にも『さん』付けをしているので完全に仕事モードなのだろう。
「四宮は、家の都合で」
「分かりました。では井上さん、私とお嬢様は家の都合で明日まで戻らないと学校側へお伝えください」
「はい。それで車は……そこですね。今見えている車です」
「ありがとうございます」
四宮さんは荷物を持ち走って車まで行き、すぐに乗り込んで行ってしまった。
やはり四宮さんはどこか引っかかるものがあり怖い。常に本心ではないような……
「仮面、気をつけないと取れなくなるよ。もう取る気はないのかもしれないけど」
去り際に言われたその言葉がずっと耳に残り続ける。人の本心を見透かしているようなものが四宮さんにはある。
きっとそれは四宮も村雨さんも、クラスの人たち誰一人として気がついていないだろう。
だからこそ怖い。時々人としての中身が空っぽではないかと疑ってしまう。
今だってそうだ。
ナンパに放ったあの言葉に含まれた殺気や威圧。そう簡単に身につくものではない。
そして今の去り際に言ったあの言葉。あそこまで素早く仕事とプライベートの切り替えが出来る人はいないだろう。
いくら『村雨』の使用人の優秀さや裏仕事が完璧だと言われても、高校生の女の子が出来る技ではない。
かつてこんな話を聞いたことがある。
『諜報や裏仕事を完璧に行う二人組』
性別などは分かっていないが女性二人組と噂されている。
その二人組のうち分かっているのは『村雨』に属していること。そのうち一人の身長が年々伸びていることから片方は子供だと言われている。
四宮から遠回しに子供がいるか聞くと自分と四宮さんだけだと言った。その時点で何となく四宮さんが片方だということは検討がついた。そしてもう一人は四宮さんと息が合うという水谷という人だろう。
今更だが修学旅行で同じ班になった四人の中でまともな人はいないだろう。
勿論始めに村雨さんに話しかけて仲良くなったのも家からの命令だ。四宮さんがその専属の使用人ということも身のこなし方を見ていれば納得がいく。
寧ろ今まで気がつかなかったことを疑問に思うくらい分かりやすい。
家からの命令で大体は動いている自分の中で誤算だったのは村雨さんのことを好きになってしまったことだ。
村雨さんのことが好きだと気がついてから四宮さんと水谷という人の話を聞いたので、言いたくなくて家には言わなかった。言ってしまえば確かでなくても次の日には四宮さんが消えていて、村雨さんが悲しむのが目に見えたからだ。
父は『村雨』の諜報能力を欲しがって村雨さんに色仕掛けでも脅しでも何でも良いから仲良くなれと言われた。
最近、会社の業績はあまり伸びていないようだが、『井上』の手にかかればどうってことないそうだ。
早く父は裏に行きたいらしく、高校にもいかず家を継げと言ってきた。表向きは自分にさせることで十代で大手企業の社長になったということで注目させ、業績を伸ばすつもりでいたのだろう。
残念ながら珍しくそのことについては反論した。
せめて高校は出ないと他の家から見放される。『村雨』の一人娘と同じ高校に行き接触すれば何かしらの情報を得られるかもしれないということを盾に高校に進学した。
事前に調べた通り、日本でもトップレベルの進学校に進学していた。
二年で同じクラスになったのは偶然か手を回したのか分からないが命令通り接触した。
そして今回の電話で大学に進学することなく家を継ぐことが決まった。
もしかしたら学歴を重視し、両立をさせられるかもしれないが村雨さんと同じところを志望しておけばいいだろう。
そうすれば父が勝手に「何かの縁だ」と『村雨』に言い村雨さんとの婚約の話が出てくるかもしれない。
好きな子と一緒になれる、それだけを考えればこれ以上に良いことはない。
しかし村雨さんと政略結婚はしたくない。ただ純粋に好きになって欲しい。
こんなにも仮面を被っている人間のことなど好きになることはないと分かりつつも、村雨さんの一つ一つの行動に胸をときめかせ、そんな自分に呆れる。
そもそも村雨さんに義理でもあんな父の娘になって欲しくない。もっと良い人と結ばれて欲しい。
一時期村雨さんと『柳田』との婚約の話が出ていた。村雨さんとの婚約の話は薄れてきたものの『村雨』と『柳田』の婚約の話は未だに濃厚だ。
他に娘はいないと分かりつつも、多くの家が噂をしている。
他の家と村雨さんの婚約の話が再び出るまでの間だけでも、せめて少しでも良いから自分に気持ちを傾けて欲しい。
自分が自由に出来る時間はもう高校生の間だけだから……
そんな思いを抱きつつ、助けに行けないもどかしさにイラつく。
何も関係がないのに『井上』が『村雨』のために動いたという話が出てきてはいけない。
それに自分には四宮と四宮さんほどの実力もないから足手まといにしかならない。
分かっているからこそ悔しい。
気持ちを抑えるためにも手に力を入れていたからか血が出ていた。
一滴、二滴と地面に血が垂れる。
多少の痛みを感じつつも、今、村雨さんが感じていると思われる恐怖に比べると大したことはない。
これ以上考えることもなく、日が暮れるまでその場にしゃがみ込んでいた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回は四宮 葵(女)目線に戻ります。
また次回も読んでいただけると光栄です。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




