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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

キラーガール ~冷酷少女~

作者: 琴内光乃

どうぞ、よろしく!

 ――京東府きょうとうふ三番街。今日も夜間のネオン街に、嵐のようにパトカーのサイレンが鳴り響く。この町では不思議な事じゃあない。また違法な風俗の摘発か何かだろう。私は何も言わずに、引き金を引いた。「バーン」と言う銃声がサイレンの音にかき消された。

「応答セヨ――キラーマスター、奴ヲ殺シタ」

「ご苦労、キラーガール。さすが我が娘にして、うちの優秀な殺人マシン。『機械の心を持った冷酷少女』といったところか」

「――アア」

 また一人、私の犠牲者が増えた。だが同情はしない。いや、できないと言ったほうがいい。私はただ命令のままに人を殺める機械だからだ。そう言い聞かされて育った。感情が無いと言ったほうが伝わるだろうか。私は機械の心を持った冷酷少女――殺し屋、だ。

 犯行現場からすぐの駐車場に迎えの車がやってきた。

「お嬢様、お疲れ様でした」

 スキンヘッドでサングラスをかけた大男が、後部座席のドアを開くと、私はすぐに乗り込んだ。大男の運転でアジトに帰還する。

「お嬢様、お飲み物は必要ですか?」

「アア――頼ム」

 殺人マシンと言っても所詮は人間。腹は空くし、喉も乾く。手渡されたペットボトルの水を一口飲むと、喉に冷たい感覚が通るのがわかる。だがそれをどう表現したらいいかわからない。車を運転する大男との会話はない。ただ黙ってアジトへ向かうだけだ。私はしばらくして、車の中で、うとうとして眠りについた。

「お嬢様、お嬢様、アジトに到着しましたよ」

「……」

 大男に体を揺さぶられ目が覚めた。そこはアジトの地下駐車場だ。そこからエレベーターに乗り、最上階である、五階へと昇った。そこにはキラーマスターの事務所がある。表では証券を取引する会社だが、裏の顔は殺し屋家業を営んでいる。

「お帰り、沙織さおりフミ、我が娘よ」

 後ろを向いていたキラーマスターが椅子をゆっくり回転させ正面を向き、デスクに肘をつき、組んだ手をアゴに添えて怪しく笑う。

「……。任務完了」

 私は敬礼をして無機質にそう言った。

「お疲れ様。今日はゆっくりお休み」

「アア」

 親子の弾んだ会話は一切ない。上司と、それに従う殺人マシンの間柄だ。私はお風呂場に行くと、シャワーを浴びた。知らぬ間に大人になっていく体。子孫を残す体はもう出来上がっている。十七歳だからあたりまえか。だが、それは一生、使われることのない機能。お風呂から上がるとそのままベッドにはいる。

 こうして今日も、京東府の夜は更けていった――翌朝、目覚めると次のも任務が待っていた。急いで事務所に行くと、キラーマスターからの指令が待っていた。

「今日から学校へと通ってもらう」

「……。学校?」

「ああ、お前も年頃の女の子じゃあないか、フフフ」

「――冗談、カ?」

「いいや、本気だ。と言うのもそこの学校に悪魔が現れるという噂があってだな、理事長から悪魔退治の依頼を受けた。まあ、おおかたオカルト趣味の変質者の処分だよ」

「任務了解」

 制服を着るのは中学以来だ。高校、私が、女子高生――笑えない冗談だ。もっとも笑わないが、な。メイドに髪を結んでもらいポニーテイルにしてもらった。メガネをかけ制服を着た。私は鏡を見たが、自分の変化に動じなかった。メイドは、「お嬢様とても可愛らしいです」と言ったが自覚はない。こいつは私が殺し屋であることは知らない。

 ただ単に学校に潜入してターゲットを撃ち殺すという仕事だ。それが終われば、こんな格好はしない。普通の女の子には憧れたりもしない。何度も言うが私は殺人マシンとして育てられた殺し屋だ。

 思えばキラーマスターの殺し屋としての教育は苦痛だったのかもしれない。鮮明にフラッシュバックする記憶――五歳の頃だったか。

「パパ、見て蟻んこだよ」

「フミ、踏みつぶしてあげなさい。そうやって殺していくんだ」

 私の初めての殺し任務だったのかもしれない。最初は蟻を殺すことから始まり、しだいに小動物へとエスカレートしていった。『殺す』という罪悪感は全くなくなっていたのかもしれない。初めて人を殺めたのは、小学五年生の頃だった。裏切り者の抹殺。

 地下室に拷問部屋があり、そこで鎖につながれた男をナイフで胸を一突きしたのを覚えている。確実に仕留めるように言われていたから心臓をえぐるように突き刺した。

「あががー」

 男は言葉にならない悲鳴を上げしばらくして息を引き取った――中学に上がるころには、ピストルを撃つ訓練をさせられていた。動く的を正確に撃ち抜く訓練だった。もし失敗すれば、キラーマスターからの厳しいお仕置きが待っていた。虐待だった。能と体にインプットされていく殺しのノウハウ。それと同時に感情を失っていった。

 そんな私が高校に通うことになろうとは夢にまで思わなかった。地下の駐車場に行くと任務に使用される車とは別のもので、リムジンだった。あの大男でもない運転手のエスコートで乗り込むと豪華な社内だった。どうやらエリート学校に通うらしい。

 流れゆく景色を見ながら三十分、校門前で車は止まった。一人の女の子が、早速、挨拶をしてきた。

「あれ、見ない顔ね。転校生? あたしは三十院さんじゅういんメイ。よろしくね」

 ニコニコと笑顔を振りまきながら馴れ馴れしく近寄ってきたものだから、とっさに私は護身術でそいつを投げとなしていた。

「あれ、地球が、今、逆さまになったよ」

 メイは起き上がると砂を払いながら、

「あなた名前は?」

「……」

「言えないの?」

「――古賀こがミフネ」

 私は睨みつけながらこの学校で過ごすコードネームを言った。

「そっか、ミフネちゃんか。一緒のクラスになれたらいいね」

「……」

「あ、もうすぐ事業がはじる。いそがなきゃあ」

 メイはツインテールを揺らしながら、走っていった。私も後に続いて校内にはいり、付き添いのメイドと一緒に校長に挨拶へ向かった。

「ああ、君かね。理事長のお墨付きの転校生は」

「よろしくお願いします」

「ふむ、きれいなお母さまでいらっしゃる」

 そのメイドは私の母親ということになっていた。

「あら、嫌だわ。ほら、ミフネも挨拶なさい」

「――ヨロシク」

「はい、よろしく。ミフネさん」

 校長も私の正体を知らない。無論、理事長もどんな奴が来るか知らないでいる。

「早速なのですが、クラスを紹介します。ミフネさんは二年四組ですよ、担任がもう少ししたら迎えにきます」

「では、ミフネ、私は帰るね」

 しばらくして担任が来てクラスに案内された。

「はーい、注目。今日から転校生がきたぞ」

 担任は教壇を叩くと、黒板に、『古賀ミフネ』と書いてから私を手招きした。教室に入ると、男どもが騒ぎ立てた。

「うほ、かわいいじゃん」

「メイと互角じゃね?」

「だよな、うちのアイドル越えたかも?」

「ははは」

 男子はそういているが、女子はなんだか穏やかではないのが雰囲気で感じ取れる。

「はーい、ミフネくん、では剣くんの横の席へどうぞ」

 担任に言われるがまま席に着た。

「マジかよ、ミツルのとなりかよ」

「イケメン、イケ女のコンビ結成かよ」

 男どもは騒ぎ立てた。女どもからはなぜかブーイングの嵐だった。私はただ変質的な殺人鬼を仕留めに来ただけだ。猶予は三日、その期間にターゲットを絞り込み、ライフルで後頭部を狙撃する、それが任務だ。

 授業が始まり教科書を開くと、簡単な問題ばかりが並ぶ。殺し屋の訓練と同時に英才教育をしてきたのが功を奏した。私はあまり目立つ行為したくなかったので、一切手を挙げずに窓の外をボーと眺めていた。授業が終わり、ランチタイム。校内に設けられた食堂へと私はミツルの案内で足を運ぶ。

 その時、怪物は現れた。

「生き血ィィィ」

「キャー悪魔が現れた」

 白昼堂々その異形の姿を目の当たりにした私は目を疑った。異形の怪物は私に迫ってきた。校内中がパニックに陥る。

「――本当ノ怪物、ダ」

「ミフネちゃん、離れていて。ここは僕に」

「生き血ィィィ」

 ミツルは私を庇い怪物に腕を噛まれて血を吸われた。満足したのかそいつはどっかに行ってしまった。キラーマスターはこれを知っていて、私に任務を与えたのだろうか。少なからず、『恐怖』と言う感情を取り戻しつつあった。

「痛ッ」

 ミツルの腕を見てみるといくつもの歯形があった。私は何もできずただミツルの腕から流れ落ちる血を見ていた。そこにメイがやってきた。

「ミツルくん大丈夫?」

「ああ、問題ないよ。またあの怪物が現れたんだ」

「この学校は悪魔の巣だわ、怖い」

 何かがおかしい。メイからでた発言に違和感を覚えた。ターゲット、そう、ここにいる、三十院メイ、と確信して後日狙うことにした。

「おーい、メイ、今から部室に行こうぜ」

「あ、ユウ、いいとこに来た。紹介するね、この子が、ミフネちゃんよ」

「お、はじめまして。平城ひらきユウっていうんだ。よろしく」

「――アア」

「なんか、おかしいな。嫌な臭いがする子だ」

「え?」

「なんか、機械と話してるみたいな」

「何言ってんの、ユウ。頭おかしくなった?」

「いや、ははは。じゃあ、うちらは部室に行くよ」

「ばいばい、またね。ミフネちゃん」

 私は危機感を覚えた。なんだこの学校は、自分が壊れていく気がした。感情が芽生えていく――そんな感覚さえあった。『バグはデリートしなければならない』そんな言葉がよぎった。

「いやー、嫌だ、死にたくない」

 私の感情がそう叫んだ。キラーマスターから何度も言われてきた、デリートと言うことばに恐怖が全身を襲った。

「ちょ、急にどうしたの。ミフネちゃん?」

「はあはあ――何デモナイ。バグッタ」

「え? 何だか知らないけど、君も秘密を抱えてるみたいだね。僕が癒してあげるよ」

 私はミツルの腕の中に包まれた。

「「バグバグバグバグバグバグ、いやー! 出ていって私の心に土足で入らないで」」

 ――涙が溢れていた。

 ――体が震えていた。

 ――心がバグっていく。

 それを感じていた。このままでは任務が失敗に終わってしまう。それは避けなければならない。プロの殺し屋として。だけど初めて感じる暖かな温もりに、私の胸は、キュンキュンしていた。そしてどこか懐かしい感覚さえもあった。

「君からは深い闇を感じる。僕の光で照らしてあげるよ、ミフネちゃん」

「――ナンダイ? オマエハ」

 私はやっと落ち着くことができた。これが本当の自分。機械の心を持った殺人マシン。ミツルの腕を掴むと投げ飛ばした。

「やだな、パンツ見るよ。ピンクのパンツ」

 ミツルは地面にあおむけになってスカートを少しめくってきた。

「ソレガ、ドウシタ?」

「あ、動じないんだ。つまんない反応。さてと、昼ごはん食べる時間なくなるよ」

 こいつといるとペースが乱れる。そう感じた。

 昼を済ませてミツルと校内を歩いた。しばらくこいつを観察することにした。この時もミツルから温かい何かを感じずんはいられなかった。ミツルの話を聞いていくうちに、口元が緩んでいた。

「あ、やっと少し笑った。その笑みかわいいよ」

 頬をツンツンされた。不思議と嫌な気はしなった。午後のチャイムが鳴り、ミツルが私の手を取り走り出した。

「アッ――ちょっと」

「間に合わないよ。走って」

「……。うん」

 変な気持ちだった。心がまるで真っ白くなった感じがした。十七歳――どこかで置いてきた感情。それが何かは分からない。でも、それがないと人間じゃないような気がした。

「二人とも遅いぞ、よもや校内で不純異性交遊でもしていたのか?」

「違いますよ、ミフネさんに校内を案内していたんですよ」

「そうか。まあ、席にすわりなさい」

 私とミツルは席に着くと、女子のひそひそ話が聞こえた。

「なんなの、転校してきたばかりで嫌な感じ」

「ただでさえ、メイが女子たちに嫌われているのに」

 そんな声がしきりなしに耳に入ってくる。

「ほっとけばいいよ」

 耳元でミツルがささやいてきた。

「静かにせんか、女子たち」

 担任の怒鳴り声がこだまして、教室はシーンと静まり返った。午後の授業も終わりをむかえ、ミツルと一緒にオカルト研究会の部室へと足を運んだ。そこにはメイとユウが待っていた。

「ああ、ミフネちゃん待っていたよ」

「これで全員揃ったね」

 メイとユウは私の手を取り歓迎ムードだった。

「僕ら密かにあの異形の怪物を追っているんだ。ミフネちゃんも参加しない?」

「……」

「あ、そっか怖かったもね、昼間。ごめん急な話で」

 ミツルはご丁寧に説明をし始めた。

「あの、怪物はこの学校の生徒に間違いないんだけど一向にその正体を掴めずにいるんだ。そこで結成されたのがこのオカルト研究会なんだよ。部員は僕とメイちゃんと、ユウちゃんの三人で人手不足だったんだ」

「……」

「一緒にあの怪物を探して戦おうよ」

 メイはまた手を握ってきた。

「うんうん」

 ユウは静かにうなずいていた。

「問題ナイ、私ガ三日ノウチニ始末スル」

「え、どういうこと?」

 三人は目を丸くしてこっちを見てきた。怪物はこの中にいると確信していた。怪しいのは、メイ、だ。昼間、何くわぬ顔をして出てきたのと、口の周りに血が少し付着していたのを見逃してはいなかった。これは長年、殺し屋をやってきた洞察力と勘によるものだ。

「トニカク安心シテイロ」

 私はそう言って部室を出て行こうとした。

「ミフネちゃん、待って」

 ミツルが私の手を握りしめてきた。その手は温かった。後ろを振り向き、ミツルと視線が合う。その真剣な眼差しに、胸がドキドキしていることはわかった。また――壊れていく。心の中にバグが発生した。

「もう、私にかかわるな。バグが発生して、私が壊れていく」

「何を言ってるんだい? バグだとか壊れるとか、君は機械じゃないんだ」

 ミツルはそう優しい口調で言ってきて、私をそっと抱き寄せてきた。温かかった。同時に切なかった。機械の心がなくなりかけてきている。このままでは人間の心になってしまって、殺し屋家業に支障をきたす。だから私はミツルの首を絞めていた。

「……。苦しいよ、ミフネちゃん」

「――黙レ」

 それを見ていたメイとユウが私をミツルから引き離そうとしてきた。

「何をやってるの。やめてよ、ミフネちゃん」

「おい、どうしたんだ、急に?」

 二人は必死に、私をミツルから引き離す。

「ゲホゲホ、ミフネちゃん凄い心の闇だね。平気で人を殺そうとしたんだから。僕、初めてだよ、本気で殺されかけたのは」

 ユウは右手を後ろに隠しながら、私に言ってきた。

「本当だよ。一瞬、機械のように冷たい目をしていた」

「うん、ミフネちゃん、もしかして――ううん、何でもない」

 メイは何か言いたげだったが言葉をこもらせた。その時、私を迎えに来たと教師が、部室に来てこの場は事なきおえた感じだった。

「古賀さん、お迎えの車が来たから帰りなさい」

「……。アア」

 私は部室から出ていき、教師と共に校門へと向かって、迎えのリムジンに乗り込んだ。車内にはキラーマスターが、両脇に美女をかかえて待っていた。

「学校はどうだった?」

「――バグ、ラサレタ」

「ほう、デリートかな? フフフ」

「ヤメテクレ」

 その言葉に私は再び恐怖に襲われ、頭をかかえて首を横に振った。それ以上の会話はなかった。キラーアスターは、美女にシャンパンをグラスに注がせそれを飲んでいた。

 アジトに戻ると私は食卓についた。殺人マシンと言っても、食べなければ生きていけない。食事中、ミツルの事を思い出していた。なんだか食事が喉を通らなくなってしまった。ナイフとフォークをおくと、キラーマスターが、

「どうした、フミ、食べないのか?」

 と、問いかけてきた。

「……。イヤ――」

 食欲はあるものの、気分的にモヤモヤとした感覚に襲われていた。心の中のバグだ。ウイルスに入られたかもしれない、そう思えた。

 食事を終えるとお風呂場に行ってシャワーを浴びた。頭の中はミツルの事ばかりだった。

「いちいち、私の頭に入ってくるな。バグウイルス!」

 壁を殴ってそう叫んだ。風呂上りベッドに入っている時も、ミツルの事が頭から離れない。

「お願いだから、私の中に入ってこないで」

 涙が流れてきた。デリートが怖いとかじゃない。別の感情がそこにあった。何かは分からない。とても大切な感情なような気がしていた。私はそのまま眠りについた。

 翌朝、同じように髪を結ってもらい、制服を着てメガネをかけ、沙織フミから、古賀ミフネに名前を変え登校する。

 校門に待ちかまえていたのは、クラスのイヤミな女子グループだった。

「待っていたよ、ミフネちゃん。私たちと遊びましょう」

 リーダー格らしき女が私の手を取ると、グイっと引っ張ってきて次の瞬間、押し倒してきた。

「何ヲ、スル?」

「あんたね、転校、早々、ミツル君に気に入られたからって、調子乗ってない?」

 私は立ち上がると睨みつけて、その場から立ち去ろうとした。そでが気に食わなかったのか髪の毛を引っ張られた。

「おい、話は終わってないんだよ」

「殺ス、ゾ?」

 もう一度睨みつけてやった。

「何この子、まるで生気を感じない目をしている」

 それに恐れおののいたのか、イヤミな女子グループは立ち去って行った。そこへミツルたちがやってきた。

「やあ、おはよう」

 ミツルたちは挨拶をしてきた。

「今の子たちに酷い事されんかった?」

 メイは私の手を取り訊ねてきた。続いてユウも私を気遣いながら、

「あいつらいつか消す」

 まるでライオンが獲物を狙うかのように目つきを鋭くした。

「おいおい、止めてくれよ、ユウちゃん。その時は僕が君を消すことになるよ?」

「ああ、嘘だよ、嘘。あはは」

 ユウは頭に手をやり乾いた笑いをする。この時、なぜミツルはユウに、「消す」と言ったのかは不明であった。

「さあ、教室に行こうか。ミフネちゃん」

「アア」

 教室に行くとクラスの全員が、私をいびってきた。

「機械人間が来たぞ」

「マジでこえーな」

 そんな言葉が教室内に飛び交った。どうやらさっきのイヤミな女子グループが私をそんな風に言いふらしたらしい。そんなことでは動じないが、問題はミツルだった。

「ミフネちゃんをそんな風にいうなよ、消すよ?」

 クラスは静まり返った。ミツルの、その言葉には重みがあるらしい。なぜかは知らないけど私も、恐怖を感じていた。さっきのユウもそうだった。

「ミフネちゃん、席に着こう」

「……」

 ミツルに手を引っぱられて席に着く。チャイムが鳴り担任が教室に入ってきた。

「はーい、注目。今日は抜き打ちテストだ」

「え、マジかよ」

「嘘だろう」

 テスト用紙が配られて、私は問題を見た瞬時に全部答えがわかった。そして解答欄に答えを書いていく。約、十分で終えわった。しかしミツルの方が早かったらしく、横を向くと、ミツルの横顔がまぶしく見えた。

 優しさと、怖さを併せ持ったミステリアスな男、剣ミツルの事は変な気持ちしかなかったが、ここに来て深く知りたいと思い始めた。テストが終わると、チャイムが鳴って授業は終わった。

「ミフネちゃん、屋上に来てよ」

「エ――アア」

 私はドキドキしていた。胸がキュンとなっていて、なんだか恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。屋上に来た時、ミツルが急に私をフェンスに追いやってきて、アゴを持ち上げてきた。

「ねえ、ミフネちゃん。僕、君の事好きになっちゃったみたい」

 私は不意にそっぽを向いた。そしてミツルは私の胸に手を添えると――そこから先は何が起きたのかわからなかった。私は無感情で抵抗はしなかった。されるがままで、事を終えた。少し痛みがあったが我慢した。首筋から血がにじみ出ていた。

「おいしかったよ、君の血」

「――何デ、オ前、ガ?」

「あはは、びっくりした? 怪物の正体は僕でした」

 私は唖然としてミツルを押し倒した。まさか自分から正体を現すなんて、思ってもいなかった。ターゲットが定まった。じゃあ、三十院メイはなぜ現れたのか。そこが疑問である。

「キャー怪物がまた出た」

 その叫び声にフェンス越から校庭を見下ろすと、異形の怪物がいる。今、ここに正体を現した奴がいるのに、だ。

「ドウ、ナッテイル?」

「君、三日のうちに怪物を始末すると言ったね? できっこないよ」

「――何? ドウ言ウコトダ?」

「だって君も感染したから。悪魔のウイルスに、あはは」

「ソウカ、ヨウヤクワカッタ。オ前タチガ、怪物ノ正体ダッタノカ」

 私は隠し持っていた、ピストルをミツルの額に当てて撃ち殺した。その怪物は液体のようになって溶けていった。そしてグランドにいる怪物にも銃弾を浴びせた。銃声を聞いた生徒や教師たちは更にパニックに陥った。

「銃声? どこから撃っているの」

「警察じゃないよね?」

 そんな声が聞こえてくる。これでこの学校の脅威はなくなった。私はこの場から去ることにした。何も言わないで、何も聞かずに――私は殺し屋、だ。

「ミフネちゃん、どうして?」

 筆箱を落として、そいつが目の前に現れた。

「――ミ、ツル?」

 私は混乱した。今、殺したはずの人物が目の前にいる。

「どうしてだよ、僕の兄貴を殺したの?」

「兄貴――?」

「そうだよ、僕たちは双子の兄弟で、そいつは化け物だけど、とってもいい奴だったんだ。ねえ、自首してよ。ミフネちゃん自首してよ?」

 走り寄ってきて私の肩を掴むと揺さぶってきた。涙を流しながらミツルは必死に訴えかけてくる。

「ミツル、私のことどう思う?」

「好きだよ。好きだった、けど、今はとても憎い」

「そっか――言イタイ事ハソレダケカ?」

「え?」

「任務――失敗――コレヨリ、デリート――スル」

「やめてよ、自殺なんかしても報われないよ」

 ミツルはピストルを取り上げてきた。

「ねえ、ミツル、フミって言ってそれが本当の名前なの」

「フミ――ちゃん、沙織フミちゃん――フミちゃんなの?

「思い出した。懐かしくて温かい温もり――うふふ、最後に出会えるなんて、ね。剣ミツル君」

「フミちゃん、小学校五年生の頃から学校を休みだして、何やってたの?」

「言えない」

「吐き出して、深い闇の事、全部、吐き出して。僕が受け止めるよ、全部」

「相変わらず優しいね、ミツル君は」

 涙を流しながら私たちは抱き合った。チャイムが鳴ってもしばらく抱き合っていた。私は、今、普通の一七歳の女の子だった。甘酸っぱい青春を感じていた。ミツルはそっと口づけをしてきた。もう、ドキドキが止まらなかった。胸の奥がキュンキュンして、苦しいくらいだった。誰にも邪魔されたくないひと時は、怪物によって打ち破られた。

「何をしているの?」

 私たちはその声に、ハッとしてお互い離れた。

「メイちゃん、これは」

「本物のミツル君?」

「そうだよ、メイちゃん」

「なおさら許せない。ユウは死んだ。親友を、同族をよくも、貴方でしょう? この、殺し屋家業の息子がァァァ!」

「それは、違うんだ」

 メイは異形の怪物になり、ミツルに迫った。ミツルはピストルを構えたが、引き金を引こうとはしない。

「やっぱりその銃が何よりも証拠よ」

「違う、ミツルじゃない。私が殺した!」

「え? あなたが、まさか。悪い冗談ね」

「本当だ。私はこの学校にお前ら怪物を始末しに来たんだ。ここの理事長の依頼でな。私は機械の心を持った、キラーガール、殺し屋だ!」

 ミツルからピストルを奪い取るとメイに発砲した。だが弾丸はそれていった。

「ふん、それで殺し屋。弾丸がそれていったわ。銃を扱うのがはじめてなの? 手も震えているし」

 異形の姿になっているメイは鼻で、「フン」と笑う。

「まあ、いいや。あなたも死になよ」

 まるで特撮の怪人みたいに襲いかかって。私は今、動揺している。普通の女の子になってしまったから。機械の心を取り戻さなければならなかった。無感情になりさえすれば、恐怖もしないし、簡単に目の前の敵を始末できるものを。

「そうそう、何で、あたしたちが怪物になれるか知ってる?」

「おい、それ以上言うんじゃない」

「ミツルがあるウイルスを発見したからなの」

「おい、止めろ!」

「あはは、自分には怖くてできなかったのに、実の兄や、あたしたちを実験台にしてさ――卑怯よね。『バンパイアウイルス』をまき散らしたのよ」

「やめろー」

 ミツルはメイに殴りかかったが、逆に殴り倒された。

「話の邪魔よ。バンパイアウイルスって言うのは、昔からあったみたいなんだけど、ほら吸血鬼伝説の伯爵がそのウイルスに感染したらしく、感染すると血液が体内であまり作れなくなって他人の血液を吸わなければいけなくなるのよ。そして血を求めてこんな姿になるわけ。狂暴化するのよね。こんな風に」

 メイは倒れているミツルを何度も蹴り飛ばした。

「そうそう、噛まれた人は感染するからね。その首の傷痕、噛まれたでしょう? こいつの兄貴に」

「私ハ殺人マシン、ダ。人間ジャナイ」

「え、何? 怖い」

「……」

 私はようやく機械の心を取り戻した。ミツルをこれ以上傷つけられるのは嫌だった。その強烈な怒りが機械の心を取り戻したピストルを構えると、一発一発、発砲していく。弾丸はメイの両足を捉えた。

「痛い、止めて。お願い」

「……」

 次に私は両腕を狙って発砲する。メイの苦痛な悲鳴がこだまする。それでも撃つのをやめない。キラーマスターが言っていた。『機械の心を持った冷酷少女』と――全くその通りだ。私は感情もなくただひたすら発砲していた。

 メイの膝が地面についたころ、私はとどめに後頭部を撃ち抜いた。そしてメイは溶けてなくなった。体内の血がなくなったからだ。

「フミちゃん。もうこれ以上は」

「――死ネ」

 ミツルの額に銃口を当てて引き金を引いた。しかし弾丸切れで空砲だった。私は仕方なくミツルの首を絞めた。私の手は怪物化していた。どうやら本当にバンパイアウイルスに感染したらしい。その力は衰えて身体は血を欲する。

「本当は兄貴に使いたかった」

 そう言うと、ミツルは注射器を私の腕にうってきた。

「フミちゃん、これで元に戻るからね。さよなら」

 そう言うとミツルは意識を失った。私はミツルの死体を、抱き寄せると涙を流して、問いかけた。

「ねぇ、ミツル君。どうして見てしまったの? 見なければ殺すこともなかったのに。私、ようやくわかったんだ。このドキドキとか、キュンキュンする気持ち恋だったんだね。あなたが好きって言ってくれたからわかったんだ。ミツルは死んだ、私が殺したから――任務完了シタ」

 もう一度言う、私は機械の心を持った冷酷少女。キラーガール、殺し屋、だ。これからもずっと人を殺していく。それが任務だから。



 ◆

 

 ――後日談。

『バンパイアウイルスが世界中で感染が確認されています。感染者に近寄らぬようお気お付けください』

 キラーマスターがテレビをつけると、そんなニュースが飛び込んできた。殺し屋の私には関係のない話だ。

「フミ次の任務だが感染者の抹殺だ」

「アア――了解」

 私はそれを承諾して任務にあたった。

読了感謝!

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