逆さの虹の麓で宝物を探そう
よろしくお願いします。
「逆さ虹」と聞いてぱっと思い付いたのがこんなお話です。
一番心配なのは、これを童話と呼んでよいのかどうか。
「10年に一度、逆さまに虹が出来る」と言われている森がある。
近隣の人からは『逆さ虹の森』と呼ばれているそうだ。
そして今日がその虹が出る日だと聞いた。
言い伝えの通り、昨夜は大雨だった。
その雨ももうすぐ止みそうだ。
雨が止めば太陽が顔を出す。
そうすれば虹が出るだろう。
僕はヘルメットとゴーグルを付けて、飛行場へと向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「もう昨日は酷い雨だった。
ねぐらまでびしょびしょだよ~」
そう言いながらねぐらから顔を出したのは、くまのマックス。
「まったくさ。
雨の所為で体が冷えて参っちまうね。
早く太陽が出てきてほしいもんだよ」
草藪から出てきてマックスに応えたのは、ヘビのネークだ。
「やあネーク。これから朝の散歩かい?」
「いやいや。大雨の所為で食事にありつけなかったからね。
これからひとっ走りして食事を探してくるところさ」
「あ~そうだね~。
おいらも大好物のキイチゴがこの雨でダメになってないか見てくるよ」
そんな朝ののんびりした時間に、空から慌てた声が響いた。
コマドリのリュートだ。
「みんな大変大変。空からおっきな鳥?みたいなのが落ちてくるわ」
「怪物?怪物なの?こっちに来る!?」
「おお、落ち着けって、マックス」
慌てるマックス達。
そうして間もなくみんなの上を影が通ったかと近くの大木の上に何かが落ちて来た。
がっしゃん!
ばらばらばらっ。
「わー」「ぎゃー」
大木の上からは何かの破片が落ちてくる。
森の皆はパニックだ。
「いったたたた」
木の上からそんな声が聞こえて来た。
「みんな、ちょっと待って。あれはニンゲンだわ」
「わー、あ?」
「ニンゲン?」
みんなで木の上を覗き込む。
木の上には壊れた木で出来た何か。
それと、ニンゲンが枝に引っかかっていた。
リュートがぱたぱたと羽ばたいて、そのニンゲンを覗き込む。
「ねえねえ、大丈夫?ニンゲンさん」
「いてて。うん、なんとか」
「みんなー、大丈夫みたい」
その声を聞いて、みんなが木の下までやってくる。
「ニンゲン、僕たちを襲わない?」
「大丈夫じゃないか?なんか間抜けっぽいし」
それを聞いたニンゲンが木の下の動物たちに応えた。
「まぬけって酷いな。まぁ否定はしづらいけど。
ねえ、そこのクマさん達は僕を襲ったりしない?」
「しないよ~。ニンゲンって美味しくないらしいし。
ハチミツや木の実を食べた方が美味しいもん」
「そうだね。僕の口には大きすぎるね」
「じゃあ、降りるからちょっと離れて」
「うん、わかった~」
そうして空いた場所にニンゲンが飛び降りた。
その横の枝に来たリュートが矢継ぎ早に声を掛けてくる。
「ニンゲンさん、ニンゲンさん。
怪我は無い?名前は何て言うの?上のあれは何?何しに来たの?」
「やあ、コマドリさん。
怪我は……うん、大丈夫。ちょっと擦りむいただけで済んだよ。
名前は空也だ。
上のあれは飛行機っていうんだ。空を飛ぶ道具だよ。
あーまぁ、壊れちゃったけどね。ははっ」
そう言って見上げた先には木の枝にがっしりと引っかかって、羽の折れた飛行機があった。
「ひこうき?おいら知ってるよ。
時々空をすごいスピードで飛んで行くやつでしょ」
「ニンゲンって大変よね。あんなものを使わないと飛べないなんて」
「ははっ。流石に君みたいに羽根は生えていないからね」
そう力なく笑うニンゲンさん改め、クウヤ。
「それで、そんな空を飛んでまで何をしていたの?」
「虹の麓にね、行こうと思ったんだ」
「「虹の麓?」」
それを聞いて首をかしげる森のみんな。
「麓なのに空を飛んでたの?」
「うん。ここは逆さ虹の森だよね」
「ええ。そう呼ばれているみたいね」
「みたい?」
今度はクウヤが首をかしげる番だ。
「森の外の子たちは、そう呼んでるみたいね。
でも私達はそんな虹は見たことないもの」
「そうだね。遠くに見える虹は普通の虹だよね」
「とは言っても、森の外に出てまで見ようとは思わないし」
「あ、そっか」
確かに森に住んでたらそこに出来る虹は見えなくても当たり前だ。
「それでそれで?麓には行けたの?」
リュートの質問に首を横に振るクウヤ。
「ううん。残念ながら。
麓に掛かっていた雲に入ろうとしたところで突風に巻かれてしまったんだ。
そして、そのままこの森に落ちて来たって訳さ」
「そっか。まぁ無事で良かったね」
「ただ、その麓には何があるんだい?」
「子供の頃に聞いた話では、宝物が眠っているそうなんだ。幸せがあるって聞いたこともあったかな」
「ふーん」「なーんだ」
興味を無くした森のみんな。
そしてそれを見て驚くクウヤ。
「あれ?みんなどうしたの?」
「ニンゲンの言う宝物って、あれだろ。キラキラ光る石とか。そんなの食えないし別にいらないな」
「そうだね~。おいらはハチミツがお腹いっぱい食べられたら幸せだけど、そんな遠くに行かなくても森を探せばあるしね」
「わたしも自由に飛べる空と、木の実が食べられたら十分ね」
「あ、なるほど」
確かに宝石などの宝物は森の住人には無用だよなと納得するクウヤ。
「それでクウヤはこれからどうするの?
あのヒコウキだっけ、あれは直るの?」
「うん。町に帰らないと行けないんだけど。
あの飛行機はダメだね。少なくともここでは直せないよ。
ただそうすると、どっちに行けば良いんだろう」
右を見ても左を見ても森が広がるばかりだ。
そもそも逆さ虹の森は結構広い。
その中ほどに空から落ちて来たので、方向感覚もさっぱりだ。
「うーん、こういう時はキョージュの出番ね」
「そうだね。キョージュならニンゲンの町の場所も分かるかも知れないね」
「そうと決まれば案内するわ。付いてきて」
「じゃあ後はリュートに任せるよ。僕らはご飯を探しに行ってくるよ」
「うん。もうお腹ペコペコだよ」
「ああ。みんなありがとう。コマドリさんもよろしくね」
そうして枝から枝へと飛ぶリュートと、それに付いて行くクウヤ。
そしてそのふたりを見送ったマックスとネークは食料を求めて森の奥へと歩いて行った。
リュートとクウヤが向かった先には、古くて大きな木が立っていた。
「さて、この時間だとキョージュは寝ているかしら」
「そのキョージュっていうのはどんなひとなの?」
「キョージュはフクロウよ。ずっと昔からこの森に住んでて物知りなの。
ただお昼はたいてい寝てるのよね」
なるほど。木々の隙間からこぼれる日差しを考えれば、夜行性のフクロウなら寝ている時間か。
リュートは木の中ほどに開いている穴に飛んで行く。
「キョージュ。あ、やっぱり寝てたわ。
寝ているところを起こしてごめんなさい」
「んむ、その声はリュートじゃな。どうしたね、こんな時間に」
そう言いながらのそりと穴から顔を出すフクロウのキョージュ。
クリッとした目が地上に居るクウヤの方を向く。
「ほう、ニンゲンとは珍しい」
「こんにちは、キョージュさん。お休みの所すみません」
「なあに、それは構わんよ。それで、その様子だと迷子かね」
「ええ、お恥ずかしい」
「キョージュ、キョージュ。このひとは逆さ虹の麓に行こうとして途中で落っこちて来たんだって」
「ほぉ、虹の麓とな。ということは、あれかね。宝物を探しに来たのかね」
『虹の麓』という言葉だけで、クウヤの目的をぴたりと当てるキョージュ。
なるほど、物知りと言うのは本当なんだろうと思ったクウヤ。
それと同時にこのひとなら宝物の在処を知っているのかもしれない。
「あの、キョージュは宝物がどこにあるかご存知ですか?」
そう質問したクウヤをじっと見たキョージュは、続いて空を見て、またクウヤに視線を戻した。
左手(羽)を広げながらキョージュはこう言った。
「そうさの。ここから向こうに行くと川がある。
その川に沿って下流に向って歩き続ければ、明日の朝になる頃には見つかるだろうて」
そちらを見ても今は森が続くのみだ。
「リュートや。彼を川の所まで案内してあげなさい。
その後は戻っておいで。彼ひとりの方が宝物が見つかりやすいだろうからの」
「ええ、分かったわ」
「ありがとうございます。キョージュ」
お礼を言って川の方へと移動するふたりの背中に、キョージュはもう一声掛けた。
「そうそう。夜半から雨が降りそうだが頑張って歩き続けなさい。
それが宝物が見つかる秘訣だ」
「はい。頑張ってみます!」
そうして歩けば程なくして小川が見えて来た。
キョージュが言っていたのはこれの事だろう。
「じゃあ、私はここまでね」
「うん、ここまでありがとう。凄く助かったよ。
次来るときは木の実を持ってくるね」
「ふふっ、ええ、楽しみにしているわ。じゃあね」
そう言って飛び去るリュートを見送り、川に沿って歩き出すクウヤ。
クウヤと別れたリュートは再びキョージュの元を訪れていた。
「ねえ、キョージュ。彼は宝物を見つけられるかしら」
「さあ。それは彼次第ですね」
「私だったらその虹の麓って所に飛んで行けるのかしら」
「ほほほ、そんな事をしなくても私達は既に宝物を手に入れていますよ」
「え、そうだったの!?」
「ええ。さて、私はもうひと眠りさせてもらいますよ」
「その宝物って、って。もう寝ちゃったか。これ以上は迷惑ね。
仕方ない。私も今日のご飯を探しに行こうかな」
そう言ってリュートも飛び立っていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そして。
キョージュの言った通り、夜半から雨が降っていた。
その雨が上がったのは夜明け頃。
ちょうどその頃、クウヤも森の出口へと辿り着いていた。
「ふぅ。もうびしょびしょだ。
早く町に辿り着かないと風邪を引いてしまうな」
そうひとりごとを言って顔を上げると、ちょうど雲が晴れて青空と綺麗な虹が見えた。
もちろん逆さではない、普通の虹だ。
「虹の麓の宝物、か」
虹の麓の方を見れば、小さく町並みが見えた。
「あれは……良かった。帰ってこれたんだ」
それを見たら一晩歩き続けた疲れも忘れて駆け出した。
そして一目散に自分の家へと帰る。
「ただいま!」
「空也!!よかった、無事だったのね。
まあまあ、こんなにびしょびしょになって。
このままじゃ風邪を引いてしまうわ。すぐにお風呂を沸かすからね」
玄関の扉を開ければ心配していた空也の母親が空也を見て嬉しそうに微笑んでくれた。
そしてお風呂を沸かしに行く母親の目にうっすら光るものを見て、空也は申し訳なさと共に愛されている事を心から嬉しく思うのだった。
本当は森の中を回って色んな動物たちから話を聞いて幸せを探して、くたくたになって帰ったら、って感じにしようかと思ったのですが、
本業のファンタジー小説の続きも書かないといけないので、ひとまずこんな感じで収まりました。