荒神の正体は超メジャー
翌日、男はどこでもドアではなく正規の入り口から戻ってきた。
「やぁ、留守にして済まなかったね。」
男の言葉は8人の小学生を知らぬ土地に残して家を空けたにしては軽かった。まるで1、2時間部屋を空けたくらいの感じだ。しかし、言葉とは裏腹に男の服装はこの前とは違って些か重厚である。まるで神社の神官のようないでたちであった。もしくは平安貴族の狩装束か?しかし、子供たちにはピンとこないのか、何か今日は変な格好だなとしか思われていない。
「調べ物は片付いたんですか?」
「ああ、荒神の正体も分かった。」
「えっ、そんなことまで分かったんですか!」
「ウチの組織には長生きな人が沢山いてね。そうゆう事ばかり調べている人がいるんだ。説明するからテーブルに集まってくれ。あっ、ご飯は食べたかい?」
「いえ、まだ出前の時間じゃないんで。」
「あれ?ああっ、そうか。いや~、それはすまなかった。それは気付かなかったよ。」
そう言いながら男はどこかに電話をかけ出前を注文している。
「さて、君たちを幽霊化した荒神だが、実は昔、やんごとなき姫神様がお隠れになる時に民を悪霊から守る為に置いて行かれた守り神という事が分かった。君たちにはガーディアン(守護兵)と言った方が分かりやすいかな。」
「いえ、どっちもどっちです。でも荒神って守り神だったんですか?」
男はせっかく子供向けに噛み砕いた例えが受けなかったのでがっかりしたようだが説明を続けた。
「地域、及び期間限定のね。地域は君たちの地元から北に向かって100キロくらいの範囲、期間は千年だ。」
「千年・・。となると平安時代ですか?」
「おっ、そらで千年前の時代を言えるとはすごいね。でもはずれだ。古墳時代よりもっと前。西暦でいうと紀元200年頃の話だね。」
「??数字が合わないんですが。」
「うん、西暦で言うと1200年頃、鎌倉幕府が産声を挙げた辺りに荒神は満期を向かえて活動を停止するはずだったんだけど、最後の最後に運悪く悪霊の成り損ないを飲み込んでしまったんだ。」
「偽者が言っていた業の深い悪人ですね。」
「うん、まぁ、悪人かどうかは立ち居地によって意見の分かれる所だけど守り神にとっては浄化すべき対象に見えたんだろうね。ところがこの人、当時結構人気があってね。神として祭る地域も合ったくらいの人なんだ。荒ぶる迷える魂と思って取り込んだら神さまとして信仰されている魂だった。おかげで守り神は混乱したらしい。結局、取り込んだまま浄化できずに期限切れ。荒ぶる魂を抱えたまま活動を停止してしまった。そして悪霊の成り損ないは、活動を停止した守り神の能力を乗っ取り今度は自分を陥れた人間たちに復讐を開始する。その手始めに近くを通りかかった人たちを取り込み始めたというわけさ。」
「偽者の説明とは少し違いますね。」
「ああ、偽者くんね。彼らは成り損ないが取り込んだ人間たちだからね。彼らの情報は荒神によって作られたものだよ。ただ荒神自身も彼らにより影響されていてね。意思や思考過程というものに関しては当初の成り損ないのものは欠片も残っていない。だからまったく別のものと認識していい。」
「きっかけは守り神が荒ぶる迷える魂を取り込んで、その魂に乗っ取られたことだけど今は別の動機で動いているということですか?」
「そう、守り神の能力と荒ぶる迷える魂の人間に対する遺恨、それと取り込まれた人たちの嘆きが混ざり合って今の荒神はできている。ただ根底には成り損ないの自分を陥れた人間たちへの復讐があるんだ。」
「その成り損ないの魂って有名な方なんですか?」
「ちょーメジャーだね。その方の恩名は・・、源 義経公です。」
「えーっ!」
男の口から出た人物の名に8人は驚いた。それもそのはず。なんといっても鎌倉幕府を開いた源頼朝の弟、謀反の疑いを兄から掛けられ失意のうちに討ち取られた悲劇のヒーローである。兄の頼朝の名は忘れても義経の名を知らぬ人はいない。世界史で例えるならアレクサンダー大王級の知名度を誇っている方だ。
「そんな有名な方相手に大丈夫なんですか?弁慶とかが出てくるんじゃないですか?」
「あはははっ、義経公自身はすでに神格化されて身仏の下に行かれたからね。あの成り損ないは討たれた時に、義経公が鎌倉に飛ばした生霊さ。公自身ではないよ。だからそのことに対して義経公からの祟りはないよ。」
「義経さんの分身なら義経さん自身が片付けてくれればいいのに。」
「仏さまは個をお救いくださるけど人間界の事象には手を出さないからね。一生懸命現世を生きて、逝ききった者へのご褒美が極楽浄土さ。浄土に行った者は現世のことにはノータッチだ。だから義経公の魂も荒神のことはご存じないよ。」
「う~ん、わかんないや。」
「ところで守り神を残して行った姫様ってどなたなんです?」
「ん~っ、言っても分からないと思うけど・・。」
男は少し躊躇したが姫の名を口にする。
「花唄妹愛媛命とおしゃるんだ。」
「ああ・・、いかにも古代の姫様のお名前ですね。」
「このお方は、古事記や日本書紀系の神さまじゃなくて全く別の神族だから今では記録にすら残っていないんだけどね。」
「はぁ、そうなんですか。」
「花唄妹愛媛命は生命を司る神様なんだ。いわば季節の神さまだね。」
「その方は荒神を止めてくれないんですか?」
「実はねぇ、当事者である君たちには酷い話かもしれないけど、神様レベルからしたら荒神による人間の捕縛って気にならないレベルなんだよね。だからお気付きでない可能性が大だ。」
「そんな・・。」
「でも、それは悪いことじゃないんだ。仏さまと違い神様は時々人間界に介入なされる。ただ、なんせ神様だからね。その対応も人間には計り知れないことが多い。悪の首謀者一人を誅する為に原爆級の攻撃をする場合もあるんだ。なんせ神様の力は段違いだからね。神様は軽く祓ったおつもりでも、人間にしたら天変地異が起こったくらいの影響が出るんだ。」
「強すぎるチカラ・・、ですか。」
「それでも多神教の神様たちはまだましさ。一神教の神様なんて影響力が強すぎて地上にお姿を現すだけで世界が終わってしまうからね。」
「うへぇ~、そんなんじゃ人を導くことなんてできないじゃん。」
「だから代わりとしてのメッセンジャーやお言葉のみで伝えるのさ。まっ、神様のことはおいおい話すとして問題は荒神だ。実はこの狂った守り神はある組織から指名手配を受けていてね、探していたんだ。」
「うわっ、今度は犯罪者の捕り物かよ。なんかドラマや映画の見すぎじゃないの?」
「あはははっ、まぁ、ひとつの事象も見る角度によって変わるからね。ある人にとっては不可思議なことも別の人にとっては自然現象の一部と捉えるものなのさ。」
「荒神って捕まえられるものなんですか?」
「正確には浄化、つまり消滅させることを目的としているんだけど場合によっては再度封印で事を収めるかもしれない。」
「消しちゃわないのかい?危ないじゃないか。」
「なんせ荒神は狂ったといっても守り神だからね。しかも、今は知られていないといっても花唄妹愛媛命という立派な神様のお造りになった物だ。浄化することによってどんな影響が出るか分からないんだよ。浄化した途端、姫様の加護がなくなって自然災害が起こらないともいえないんだ。」
「うへっ、そんな大事なやつが狂っちゃったのか。義経さんも人騒がせなことをしてくれちゃったよな。」
「それが因果律っていうやつさ。未来は過去に干渉しないけど、過去に起こった事象はずっと未来まで影響を及ぼす。君たちだってその因果律の中にいるんだ。ただ人間は流れに身を任せず、自分の力で歴史を変えてゆける。それを可能性というんだ。」
「話が大きくなっちゃったんでもう一度聞きたいんですけど、私たちは元に戻れるんですよね?」
「ああ、それに関しては保証する。今回はウチの巫女さまも張り切っているからね。張り切りすぎて失敗するかもしれないけどその時は上位の方が出張って後始末をつけてくれることも密かに約束してくれた。安心していいよ。」
「そうですか。ありがとうございます。」
「さて、では今後の段取りを説明しよう。」
男が説明をしているとこの前ケーキとジュースを持ってきた喫茶店のアルバイトあんちゃんが出前の品を持ってきた。当然子供たちは無視される。あんちゃんはスパゲッティとサンドイッチの皿をテーブルに並べて男の衣装のことで笑いながら二、三言葉を交わした後、部屋を出て行った。
「さっ、食べてくれ。食べ終わったら出かけるからね。」
「今のお店は、まだ開店していないんじゃ。」
「ああっ、時間軸に関してはあまり突っ込まないでくれ。説明するのがすげー面倒なんだ。」
「はぁ。」
何やら煙に巻かれた気もしないではないが聞くなと言うのだから聞かぬ方が良いのだろう。それよりも食事である。
男に促されて竜馬がサンドイッチに手を伸ばした。
「あれ?今度は下に置かなくても手に取れるよ。なんで?」
「ああっ、それはね。これさ。」
男は自分の装束を指差して説明する。
「この衣装にはちょっとした細工がしてあってね。これくらいの物質位相変換ならできるんだ。君たち風にいうならマジックアイテムってとこかな。」
「はぁ。」
8人にはなんのことか分からなかったが取り敢えず目の前の食事を礼を言って平らげることにする。その間も男の説明は続いたが、神さまの関係やら現在一般に語られている神話との違いが主で殆ど理解できなかった。




