祈りはチカラ
荒神は祠の森を出た途端、倍の大きさになった。そして8人を追う。男が設置した結界のところで一旦悶え苦しんだが腕で地面ごと薙ぎ払い結界を吹き飛ばす。
その時、飛んできた土くれに未来が足を取られバランスを崩す。だが横を走る大地に掴まり転ぶことは免れた。しかし、両手で大地に掴まったためお札花を離してしまう。
「あっ、お花が!」
未来は落としたお札花を拾おうと後に戻る。
「よせ未来!ほっとくんだ!」
大地が取って返して未来を連れ戻そうとしたが一瞬遅かった。ぐーんと伸びた荒神の腕が未来を掴み高々と持ち上げる。
「あっ、くそっ!このやろう、未来を離しやがれ!」
大地が足元にあった小石を荒神に投げつける。しかし、石は荒神の黒い肢体を通り抜け向こう側に落ちた。
「大ちゃーん!桃ちゃーん!いやー!」
未来が荒神の腕の先で大地たちの名を呼ぶ。それに応えるように6人は未来の下に走ろうとするが男が押し止めた。
「巫女さま、これは大失態ですね。陛下をお呼びしますか?」
状況の割りに男の声は慌てていない。何か奥の手があるのだろうか。
「ぬぬぬっ、いや、その、もちっと待て!今、考えるから!」
巫女さまはなにやらぶつぶつと呟きながら頭を捻っている。そして、何か思いついたのかぽんと手を打った。
「花じゃ!大地、花を未来に投げろ!」
大地はその言葉を聞き、落ちているお札花を未来へ向かって力いっぱい投げつけた。
大地が投げたお札花を荒神は腕で払おうとする。しかし、お札花は荒神の腕を一瞬で溶かしながら未来の元へと届いた。未来がお札花を握り締めると未来を掴んでいた荒神の腕が溶け始める。その時、荒神は新たな腕を発生させ地面の土を掘り起こし両方から未来を挟み潰そうとした。
「あっ、待て!こら、それは反則じゃ!」
巫女さまの警告も空しくバチーンという轟音と共に未来とお札花は土くれの中で潰れた。
「きゃーっ!」
「未来!」
子供たちの悲鳴が巫女さまの胸に突き刺さる。すると巫女さまは咄嗟に呪文を唱え始めた。
「我は旧大陸軍第7師団長「紅玉のくろ」なり。緊急事項第888項に基づいて皇帝陛下の承諾無しで・・。」
しかし、その呪文は途中で止まった。巫女さまの目の前で荒神に押し潰された土くれから光が漏れ出したのだ。それに伴い荒神が悶え苦しみ始める。
「これは、もしや・・。」
男と巫女さまはその場で膝を付き頭を垂れる。その間にも光は強まりとうとう荒神を包み込んでしまった。7人の少年少女たちはその場で立ちすくむ。やがて光は収まり荒神がいた場所には一人の女性が未来を抱きかかえて立っていた。
「未来!」
7人が未来に駆け寄る。女性は武士に未来を渡すと男と巫女さまに声を掛けた。
「あなた方が、私のしもべを正してくれたのですね。礼をいいます。」
「いや、その、なんというか・・。」
巫女さまは女性からの言葉にしどろもどろだ。
「この度は、我々の力が至らぬばかりに姫さまのお手を煩わせ、おいで頂くこととなった事、大変申し訳ありません。」
男は頭を垂れたまま女性に返答する。
「探偵さんよぉ、この人は誰なんだい?荒神じゃないよな。」
翔太の問いかけに男が答える。
「この方は、先ほど話した花唄妹愛媛命さまです。」
「ええっ~!」
7人は驚く。
「それって・・、じゃあ、神様ってことかよ。」
7人は男に倣って膝を付こうとするが姫神さまがそれを止める。
「あなた方にはいらぬ苦労を掛けました。許してください。」
姫様は子供たちに向かって自分の非を詫びた。
「あれは私が民との約束でこの地に置いて行ったしもべです。それがこのような事に成っていようとは迂闊でした。よもや、あのような魂にとり変わられようとは全て私の過ちです。」
「いえ、全ては人の行いが招いたもの。花唄妹愛媛命さまのあずかり知らぬことです。なにとぞご自分を責められぬようお願い申し上げます。」
男が姫さまの言葉を打ち消す。
「あの魂も、復讐など己の満足を満たす為のちっぽけなものと分かっていたのですが理では図れぬものが衝動です。裏切りとは信頼が強ければ強いほど大きな衝撃を受けます。あの者はその衝動を抑えられませんでした。されど、その念もしもべが拾いさえしなければ時間と共に消えるはずだったのです。全ては偶然の成せる事。悲しい結末でした。」
男と巫女さまは姫様の話が分かるようだが、子供たちには些か情報が足りていない。つまりちんぷんかんぷんである。
「さて、あれにはこの地を守る役割を与えてあります。よって浄化することはより大きな災害を招くことと同じ意味を持ちます。ですのであなた方には少し不安があるかも知れませんが、あれはこれからもあそこで眠らせてやってください。」
姫さまの問い掛けに尊氏が代表で問い返す。
「荒神自体はもういないんですよね?」
「ええ、荒ぶる迷えし魂は私が連れて行きます。ですから今後、人に害なすことはないでしょう。ですが未来は混沌としています。いつ何時、新たな荒ぶる魂を取り込まぬとも限りません。その為にも花に新たなチカラを与えました。今後は、あれを抑えるのではなく、あれに荒ぶる魂が近づかぬよう結界として働くでしょう。」
「荒ぶる魂とは人間のことですか?」
尊氏の問い掛けに姫さまは答えなかった。
そして、花唄妹愛媛命さまが腕を一振りすると荒神に命を吸われた植物たちが息を吹き返す。蹴散らされた土も元に戻り大岩の袂にあった花も元通りになった。そして姫さまは子供たちに言葉をかける。
「みな、がんばりましたね。しかし、これで終わったわけではありません。人生とは試練の連続です。時には打ち砕かれて絶望することもあるでしょう。身の程知らずのチカラを欲する時もあるでしょう。誘惑に負け道を踏み外すかもしれません。でも、そこで決断するのはあなた方です。己の心に恥じることのない行動を行いなさい。あなた方は強い絆に結ばれた仲間です。私は常にあなた方と共にあります。この言葉、あなた方ならわかりますよね。」
幽霊化による認識不能。認識出来ないものは無い事と同じ。だが、それはそこにある。姫さまはそう言いたいのかも知れない。あなたたちは一人ではない。常に自分が側にいると。だから寂しがるなと。孤独に飲み込まれるなと。そして抱きしめているのだと。
神とはなんと辛い立場なのかと子供たちは思った。決して伝わらない思い。されど見放すことなどできぬ者たち。あらゆる災難を事前に取り除いても、それでも降りかかる不幸を神のせいにして嘆く人たち。
「優しき子らよ。さあ、やり直しましょう。あなたたちには明日があります。忘れる必要はありません。でも、忘れてもよいのですよ。それはあなたたちが決めてください。」
そう言って花唄妹愛媛命さまが腕を一振りすると子供たちはゆっくりと消えていった。後には男と巫女さまと花唄妹愛媛命さまが残る。
「では後の始末はお願いできますね?」
「はっ!お任せください。」
男の返事を聞くと花唄妹愛媛命さまはゆっくりと天に昇って行かれた。男と巫女さまはその姿を見送る。そして見えなくなった頃、男が巫女さまに話しかける。
「では後の始末はお願いできますね?」
男が花唄妹愛媛命さまの言葉を繰り返す。
「うぐっ。」
巫女さまは痛いところを突かれたのか言葉に詰まる。
「これじゃ、ケーキは食べられないですねぇ。」
「くそ~っ、タダ働きなのじゃ~。」
巫女さまはパチンと指を鳴らす。すると大岩の下に姫さまが咲かせていった花が辺り一面に咲き出す。忽ち、祠の周りが花で埋め尽くされた。
「くろ様、やり過ぎです。子供たちのやることが無くなっちゃいますよ。」
「うるさいっ!これもそれも全部悪霊なんぞを食べたやつが悪い!やつは当分おやつ抜きじゃ!」
そう言って巫女さまがパチンと指を鳴らすと二人の姿が忽然と消え後には季節はずれの白い花だけが残った。




