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「婚約者選びのことですか?」

「うん……」

「一度お部屋へ戻りましょう。そこでゆっくりお茶でも飲みながら話をするのはどうですか」

廊下で立ち話をしては色々な人に聞かれてしまう上にご夫妻に陽夜が注意を受けてしまうかもしれない。なるべくそのような事態は避けたい。

「分かった。じゃあ葵、美味しいお茶を用意してくれる?」

「かしこまりました」

 そう言い先に歩いている陽夜の後に続く。



 部屋に戻ると陽夜は二つ椅子を用意し、私に座るようすすめてきた。

「葵も座って」

「お嬢様、お言葉ですが私は一介の使用人です。座ることは出来ません」

「じゃあ葵、座りなさい。命令なら座ってくれるよね」

 そう言うと陽夜は「本当は使いたくないけど」と呟いた。

 普段命令など絶対にせず、お願いがほとんどだが珍しく命令だった。お願いでも先ほどのように身分の違いで出来ないことや常識から大きく外れていること以外は断らないけど。

「かしこまりました」

 そう言いお茶とお菓子を机に乗せてから座る。

「葵、人払いはしたから学校と同じように話してくれると嬉しいな」

「分かったよ」

 言われたからには口調を直すが、正直慣れている丁寧語の方が話しやすい。人払いをしてくれたようだけど後々何か言われないか少し緊張する。

「婚約者のことだけど……」

 そこまで言うと顔を伏せてしまった。

「陽夜は……蒼井さんが良いの?」

 そう言うと少し顔を上げ耳まで真っ赤にして頷いた。口元や目元を見れば恥ずかしがっていることがよく分かる。

「陽夜の意見は尊重するつもりではあるけど、正直に言うと立場の違いからして難しいとは思うよ。社長令嬢とその使用人、旦那様が許してくれない気もするけど」

「やっぱり、そうだよね」

 最後の方は声が小さくて聞こえなかったが涙目になっている様子から大体は察することが出来る。

「泣かないでよ」

 そう言いハンカチを差し出す。真っ白なハンカチは涙で濡れていった。

 無理に笑おうとしているからか顔が強張ってしまっている。しかたがない。

「泣いて良いよ」

 そう言うと陽夜は抱きついてきた。今の私には胸を貸すくらいしか出来ない。



 私の主人は陽夜だが、旦那様の決定に逆らうことは出来ない。旦那様はこの家では絶対だ。

 業界でもトップクラスの会社を経営し、私のことを雇ってくれているのも旦那様だ。幼い私を雇い、勉学を始め様々なことを学ばせて下さった。旦那様には感謝しかない。

「陽夜、婚約者のことはもう少し後にでも決めようか。期限は決められてないし、まだ蒼井さんの気持ちも分からないからね」

 蒼井さんの気持ちと言っても、決まってからだと気持ちなど関係なく決められてしまい、決定権など存在しないのだけれども、そんなことは言えない。

「そうだね。葵の言う通りだね」

 そう言った陽夜の目にはもう涙は無かった。

「やっぱり笑顔の方が似合うね」

「そう?ありがとう、葵」

 まだ目の赤みがとれていないもののすっかり気分もスッキリしたようでなによりだ。

「お茶が冷めてしまいましたね、新しいものを入れてきます」

「ありがとう、葵」

 お茶を入れるため席を少し外す。

 あそこまで泣いていては明日には目が腫れてしまうだろう。せめて少しは目立たなくなるようにコットンを氷水に浸し絞ったものも一緒に持っていこうかな。



「お嬢様、お茶をお持ちいたしました」

「ありがとう」

「あとコットンです。目に当てると腫れが少し引くと思いますよ」

 そう言うと陽夜は手を口元に当てくすりと笑った。

「葵ったら。目に当てたら葵と目を見て話せないよ」

「そうですね。でも私は気にしないので大丈夫ですよ。お嬢様のお顔の方が大事です」

「私が気にするの。だから、少しだけ待っててくれる?」

「かしこまりました」

「もう、タメ口でいいのに」

 そう言って頰を膨らませた。やっぱり陽夜は可愛いな。このままいつまでも陽夜の側にいれたら良いのに……



「葵、待たせてごめんね」

「大丈夫ですよ」

 そう言い、使い終わったコットンを受け取り処分する。

「葵ってやっぱり何をするにしても動きが綺麗だよね」

「ありがとうございます。お嬢様の従者として恥ずかしくないように身につけただけです」

「ありがとう。でもやっぱり昼間のメイドカフェの時みたいな感じよりこっちの方が葵には合っているかもね」

 メイドカフェ、思い出したくもない。しかもあの後二人きりで……

「葵、大丈夫?ボーッとしていたけど」

 そう言われハッとする。また考えこんでしまった。もう少しボーッとしてしまうことをなくしたいと思っているがなかなか直せない。

「葵。文化祭のメイドカフェで昼間みたいな感じじゃなくて今みたいな……割としっかりとしたメイドでやらない?」

「私がですか?」

 思わず尋ねると陽夜は、にっこりと笑い頷いた。

「別に構いませんが、全体の方針的に一人だけっていうのは、大丈夫ですかね」

「なんとかなるんじゃない?」

 根拠が無いにもかかわらず他人を信じさせてしまうカリスマ性……やっぱり私の仕えたいと思うたった一人のお方だ。大学も旦那様が良いと言えば同じところに行って今まで通り過ごしたいな。

「そもそも葵の接客を見てくれればみんな納得すると思うんだけどな」

「私の考え過ぎかもしれませんが、もしかしてみんなの前であれを見せなくてはいけないのですか?」

 クラスの人の前で「お帰りなさいませ!ご主人様」とハートを飛び散らすくらいの声と動きをするのは流石に恥ずかしい。

「したくなかったら一人一人に見せに行くよ!なんなら猫耳でもつける?」

 一人一人に見せるって根回しをすると言っているようなものでは……?それに

猫耳、陽夜はとても似合いそうだな。きっと数多くの男子があまりの可愛さに倒れてしまうだろう。

「葵、倒れないからね」

「口に出てました?」

 思わず当てられてしまい誤魔化すことを忘れてしまっていた。

「やっぱり、口には出てないけど分かりやすすぎだよ!」

「申し訳ありません」

「そんな謝らないで。それで今日、私が帰った後二人きりだったけど何かあった?」

 そう尋ねてきた陽夜の顔はこれ以上にないほど笑っていた。




最後まで読んでいただきありがとうございます。

今回は村雨家での話となりました。

婚約者や進学、学校行事などこれからどうなっていくのか、楽しんで読んでいただければ光栄です。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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